【第78回】葛西「三枚洲」のラムサール条約登録の取り組み

飯田 陳也(いいだ のぶや)
日本野鳥の会東京 幹事。茨城県生まれ。江戸川区葛西に住み始めてから野鳥の観察を始め、葛西臨海公園・鳥類園オープンと同時に探鳥会を開催し、現在に至る。野鳥の生息環境を守ることと、自然に触れ、身近な環境に関心を持つ人を増やすことをめざして「葛西東渚・鳥類園友の会」を立ち上げたほか、東京都に対して、2020年東京オリンピック開催に伴う園内でのカヌー競技場建設の見直しを求める活動に奔走し、園隣接の都有地への計画変更を実現させた。日本野鳥の会会員、日本野鳥の会東京幹事、東渚・鳥類園友の会会長。
葛西臨海・海浜公園と三枚洲
葛西臨海公園は年間360万人もの人が訪れ、マグロが泳ぐ水族園があることで知られています。
オープンは1989年ですが、鳥類園は野鳥のための環境整備が行われた5年後に開園しました。日本野鳥の会東京はこれを期に探鳥会を定例化して毎月第4日曜日に実施し、以来24年が経過しています。
臨海公園は面積約80ha、特徴は「生き物」をテーマにきちんとした理念を持って造成されたことです。水族園の東側3分の1は鳥類園、西側は看板こそありませんが南側に松林の防風林が配置され、トカゲやカエル、昆虫などが沢山棲息しています。ここの「芦が池」ではクモだけで80種類が確認され、昆虫が大好きな子供たちだけでなくマニアックな大人のファンも集まる生きものに溢れたエリアになっています。
そして特筆したいのは、この公園の南側に広がる海浜公園です。海に向かって弓形に広がる2つの土手は、臨海公園の付属のように見られている方も多いのですが、東京湾の干潟の9割で埋め立てが進む中、天然の干潟である沖の三枚洲を埋めずに残す為に考えられた「海上公園」の構想が初めて実現したところです。
葛西三枚洲は、荒川と江戸川の大きな河川が運んだ泥や砂が葛西沖に形成している大きな干潟のことです。広さは臨海公園の5倍近くもあり、大きく潮が引くと2km先まで干潟が現れ、この干潟の豊かな底生生物が多くの野鳥たちを支えています。
戦後の復興期、干潟を埋め、工場を誘致して、国を挙げて行われた産業育成策により、空気が汚れ、川や海水が汚染して、スモッグが発生し、背骨が曲がった魚が出現しました。
それに危機感を持った漁師や釣り人、野鳥の会などが、「生活を奪うな」、「ハゼの釣れる海を埋めるな」、「野鳥の住処を埋めるな」と声をあげました。9割ほど進んだ東京湾の埋め立てにブレーキがかかりました。そして当時の革新都政はこれらの声を尊重し、「生き物豊かな公園」を目指して、都と江戸川区による葛西沖再開発事業が進行しました【※1】。
天然の干潟を埋めずに生き物の聖地として残すこととしたこの政策が今に生きて、豊かな自然がよみがえりつつあります。



カヌー競技場問題への対応
2016年のオリンピック招致では、東京はリオデジャネイロに負けましたが、葛西臨海公園にカヌー競技場の建設が計画されました。2009年に計画が発表されたのを機に、私たちは反対運動を開始しました。
「ここは東京都自身が生き物の聖地として作った公園であり、その3分の1もの緑豊かな公園をつぶして競技場を作るのはオリンピックの理念に反するばかりでなく都政にとっても自己矛盾である」
そう抗議し、多くの生き物調査資料を添えてマスコミにアピールして、多くの人々から共感を得ることができました。
この取り組みがあったことで、2020年の東京開催が決定した時からいち早くマスコミは葛西に注目し、その結果、私たちの要望通りカヌー競技場は公園の外に変更となりました。
「ここが生き物の聖地として造られた経過にも触れて見直しを決めた」と言った知事の発言は、この地の環境を守る私たちにとって大きな励みと思っています。

