【第55回】「食」をテーマにした環境への取り組み:スウェーデン、マルメ市
気候変動や環境保全への取り組みにはさまざまなアプローチがあるなか、スウェーデン最南部の都市、マルメ(Malmö)が行っている、「食」を切り口にしたユニークな取り組みを紹介します。


写真:マルメ市ホームページ
(http://malmo.se/images/18.b9a655c124a4bbe5058000349/1383649551917/sus_StartBo01_470.jpg)
1. マルメ市の概要
マルメ市はスウェーデンではストックホルム、ヨーテボリについで3番目に人口の多い都市です(約30万人)。古くから造船業で栄え、コックムス(Kockums)社が操業する世界最大級の造船所が街のシンボルでした。しかし1970年代半ばにスウェーデンが景気後退に見舞われると、造船業は深刻な打撃を受け、1986年に造船所は閉鎖されてしまいました。こうして工業都市としてのマルメは衰退していきましたが、その後持続可能なまちづくりが強力に推進されてきました。
マルメ市の工業都市から持続可能な都市への変遷については、2014年9月にCNNでも取り上げられました※1。また2007年には、アメリカの環境ニュースを扱うオンラインマガジン「グリスト(Grist)」が、マルメ市を地球上で最もエコフレンドリーな「15の緑の都市(15 Green Cities)」のなかの第4位に選んでいます※2。
2. 持続可能な発展及び食料政策(Policy for sustainable development and food)
マルメ市では、持続可能な都市の実現には「食」の視点が不可欠だと考えました。食べ物はもちろん個々人の健康で楽しい暮らしのために、また誰かと食事を共にするという教育・社会・文化的側面からも重要です。けれどもそれだけではなく、市は食べ物の生産・消費と「気候」や「環境」との関係に目を向けたのです。たとえば、スウェーデンの個人消費から排出される温室効果ガスの約25%は、食べること(eating)によるものです。そこでマルメ市は2010年に「持続可能な発展及び食料政策(Policy for sustainable development and food)」を定めました※3。
この政策は、都市の持続可能な発展は経済、社会、環境の各側面から考えられるべきだという視点に立ち、食料に関わる温室効果ガス排出量を2020年までに、2002年比で40%削減すること(二酸化炭素換算で13,360トン)、2020年までに市内で調達される食料をすべてオーガニックなものにすることを目標にしています。この政策は市が調達、注文、調理、提供するすべての食料、飲料に適用され、市内の学校、幼稚園、医療施設等に加え、市の主催するあらゆるイベントで食べ物を提供する業者も対象となります。
「賢く食べる(Eat S.M.A.R.T.)」モデル※4
この政策実現のために市がは、ストックホルムの保健研究所(Institute for Public Health)の開発した「賢く食べる(Eat S.M.A.R.T.)」モデルを採用しました。このモデルは、食物の栄養的側面に配慮した取り組みによって環境目標を達成しようとするもので、気候や環境対策のための新たなコストをかけることなく、健康と環境の両方の実現を目指します。
「S.M.A.R.T」の各アルファベットは以下の頭文字を表します。


奨励される豆類中心の食事や有機野菜
写真:http://malmo.se/download/18.d8bc6b31373089f7d9800018573/Foodpolicy_Malmo.pdf
S:Smaller amount of meat(食肉消費の削減)
スウェーデンの食肉消費は1990年から2005年の間に35%増加。食肉は野菜に比べて生産するのにより多くのエネルギーと資源を使用し、さらに、食肉生産のほうが野菜よりもはるかに多くの温室効果ガスを排出します。そこで、肉の消費を減らし、豆類で良質なタンパク質を摂取することを奨励しています。
M:Minimize the intake of empty calories(高カロリー低栄養食品の摂取を最小限に)
高カロリー低栄養食品は、健康問題を引き起こすだけではなく、不必要に環境に影響を与えます。学校のカフェテリアでの甘いデザートやソーダ飲料の代わりに適切な代替食品を提供すること、また保健施設等ではこのような食品の摂取による低栄養への注意が喚起されています。
A:An increase in organic(オーガニックフードの増加)
オーガニックフードの生産では農薬や化学肥料を使用しません。また、オーガニック(有機)農法では、家畜の飼育管理に高い基準が設けられます。環境認証を受けた魚を使用することは、漁業資源の保護にもつながります。オーガニックフードの生産を増やすことは、危険物質や化学物質による健康リスクを軽減すると同時に環境も保護することにつながるのです。
学校のカフェテリアでオーガニックフードを採用したのはスウェーデンではマルメ市が最初で、市は2020年までに学校で提供する食べ物すべてをオーガニックにすることを目指しています。
R:Right sort of meat and vegetables(正しく飼育・栽培された肉や野菜を選択)
肉は鉄、亜鉛、ビタミンの摂取に重要ですが、牛肉や羊肉の生産は大量の温室効果ガスを排出します。また、食肉の飼育に必要な飼料は、人間が摂取すれば高いタンパク源になります。オーガニック農法の認証を受けた農場からの食肉を選択することや、肉と野菜をバランスよく摂取することが健康にも環境にも重要です。また、また旬の野菜と温室栽培の野菜などでは、栄養価も環境に与える影響も違います。したがって市は肉や野菜をできる限り「正しく」調達することを推奨しています。
T:Transport efficient(効率的な輸送)
食料の多くは、長距離輸送により調達されています。交通手段、包装、燃料などの要因はすべて気候と環境候に影響を及ぼします。マルメ市では可能な限り、季節の食材を、地産地消で調達する取り組みを進めています。
4.取り組みの具体的事例
マルメ市では市の公式HPに、風力発電や自転車利用の推奨など、市が行っている持続可能な取り組みのトップ10※5を紹介しています。その中の2つが「食」に関するもの で、市がどれほど「食」を重視しているかがうかがえます(図中の4=子供たちの給食、7=スウェーデン初のフェアトレード・シティ)。以下にそれぞれの内容を紹介します。

