【第53回】アート(芸術)で環境問題を普及啓発する:イギリス、ブリストル市
2015年11月30日から12月11日まで、フランスのパリで国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催され、「パリ協定」が採択されました。史上初めて、温室効果ガス排出削減の取組に、途上国も含む全ての国・地域が参加するという枠組みです。この画期的な枠組みを活かすためには、地球市民一人一人が環境問題への関心を高めていくことが不可欠です。そこで今回は、より多くの人々に環境問題を普及啓発する手法に「アート(芸術)」という切り口を用いたイギリス、ブリストル市の取組をご紹介します。
1. ブリストル市:2015年欧州グリーン首都


地図:グーグルマップ
写真:Destination Bristol
https://www.bristol2015.co.uk/news/bristols-green-capital-year-lays-foundations-future-generations/
同市は、エネルギー効率の向上や、交通・移動手段の改善に向けた投資計画、さらに環境重視型経済発展への取組などが評価されて、イギリスで初めて欧州グリーン首都(European Green Capital)に選ばれました。これは都市部の環境改善と経済成長を両立させるとともに、人々の生活の質を向上させる取組を称え、後押しするために欧州委員会が設けた賞で、受賞都市は受賞した年の翌々年の1年間「グリーン首都」を名乗ることができます。ブリストル市は、2015年に「グリーン首都」を名乗る受賞都市に、2013年に選出されました。
この賞のユニークな点は、環境実績を持つ都市を表彰するというだけではなく、受賞都市が「グリーン首都」を名乗る一年間、他都市への模範を示し、最良事例や成功事例を共有することを推進していることにあります。欧州委員会のヤネス・ポトチェニック環境担当委員は同賞について、「この賞は単なる表彰ではなく、さらなる努力への決意とその実行を後押しするものだ」と述べています※1。
賞の趣旨に沿い、2015年の活動を円滑に行うために、市では新会社「ブリストル2015(Bristol 2015 Ltd.)」が設立されました。同社は、ブリストル市議会やグリーン首都パートナーシップ(ブリストル市をより持続可能な都市にするための、市内700を超える各種組織・団体のネットワーク)、さらにEUや国際パートナーなどと緊密に連携して、グリーン首都としての一年間、多岐にわたる活動を推し進めたのです。そのなかの一つのユニークな取組が「アート(芸術)を利用して変化を起こす」ことでした。
2.「アート(芸術)を利用して変化を起こす方法」
ブリストル2015の 「アート(芸術)を利用して変化を起こす方法※2」には ジョン・ロビンソン教授(John Robinson)の次のことばが引用されています。「環境問題の取組で足りなかったのは、情報ではなく、想像力です」。アートを利用すれば、環境問題をより人間味に溢れたものにすることができる上、より多くの人々の感性を刺激し、地域を持続可能性という軸でひとつに結びつけることができるのです。この考えのもとで本稿で紹介する二つのプロジェクトが実施されました。その一つは、プロフェッショナルな芸術家の作品を用いたプロジェクトで、アーツカウンシル・イングランド(イングランド芸術評議会―Arts Council England)の支援を得て実施されました。そしてもう一つが、より広範な市民の参加を促すための「ブリストル2015・ネイバーフッド・アート・プロジェクト」です。
2-1. アーツカウンシル・イングランドの支援によるプロジェクト
本プロジェクトの趣旨はブリストル市の市長ジョージ・ファーガソン(George Ferguson)の以下の言葉に端的に表れています。「芸術家は人々に興味を抱かせることができます。その上、私たちに新しい方向から物事を考えさせる力があるのです。個人として、あるいは市として、必要な変化を起こそうとするならば、私たちは自ら変わっていかなければならないのです」※。グリーン首都の期間、市民や旅行者がまちの中で作品に出合い、ふと立ち止まり、持続可能性について考えるために各種芸術作品がまちの中に設置されました。そのいくつかご紹介します。
※3「アート(芸術)を利用して変化を起こす方法」の冊子、p.3
(1)「霧の橋(Fog Bridge)」 - 中谷 芙二子
2015年2月に、「異常気象の魔術師」の異名を取る日本人アーティスト中谷芙二子氏を招き、ブリストルのペロの橋が10日間人工の霧のベールで覆われました。中谷氏は40年にわたり、彫刻の媒体として霧を使用しており、これまでも、東京、サンフランシスコ、ニューヨークなど世界各地の公共スペースで制作されています。霧の中では人々は突然”白い闇”に覆われ、何も見えなくなります。そのとき視覚以外の五感を働かせようとするのです。この作品の意図は、ペロの橋を訪れた人々が霧の中で一瞬立ち止まり、変動する気候を意識することで、いつもの暮らしが異常気象によりどのような混乱に陥る可能性があるかを考えさせることでした。
(2)「エネルギーの木(Energy Tree)」 - ジョン・パッカー(John Packer)
「エネルギーの木」は、人々にエネルギーについて考え、この問題に関与してもらうことを目的とした画期的な展示品です。およそ4.6メートルの金属の彫刻には、自然の木の形を再現するためにバイオミミクリー(自然界の生物が有する構造や機能を模倣し、新しい技術を開発すること)が使用され、葉が太陽光発電パネルで作られました。「エネルギーの木」は、パブリック・アートであると同時に、再生可能な電源でもあるのです。この木を使って、携帯電話の充電や無線LANなどの機能が市民に提供されました。

