【第84回】市街地に残された雑木林で、草を大事にして生態系を育む(武蔵野の森を育てる会)
2017.05.19
※本記事の内容は、2017年5月掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。あらかじめご了承ください。
在来の草木を大事にして、外来種や繁殖力の強いササなどを除去
春先のある日曜日の朝、JR武蔵境駅から徒歩約10分の住宅街にある境山野緑地に向かった。小雨がぱらつくあいにくの空模様ながら、月2回ほど実施している定例作業日に合わせて、会員10名ほどと近隣大学の学生ボランティアを中心とした10名ほどの合計約20名が集まった。年度はじめということと天候も影響してか、通常は30~40名ほど集まるのに比べると少ない人数になったというが、作業をするには十分な人数と言える。
「おはようございます! 今日はあいにくの雨ですが、植物の勢いがよい季節なので、雨天中止にして次回の定例会まで作業をしないわけにはいきません。雨足が強まってきたら作業を終了しますので、どうぞよろしくお願いします。初めて参加する方もいますので、まずは自己紹介からお願いします」
武蔵野市内にキャンパスのある亜細亜大学や成蹊大学の学生ボランティアたちが数名ずつ参加する他、近所の会員などが参加し、それぞれ簡単に自己紹介をしていく。
自己紹介のあと、武蔵野の森を育てる会・代表の田中雅文さんがこの日の作業の説明をする。
「今日の作業は、最初に竹林整備をします。それから、緑地入口のサツキの植え込みに草がたくさん出てきているので、草取りをしたいのと、枝を伸ばしているヒイラギナンテンも間引きしてすっきりとさせたいと思います。ここの緑地は生態系を大事にしていますので、できるだけ草はそのまま生やしています。ただ、外来種や繁殖力の強いササなどは取り除いていく、そんなふうに、生やしながらも適度に管理していくという方針で、基本は草も大事にしながら、生態系を育んでいくための作業になります。今日の植え込みの管理作業は、生態系というよりも、サツキを生かしてあげるという観点からの作業です」
雨が強くなったら作業を終了せざるを得ないため、詳細な説明は実際に作業をしながらすることにして、現場に移動する。会員1人にボランティア数人が付いて、少人数の班ごとにそれぞれ配置に付いた。

木を伐ることで、雑木林の森は維持されてきた
境山野緑地は、2002年に閉鎖された旧都立武蔵野青年の家の跡地を武蔵野市が取得して整備し、2005年4月に開園した保全緑地だ。その後、隣接する南側の雑木林や駐車場跡地を2007年に併合して、総面積は約1haになった。南側の雑木林は、江戸時代の新田開発によってつくられたコナラやクヌギを中心とした落葉樹の二次林(武蔵野の雑木林)を継承するもの。明治の文豪・国木田独歩の作品『武蔵野』にゆかりがあるため、その名にちなんで、“独歩の森”と呼ばれている。いわゆる里山として利用されてきた雑木林で、薪や炭の生産の場として周期的な伐採により維持され、豊かな生態系を育んできた。かつてはこうした里山の雑木林が武蔵野一帯に広がっていたが、現在は、市内の雑木林のほとんどが宅地化などによって消失し、ここ境山野緑地を中心に、武蔵野市内には数か所が点在するだけになってしまった。
そのため、武蔵野市では2007年に専門家を交えた境山野緑地検討委員会を設置し、武蔵野の雑木林の自然と文化の再生を基本コンセプトとする「境山野緑地の保全と活用について(提言)」を受け、それに基づき武蔵野の雑木林として適度な伐採を含めた更新整備を行うことを『武蔵野市緑の基本計画2008』で明記している。
「旧都立武蔵野青年の家の跡地にできた森は、すぐ近くにある武蔵野市立第二小学校の子どもたちといっしょに苗木を植樹しました。2005年12月に植えてからすでに10年以上が経って、萌芽更新【1】するのにちょうどよい大きさの木になっています」
田中さんはそう話す。青々とした草木が繁茂して、地面を覆いつくしている。
対照的に、南側の“独歩の森”は、下草がほとんど生えていない。園内を歩く人たちによる踏圧と、大きく枝を広げる木々によって林内に十分な光が入ってこないためだ。近隣の農業者によると、最後に萌芽更新したのは1943年までさかのぼり、以来伐っていないため林内の木々は高木化して、雑木林ならではのみずみずしさが失われつつある。部分的に皆伐して、光が射し込むようにするとともに木々の若返りを図るため、市と武蔵野の森を育てる会との協働で園内のどんぐりから育てた実生の苗床も作っているが、まだ木を伐って更新するまでは至っていない。


