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2014.08.11

第36回 道路は民主主義的な緑地たりえるか

下田 明宏(しもだ あきひろ)

下田 明宏(しもだ あきひろ)

1955年東京都文京区生まれ。工学院大学建築学部まちづくり学科教授。株式会社ディー・エム代表取締役。東京大学農学部卒業、ハーバード大学大学院修了。専門は、ランドスケープデザイン。東京大学、早稲田大学、日本女子大学等で非常勤講師を務める。江東区豊洲地区、札幌駅前通り、北彩都あさひかわ等のランドスケープデザインを担当。地域特性を生かした外部空間のデザインを研究、実践。趣味は、ネコ、イヌ、花。

 道路は、本来、市民の生活の質を向上させ、都市美を形成するために欠くことのできない都市施設です。しかし、道路には、騒音や大気汚染、ヒートアイランド現象等のネガティブなイメージもあり、最近の都市計画道路の建設については、周辺住民から多くの反対意見が寄せられます。成熟型社会が進展する一方で、環境問題が顕在化しつつある現在、これからの道路は、どのような機能や役割を担うべきなのでしょうか。

1 環状4号線の事業認可説明会

 昨年(2013)のことですが、近所で環状4号線(不忍通り)延伸の事業認可に伴う説明会があったので、参加してきました。都の担当者は、もう何十年も前に決まったことなので、何とか作らせてくださいと言い、住民は、何十年も前に決めた都市計画だからこそ、今の社会状況を鑑みて見直したほうが良いと言い、なかなか両者の議論は噛み合いません。
 昨今、どうも道路は社会の迷惑施設として見られているようです。東京の人口こそ微増傾向にありますが、2008年以来、日本の人口は減少期に入っており、若年層の車離れも進んでいます。都心を迂回する道路の整備も進み、都心部では、かつてのような渋滞はほとんど見られません。このように、いわば皮膚感覚では、都市計画を策定した当初の前提が大きく変わったのだから、今さらなぜ道路を造らなくてはならないのか、という意見も理解できないわけではありません。しかし、本稿では、道路を作るべきか否かではなく、今一度、道路が担う機能や役割について考えてみたいと思います。

2 ボストンのバック・ベイとコモンウェルス・アベニュー

 米国東海岸のボストンにバック・ベイと呼ばれる高級住宅街がありますが、ここがかつて干潟であり、19世紀後半に埋め立てられた土地であるということは余り知られていません。バック・ベイには、ボストン随一の高級ショッピング街であるニューベリー・ストリートもあり、例えて言うならば、東京湾の埋立地に、田園調布と銀座があるようなものです。何故、このようなことが可能になったのでしょうか?
 バック・ベイの中央に、コモンウェルス・アベニュー(図1, 2)という道路が通っています。この道路は、建築家アーサー・ギルマンと、ニューヨークのセントラルパークを設計したフレデリック・ロー・オルムステッド(図3)が19世紀後半に設計したものです。彼らは、バック・ベイを建設する際、住民の生活の質を向上させ、周辺の住宅地の付加価値を高める手段として、まず、緑豊かな道路を中央に配置したのです。
 コモンウェルス・アベニューは、幅員が200フィート(約60m)もありますが、中央に緑地帯が100フィート(約30m)も確保されており、ここにはニレの巨木が生い茂り、彫刻も随所に置かれ、ボストン市民の憩いの場として親しまれています。現在、バック・ベイの中でも、コモンウェルス・アベニューに面した住宅の評価が特に高いことからも分かるように、この道路こそ、バック・ベイを高級住宅街たらしめた最大の要因なのです。

図1 建設当初のコモンウェルス・アベニュー 画面右下へ走るのがコモンウェルス・アベニュー。建築が建設される前に、緑地が整備されている点に注目。

図1 建設当初のコモンウェルス・アベニュー 画面右下へ走るのがコモンウェルス・アベニュー。建築が建設される前に、緑地が整備されている点に注目。

図2 現在のコモンウェルス・アベニュー(撮影:Joshua Robinson)

図2 現在のコモンウェルス・アベニュー(撮影:Joshua Robinson)

