トップページ > みどり東京レター > 極限の世界で考える食料の大切さ ―多摩市「南極シェフから教わる〜食品ロス削減に向けた親子講演会〜」
みどり東京レターは、都内62市区町村が実施するイベントをわかりやすく紹介することを目的に、月に1回程度の更新を予定しています。ぜひご一読ください。
2022.10.18
多摩市永山公民館で開催された講演会の開始前の様子
南極で出たごみは、すべて日本に持ち帰るんだ。
8月3日(水)、多摩市環境部ごみ対策課が主催する講演会「南極シェフから教わる ~食品ロス削減に向けた親子講演会~」が開催されました。講師の渡貫淳子さんは、第57次南極地域観測隊の調理隊員として平成27年12月から平成29年3月まで南極の昭和基地に滞在しました。帰国後は、南極での経験をもとに『南極ではたらく~かあちゃん、調理隊員になる~』(平凡社)などの著書を出版し、話題になっています。
講演では、オーロラや白夜など南極の美しい自然の紹介とともに、食材や水が制限され、排水やごみを極限まで減らさなければならない厳しい条件の中で、食材の最後の一滴、一欠片まで生かし、食べ残しをなくすことを考えながら調理していた貴重な体験をお話しされました。
講演会の開始に先立ち挨拶をする多摩市環境部ごみ対策課長兼資源化センター長の薄井誠嗣さん。
「本日の講演をきっかけに、日常生活における食品ロスについて考えていただければ幸いです」とこの講演会の目的をお話しされました。
講師の渡貫淳子さん。第57次南極地域観測隊に調理隊員として参加。
現在は、サステナブルな暮らしの実践方法の普及啓発や書籍の出版、講演など多方面でご活躍されています。
南極地域観測隊は主に昭和基地に滞在し、オーロラや大気、雪や氷、大陸の変動や隕石、生物の研究・観測活動を行っています。
南極大陸の利用については、南極条約という国際的な取決めによって、軍事目的に使用しないこと(南極地域の平和的利用)、領土権を主張しないこと、科学的調査の自由と国際協力を促進することなどが定められています。日本は南極条約議定書【*】にも参加して、南極の環境と生態系の保護に力を注いでいます。
日本の南極地域観測隊が主に滞在している昭和基地は、南極大陸の沿岸にある東オングル島に設けられています。南極の中では比較的暖かい場所ですが、最低気温-45.3℃、最高気温10.0℃、年間平均気温-10.4℃と、日本と比べると格段に厳しい寒さです。
昭和基地にやってきたエンペラーペンギン。南極では野生動物に触れることは禁止され、一定の距離を保って観察しなければなりません。動物の方から近づいてきたときは、人間はじっと動かずに動物が通り過ぎるのを見守ります。
【*】南極条約議定書
正式名称は「環境保護に関する南極条約議定書」。南極地域を平和および科学に貢献する自然保護地域として位置づけて、その環境の包括的な保護を図るため、1991年に南極条約特別協議国会合において採択され、1998年に発効した。採択地名より「マドリット議定書」と呼ばれることもある。南極地域における鉱物資源採取の禁止、在来動植物の採捕・有害干渉の禁止、非在来種の持ちこみ禁止、廃棄物の適正処理、あらゆる活動に関する環境影響評価の実施等を定めている。
観測隊に参加しているのは、科学的な観測や実験を行う研究者のほか、電気や水道などのライフラインを確保する技術者や医者、調理師など、基地での生活をサポートする人たちです。渡貫さんはもう1人の調理隊員とともに、基地内の30人分の食事を毎日作っていました。
では、南極ではどんな食事が食べられているのでしょう?
