【第01回】恵み豊かな森を守り、育む ~森林レンジャーあきる野の森づくり(あきる野市)
池を掘り、植物を植えてトンボやカエルがやってくるのを待つ
「レンジャー」という職業をご存じだろうか。自然分野では国立公園で活躍するパークレンジャーが有名だ。特にアメリカのパークレンジャーは、自然好きの人にとって憧れの存在。風光明媚な国立公園でのインタープリテーション(自然解説)やガイドツアーは、まさにエンターテインメント。テーマも野生動植物や地質、天体、歴史・文化などさまざまで、訪問者がより深く、より楽しく自然と関わるための橋渡しをしてくれる、自然のスペシャリスト。公園内の自然資源等の調査・モニタリングや保全計画など、資源管理の仕事もしている。
そんな自然の専門家を、市町村レベルで全国に先駆けて独自に配置しているのが、東京都の西の端に位置するあきる野市だ。市域の約6割を森林が占めるが、木材価格の低迷や林業従事者の減少・高齢化等によって森が荒廃している。かつて里山として薪炭の生産などに使われてきた森は、ライフスタイルの変化によって人手が入らなくなった。
郷土の森を守るには、専門的な技術と知識を持つスペシャリストが必要。それも地域に根ざした活動にならないと実効性は薄い。コンサルによる計画づくりだけでは事は進まない。市の職員やボランティアによる活動だけでは限界もある。レンジャーを導入することになった理由は明快だ。


豊かな森の“恵み”を享受できるような森づくりをめざして
東京都心から40~50km圏に位置するあきる野市は、平成7年に旧秋川市と旧五日市町が合併して誕生した。東西約18km、南北約13kmに広がる市域のほぼ中央に五日市線の終点武蔵五日市駅がある。駅前は開放感のある秋川流域の街道筋だが、駅前を越えて奥に分け入ると、曲がりくねった細い道が続くようになる。
深沢川沿いの道を上っていくと、深沢という集落があり、その入口には古式ゆかしい穴沢天神社がたたずむ。向かいの斜面は、市の森づくりモデル地区になっていて、地区の象徴であるアジサイをはじめ、ハナモモやロウバイ、シャクナゲ、ミツバツツジなどが四季を通じて花を咲かせる。秋には川沿いのモミジも紅葉し、針葉樹林の深い緑とのコントラストが美しい情景を演出する。
昨年5月に始動した森林レンジャーがそのお披露目をしたオープニングイベントとして初の活動を行ったのが、ここ深沢集落の森だった。


地域の自然資源を掘り起こす
穴沢天神社からさらに奥に進むと、金比羅山(468m)への登り口がある。登山道を入ってほどなく、「山抱きの大カシ」と呼ばれる幹周り6.5mほどの大きなウラジロガシが姿を現す。静かな森の中で節くれだった太い枝を広げ、集落を見下ろす尾根上で大きな岩を抱えて鎮座するこの大木は、村の守り神のようだ。この大カシ周辺の歩道整備もレンジャーの仕事の成果だった。
それまでは尾根を直登する踏み跡程度の作業道しかなく、地元住民も大カシの存在を伝え聞いてはいたものの実際に見に行く人はそれほどいなかったという。地元の自治会の人たちと相談しながら、森の中を伐りひらいてジグザグに道をつけていった。間伐した材は歩道の土留めに使い、登り口の急斜面は階段状にステップを切った。
深沢川をはさんだ対岸の尾根には、幹周り7.8mほどの大スギもある。特に谷側の根張りが見事で、根元に立って仰ぎ見たときの迫力はたまらないと話す、森林レンジャー隊長の杉野さん。
こうした市内にある自然資源の掘り起こしも、森林レンジャーの仕事のひとつだ。巨樹・巨木だけでなく、滝や沢なども、ここ一年で数多く探索してきたという。森林レンジャーが発足してからほぼ1年半、尾根道はすべて踏破し、沢筋も小さな支流も含めて6割方は歩き尽くしたという。ほとんど道のないような山の中を分け入り、藪を漕ぎ、沢を源流まで溯っていく。落差2.5m以上の滝はすべて記録しているそうだが、これまでに見つけた沢は100本を超えるという。

