【第10回】ただ、涼しさや環境の学びのためでなく ~子どもたちの心の成長が大きい、『緑のカーテン大作戦』の手ごたえ(板橋区立高島第五小学校)

2012.06.01

 夏に向けて、節電対策の一環として「緑のカーテン」に取り組むケースが増えてきている。東日本大震災後の電力不足もひとつの大きなきっかけとなり、今や夏の風物詩になりつつある。公共施設の壁一面を覆うものから、自宅のプランターで育てるものまで、規模もさまざま。いくつかのポイントを押さえれば誰でも手軽に導入でき、集合住宅のベランダなども含めてそれほど場所を問わずに始められる。

 国土交通省が全国の都道府県・政令市を対象に実施したアンケート調査(平成23年度)によると、平成23年度における緑のカーテンの取り組みは全国で231市区町村等にのぼったという。自宅での取り組みを支援する苗や資材の提供なども少なくはない。オール東京62市区町村共同事業「みどり東京・温暖化防止プロジェクト」でも、市区町村を経由してゴーヤの種を配布している。

 緑のカーテンは、すでによく知られるように、アサガオやゴーヤ、ヘチマなどのツル性の植物を建物の窓や壁に沿って、すだれ状に育てるものだ。陽の光や熱を遮ると同時に、植物の蒸散作用が気化熱を奪って涼気を生むことで、室内の温度上昇を抑える効果を持つ。条件にもよるが、室内の温度は2℃ほど下げる効果があるとされ、うまく育てればエアコンなど冷房器具の節電・省エネにつながる。加えて、豊かに茂る葉から透けて見える木漏れ日に心癒されたり、実を収穫したりと楽しみも多い。多くは秋に葉を落とす落葉性の一年生植物を春先に植えて、秋に葉が落ちて枯れると撤去して、冬季は光を採り入れる。

 この緑のカーテン、学校における取り組みを全国に先駆けて始めたのは板橋区のある小学校だったという。前任地の学校で2003年度から開始して、2006年春に異動した今の板橋区立高島第五小学校でも2007年度以来6回目の緑のカーテンの育成に取り組むという、同小教諭の菊本るり子さんに話を聞いた。

板橋区立高島第五小学校の緑のカーテン。校舎の4階まで張ったネットを伝って、ヘチマやゴーヤが青々と茂る。

下から見上げた“緑のカーテン”

 2007年度に始めた高島第五小学校の緑のカーテンは、6年生の総合的な学習の時間の中で、育成・観察などに取り組んでいる。
 ネットは、地面から最上階の4階に引っ張り上げて、固定している。当初、4階まで生長するとは思っていなかったが、ネットを張るにはこれが一番張りやすい方法だった。子どもたちの愛情を込めた世話によってどんどん育ち、4階の天井を超えて伸びていこうとするから、今はそこで切っている。
 春先に、培養土と腐葉土とボカシを混ぜ合わせる土づくりから始めて、苗の植え付けや水やりなどのお世話をする一方で、できた緑のカーテンの内外で実際に温度測定をしながらその効果を実測したり、熱の伝わる仕組みについて勉強したり。地球温暖化防止と緑のカーテンとの関係についても学習する。
 主にヘチマとゴーヤでつくる緑のカーテンは、地面から校舎の4階まで至る大きなものだ。お楽しみで植えるキュウリは採れたてをすぐに食べ、ゴーヤは給食の食材や家庭科の調理実習に使っている。
 植物にとって大事な「水」についての学習もしている。ペットボトルを使った雲を作る実験は子どもたちの納得を誘ったし、雨水利用で有名な墨田区の取り組みについても教えてもらった。さまざまな表情の雨をイメージして、「雨」の書をしたためる授業もあった。使う墨は雨水で摺るというこだわりようだ。
 土についての学習で、一昨年度は夏休み中に子どもたちがいろんな場所から採取してきた土の色の違いを観察して、「土で絵を描く」授業を取り入れた。
 “植物を育てる”ことを主幹にして、枝葉を広げるようにさまざまな学びへと発展している。

雨の授業では授業の前後に「雨が好きな人」と手を挙げてもらう。授業の最後には全員の手が力強く挙がった。
さまざまな表情の雨をイメージして書く
「雨」の書の授業
「土で絵を描く」授業
毎年2月に開催される発表会では、
6年生一人ひとりがメッセージを工夫して臨む。