「木を伐ったあとに切り株から伸びてくるヒコバエ(萌芽)を育てて森を再生する方法を“萌芽更新”と言いますが、“独歩の森”の木は最後に伐ってから年数が経ち過ぎているため、萌芽を伸ばすだけの元気がないかもしれません。一般的に、50年以上経った雑木林は、皆伐しても萌芽のみによる更新が困難な場合が多く、実生を育てたり、苗を補植したりする必要があるのです。いったん部分的に皆伐するのは萌芽更新と同じですが、区別するため皆伐更新と呼ぶことがあります」
部分的ながら木を伐って林を更新するため、これまで近隣住民を中心に慣れ親しんできた“独歩の森”の景観が一時的には大きく変わることになり、慎重に進めていく必要がある。毎年シンポジウムを開催して、雑木林の保全や更新について市民の理解を得るための働きかけを行っているが、さらに目に見える形でアピールしていくことが必要だと田中さんは言う。


可憐な園芸種も、自然生態系の中では除去対象になる
緑地入口の植え込みでは、密集した枝を伐って風通しをよくする作業や、伐った枝を細かく切り分けてビニール袋に詰めていく作業、植え込みの草取りなど班ごとに分散して取り組んでいく。田中さんは学生ボランティア数名を引き連れて、緑地内の道端に生える外来植物の草を抜き取る作業をするという。路傍の草をさし示しながら説明をする。
「実はこの辺は、外来種だらけなんです。“外来種”って、知っていますか? もともとこの地にはなかった植物で、放っておくと繁殖して、昔から武蔵野に生えていた野草を圧倒してしまうので、できるだけ除去するようにしています。きれいな花も多いんですよ」
そう話しながら、足元に咲く青と白の可憐な花を指さす。
「これは、オオイヌノフグリといって、みんなの大好きな花ですが、実は外来種です。これも最初は抜き取っていましたが、一生懸命抜いても、取った跡には、またこのオオイヌノフグリが生えてくるんです。グランドカバー植物といって、地面を覆うように広がる種類なんですね。そういうのは頑張って抜き取っても、結局またそれが生えてくるだけなので、今はいちいち抜いていません」

オオイヌノフグリが群生する中に、くすんだ薄紫色の地味な花が背を伸ばしている。外来種のヒメオドリコソウだという。
「このヒメオドリコソウという植物は、部分的に密集して占有するように生えてくるので、抜き取っています。根元を持って、揺するようにして根っこごと引き抜いてください。雨の後ですから、土も柔らかくなっていて、揺すってやれば、割と抜き取りやすいと思います。手で引き抜けないようなら、スコップで掘って取ってください」
抜き取った草は、「万作てみ」と呼ばれる塵取りのような道具に入れて、まとめて処理する。「てみ」は「手蓑」と書き、落ち葉掃きや草取りなどに使われる農具の一種で、園芸作業などにもよく使われる。


薄緑色の瑞々しい草が立ち上がっている様子を田中さんがさし示して話をする。先端にツボミをつけた色鮮やかな草だ。
「これも外来種です。よく見ると葉っぱにうぶ毛が生えているのが特徴です。もう少し生長すると、白い花が咲きます。オランダミミナグサという外来種で、勢いよく増えてくるので、今のうちに取っておきましょう」