調査・巡視で市域内の森を歩き尽くす
登山道や散策路の巡視も定期的に行っている。ルート上に倒れかかっている風倒木を取り除き、安全管理や簡単な歩道の補修などもしている。まれにハイカーに会うと、目的地やコースのことなど声かけもしている。
「ただ、あきる野市の森は人が少なくて、ハイカーに会うことはほとんどありません。ですから私たちとしては、あとから人が通っても安全なようにその場で処置しているんです」
調査や巡視に出かけるときには、30リットルのザックに、巻き尺やノコギリ、鎌(季節による)、ロープ、レインウェア、救急用具、ヘッドランプなど一通り、現場で対応できるだけの道具を詰め込んでいる。特に夏場は水分補給が必要なため、3リットルほど持って行ったりすると、荷物は相当に重くなるという。
調査や巡視の過程で、生き物もたくさん見つけるという。希少な動植物も多い。
今後は、「野鳥の森」のような観察ポイントになる場所を整備したり、市民が気軽に訪れてくる人気スポットがたくさんできるような森づくりをしていきたいという。ハイキングコースも、長い尾根道が多いため、観察スポットと組み合わせた周回コースなどもつくって、魅力を高めていきたいという。


“東京のふるさと”をめざして
レンジャーの皆さんに、今後の活動の展望や夢を伺った。
自然体験活動をメインにしている唯一の女性隊員の加瀬澤恭子さんは、地域の古老たちに山を案内してもらうときに聞く昔の話や石碑の由来などがとても興味深いと話す。
「地域の人たちガイドになったり、地域の人と都会の人をつなげるような体験プログラムを企画していきたいですね。めざしているのは、あきる野が“東京のふるさと”のように親しまれる森づくりをしていくこと。もちろん、東京都外の方たちにも来ていただきたいのですが」
加瀬澤さんは、子どもたちの体験活動も担当している。
「この夏、都内の小学生を対象にした自然体験活動をしたんですけど、都会の子どもたちがあきる野の自然を「楽しい」「すごい」「また来たい」と口々に言うんですよね。それを聞いていた地元の子どもたちが、どこか誇らしげにしていたのが印象的でした」 「地元の子どもにとっては、当たり前の自然なんですけど、その当たり前の自然の素晴らしさを知り、伝えていくことが、子どもたちの中に誇りを生む。その子どもたちが将来、私たちのような森林レンジャーになれるような活動を続けていくのが夢なんです」
スペインで地理・環境学を専攻して、数年前に日本に渡ってきたパブロ・アパリシオ・フェルナンデスさんは、生き物や自然資源を中心に森を調査している。
「森にはいろんな環境があります。その森の個性をうまく引き出していって、ここは市民の人たちが楽しく遊べる森づくりをめざしていくとか、さまざまな環境に合わせて自然保護と一般の人たちが自然にふれあっていける場がともにできるような森づくりをしていきたい」
「今、特に力を入れているのが、トウキョウサンショウウオなどの絶滅危惧種のための保護活動や環境整備。市域内でも産卵が確認されていますが、産卵できる池づくりなどの環境整備をしていかないと将来的には危うい。それと、例えば、横沢入り※1のような市内の人気スポットを増やしていきたいですね」

(左から、佐々木さん、パブロさん、加瀬澤さん、隊長の杉野さん)
北海道の釧路から移り住んできた佐々木優也さんは動物調査に重点を置いて森を見ている。
「あきる野にはヤマザクラが5種類くらいあって、5~8月に順次、実をつけるんですが、それをねらって哺乳類や野類などいろんな動物が来ているというのが、この春の調査でわかってきました。そういった森の特徴を捉えて、動物たちにも優しい森をめざしていければなと思っています。市民が山に出かけていって、興味の湧くようなものを発見していって、それを守りつつ、野生動物と人間がうまく利用しあえる森をめざしていきたい」
そんな基礎的なデータを蓄積して、今後の森づくりや観光資源に役立てていきたいという。データのまとめ方、それを市民にどう発信していくかを考えていきたいと話す。
隊長の杉野二郎さんは、森の恵みを一般の人たちにも享受できるような環境を整えていくことが大事と話す。
「ハイキングに行って楽しいとか、森林に入ってセラピーの効果があるということから、木材の搬出まで。また滝を見に行ったり巨木を見に行ったりというのまで全部含めて、森の恵みを享受できるような道筋をつけていきたいんです」
そのためにはどうすればよいのか。昔の人の森との関わりにヒントがあると熱を込めて話す。
「昔の人のくらしと山との関わりが、今ならまだ年配の方から伺うことができるんですね。沢でも、かなり奥の尾根筋まで登っていったときに、炭窯跡があるんですよ。沢筋の岩のまわりなどには基本的に針葉樹が植林されていなくて、広葉樹が残っているんですけども、ほとんどが萌芽更新したあとが残っている。つまり、炭を焼くために切られていた森であったということがわかるんです。昔の人たちはそうやって山といっしょに暮らしていたということがあると思うんです、残っているものから推察すると」
「今はまだ昔の山の暮らしというものをいろんな人から聞けるので、聞き取りたいなと思っています。そこから、これから先、森と人が関わっていくためのヒントが出てきたら、新しい森づくりが本当にスタートできるかなと感じています」
今後のレンジャーの活躍を期待したい。