実は、南極で使う食材は冷凍保存が可能なものを中心に日本から運び込むため、日本国内とほとんど同じ食事ができます。ただし、食料の補給は1年に1回、交代要員の隊員が南極観測船で運んでくるものがすべてです。そのため日持ちしない生野菜が圧倒的に不足します。「キャベツの千切りがついていないトンカツは実に味気なく、玉ねぎの入っていないカレーや牛丼も美味しくならず、生野菜がいかに貴重であるか実感しました」とお話しがありました。
昭和基地で調理隊員が実際に作っていた食事の一例。和食、洋食、中華など、日本国内で食べられている料理は南極でもほとんど同じように食べることができます。
渡貫さんがお正月に準備した鏡餅(左)とおせち料理(右)。こうした行事食やイベントは、基地の狭いスペースで、毎日同じメンバーと仕事を続けるためのモチベーションを保つ効果もあります。
食料庫の整理の様子。危険を避けるためヘルメットを被り、食品の入った段ボールを積み替えます。隊員の1年分の食料は大量で、ときには整理に2~3時間かかることもあります。
日本から昭和基地に運んで7か月後のキャベツの状態。左は紫キャベツで、表面が溶けてしまいました。右のキャベツは芽が出て、日本にいれば捨てられてしまう状態です。南極ではこれも貴重な生野菜で、表面をきれいにして大切に調理しています。
日本から持ち込んだ種を植えて、基地内の「オングルファーム」と名付けた部屋で水耕栽培していますが、収穫量はごくわずかです。
南極は外部から土を運び込むことが禁じられ、野菜の種も環境省が許可したものだけしか持ち込めません。
南極では水の確保も困難な作業となります。周りには氷や雪がたくさんありますが、電気を使って機械で溶かし、汚れをろ過して塩分を取り除かなければ水として使うことはできません。一度にたくさんの水を作るのは難しく、ときには気温が低すぎて機械が止まります。
南極では日本と同じように水が使えるわけではありません。水を作れる量にも限界がありますので、日本国内の平均使用量よりはかなり少ない水で生活をしています。
また、ごみを含むすべての物資は本国へ持ち帰るのが規則です。可燃物は焼却して灰をドラム缶に詰めて持ち帰ります。調理で出る生ごみも機械で乾燥させてから焼却します。トイレやお風呂、調理場の排水は機械で汚れを浄化してから流しますが、大量に処理するのは難しく、調理場の排水も極力汚れのない状態にして流さなければなりません。
このため、調理では食品ロスを限りなく減らすことを考えて、食材は取り除く部分を少なくし、食べ残しは別の料理にリメイクして食べきります。
料理のリメイクの一例。カレーライスが残ったときにはカレードリアやカレーうどんにリメイクし、鍋の内側についたカレーは集めて、水と具材を加えてカレースープにします。
基地の中では、毎週金曜日はカレーの日と決まっていて、残り物はすべてカレーに入れて煮込みます。
そして、再びカレーからのリメイク料理がスタートします。
悪魔のおにぎりは隊員の命名です。夜間も仕事をする隊員のためにその日残った材料で夜食を準備します。天かすと天丼のたれに似たつゆ、青のりで作ったこのおにぎりは、あまりにもおいしくてつい食べ過ぎてしまうことから名付けられました。
「南極では、無ければ無いなりに色々工夫して楽しく生活ができた」と渡貫さんはおっしゃいます。
南極での隊員生活を終えて日本に帰国したある日、買い物に出かけた渡貫さんは、スーパーで惣菜が山盛りになった様子を見て泣き出してしまいました。豊かさに感激したわけではありません。山盛りの惣菜の多くは、数時間後に賞味期限切れとなって廃棄処分になるのだと知っていて、過剰な豊かさが苦しくなったのだそうです。
食品をたくさん買いこんで、消費期限や賞味期限が過ぎたら封も切らずに捨てることは、今の日本人にとってそれほど違和感のない消費行動かも知れません。しかし、消費期限や賞味期限に頼る行動は、世界共通ではありません。日本でもかつては五感を働かせて食べても大丈夫かどうかを自分で判断していました。
令和3年度の日本の食料自給率は38%(カロリーベース)で、飼料を含む多くの食料を輸入に頼っています。一方で年間570万トン(平成元年度)の食品が廃棄されています。今、食品を安易に捨てる消費行動を見直すときが来ているのではないでしょうか。
多摩市環境部ごみ対策課では食品ロス削減の取組みの一環として、令和2年度に実態調査を行っています。調査によると、家庭から出される可燃ごみに含まれる食品廃棄物は33.7%、そのうち直接廃棄と食べ残しは28.5%で、直接廃棄された食品の4分の3は「100%手つかず」のものでした。買ってきたまま賞味期限や消費期限が切れて捨てられる食品が多いことがわかります。
食品ロスは、単にもったいないだけではありません。ごみ収集や焼却に必要なエネルギーはもちろん、食品の生産や輸送、販売などにも多くのエネルギーが消費され、多くのCO2を排出していることになります。
渡貫さんは、食品ロスを減らすためには、まず自分の家のごみを知ることが大切だと言い、3つの提言をしました。
①消費期限と賞味期限を知る。直接廃棄を減らそう!
②根や皮を取り除くときは最低限に。過剰除去を減らそう!
③家にあるものを使って自分で料理を作ってみよう!
こうした個人の意識を変える行動は、すぐに実行可能です。
多摩市の食品ロス対策では、多摩市食べきり協力店登録制度やエコクッキングレシピの作成、エコショップ制度など、様々な取組みを行っています。
近年の国際情勢や気候変動などを踏まえると、世界中で食料不足や水不足に苦しむリスクが高まっています。日本は、今後予想される食料危機に対して最も脆弱な国の一つと指摘されています。
日本での生活に戻った渡貫さんは、自宅のごみを減らすためにごみ袋のサイズを小さくする努力をしているそうです。個人の小さな取組みですが、まずできることから始めることが大切だと教えていただきました。
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