光の射し込み方で生えてくる草も変わってくる
足元の草を見ながら園路沿いに進んでいくと、林床の草が減ってきて、明るい緑色の光景が、地面の露出した茶系統の色調に変わってきた。
「この辺はさっきのところと違って、草が生えていないよね。何が違うんだと思う?」
田中さんが学生ボランティアたちに問いかける。
「……」
違いは感じられても、その理由までは思いつかない。
「実は、ここは人通りも多くて、人の目が行き届いているから、草も怖くて出られないんですよ」
「あ~、なるほど…」
素直に受け入れる学生ボランティア2人の表情を見ながら、田中さんは慌てて、訂正する。
「冗談、嘘ですよ(笑)! 光が全然違うんです。こっち側はあまり光が当たらないんですね。向こうは開けていてかなり日照りになっているので、それに適応した外来の草がたくさん出てくるんです。逆にいうと、林の中は落葉樹の木々が葉っぱをつける前、春先の一時期に合わせて花を咲かせることのできる在来の草花ばかりで、外来種の草は生えてこないんですよ」
なんだ~!と苦笑しつつ、合点のいった納得顔で顔を見合わせる。
さらに進んでいくと、再び開けた明るい場所に出る。白っぽい花をつける草をさして、田中さんが話しかける。
「これが、今日のメインターゲットの植物です。これからだんだん、あの辺りの草地にたくさん生えてきます。ハナニラと言って、好きな方はよくお庭やプランターに植えている、園芸種なんです。でも、これが自然生態系の中に入ってきて、広がってしまうと野生の在来種を圧倒しちゃうので、ここでは見つけたら抜き取っています。手で抜くのは難しいので、スコップを使って掘り起こしてください。この辺の細い葉っぱが全部そうなので、取ってくださいね」
隣には、すっと茎をのばす草が生えている。
「こちらは、オニタビラコといって、武蔵野の昔からの草です。タンポポに似た葉っぱをしているから葉っぱだけだと紛らわしいんですけど、こうやって茎が出てくるとだいぶ印象が違いますよね。在来種なので大事にしたいんですが、植え込みにたくさん出てきちゃうと、あまり野生的にはできないので抜くこともあります。在来の生態系は大事にしたいんですけど、植え込みの方は園芸的に手入れをしないといけないので、結構大変なんです」
市民の憩いの場として公開される公園緑地ならでは管理作業の苦労がある。また、民家のフェンス沿い1メートルの範囲内は、圧迫感を与えないように徹底的に草を取っている。


作業の終わりにはお茶とお菓子で、ボランティアを労う
歩みを進めていくと、林床一面にササが生えている場所に出る。
「みなさん、冬のササ刈りのときには来ましたか?」
「はい!」
「じゃあここのササも刈ってくれましたよね。ここは、もう少しすると、きれいな花が咲くのが見られます。次回の作業日には運がよければ出会えるかもしれませんね」
そう田中さんが言うと、学生ボランティアが驚いたように目を見開く。
「ササって、花が咲くんですか!?」
やや言葉足らずの説明に、勘違いが生じたようだ。
「あ、ササじゃないですよ。ササを刈って地面に光が当たるようになると、ササに覆われて芽を出せなかった在来の草が花を咲かせるのです」
ササ原のすぐ先で、園路の外縁に生えている草を見つけて、田中さんが指摘する。
「これ、なんでしたっけ? まだ花は出ていないけど、さっき取ったのと同じ、ヒメオドリコソウです。こっちの草もわかりますか? そう、ハナニラでしたね。花の色がちょっと違うけど、同じ種類です。花の形は同じでしょ。これも抜き取ってくださいね」
細長い葉っぱがニラのような草だ。学生たちが、しゃがんでスコップで掘り起こしていく。
園路伝いに一周して、元の場所に戻ってくると、公園入口の植え込みの刈り込み作業も進んで、だいぶすっきりとしていた。刈り込んだ枝を切り刻んで袋に詰めている人たちに声をかけながら、田中さんはスコップや「てみ」の片づけ方について説明する。
「スコップは水で流して、タワシで洗ってください。てみも水でサッと流した後、タワシでこすって洗うようにしてください」
水場に2人を残して、残りの学生たちを伴って、刈り込み作業の片づけを手伝いにいく。小さく切った枝葉は袋に入れ、長い枝は束ねて結んでいく。ボランティアたちの動きを見ながら声をかけて、人海戦術で作業をこなしていく。
そろそろ作業も終わりに近づき、会員の一人が終わりの会で出すお茶の準備を始める。毎回、作業後にはお茶とお菓子を出して、作業のふりかえりを兼ねた懇親会の場を作っている。別の会員2~3人は、倉庫から作業日誌ファイルを取り出し、この日の作業概要と実施位置を、園内白地図を印刷した記録シートに書き込んでいく。