図3 フレデリック・ロー・オルムステッド(1822-1903)米国のランドスケープ・アーキテクチャーの父と呼ばれる。

図3 フレデリック・ロー・オルムステッド(1822-1903)米国のランドスケープ・アーキテクチャーの父と呼ばれる。

 オルムステッドは、1858年にセントラルパークを設計したとき、「民主主義的(な公園)」という言葉を使いましたが、これは当時、非常に画期的なことでした。すなわち、それまでの緑地は基本的に「ガーデン」であり、一部の人々の鑑賞の対象に過ぎなかったのに対し、オルムステッドは、あらゆる人々が利用できる緑地としてセントラルパークを設計したのです。実際に使える緑地は、都市に住む人々の生活の質を向上させたばかりでなく、緑地に面している不動産の価値も高めました。現在、セントラルパーク周辺の住宅地や、バック・ベイが高級住宅地であるのには、実はこのような背景があるのです。

3 石川栄耀と戦災復興都市計画

図4 石川栄耀(1893-1955)「都市計画家・石川栄耀(2009)」より引用

図4 石川栄耀(1893-1955)「都市計画家・石川栄耀(2009)」より引用

 日本では、道路を「民主主義的な緑地」として捉え、市民の生活の質を向上させ、さらに周辺の土地の価値を高めようという試みはなかったのでしょうか。昭和21年に策定された東京都の戦災復興都市計画は、当時の東京都建設局長であった石川栄耀(図4)に負うところが大きいのですが、石川は、道路が単に車が通過するだけの空間ではないということを認識していたようです。
 文京区にある環状3号線の一部、通称、播磨坂(図5)は、東京の環状線のうち、石川の理念がほぼ実現した数少ない例と言われています。ここでは、現在、幅員40mのうち中央の約10mが緑地帯に充てられ、スケールは異なりますが、ボストンのコモンウェルス・アベニューのように市民の憩いの空間として機能しています。
 石川は、環状3号線だけでなく、例えば、麻布十番の広場(現パティオ十番・図6)も設計しており、道路や広場等の都市施設により、周辺住民の生活環境を改善しようとしていたことが窺えます。

図5 播磨坂(東京都文京区)松平播磨守の上屋敷がこの地にあったことから名付けられた。毎年、桜の季節には、多くの花見客で賑わう。(筆者撮影)

図5 播磨坂(東京都文京区)松平播磨守の上屋敷がこの地にあったことから名付けられた。毎年、桜の季節には、多くの花見客で賑わう。(筆者撮影)

図6 パティオ十番(東京都港区)近隣コミュニティの多様なイベントに利用されている。(筆者撮影)

図6 パティオ十番(東京都港区)近隣コミュニティの多様なイベントに利用されている。(筆者撮影)

4 近代都市の都市美

図7 ヤラ川とメルボルン市の都市景観(撮影:David Iliff)

図7 ヤラ川とメルボルン市の都市景観
(撮影:David Iliff)

 中世の都市の都市美が、教会を中心とする都市構造と建築様式の美しさであるのに対し、近代の都市のそれは、都市にある自然と、道路等の計画的な都市施設が織りなす美しさと言って良いでしょう。EIU(エコノミスト誌の調査部門)が毎年発表している「世界で最も住みやすい都市」で、ここ何年か一位に選ばれ続けているオーストラリアのメルボルン(図7)は、後者の代表的な例です。
 東京都心部の場合、自然資源としては、神田川や渋谷川、日本橋川等の河川があり、また、計画的な都市施設としては、皇居を中心とする放射状の道路と環状線があります。これらの自然資源と都市施設を適切に活用することができれば、東京は世界でも有数の美しい都市になり得ると思うのですが、高度経済成長の陰で、河川は埋め立てられ、或いは、高速道路で塞がれてしまい、また、道路は緑のない車中心の空間になっているのが実情です。言わば、日本の経済発展は、都市美の犠牲の上に成り立っていると言っても過言ではありません。

5 車から人に近い道路へ

 エコロジカルな生活は、無理を強いられる生活ではなく、快適な生活でなくてはなりません。そうでなくては持続できないからです。同様に、エコロジカルな都市は、景観としても美しく、住みやすい都市でなくてはならないでしょう。
 そのためには、河川のような都市の自然と、道路を中心とする都市施設のあり方を、今一度考え直す必要があります。高度経済成長期に物流の動脈として活躍した道路も、これから建設される道路も、時代が変わり、交通量が減少したのであれば、車線数を減らし、緑地を増やすなどして、より人に近い道路として生まれ変わればよいのです。2020年のオリンピックを控え、歩行者道や自転車道を中心とした、人に近い道路が巡らされた東京こそ、住みやすい都市として国際的にも高く評価されるでしょう。
 さて、冒頭の環状4号線の延伸計画ですが、都の担当者や住民は、果たして、どのような道路を頭の中に思い描いていたのでしょうか・・。


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