【第03回】頭で考えてはじめるよりも、熱中して取り組む中で感じ・気づくことを大事にする ~スポーツGOMI拾いの挑戦」(日本スポーツGOMI拾い連盟)
ちょっと異質な“ゴミ拾い”イベント
「ゴミ拾いは スポーツだ!!」 ──そんな掛け声を合図に、一斉にスタートを切る各チーム。
仲間や家族、職場の同僚など3~5人が組んでエントリーしたチームが、街の「ゴミ」を拾い集めるために散っていく。
走ると警告対象になるため、皆早歩きで移動する。チーム制の競技のため、先頭と最後尾が10m以内にまとまって行動することもルールに定められている。参加メンバーは、子どもから大人や年配者まで、年齢・性別もさまざまだが、ハンデは一切ない。同じ条件で誰でも参加できるのが、この競技の特徴の一つになっている。かといって、子どもだから勝てないというわけでもない。これまでの大会では、並み居る大人チームを押しのけて小学生チームが優勝したこともあった。地域を知り、ゴミを知り、それに沿った作戦をうまく立てていければ、体力的なハンデはほとんどない。
各チームは、揃いのTシャツを作って参加したり、スタート前の作戦会議で戦略を練ったりしながら、チームワークを高めていく。企業チームが一般にも馴染み深い会社のロゴ入り制服でエントリーしたり、草野球や少年サッカーのチームが揃いのチームユニホームを着込んでいるケースもある。開会式での選手宣誓や開会宣言で気持ちが盛り上がってくると、自然と雄叫びをあげるチームが出てくる。「えいえいおー!」と叫んだり、円陣組んだり。そうすると、ますます他のチームも闘争心が湧き上がってくる。
選手たちは皆、目をぎらつかせ、真剣勝負そのものだ。
どうも、普通のゴミ拾いイベントとは雰囲気がまるで違う。
「そう、この活動は“ゴミ拾い”の環境保全活動とか美化活動ではないんです。スポーツ競技なんです」
そう語るのは、『スポーツゴミ拾い』の生みの親、一般社団法人日本GOMI拾い連盟・代表の馬見塚健一さんだ。
「スポーツゴミ拾い」とは、一体どんなスポーツなのか、またその発想の背景にはどんなきっかけがあったのか。馬見塚さんに話を伺った。

の掛け声で一斉にスタートを切る

3~5人のチームでゴミを拾う
いつしか“ゴミ”が“ゴミ”じゃなくなっていく感覚が芽生えてきていた
「10年ほど前に九州から東京に出てきましたが、仕事も忙しく、あくせくしている自分に気づいたんです。それで、自分だけのゆったりした時間がほしいと、早朝のランニングをはじめました。気持ちのよい空間で、早起きをして、汗をかいて。でも次第に、せっかくの気持ちのよい空間なのに、それを乱している“街のゴミ”の存在が気になってきたんです」
そうして、ランニング途中で走りながらゴミを拾い出したのが、2007年頃のことだった。
走りながら、スピードを落とさないように掬いあげるように拾ってみたり、利き手じゃない方の手で拾ってみたり。
「あそこ、前方にビニールのゴミが落ちている──。あれ、右手で拾った方が素早く取れるか、左手の方がよいだろうか…。次の、あそこのゴミはどういう拾い方をしようか」
当初はただ汚いとしか見ていなかった“ゴミ”が、いつの間にか、どう効率的&格好よく拾っていくかという“ゲーム”のターゲットに変わってきていることに気が付いた。“ゴミ”が“ゴミ”じゃなくなっていく感覚が芽生えてきていた。ただのゴミ拾いが、“スポーツ”に転化した瞬間だった。
「これまでも、街のゴミ拾いなどに参加したことはありましたけど、そこにこういったスポーツ的な要素を組み込めると、ただ“汚いだけのゴミ”を、仲間と楽しく向き合える対象として捉えることができるんじゃないかなって。それがはじめのきっかけでした」
2008年5月、第1回スポーツゴミ拾い大会を開催。最初はどうなるか予想もつかない中で、声をかけた大学生たちといっしょになって事務局を組織して、ルールづくりからはじめて、8大学対抗戦の開催に漕ぎつけた。準備期間はわずか1カ月ほど。でもそれが逆に、学生たちの結束力を高めて、モチベーションをあげることになった。このときに中心になって活動してくれたのが、武蔵野大学や早稲田大学の学生たちで、今も代替わりをしながら、本部事務局を担っている。

