【第29回】40万本の花咲かせるチューリップ畑が、地域の水田を保全する ~チューリップまつりを核とした地域一体の取り組み(羽村市)
2013.05.02
♪並んだ 並んだ 赤・白・黄色…♪
JR青梅線の羽村駅から徒歩約20分、多摩川氾濫原の沖積低地に広がる面積約6haの『根搦み前(ねがらみまえ)水田』【1】は、市内に残った唯一の水田地帯。河岸段丘の丘の上から、ハケ(崖線)の鬱蒼(うっそう)とした木々の中を抜けると、眼下一面に開放感あふれる景観が見えてくる。この水田を舞台に、毎年4月になると色とりどりのチューリップが咲き誇り、壮観な景色が広がる。羽村市の『チューリップまつり』だ。


今年(2013年)のチューリップまつりは、4月5日(金)~25(木)の3週間にわたって開催された。春の陽気で花の開花が早まったため、当初予定より日程を5日繰り上げての開始となり、期間中は33種類40万本のチューリップが春の彩りを飾った。昭和63年に栽培を始めて以来、今年で26年目の作付けになったチューリップまつり。週末になるとあいにくの雨と天気が崩れることも多かったが、期間中10万人以上の人出で賑わった。
羽村市のチューリップ栽培は、休耕田になる11月から5月の期間、稲作の裏作として栽培することで水田の有効利用を図る取り組みになっている。同市では、昭和58年から市内の街路脇や公園、町内会・自治会の広場などのスペースを活用して草花を植える『花いっぱい運動』に取り組んできたが、昭和63年になって市の出資で設立された羽村市花と緑の事業団が水田所有者の協力によって、市民に配布するチューリップ球根の収穫を目的に栽培を行うようになったのが、同市におけるチューリップ栽培のはじまりだった。
花いっぱい運動は現在も変わらず続けられ、11月になると町内会や自治会、学校、幼稚園や保育園の協力の下、チューリップやパンジーを植え付けている。春になって色とりどりの花々が街路のあちこちで咲き乱れ、羽村市に来る人々を花でお出迎えするという主旨だ。夏からはマリーゴールド、ベゴニア、サルビアが街を飾る。これらの花は、現在はオランダから購入しているチューリップの球根を除いて、市内の農家が生産した種から育てている。4月には観光協会主催の花いっぱいコンクールの表彰もあって、地域に根付いた運動として親しまれているという。

当初は水田を所有する農家3~4軒にお願いして、10aほどの小規模作付けからはじまったチューリップ栽培は、チューリップ栽培先進地への視察に出かけたり、当時の農業改良普及所からの指導を仰いだりしながら技術の習得に努め、規模も大幅に拡大していった。


配布用球根の生産から観賞用チューリップとしての栽培へ
多摩川のすぐほとりに広がる根搦み前水田でのチューリップ栽培は、開けた田園風景の中での栽培というロケーション、玉川上水の羽村取水堰(はむらしゅすいせき)【2】から多摩川沿いに約5分という好立地もあって、口コミ等を通じて年々来訪者が増えていった。一方で球根の生産としては、統一した品質のよい球根を大量に生産するのが難しく、配布用球根の栽培から観賞用チューリップの植栽へとその目的を移行させることになった。転機になったのは、平成5年に三多摩地区の東京都移管100周年を記念して開催された『TAMAらいふ21』【3】。チューリップまつりとして開催して大々的にアピールしたことで、羽村のチューリップ畑は一躍有名となった。
「平成5年の『TAMAらいふ21』のときに、チューリップまつりを始めました。それまでは、配布するための球根を生産しようということで始まったのですが、なかなか先進地に勝るようなものを作るのは難しいということもあって、観賞用のチューリップ栽培に切り替えましょうということで、イベント化するようになりました。規模もだんだん大きくなっていって、植え付け面積2.5haに今年は33種類40万本を植えています。現在、チューリップまつりで使用する球根の費用は、市の方で8割くらいを負担していただいているほか、観光協会でも個人や事業所からの協賛金を募って、購入費の一部に充ててもらっています」
羽村市観光協会事務局長の柴田満行さんは、チューリップ栽培の経緯についてそう話す。
平成13年からは、羽村市の観光資源である玉川上水・桜・チューリップを統合したイベント『はむら花と水のまつり』としてさらに発展させ、3月下旬から玉川上水沿いを中心に約200本の桜が花咲く『さくらまつり』に引き続いて、4月上旬からの『チューリップまつり』が実施されるようになった。まつりへの来場者も年々増加し、地域の活性化につながっている。平成5年に設立されたチューリップ生産組合は、地元農家9名が組合員となり、植え付け・球根管理等の一括管理を担っている。