新学期早々の4月にはじまる一連の学習活動は、年度末の2月に5年生に向けた発表会を開催して、完結する。5年生たちは、6年生が取り組む学習活動を間近に見ながら、「新年度には私たちが!」と期待に胸を膨らませながらバトンタッチを受けるわけだ。
 平成23年度、6年生は総勢34名の1クラス。今まさに、緑のカーテンづくりが始まったところだ。

 菊本さん、実は音楽の先生が本業だ。総合的な学習の時間で取り組む緑のカーテン、子どもたちへの直接の指導は担任の先生が行うが、全体のカリキュラムづくりや外部講師の招へいや相談調整なども含めて、学習全体を通じて関わる菊本さんの役割は大きい。
 もちろん、音楽の授業を受け持ちながらのかけもちになるから、正直負担は大きい。ただ、その分子どもたちの学びは大きい。「本当に、子どもたちがいい姿を見せてくれるんですよ」と、実に楽しげに話してくれる。ここまでやってきて、もはや簡単にはやめられないという使命感のような覚悟もある。

 そもそも緑のカーテンを始めることになったきっかけは、2002年6月の自宅の引っ越しだった。新たに入居した環境共生タイプの分譲マンションで、初めて育てた緑のカーテン。我慢もしないのにエアコンを使わずに暑い夏が終わった経験は衝撃だったとともに、感動と自信につながった。
 日頃、学校でも子どもたちに環境の大切さをことあるごとに伝えてきたが、子どもにとって学んだことが行動や実践にはなかなか結びつかなかった。省エネについて学んだ子が、家でエアコンの温度を変えようと言っても、仕事から疲れて帰ってくる家族の理解や賛同を得られないことも少なくない。
 緑のカーテンをつくって、自然とできていた省エネ生活。そんな住まい方の工夫を子どもたちに伝えられたら、今すぐにでも家庭や地域に広がっていくかも知れないし、長い目で見て子どもたちの将来への小さな種まきになる。
 そんな期待を持って前任地の小学校での取り組みを提案したのが、2003年度のことだった。当時の6年生の担任と相談して、緑のカーテンの取り組みがスタートした。
 ただ、予算はなかった。思い切って、自宅のマンションを建てたディベロッパーの社長さんに相談してみる。「自宅マンションの取り組みで教えていただいた価値を、ぜひ子どもたちに伝えたいんです!」──そんな熱意と学校での取り組みの趣旨が理解され、苗や資材の提供で協力を得ることができた。

 素人が手探りで始めた初めての活動は、結果としてあまり成功したとは言えなかった。土は栄養不足だったし、植物も何が適しているかわからなかったからツル性の植物を5種類くらい育ててみたところ、手違いがあってインゲンはツルなしの苗だった。予算の関係でネットを買うお金はなかったからシュロ縄を2階ベランダの手すりから屋上へと張ったが、網状になっていないため子蔓こづる孫蔓まごづるが横方向に伸びていかず、面の“カーテン”にすることができなかった。結局、ヘチマがひょろりと伸びるだけ。さらに夏休みの終わりの台風でシュロ縄が切れるという寂しい結果に終わってしまった。
 2学期に入り、子どもたちがどれほどがっかりするかと心配したが、「楽しかったからいいよ」と言ってくれた。学習自体はさまざまに展開していたから、結果はともかく、いろんな挑戦が子どもたちにそれなりの達成感を与えてくれたのかもしれない。
 ただ、それで満足していたかというとそうでもなかったらしい。「来年は絶対に成功してほしい」と言って、失敗の原因と成功の秘訣を自分たちで調べて、ハンドブックにまとめて残して卒業していった。翌年はその経験を活かして、大成功、立派な緑のカーテンを作ることができた。

自宅マンションのベランダにて。自宅で育てるなら、
「マスカットベリーA」という品種の葡萄もおススメだ。

 その年の取り組みは、地球温暖化防止活動環境大臣表彰を受けたのに加えて、作文を書くのが得意な子が読売新聞社主催の作文コンクールで内閣総理大臣賞を受賞した。緑のカーテンの活動が一気に知れ渡り、各地からの問い合わせは盛んになり、あちこちへと取り組みが広がっていった。
 この学習には、緑のカーテンを応援してくれる地域の人たちがどんどん現れてくるようになった。肥料は何を使ったらいいのかわからないで悩んでいると、どこで聞き知ったのか「あそこの先生、困っていた」と肥料を抱えて届けてくれる人がいた。そんな人たちを「応援団の皆さん」と呼んでいた。
 2006年春、菊本さんが異動で今の学校に移ることになったのをきっかけに、一つの学校のための「応援団」というそれまでの活動から、緑のカーテンに取り組む全国の人たちを応援していくための活動へと舵切ることになった。その年の12月には、NPO法人の申請が認可された。「NPO法人緑のカーテン応援団」の発足だった。菊本さんも理事として関わっていくことになった。