細かく定めたルールが、スポーツ競技としての味付けに
決められた競技エリア内で、60分間の制限時間の中で、チームが力を合わせて拾い集めるゴミの“質”と“量”を競い合う日本発祥の新たな競技、それが『スポーツゴミ拾い』だ。
ルールを細かく定めていて、例えば制限時間は60分。これもいろいろと試行錯誤した結果の60分で、過去には90分でやったこともあったが、子どもたちの集中力が続かなかった。60分だと、「もう少しやりたかった」「もうちょっと拾えばぼくらが優勝できたかも知れない」と、ほどよい充実感を得られるようだ。
各チームには、日本スポーツGOMI拾い連盟の指導を受けた審判員が1人ずつ帯同して、安全面を確保すると同時に、スポーツとしての競技性を盛り上げている。多くの大会で、競技エリアが街中になるため、通行人との接触や飛び出しの危険性に気を配るほか、踏み切りや道路の中央分離帯など危険な場所に入り込まないようにチームと行動を共にする。また、ルールブックに基づいた厳格な判定を行うのも審判の役割だ。走ったり、ゴミ収集所やゴミ箱から抜き出すようなスポーツマンシップにもとる行為に対して、ホイッスルを鳴らしたり、イエローカードを出したり、重大なルール違反の場合には減点・失格の対象にもなる。
目に付いたゴミは必ず拾うといったルールもある。拾うゴミは、種類ごとのポイント制になっていて、ポイントの高いゴミや低いゴミがある。だからといって、ポイントの高いゴミ(具体的には、タバコの吸い殻)だけしか拾わずに他のゴミをスルーするような行為はスポーツマンシップに反するということで、注意している。これが、「目に付いたゴミは必ず拾いましょう」というルールだ。
「ゴミ」は、種類ごとにポイントと子どもたちにもわかりやすい名称を定めていて、それぞれの重量×ポイントで計算して、総得点を算出することになる。
例えば、ビン・缶・ペットボトルは「リサイクルポイント」として計量される。
タバコの吸い殻は「マナーポイント」で、他のゴミよりも基礎点を高く設定している。
燃えるゴミや燃えないゴミは、購入時や使い方の工夫など、生活の中で減らすこともできるのでは?との問題提起の意味も込めて「Thinkポイント」と呼んでいる。
ペットボトルのキャップは、「社会ポイント」だ。選り分けたキャップは、途上国に送るポリオワクチンに替えているからだ。
地域ごとに独自のローカルルールを取り入れることもある。地域で異なるゴミや資源の分別方法を反映したルールにアレンジするほか、競技前後の選手の消費カロリーを測ってポイント化する「カロリーポイント」なんていうアイデアもあった。ゴミのポイントでは負けたけど、カロリーポイントは勝ったぞ!などと、競技性を高めるエッセンスになる。
こうした独特の“ルール”が、スポーツゴミ拾いという競技の真剣みや充実感を演出するのと同時に、安全性など質の担保につながっている。
「簡単にやろうと思えばやれちゃうんですよ、ただゴミを拾っているだけだから。だいたいのニュアンスがわかって、やっちゃうところがあるかも知れない。でも、ぼくらのルールに則らずにやられて、例えば子どもが飛び出しちゃったりとか、事故に遭いましたということがもしあったりすると、それだけで“スポーツゴミ拾い=危険なスポーツ”というネガティブなイメージが付いてしまう。それが一番こわいんですよ」
ゴミを集めるときの行為や、拾い集めたゴミの処理にしても、きちんとしておかないと、大会参加者・関係者以外の周囲からは身勝手な行為と後ろ指さされることになりかねない。


オレンジ色のビブスをつけた審判員がチームに帯同


活動を続けるため、今中心になって関わる人たちが興味を持てる方向にシフトしていけることを大事にしたい
スポーツゴミ拾い大会は、地域に根ざしたスポーツ大会をめざしている。自分たちの住んでいる街をステージにしているため、改めて街を見つめ、街を知るきっかけになっている。
いろんな街でスポーツゴミ拾いを開催していると、“ゴミから見える街の特徴”のようなものが見えてくるという。
例えば、東京のある区では、タバコの吸い殻が他の大会に較べてもかなり大量に出てきていた。それを自治体の担当者との話の中でふと話題にすると、「そのタバコの吸い殻って、どこに多かったですか?」と敏感に反応してきたという。自治体ではゴミの総量は把握していても、どんなゴミがどういうふうに他の自治体と違うのかというところまではわかっていないことが多い。審判員を集めて協議した結果、飲屋街でのタクシー待ちのポイ捨てが多かった。区からタクシー協会に協力を要請して、具体的な対策につながったケースだ。
一方で、主催者側にとっても、手づくりの大会を通じて得るものは大きい。
大会ごとに地元の実行委員会が組織され、参加者集めから、ゴミの処理、会場の決定など、すべての行程の企画準備を担う。本部の連盟からはアドバイスはしても、実際に汗を流して動くのは、実行委員会の面々だ。