市内小学校の水田体験学習など、地域の一体的な取り組みの場となっている、根搦み前水田
根搦み前水田は、一部に市所有の田んぼもあるものの、9割ほどが民有地。それぞれが生産緑地の指定を受けているが、ここの水田地帯も含めて市域のほとんどは市街化区域であるため、相続が発生するたびに市に対して買ってほしいと申し出があるという。市でも、財政をにらみながら、極力購入しているというが、すべてを買い切るだけの財力はない。平成14年の水田面積62,853m2に対して、平成24年は59,090m2(固定資産概要調書調べ)となっており、顕著な減少はないものの、一部には住宅が建ってきているのも実情だ。そうした中で、チューリップの栽培を通して生まれるさまざまな人々とのかかわりや、チューリップまつりで多くの人が訪れるようになったことなどが、当地の水田を維持し、保全していくための動機づけにもつながると柴田さんは言う。


例えば、市内にある小学校全7校で、チューリップ栽培や表作の稲作も含めてこの水田での体験学習を実施しているなど、根搦み前水田を取り巻く地域の一体的な取り組みへと発展してきている。
「羽村市は、東京都の市としてはもっとも人口が少なく、面積も狛江市、国立市に次いで3番目に小さい市です。特別な自然景観もなく、知られている観光名所といえば、玉川上水の羽村取水堰くらいのものです。“羽村ってどこなの?”という方がほとんどじゃないでしょうか。そうした中、チューリップまつりをきっかけにメディアに取り上げていただくことで、非常に大勢の方にお出でいただける。観光の振興もそうですし、そこでお店を出している商業者の方々の活性化にもつながります。それとともに、チューリップ球根の植え付け・掘り取り、水田での稲作を通して、教育委員会では子どもたちの体験学習の場の提供を受けていますし、学校はそこへ参加をして「総合的な学習の時間」の中で、子どもたちのさまざまな体験につなげています。学校以外でも、地域の子どもたちが参加する青少年対策地区委員会という組織が小学校区ごと7地区にあって、その団体が1月にどんど焼きの企画・運営をして、この水田で採れたお米を粉にして団子を作り、それをどんど焼きの火で炙って、一年間健康でいられますようにと食べるのです。行政、教育委員会、地域が一体になってのイベントですし、体験学習になっています」

チューリップの植え付けと球根の掘り取りでは、多くの市民ボランティアの参加もある。植え付けも掘り取りもすべて手作業のため、2.5haのチューリップ畑をつくるのは大変な労力だ。特に、球根の掘り取り作業では、大きさによって選別が必要となる。一定以上の大きさにならないと翌年の植え付けに使えないためだ。小さいものは土といっしょにすき込むことになり、その選別の手間も大変だ。平成24年度には、約700人の市民ボランティアがチューリップ生産組合の農家さんといっしょに作業したという。
さらに、学校でも根搦み前水田にある市所有の田んぼで稲作体験(市内の全7校が参加)やチューリップの植え付け体験(平成24年度の参加実績は近隣の4校)を実施している。4年生の11月にチューリップの掘り取りを体験したあと、5年生になって春の田植えと秋の稲刈りを体験するわけだ。



子どもたちが稲作体験に使っている田んぼは農家さんが日常的な世話や管理をしている。田植え後の草刈りや肥培管理はプロでないとなかなかできないから、面倒を見てくれる農家さんの存在は欠かせない。遠い学校の場合、田んぼにやってくるだけでも時間がかかるから、1時間の単元の中だけでは間に合わない。
ただ、採れたお米は各校に20kgずつ配って、学校での食育の時間に使ってもらい、自分たちが作った米を味わうという。
「農家の方に言わせると、“魚沼産のコシヒカリよりも美味しいよ、羽村の米は”という方もいらっしゃいます。現実に美味しいんですよ、食べてみると」


花いっぱい運動からチューリップまつりへと発展していく過程で、地域のさまざまな人たちの関わりが生まれてきた。6月の田植えから9月の稲刈り、11月の球根植え付けや1月のどんど焼きを経て、4月にチューリップまつりが開催され、終わるとすぐに花を落として、5月に球根の掘り起こし作業がある。こうして一年を通じた田んぼのサイクルが、地域の様々な取り組みの中で結びつくようになってきた、羽村市の取り組みだ。