「まちの中の森」という視点を重視
武蔵野の森を育てる会は、地元住民を中心に42名が会員となり、会の日々の活動の担い手となっている。
「会員には、総会の議決権を持つとともに世話人──いわゆる役員ですが、当会では負担感を少しでも減らすためこう呼んでいます──を担当することもある正会員と、正会員と同じような活動はするものの役員にはならず議決権も持たない準会員の2種類があります。このように役割を分けた方が、気軽に入ってくれるのですね。要は、組織運営にはかかわらないけど、作業や活動はばっちりやりますという方が何人かいて、その方々もまた、現場の作業を支えてくれています。現場で汗を流したいと入ってくる方が多く、会計や書記を担当したり、会長や副会長などの責務までは負ったりしたくないということのようです。ただ、作業自体では正会員・準会員の区別はありません。今日も準会員の方が何人か、作業リーダーとして中心的に作業をしてくれていました」
会の運営について、田中さんがそう説明する。住宅街に残され、地元住民が中心になって守っていく森だからこそ、意識しているのが、「まちの中の森」という視点だ。
「整備の基本は、できるだけ武蔵野に昔から生息・生育してきた生き物が根付いていけるようにすることです。そのため、他の都市公園と違い、いわゆる雑草と呼ばれる草花も大事にしています。今日も一部やったように、外来種で繁殖力の強い植物が出てきたら、できるだけ抜いたり刈ったりして、在来の草が元気になれるように仕向けていきます。樹木でも、トウネズミモチなどの外来種は見つけたら小さいうちに伐って間引いています。一方、在来種でもアズマネザサのように、他の草木を圧倒してしまうようなものは定期的に刈って勢いを抑えています。在来の自然生態系を守るといっても、あまり背が高くなって見通しが悪くなってしまい、人々の安全や環境美化的に問題があるものは刈り込んでいくことも必要です。まちの中に残された自然は、まちの人たちの理解と共感がないと守れませんから、そうした視点も大事になってきます」
“森づくり”──特に雑木林の維持・保全のための森づくり──では、根本的には伐採して若返りを図るようなドラスティックな作業も必要となるが、まちの中の森として慎重にならざるを得ない面もある。現状は、日常の管理として、在来種を中心とした植物の基盤を大事にして、虫や鳥などの野生生物が生息・生育するための環境整備を図っている。


ボランティアのかかわりは、森の自然を育てるとともに開かれたコミュニティづくりにも効果を発揮
会員だけでなく、会員外のボランティアたちも活動の担い手として大きな力となっている。
「今日も来ていましたが、学生グループでは、近くにある亜細亜大学と成蹊大学から合計3つのボランティアサークルが会と連携しながら活動に参加してくれています。具体的には私の方から活動の案内を2週に1回、窓口の学生に送り、その学生からメンバーそれぞれに連絡してもらって、参加できる方を募ってもらいます。原則3日前までに、何人参加できるかを連絡してもらっています」
学生サークルなので、ときには自分たちの活動で会の定例作業には参加できないこともある。この日も亜細亜大学の1グループからの参加者はなかった。3つの団体が関わっているため、1つの団体が参加できなくても他の団体が参加できるなど、案外バランスが取れて、毎回10人ほどが参加している。
「地元にある金融会社もボランティアを派遣してくれています。若い方が中心で、よく働いてくれます。会社の基準として、年間で何回かボランティア活動をすることになっているらしく、提携している団体を中心に活動に参加しているようです。それをボランティアと呼ぶかどうかはありますが、心強い存在ですね」
近くの都立武蔵高校からも必修科目の「奉仕」の授業で参加する高校生たちがいる。地域の活動に参加する授業で、6月から10月の期間中に1人当たり5回以上作業に参加すると単位がもらえる。武蔵野の森を育てる会でも、毎年10名を限度に受け入れている。中間試験や期末試験などもあってなかなか参加できず、例年、12月頃まで参加する生徒もいるという。

「私たちは、ここの自然をできるだけよい状態に保ちたいと思って活動してきましたが、もうわれわれ会員だけでは追いつかない状況になってきています。そこで、近隣住民に呼びかけたり、近くにある大学の学生ボランティアに声をかけたりして、これだけの人数が集まってくれるようになってきました。生態系をよくしようと思って森に対してやっていることが、結果として、人々のつながりを作ってくれたのです。いわば、開かれたコミュニティで、老いも若きも集まって、森を介した人々の交流ができてきたように感じています。自然状態をよくすることと、人々のつながりをできるだけよい形に保っていくこと、その両方の相乗効果で今後もやっていきたいと思っています」


市街地にある森ということで、教育にも力を入れている。作業に参加する学生ボランティアには、できるだけ解説しながら、作業の意味を考えてもらうように心がけている他、近隣の小学校でもゲストティーチャーとして授業に協力している。
すぐ隣にある武蔵野市立第二小学校では、総合的な学習の時間で各学年と関わりを持っている。特に、5年生の宿泊学習「セカンドスクール」の前後で雑木林体験をしてもらうのが恒例になっている。
若い世代が武蔵野の雑木林と触れ合い、四季折々に変化する彩りを原風景として持つことが、まちの中に残されたこの緑地の役割でもあり、また末永く守っていくための大事な取り組みとなる。


注釈
関連リンク
施策19として、境山野緑地の保全について記載されている。
境山野緑地の将来像と保全・活用の方法が提言されている。