3.ブリストル2015・ネイバーフッド・アート・プロジェクト
次に紹介するのが、より広範な市民の参加を促すために実施された「ブリストル2015・ネイバーフッド(近隣)・アート・プロジェクト(Neighbourhood Arts Programme:NAP)」です。NAPは、2015年にブリストル市全域を14の地区に分け、地区別にアート・プロジェクトを実施しました。同じ市内でも地区によって環境が異なるため、地区の抱える優先事項や問題などは異なります。そこでプロジェクトテーマにはそれぞれの地区に特化した環境問題が選ばれました。プロジェクトはすべて地域主導。そこにプロのアーティストや住民、ボランティアから成る「ブリストル2015」のNAPチームが加わり運営されました。どの地区でも、まずは住民に集まってもらい、「あなたの地区にはどんな環境問題がありますか」、という問いかけから始まりました。本プロジェクトの一番の目的は、地域住民に自分が住む場所でどんなことが起こっているのか、何が重要なのかを知ってもらうことだったからです。


写真(左右):「アート(芸術)を利用して変化を起こす方法」の冊子、p.5, 7
プロジェクト例(番号は地図内の番号)
6.緑の宝さがし:子供たちは5つの課題の書かれた冊子を持って、まちの中を歩き回り、その課題に関連したアート作品(緑の宝物)を探してあてるというプロジェクト。子どもたちは自分たちの創造性を駆使して、その探すべきアート作品を見つけ出す。
8.不法投棄ゲーム:不法投棄が社会に及ぼす影響を考えるゲーム・プロジェクト。若者と住民が一緒になってゲームをやり、話をして、相互に不法投棄に関する考えを伝えあうプロジェクト。
9.エリアマップ:コミュニティが参画し、地域の緑地の芸術的な情報マップを作成するプロジェクト。今後はさらにエリアを広げ、大規模なプロジェクトの第一段階となることを視野に入れている。
4.ブリストル・メソッド
以上の取組は、ブリストル2015の 「ブリストル・メソッド(Bristol Method)」という枠組みの中で実施されました。ブリストルが持続可能な都市になる過程で学んだ教訓やプロジェクトを、ブリストル以外の都市の人々に理解し、活用してもらうことを目的とした、知識を伝えるための枠組みです。7つのテーマから成り、それぞれにいくつかのプロジェクトがあり、そのプロジェクトを紹介するブリストル2015のホームページからは、各プロジェクトの手引書がダウンロードできます。「アート(芸術)を利用して変化を起こす方法」もこのプロジェクトの一つでした。
「ブリストル・メソッド(Bristol Method)」の7つのテーマ
都市の変革(Transforming the city)
欧州グリーン首都(European Green Capital)
経済(Economy)
エネルギー(Energy)
輸送(Transport)
資源(Resources)
食料と自然(Food and nature)
近年、様々な環境問題の研究は進み、正確なデータも揃ってきました。それを活かして、持続可能な社会を構築していくためには、環境問題に関心を持たない多くの人々の想像力に訴え、より多くの人々の関心事にしていくことが大切です。「アート」がそのために大きな力を発揮できそうです。
参考
- ブリストル市ホームページ:https://www.bristol.gov.uk/
- ブリストル2015ホームページ:https://www.bristol2015.co.uk/