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第6回「“出店者”と“購入者”の一期一会を創り出す ~『0円均一』の取り組み」(高島亮三さん)

『0円均一』の展開 ──杉並区の小学校と埼玉県北本市での実践

自宅の前に箱を出して自由に持って行ってもらうのが、0円均一の基本。でも過去には、もう少し大々的なイベントとして打ち出したことが何度かある。
その一つ、2011年11月には杉並区の善福寺公園界隈を舞台に0円均一商店街を開いた。地元小学校の協力を得て、初日は小学校の体育館に出張店舗を開店する市場形式とし、その後、各児童宅の玄関前で出店する形式により20日間ほど実施した。元々、善福寺公園の野外美術展に出展していたつながりで、同校の図工の先生と面識ができ、学校でも何かできないかと相談されたのがきっかけだった。「0円均一っていうのをやってるんですが、どうですか?」「おもしろそうですね、やってみましょうか」。先生が学校内の調整を引き受けてくれて、トントン拍子に話が進んだ。
ここでの出店で、ある女の子の箱の中に、少女マンガの雑誌のバックナンバーが2冊入っていた。雑誌なんて、資源回収に出すくらいの意識しかなかったという高島さんにとって、これは意外な発見だったという。想像するに、出店した女の子にとっては大事なお小遣いの小さくはない割合を占めて買い求めた大切な物だったに違いない。愛着あったこのマンガ雑誌は、その子にとっては捨てる対象にはならなかったのだろう。0円均一商店を眺めていると、箱の中の物に出店者たちの“思い”が垣間見えてくる。

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杉並区の小学校体育館で開催した0円均一商店街の様子(2011年11月3日)

0円均一には、コミュニケーション的要素はあまりない。物を置いておく「出店者」と、気に入った物を持ちかえる「購入者」との間に、直接的なコミュニケーションは介在しない。でもそれは、例えば醤油が切れていたときにお隣さんを訪ねて借りてくるような昔ながらの地域コミュニティが過去のものになっている今の、いわばドライな時代の隣人関係により合致した、地域循環の手段として成立し得る可能性を秘める。
出品者と購入者の“物”に対するとらえ方の違いが、一期一会の出会いを生む。そんな予想外のワクワクドキドキな出会いが、0円均一を介して生まれているといえよう。
 
埼玉県北本市でも、2012年2月4日~5日の2日間にわたって、0円均一商店街が開催された。250戸あまりの自治会が進める地域資源を活用した街づくり事業の一環として企画採用されたものだ。会期中、高島さんは案内所を開設して、出店状況を確認しながら更新する「商店街マップ」を配布したり、0均箱(『0円均一』の商標を印刷したオリジナル段ボール箱)を“販売”(言うまでもなく「0円均一」)したり、呼び水としての0均箱の出店をしたり。会期前後の企画会議や開催予告チラシの作成・配布など3~4か月間ほど、かなりの時間を割いて臨んだという。予告チラシは、250戸の住宅へのポスティングと、近隣小学校でのクラスごとの配布。小学校の児童や保護者は、有望な顧客かつ店主として期待できる。

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0円均一 北本チサン第三商店街、開店!(2012年2月4日~5日、埼玉県北本市石戸4丁目にて)

こうしたイベントは、ライブのような楽しさや充実感もあって、これからも1シーズンに1回くらいは実施していきたいという。ただ、基本は近場での日常的な開店をもっと定着していきたいという。

『0円均一』がめざすもの ~提唱者の悦びとこだわり

図:ズラリと並ぶ0円均一の箱。

地元での認知度向上をめざして、西東京市民文化祭2010に出店(2010/10/30~11/1 きらっと西東京多目的ホール)

ひばりが丘近隣や西東京市内など地元周辺地域での出店呼びかけ企画もいくつか進めている。
毎年5月、西東京市・東久留米市・小平市西部などを配布対象とするタウン誌に記事と広告を掲載してもらい、0円均一の出店呼びかけをしている。5月20日~30日の期間を「いつになく、ゴミなし」と読んで『0円均一週間』と銘打ち、誌面に掲載した0円均一商標を切り抜いて箱に貼ってもらい、それぞれに出店してもらう。会期中に街を歩いていると、数軒の出店を見かけることがあった。わずかながらも応えてくれている人たちの存在が心強くもある。
杉並区の小学校で実施したような全校児童対象のイベントが地元の小学校でもできないかと、市役所に足を運んでみたり、市内の全小学校長宛てに企画書を送ってみたりと、種を撒いている。どこかで芽が出てくれるとよいのだが…。

高島さんにとって、『0円均一』は美術作品の一環としての捉え方でもあるという。多くの時間も費やしているし、今は予算も「0円均一」のことが多く持ち出しばかりになっている。でも美術作品として捉えると、それほどの違和感もない。世のため、人のためではなくて、自らの妄想を視覚化してみたいだけですと、謙遜を交えて語る。もちろん、必要な予算をいただいて実施できた方が継続性が臨めるのは言うまでもないが。
 
かつて中央線沿線で見かけた「ご自由にお持ちください」の札は、ひばりが丘に越してきてから街中を歩いていてもあまり見かけなかった。街の文化の違いなのかもしれないが、まわりで誰もやっていないと始めるきっかけすらない。

『0円均一』を一大ムーブメントとして盛り上げていきたいという思いは必ずしもない。もっと自由で、個人の取り組みの集積として自然に広がっていくことをイメージしているようだ。気づくと街のどこかで『0円均一』の商標を張った段ボールが置かれている風景が違和感なく受け止められているような。
あえて言えば、自分が言いだしっぺでやっているわけではないんだよと、出店者がなんとなくの言い訳を持ちながらやり始められるための、舞台装置や道具のお膳立てだったり、必要なら演出の手伝いもしよう、と。でも実際に舞台に上がって演じるのは、それぞれの役割だ。そんな個人レベルでやるのに楽な方法になればよい。
反響があるとうれしい。でも、『0円均一』の商標を使わなくたって、いろんなところで勝手に広がっていってくれるとなおうれしい。
 
エコプラザ西東京にほど近い市内のとある大型マンションで、ロビーの片隅に、近頃『0円均一』の箱が置かれている。たまたま出入りする機会があって気が付いただけで、高島さんの仕掛けではない。管理人さんが常駐するマンションだから、管理人さんが置いているのかもしれない。
マンションなど公共空間での0円均一は、ともするとマナー違反などの苦情が出る可能性もあって、自己責任を旨とする0円均一としてはおススメするものではない。一方で、自宅前の0均箱よりは匿名性が高まって、それぞれが節度を持った利用になりさえすれば、うまく機能するのかもしれないという期待もある。
 
取材の帰路、駅に向かう途中のヘアサロンの店先で、イスに置かれたカゴの中に古雑誌が何冊か入れてあって、「ご自由にお持ち帰りください」のメッセージボードが置かれていた。0円均一の精神に則って、ありがたく持ち帰らせていただくことにした。

写真:高島亮三さん

『0円均一』提唱者の高島亮三さん
(北本チサン第三商店街の案内所にて)

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