【第47回】花を植え・管理しながら、街をつくり・育てていくことにかかわるきっかけを得る ~ガーデニングによる地域コミュニティづくり(GREEN UP&ヒルズガーデニングクラブ)
2014.03.31
空に希望を。地上にみどりを。地下に喜びを。 ~森ビルのヴァーティカル・ガーデンシティ構想
地上部54階、高さ238メートルの六本木ヒルズ森タワー。2003年に開業した六本木ヒルズの中核施設として、東京のランドマークになっているこのタワーだけが六本木ヒルズと勘違いしている人もいるかもしれないが、実は総敷地面積12haのなかに14棟の建物が立ち並ぶエリア全体を総称するのが「六本木ヒルズ」。もともと木造家屋が密集していた六本木六丁目エリアを再開発して生まれ変わった“街”こそが、六本木ヒルズだ。
一方、六本木ヒルズの開業に先立つ17年前の1986年に、民間企業による初めての大規模再開発として竣工したのが、赤坂一丁目から六本木一丁目にまたがって位置する「アークヒルズ」だ。こちらも、住宅密集地の再開発によって、高層のオフィスビルから集合住宅、ホテル、コンサートホールなど数多くの施設が建ち並ぶ“街”として誕生している。
平面的に建ち並ぶ戸建の家屋を縦に積み上げていくことで高層ビルに集約できれば、その分の空き地ができる。そのスペースにきちんと道路をつくって、広場や緑地を整備しようというのが、森ビルのめざす「ヴァーティカル・ガーデンシティ(立体緑園都市)」構想。高層化によって空中に階を積み上げ、空いた地上のスペースには緑を植える。地震に強い地下も有効活用していくことで、地表面はより緑豊かな環境を生み出すことができる。六本木ヒルズもアークヒルズもそんなコンセプトに基づいて設計・施工され、育まれてきた“街”なのだ。
こうしてつくりあげられた街の中の緑地空間である屋上庭園や街路沿いの花壇を舞台に、多くの人たちの参加を得ながら展開しているのが、今回紹介する「GREEN UP」および「ヒルズガーデニングクラブ」。公共空間における緑地整備に参加しながら、関わる人たちのコミュニティ活動を作り出していこうというのがそのめざすところだ。

六本木ヒルズの在勤・在住者を対象としたコミュニティ活動 ~GREEN UP
「今朝は皆さんに、チューリップの苗を植えてもらいます。花壇ごとにポットをいくつか置いたので、全体のバランスを見ながら植える場所を決めて、穴をあけてください。そこに、一つ一つ愛情を込めて花苗を植えこんでいきます! 坂の上の方から順番に、坂を下って植えていきましょう。植える本数はお好みで。時間のある限り植えてください。植えるときは、一列に並べるよりも、花壇の幅を生かして多少でっぱりやへこみがあるようにした方が立体感が出てきます。配置によって皆さんのセンスが問われますからね!」
2月のとある平日、肌寒い早朝の六本木けやき坂通り。通勤前の一仕事に汗しようと集まってきた10数名のメンバーは、皆さんすべて、六本木ヒルズの在勤・在住者。すでに何度も参加している常連さんたちばかりで、皆、顔見知り。作業の合間にも話が弾む。
参加者に声をかけるのは、「お花がかり有限責任事業組合」代表の竹谷仁志さん。2009年4月から六本木けやき坂通りの花壇の植栽設計と施工、メンテナンスを請け負っている。花壇に植える花は、主に東京近郊で生産される地産地消の種苗を使って、四季折々の花を入れ替えている。その植え付けやメンテナンス作業の一部を、六本木ヒルズ在勤・在住の人たちといっしょに行うのが、2012年4月に開始した「GREEN UP」だ。


はじめたきっかけは、六本木ヒルズのコンセプトの一つのキーワードに当たる“オープンマインド”実現のための活動をつくることにあった。『六本木ヒルズはオープンマインドな街です』というもの。このオープンマインドを実現する手法の一つに『六本木ヒルズは参加する街です』というのがある。この街に住む人、働いている人のすべての人たちに六本木ヒルズのまちづくりへ参加してほしいというもの。ただ、そうはいっても、住民、オフィスワーカー、店舗スタッフの人たちからは、どうやってまちづくりに参加すればよいのかわからないという声も多かった。参加の仕方の一つの提案となったのが、GREEN UPだった。活動を通じて、六本木ヒルズのことを好きになってもらいたい、街に愛着を持ってもらいたいという思いがあった。花壇づくりはいわば手段で、目的は作業を通じた住民・勤労者たちの地域コミュニティをつくっていくことにあった。