街の情報を出し合いながら、戦略を練る。
連盟が請負って運営すれば効率よくこなすことはできても、まったく根付かない。地元の実行委員が汗して動くことで、「大変なんです! 大変なんです!」と本当に苦労をしている様子が伺える反面、終わった後や途中の経過で、スポーツゴミ拾いを通じたさまざまな人たちとの出会いや新たな関係性が築かれていることがわかるという。お互いに刺激を与えあって、スポーツゴミ拾い以外での連携・協力がはじまることも少なくはない。「環境×スポーツ」という2軸をもつ、スポーツゴミ拾いの特徴だといえる。
元々は街をきれいにするという活動としてはじめた「スポーツゴミ拾い」。参加する人たちの意識が少しでも変わって、結果的に街がきれいになっていくことはとても大切な要素だ。それと同時に、どうユニークに、仲間と楽しくやるかと考えてきた中で、たまたま参加した人同士の交流や、チームのメンバーと審判員との交流、大会開催までのプロセスの中での町内会や企業との連携・協力だったりが、実はとても大きな成果になっている。
スポーツゴミ拾いという競技のユニークさを、関係者皆がおもしろがってくれることで、同じモチベーションでのコミュニケーションが生まれてくる。すでに何度も開催しているある地域では、大会を盛り上げるために婦人会が豚汁をつくってきてくれたり、区長も出てきて挨拶をしたり、地元商店街からは入賞者への副賞に招待券を提供してくれたりと、いろんな人が自分のできることでそれぞれ楽しんで関わっている。実行委員の人たちも大きな手応えを感じているらしく、大会が終わるたびに「次の大会では大使館にも声をかけて、外国人チームの参加をお願いしよう…」などとアイデアも湧いてくる。
ちょっとした壁やハードルを乗り越えるモチベーションを、“スポーツ”が与えてくれる
2010年から11年にかけて、国立環境研究所との共同研究で、スポーツゴミ拾い大会の参加者を対象にした意識調査を実施しているという。スポーツゴミ拾いに参加する前と参加した直後と、参加1ヶ月後の追跡調査だ。
きっかけは、ある大会の閉会後に見られた印象的な光景だったと、馬見塚さんは目を細める。
「大会の閉会式のあと、子どもたちが街のゴミを拾いながら帰っていくのを見たんですよ。『ゴミ拾いはスポーツだ!』と叫びながら。この子たち、朝会場に来たときには、多分、ゴミを拾いながらはきていなかったはず。大会での経験が、何かしらゴミに対してユニークな向き合い方や意識付けをすることになり、その結果として、ゴミを拾いながら帰っていくあの子どもたちの姿があったんじゃないでしょうか」
そうした意識や行動を可視化できるようなデータにしていくのが目的だ。
調査の中で、子どもたちには「環境」への意識とともに、「楽しかった」という思い出が強く残っていることがわかってきている。
環境意識は、普通のゴミ拾い活動でも同じように伸びるものの、スポーツゴミ拾いの楽しさや競技性がその後の環境意識の持続などにつながる部分でより強く根付いていることが、データとして現れてきた。
集まったゴミを分析すると、大人の捨てたものが9割方以上だ。子どもは、もともと捨てるゴミも持たないし、捨ててもいない。それが成長の過程で、いつしかゴミを捨てるような大人に育っているわけだ。小学生や若年層の時代に、スポーツゴミ拾いを経験するなどして、ゴミに対するユニークな意識付けができると、ゴミを捨てない大人が増えていって、街も自然ときれいになっていく。究極的には、そうしてゴミがなくなってスポーツゴミ拾いが必要なくなっていくことが目標だ。
スポーツゴミ拾い大会は、平成23年11月末現在で、73回の実施を数える。
2008年5月に第1回を開催した後、10月にも開催する機会があった。翌2009年には5大会。メディアの取材や口コミなどで引き合いも多くなって、2010年には30大会ほどを開催。品川区の大会では商店街活性化のために開催したりと、内容もさまざまだ。
2011年も11月末時点で30数大会を開催してきた。地方の大会が多くなってきていて、北海道や山形、広島、長崎、愛知など全国に広がりをみせている。ここ数年で一気にブレークした感もある。
延べ人数では、第71回大会までの累積で9,271人と、やがて1万人に達する勢いだ。ゴミの総量は、同期間で10トンを超えている。
ゴミ拾いの活動は、環境啓発の取り組みとして、もっともやりやすい事業の一つと言える。一方で、それがゆえにどこでもやっていて、もうひとつ訴える力が弱くなってきていると言えるのかも知れない。関心のある人を集めることはできても、それを越えてより広い層に訴求できるようなものには、なかなかなっていかない。
もうちょっと、何か工夫ができないかと、多くの人たちが考えているタイミングで、本気でまわりを巻き込んで、参加者も熱中できるスポーツゴミ拾いが現れたことで、多くの共感と関心を集めたのかも知れない。
「スポーツ史上、もっとも環境にやさしいスポーツ」「環境貢献活動史上、もっともエキサイティングな活動」──そんなスポーツゴミ拾いに参加した子どもたちが大人になっていく10年先、20年先に、街が、また人々がどんなふうに変わっているか。とても興味深い。