 2006年4月に現在の高島第五小学校に赴任した菊本さん。当初、新天地で緑のカーテンの取り組みを始めるつもりはなかった。大変さは身にしみていたから、安易に始めてしまうことの危うさも感じていた。
 ところが、折に触れて紹介していた菊本さんたちの活動を聞いた当時の校長先生が、高島第五小でもぜひ始めたいと提案した。教員の中には、「いいことなのはわかるけど、もう十分に忙しい中で新しいことを増やすのはマイナスの影響も心配される」と、慎重な姿勢をみせる声もあがった。
 全体の合意がない中で始めても楽しい活動はできないからとむしろ校長を説得しにかかった菊本さんだったが、どうしてもやりたいと熱心に説く校長の熱意と、「おもしろそうだから僕のクラスでやってみるよ。」という担任の言葉に後押しされ、2007年度から、高島第五小学校の緑のカーテン大作戦がスタートすることになった。
 初挑戦の年は、引き受けてくれた6年担任の先生の負担を減らそうと、菊本さんがかなり無理して、土日はもちろん夏休みも欠かさず世話をしに出てきていた。さすがにこれではまいってしまうと、翌2008年度からは、保護者に協力を呼びかけることにした。

 思った以上に多くの世帯が手を挙げてくれ、「緑のカーテンサポーターズ」が結成される。土づくりやネットの撤収など、大変な作業の時には一緒に作業に加わってもらえるようになった。
 水やりがともかく大変だ。子どもは加減がわからなかったりするので、十分に注水したつもりでも、土はすぐに乾いてしまう。
 枯れた葉もこまめに取らないと病気にもなりやすい。夏の盛りには大変な作業量だ。
 それと、ツルの誘引。子どもたちも夏休みに毎日来て、相当な時間をかけてやっている。上の方まで縛っていくのは無理だが、下の方だけでもどんどん出てくるので、それをきちんと縛ってあげないと地を這ってしまうことになる。
 これらの作業は本当に手がかかるから、多くの大人たちが、「水やり隊」「肥料隊」としてこまめに世話をしてくれたり、「メンテナンス隊」がちょっとしたプランターの手入れなどをしてくれたりするのはとても頼もしい。これによって、教員の負担はかなり軽減された。
 そこまでしなくても作ることはできるものの、4階までびっしりと葉を茂らせる高島第五小学校のような緑のカーテンになるには、それなりの手入れが必要というわけだ。

学校での取り組みでネックになるのは、何といっても教員にゆとりがなさ過ぎること。子どもたちも含めて、全体的に時間がない。学習しなくてはならないことはどんどん増えてくる一方、総合の時間は削られてきている。
 緑のカーテンをつくろうとすると、かなりの時間を取られることになる。そこで取られる分の仕事は、夜や休日出勤をしてこなさないと追いつかない。相手は植物だから、待ってはくれない。お世話しなくていい日なんてない。

 だからこそ、保護者や地域の人たちの協力をお願いして、地域の力を取り入れていくことが大事だと菊本さんは強調する。
 先生──まして当該学年の担任の先生だけ──と子どもたちだけでやろうと思うと、そこには限界がある。保護者や地域の力を取り込んでいくことで、先生たちも余裕が持てて、学習そのものの展開に時間も力も注いでいけるようになる。
 それとともに、保護者や地域の人たちにとっても、関わったことで、緑のカーテンは自分たちのものにもなっていく。“私たちの緑のカーテン”という意識でいっしょになって喜んでもらえるし、誇りに思ってくれている。

「緑のカーテンサポーターズ」として関わってくれた保護者の方々に向かって、子どもたちは感謝を込めて「ありがとうございました!」

サポーターズの皆さん用の記録用紙。毎日名前が書き込まれていく。

 緑のカーテンの取り組みを通じて得ている、子どもたちの“学び”はとても大きいという。
 春先に植えたほんの小さな苗が、夏の終わりには4階に届くまでに大きく生長している。その上に広がる青空。日々、そんな光景を見上げていると、植物の生命力に畏敬の念すら覚える。
 毎日毎日、植物の生長を見守りながら、子どもたちは土や水や植物、虫などごく身近なものを大切な自然として認めていけるようになっていっているし、それらの中に「命」を感じるようにもなる。そうして身のまわりのさまざまに価値を見出せるようになると、日々の暮らしの中でも、自分にも環境にもやさしい生き方を工夫していけるようになる。──もともとはそんな期待から始めた取り組みだったが、子どもたちの中に確実に育まれているものがあることを実感している。でも、学びはそれだけでない。
 できれば楽をしたいと消極的だった子が、「人より先に自分が!」と率先して動くようになっていた。