森ビルのコミュニティ活動の企画運営を担当するタウンマネジメント事業部の秋葉千恵さんは、GREEN UPの効果について次のように説明する。
「花壇のメンテナンス作業は、知識がなくても割と気軽に参加できます。それに何よりも街路沿いの花壇ですから、ご自身で作業に参加していただいた後、毎日のように目にすることになります。メンテナンスで花がら摘み【1】や剪定をされた後、花がらが花壇に残っているのが気になると言って、ちょくちょく見に来てくれださるようになったり、花壇のゴミを拾ってくださる方がいたりします。それまで花壇があることさえ気づいていなかった方たちが、この活動を通じて“私の花壇”という感覚を持っていただけるようになっていて、それは大きな効果の一つだなと思っています」
毎回の作業は、概ね月に1~2度、花の状態や管理業者のスケジュールの都合などを調整して不定期に開催している。通知方法は、一度参加してもらった人プラス希望のあった人にメールを配信している。それでも毎回、友達や知り合いを誘い合わせて数人ずつ新しい人が参加してきているような状況だ。
作業の前後に飛び交う挨拶が、心地よい一日のスタートをつくり出す
取材に伺った日の作業でちょうど25回目となったGREEN UP。普段なら出会うことも接することのないような人たち同士のコミュニケーションが生まれることで、新しいつながりができてきているという。
「これまで行ったことがなかった飲食店に行きはじめた方がいたり、プライベートでも仲良くしている方もいらっしゃいます。中にはお仕事の相談をするような仲間ができたという方もいらっしゃって、いろんな交流が生まれています。住民の方の中には、活動日の朝にお芋を蒸かして持ってきて皆さんに振る舞ってくださる方もいて、本当に人の肌感がすごく伝わるようなコミュニケーションが育ってきてくれています」
今はそんなGREEN UPならではのコミュニティができているが、開始当初は、皆知らない者同士だったので、花壇の作業を始める前に2人でペアを作っての自己紹介ゲームの時間を設けた。それぞれ1分くらいで名前・所属と、「最近見たおもしろい映画」などのお題を設定して、自然と話が始まるような雰囲気づくりをしていたが、今はもう全然必要ないと笑う秋葉さんたちだ。
毎回の作業の終わりには、エリア内に店舗を開くスターバックスの出張コーヒーサービスを頼んでのコーヒータイム。作業にはあまり参加できませんがと最後の15分くらいに何とか間に合わせて、コーヒーを飲みながらの談笑を楽しむ人もいる。そんなふうにこのコーヒータイムを楽しみにしてくれるのも歓迎だ。仕事の時間に合わせて途中で帰っていったり、途中から参加してきたりする人も少なくはないが、そんな人たちに向けて自然と「おはよう!」「いってらっしゃい」と挨拶が飛び交う。こうした声かけによって、一日が気分よく始まって、「元気に過ごせています!」と言ってくれる人もいるという。

アークガーデンの専任ガーデナーに習いながら、交流を楽しむ
ヒルズ内の人たちに向けて実施しているコミュニティ活動である「GREEN UP」に対して、一般からの参加者を含めて広く会員を募集しているのが「ヒルズガーデニングクラブ」。こちらは、会費を徴収する会員制のクラブ活動で、月3回の土曜日を定例活動日として、年間30回の活動を行っている。1年ごとの更新だが、10年15年と継続している会員が多いという。
指導を担当するのは、アークヒルズにある都心の屋上庭園「アークガーデン」の専任ガーデナーで、NHKの趣味の園芸の講師もされていた、風とみどり塾主宰の杉井明美さん。日本の気候に合った日本原産の植物にこだわった庭づくりや、屋内外を問わず鉢植えを配置して飾りつけるコンテナガーデンの普及を進める第一人者だ。