1)スウェーデン初のフェアトレード・シティ※6 ※7

マルメ市は、危険物質と化学物質の使用を削減するために、オーガニックで倫理的に取引された製品のシェア拡大に向けた調達の取り組みを進めています。2006年には、スウェーデンでは初のフェアトレード認定都市 (certified Fairtrade City)になりました※8。 市内のレストラン、カフェ、ホテルの多くが、フェアトレード製品を提供しています。また200を超えるオフィスで、コーヒーブレークにはフェアトレードのコーヒーが飲まれています。市内で購入されるフェアトレード・コーヒーの割合は、2006年はわずか0.5%でしたが2012年には60%を超えるまでに拡大しました。 市ではまた、フェアトレードの認識を高めるために、フェアトレード・フェスティバル、クッキング・ショーなど様々なイベントも開催しています。中でも人気が高いのは、街の中心で開催されるクリスマス・マーケットで、2008年から毎年開催されており、多くの観光客を集め、メディアでも取り上げられています。さらに市のホームページには、フェアトレード商品を購入できるショップやレストラン、ホテルなどの一覧が掲載されています。
2)子どもたちの給食※9
マルメ市では毎日、学校で約35,000食、幼稚園(pre-school)で約15,000食の給食を無料で提供しています。献立は上記で紹介したS.M.A.R.T.モデルに従った、良質で身体に良いものであると同時に、環境にも優しい食材から作られます。毎日、たくさんの野菜を使った料理が並ぶのは、健康に良いだけでなく、温室効果ガス排出の観点からも、肉よりもはるかに推奨されるべき食材だからです。 2020年までには、市ではすべての学校、幼稚園、保健施設で提供される食事がオーガニックで環境に良いものになる予定です。


幼稚園での給食と調理の様子
写真左:by Ewa Levau、写真右:by Johann Selles
http://malmo.se/download/18.72a9d0fc1492d5b743f28d31/1414046462197/VOLCS_sv_malmokitchenpromise_EN_low.pdf
以上、気候変動や環境保全への「食」をテーマとしたユニークな取り組みを紹介しましたが、マルメ市では、持続可能な取り組みトップ10を含め、さまざまな取り組みが実施されており、多様な角度からのアプローチがそれぞれ相互に作用して大きな成果が得られることが期待されています。
注釈
参考
- マルメ市ホームページ:http://malmo.se/English/Sustainable-City-Development.html
- 持続可能な取り組みトップ10
①持続可能な都市開発
②移動手段の4分の1を自転車に
③有機廃棄物のリサイクル(バイオガスに変換してバスの燃料に)
④給食(子どもの健康と環境の向上)
⑤イベントのエネルギー消費低減
⑥エーレスンド(Öresund)海峡の風力発電で6万世帯に電力を供給
⑦スウェーデン初のフェアトレード・シティ(持続可能な消費)
⑧自動車を所有しないでカー・シェアリングを市内多くの世帯が選択
⑨グリーンルーフ(屋上緑化)と貯水池で洪水を防止(気候変動への適応と生物多様性向上)
⑩人々の融合と平等を重視した都市計画