手伝いに来てくれたNPOの方が、帰り際に「ありがとう、本当によかった!」と言ってくれたことがあった。すごくお世話になったのは、むしろこちらだ。「どうしてですか?」と聞き返す。
 「NPOとしていろんなところの学習支援に行きますが、“仲間”として受け入れてもらえることってなかなかないんです。でも、ここの子どもたちは、初めて会ったのに、いっしょに取り組む仲間として受け入れてくれて、それがとてもうれしかった」
 そう言われて、人と関わっていく力が付いてきていることに気付いた。
 緑のカーテンの取り組みを通じて、子どもたちはさまざまなことを教わるが、教えてくれるその内容もさることながら、そうして多くの人たちが本気になって関わってくれていることが、子どもたちの心の成長につながっているのかもしれない。

暑い中、当番でない日もほとんど毎日やってきて、どんな作業も喜んで手伝ってくれる女の子たち。

緑のカーテンをつくる3つのポイント

 緑のカーテンを作る上で、ポイントはが3つある。

1)土が命。栄養豊富な土をなるべくたっぷりと
 野菜用の大きなプランター。スペースに合わせて、とにかく置ける範囲でもっとも大きいプランターを用意するのが大事。
 土は、「培養土」──ピンからキリまであるので、園芸屋さんで相談して育てる植物に合ったものを購入──と、あとから力を発揮してくれる「腐葉土」、それに「ボカシ」──腐葉土の力をより発揮させてくれる──を入れて混ぜ合わせて土を作る。この段階で、どう育つかの運命が決まってくる。

2)ネットを太陽側にピンと張る
 ツル性植物は、巻きヒゲでつかまって安心の度合いを確かめながら伸びていく。だから、フワフワ風にあおられるようだと、早く伸びて花をつけて実を残そうと、子蔓をあまり出さなくなる。なるべくきっちりと固定して、風で揺らがないようにするのがポイントだ。
 ネットの上部で、支柱を縫うように網目を交互に通してやると、しっかりと固定できる。
 プランターは、ネットの内側に置く方が、植物は太陽に向かって伸びていくから、伸びたい方向にネットがあってつかまりやすい。足元の葉が茂ってくれば直射日光を浴びず、土温は上がらないし、乾燥も避けられる。

3)少なく植えて、大きく育てる
 茂ってほしいからといっぱい植える人が多いが、大きなプランターを用意しても、多くて2苗まで。植えすぎると、限られた水と栄養を取り合ってしまうから、成長が抑えられてしまう。少なく植えれば、大きく育って葉を茂らせる。
 また、親蔓が1mほど伸びてきたところで、頭をプチンと切ってやる。「摘心」というが、これをすることで、横方向に子蔓をたくさんと出すようになって、密集しながら伸びていく。緑のカーテンだから、面的に茂らせないと涼しくならない。
 学校では、ヘチマは摘心せずに、4階まで到達したところで切っている。でもそうすると、どうしても隙間があいてくる。ここに、ゴーヤをあとから伸びてくるように植えている。
 ヘチマが伸びていってすいているスペースを、ゴーヤが伸びていって埋めてくれる。この2段構えを「ゴーヤの後追い作戦」と呼んでいる。

年度はじめの土づくりの作業。培養土、腐葉土、ボカシの順に入れてよく混ぜ合わせ、さらに腐葉土、培養土を入れて混ぜ合わせる。

後追いゴーヤが生長すると、下の方を覆うゴーヤと上の方へ生長するヘチマとの見事な連係プレーが観察できる。

 はじめの状態が、その後の育ちを決定づける。土の栄養が少なければ、それに合った生長しかしない。風に煽られるような不安定な環境だったら、あまり伸びずにさっさと実をつけようとする。いっぱい植えられると、与えられた栄養でしか育たないから、大きく茂ることができない。
 「ゴーヤの気持ちになってみたらわかるんです」──そう言ってにっこりと笑顔を見せる菊本さんだった。

お話をお聞きした、菊本るり子さん
(板橋区立高島第五小学校の音楽教諭)