もともと“都市に人のかかわる緑をつくりたい”という想いで17年前にスタートしたアークガーデン。緑の空間をつくり出すだけでなく、緑地があることで生まれる風や季節感、においなど植物が運んでくれる気持ちよさを都市に住み、働き、行き交う人たちのもとに届けたいという思いがある。
そんな“かかわる”ことを形にするため始めたのが、当初は「アークガーデニングクラブ」と称した、ガーデニングクラブの取り組みだった。植物の知識の有無に関係なく、植物やガーデニングに興味のある人たちが集って、街の中に手づくりの緑を育てていこうというのがめざすところ。2003年に六本木ヒルズが開業すると、同じようなコンセプトで「六本木ヒルズガーデニングクラブ」が誕生(2005年)し、2008年4月からはこれらを統合して「ヒルズガーデニングクラブ」として、アークガーデンと六本木さくら坂の2つの活動フィールドで、一週おき交互に植え付けや手入れの作業等をしている。


日本原産の植物にこだわった植栽
アークガーデンでは、「フォーシーズンガーデン」と呼ぶ日本原産及び古い時代に日本に渡来してきた植物のみを集めた庭園もあるが、ガーデニングクラブの活動場所になっている「メインガーデン」では、園芸種など花の鮮やかな品種も多く扱っている。一方、後から始まった六本木ヒルズでのガーデニングクラブの活動では、75本の桜並木の足元にある沿道花壇で日本原産の植物だけに限定した“和の植物”を植え、メンテナンスしている。昔からあったような山野草といわれるものだから、園芸種に較べると地味な植物だ。
「かなり“植物偏差値”としては高く、見る人が見ないとわかりづらいかもしれません。ほとんどの方は桜にしか目がいかないんでしょうね。ただ逆に、わかる人が見れば『こんな草花が六本木に咲いているの!?』と感動していただけるような、珍しい植物を実は植えてあります。ガーデニングクラブでは、そうした植物の植え付けからメンテナンス、名札付けなどの活動をベースに、年に数回は遠足や懇親会などのレクリエーション要素のある企画も実施して、皆さん楽しく活動に参加されています」


例えば、毎年春にアークガーデンで実施しているのが、懇親を兼ねた春の花を活ける講習。普段は非公開の「ルーフガーデン」という庭園から好きな花を摘み取ってきて、思い思いに活けた花を前に、お茶やときにはお酒も飲みながら先生の講評を聞く。
杉井先生の植込みデモンストレーションをメインとした『Let'sコンテナガーデン』では、先生がふだんどうやって植物と向き合っているのか、どのように作品を仕上げていくのかというプロセスをじっくりと見学して、コンテナガーデンづくりを体験する。
取材日の前週には、明治時代から園芸用具をつくり続けている、杉井先生ご用達の園芸刃物店を訪問する“遠足”があった。古いものから現在の道具まで、その特徴やこだわりを聞いて、充実した一日となったと参加者たちも満足げだ。


開発によって施設や建物ができたあとからはじまるのが、まちづくり
森ビルがこうしたコミュニティ活動に力を入れている理由は、前述のとおり、街に関わる人たちの参加があってこそのまちづくりという思いがあるからだ。
「森ビルの活動は、街をつくって終わりではなく、街ができあがってからがスタートだ”というふうによく言うんですね。再開発によって施設ができあがっても、その街を育てるための取り組みが必要です。ただ、街を育てるのも森ビルだけでできることではありませんから、街に関わる人たちといっしょに育てていこうと、街に参加してもらうための仕掛けをいろいろとつくっているんです。タウンマネジメント事業部というのは、まさにその街に参加する仕掛け、街を育てるための仕掛けづくりをさまざま手掛ける事業部です。街を育てる取り組みの一つに、GREEN UPがあり、ヒルズガーデニングクラブがあるわけです」
そう説明するのは、広報室の田澤由梨さんだ。


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六本木ヒルズができて11年。道路の上の広場や屋上などにも草木を植えて、緑化空間を大きくとっている。できた当初はヒョロヒョロだった木々も大きく育ってきていて、六本木さくら坂ではきれいな桜のトンネルができている。
アークヒルズでは、開設当初の1990年に23.3%だった緑被率(緑被面積は1.15ha)が、2013年には43.4%(2.15ha)と大幅に向上・拡大している。
両施設ともに、ショッピングなどの商業利用だけでなく、散歩目的で訪れる人も多いという。近所の人がふらっとに訪れてきたり、近くに職場がある人が昼休みの時間を過ごしたり。そんなふうに使われるのもここで育つ緑地空間が大きな役割を果たしているのだろう。

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