住民所有の風力タービン
サムソ島が計画よりも早く自然エネルギー100%を成し遂げたのは、住民自らがインフラに投資する決断をしたからです。現在、風力タービンのうち9基は農家が個人で所有、2基は協同組合が所有して売電収入の一部を島のエネルギー開発に充てています。さらに海上にある10基の洋上風力タービンは2基を協同組合が、3基をサムソ島内の民間会社が共同所有、残りの5基はサムソ市が所有して、デンマーク本土に売電して収益を得ています。
自然エネルギーの導入によって、住民には副次的な経済効果ももたらされました。地域には雇用が生まれ、地域経済の活性化に結びついています。また、高価な化石燃料を購入する必要がなくなるという経済メリットも享受できています。さらに「自然エネルギーの島」として世界的に有名になったことで、観光客だけではなく、視察団や研究者の訪問が増え、ホテルやレストランは観光時期を延長させることが可能になり、収益が増大しています。
コミュニティパワーを引き出す
プロジェクト開始当初、ハーマンセンは懐疑的な住民を前に、島民自らがお金を出し合い、自分たちで風車を建てることにこだわったと言います。
「自分たちのものでなければ、風車なんて邪魔ものだ。どこかの会社の人間がやってきて建てた風車など、それが回るときの音がうるさくて腹が立つ。でも、それが自分のもので、風車が回れば収入になると思ってごらんよ。今度は風車が回る音がしないと気が気じゃなくなるものさ」(サムソ島とハーマンセンの取組を、取材を通して描かれた絵本「風の島へようこそ」から)
この実現のために、ハーマンセンは奔走しました。事務所には、多くの人々が集まり、様々な情報交換が行われました。バイオマスや太陽光など、自然エネルギーを導入したい人々への説明会やワークショップ、ソーラーパネルやバイオマスなどの設備を実際に導入した人々への訪問。風車導入の際には事前に何度も相談を重ね、地域の人々の自然エネルギー導入の必要性への理解を深めていきました。
「自分たちの使う電力は自分たちで作る」と、住民たちが考えるようになったのは、この粘り強い取り組みがあったからです。
ラムサール条約登録への動き
葛西三枚洲は、東京湾岸にわずかに残された貴重な自然の干潟と残海域です。数万羽のスズガモ、数千羽のカンムリカイツブリの越冬地であり、シギ・チドリ類も多く飛来しています。国内でも最大級の水鳥の生息地であり、国際的に重要な湿地の保全を進めるラムサール条約への登録基準を満たしています。
この登録をすすめようと、キックオフのシンポジウムを2016年6月19日鳥類園レクチャールームで開催しました(128名参加)。同年の12月18日には都民向けの大シンポジウムを法政大学大教室に200人の参加者を得て開催しました。マスコミ4社の取材があり、翌年1月5日放映のNHK「ひるまえ」で取り上げられたのを始め、2月18日に読売新聞夕刊掲載、4月13日に東京新聞・週刊新潮掲載と注目されました。
このような動きを反映して、昨年2月24日に江戸川区議会で区長が「ラムサール登録を進める」と答弁、同じころに開催された漁協説明会では「野鳥の会がやろうとしていることは理解できる」と話が進み、3月15日には都議会で小池知事が「葛西海浜公園三枚洲のラムサール登録を推進する」と発言するまで進展しました。
6月13日には千葉県弁護士会が干潟のシンポジウムで「葛西三枚洲」を取り上げました。
6月15日には都港湾局と環境省関東地方環境事務所による現地視察が行われました。その2日後の東なぎさクリーン作戦には、都や区の関係者が参加し、広報の取材がありました。
6月28日には漁協さんが船を出して「三枚洲を船で見る会」を実施。
7月1日には江戸川区広報番組 えどがわ区民ニュース(7月号)の特集で火災三枚洲を取り上げる番組「干潟が奏でるシンフォニー ~生物の宝庫・葛西三枚洲~」が放映されました。同番組が葛西三枚洲を取り上げるのは、都合3回目。現在もインターネットから閲覧できます【2】。
7月9日、江戸川区のボランティアフェスティバルに鳥類園友の会も出展して、「三枚洲」をアピール。
7月11日、別件で来日されたラムサール条約事務局オセアニア地域担当官のソロンゴさんから、話題の三枚洲を見たいと案内役の依頼がありました。通訳を入れての現地視察を行った後、オフィシャルではない打合せを行いました。メンバーは、ソロンゴさんの他、環境省の現場担当官、東京都と江戸川区の担当部局職員及びNGOスタッフです。
視察後、ソロンゴさんからは、「要件が満たされた素晴らしい湿地なので、是非遅滞なくしっかりと申請してほしい」と期待のこもった激励の言葉をいただきました。
2018年10月に開催されるラムサール条約COP13のテーマは「都市と湿地」とのことです。会議が行われるドバイ(アラブ首長国連邦)は、急速に都市化する一方で市内と郊外に良好は湿地があり、大都市東京での登録は、湿地の重要性と都市との関係を考えていただくきっかけとしても期待されます。交流は参加した都や区の部局担当者を励まし、登録に向けた動きが活発になりました。こうした背景から環境省も登録に向けた動きを見せ始めました。今後は関係者を集めた連絡協議会を作っていくことになると思いますが、東京都の担当者は、現状で開催すると利用者間の考え方が乖離しているのでばらばらになってしまうと云う懸念がある様です。将来像について利用者間で共有するところから始めたいと言っていました。
そろそろ私たちも「葛西三枚洲」の将来像について、関係者でイメージを穏やかに共有すること及び「賢明な利用」のイメージを考えていきたいと思います。


