【第44回】かつての原風景にあった“カシグネ”を現代に甦らせる ~ツル性植物をフレームに沿わせた、高垣緑化の取り組み(小作隆泰さん)

2013.12.16

 かつて、関東一帯の家々には“カシグネ”と呼ばれる生垣が植えられていたという。カシグネとはシラカシの高垣のことで、関東地方では生垣のことを一般に「クネ」と呼んでいた。関東平野に吹きすさぶ空っ風のやってくる方角に向けて、屋根の高さほどのシラカシを一列等間隔に植えて、枝同士がつながるように壁状に刈り込まれた防風帯が、山から吹き下ろす強烈な寒風や砂ぼこりなどをブロックし、また夏季には西陽を遮って木陰を作ってくれる。自宅のカシグネをきちんと仕立てることは、そこに住む人の器量の表れでもあった。端正に仕立てられたカシグネは、鑑賞目的の庭木にはない美しい景観を作っていた。今から45年ほど前まで一般的に見られた原風景だ。
 そんなカシグネを現代に合った形で復活させようと取り組んでいるのが、羽村市に住む小作隆泰さんだ。
 そもそもの発想のきっかけは、かつて仕事で何度も訪れた海外の街で見た壁面緑化だったという。石造りの壁面を這うように伸びる蔦やツル性植物などの古色蒼然とした趣深い建造物だけでなく、現代建築家が設計した近代的なビル等に施工された巨大なグリーンウォール(壁面緑化)などが大きなインパクトを与えた。

羽村市にある小作さんの工房の“高垣緑化”。足場パイプでフレームを組んで、ツル性植物を這わせて壁一面に緑の遮光壁を作っている。

 ただ、それをそのまま気候も植生も異なる日本に持ち込むより、日本の風土に合った形でアレンジしたい、そんなふうに考えたときに思い出したのが、幼いころに見たカシグネの原風景だった。だが、問題もあった。今の東京郊外の建売住宅が密集する新興住宅地では、緑陰を提供する高木を植えるだけの土地もなければ、仮に育った時の落葉や日照の面での苦情も予想された。かつてのようなカシグネをそのまま復活させようとしても、現実味に乏しかった。
 「ちょうど20年ほど前に金属等加工のデザインと製作の仕事──いわば“鍛冶屋”ですね──を始めてこの工房を開いたんですが、南西面からの西日が厳しく、日陰になるようなものが必要だという認識は当初からありました。私は出身もこの辺りで、実家の庭にはカシグネが植わっていましたし、剪定(せんてい)する植木屋さんの梯子(はしご)に登らせてもらった記憶も残っています。そんなふうに大きな木を植えて木陰を作れるとよかったんですが、場所的にそれほど大きな木は植えられません。どうしたらいいかと考えたときに、フレームを作ってツル性植物を植えたらいいんじゃないかという発想が浮かびました。もともと植物が好きだったので、趣味でバラなどを栽培していて、ツル性植物は自由がきくこともわかっていました。ただ、壁面を直接這わせると建物の管理上の問題もあります。ヨーロッパなどにあるような石の建物だったら表面のメンテナンスも必要ありませんから、壁面を這わせても問題ありませんが、この工房は発泡コンクリート(ALC)を使っているので、通常のメンテナンスでは数年おきくらいで塗り替える必要があるのです。一方、壁面から離して設置したことで、隙間に空気層ができて、熱を遮断するのにも有利になります。要は、直射日光を遮ってくれればよいのです」

植えたのはバラやクレマチスなど。春先になると一面に白や黄色の花が咲き誇り、道行く人々が見上げたり香りを楽しんだりするという。

 小作さんの作ったツル性植物による高垣緑化は、海外の壁面緑化からインスピレーションを受け、かつて見たカシグネのある風景へのオマージュとして実現したものだ。樹種こそ異なるものの、ねらいは同じ“実用と美観”をめざしたものだった。

 ツル性植物を用いた高垣緑化のポイントは、その構造と仕立て方にある。かつてのカシグネは、シラカシを主体とする樹木を一列に配置するものだから、緑化帯と同じだけの地面を必要とした。これは、現代の狭小な住宅環境にとっては致命的な点だ。これに対して、樹種をツル性植物にすることで、植え枡を小型化することが可能になる。1本のツルを縦横に伸ばしていって、面としての広がりを持たせればよいのだ。自立しないツル性植物のため、絡みついたり誘引したりするためのフレームが必要となる。これは逆にいうと、フレームさえ組んでやれば、自由な形状の緑化面を作ることができることでもある。しかも、伸びたツルをうまく誘導してやれば、地面がないところでも緑化することができる。ツル性植物を使うことの最大の特徴である。
 「一般的には、樹木などの場合、植え枡の上の空間しか緑化できませんよね。でも、ツル性植物を用いることで、地面の状況に左右されずに緑化することができるのが特徴です。私の工房で作っている高垣緑化は、道路側は駐車スペースにしているため、地面の奥行は建物との間の40cmほどしかありません。しかも植えてあるのはいちばん右側だけです。左側には排水パイプが通っていて、植えられませんが、ツル性植物ならフレームさえ作ってやれば、地面の状態にかかわらずどんなところにも伸ばして持っていけるのです」
 高垣緑化による日影面と、直射日光が当たっている壁面とを比較すると、おおよそ5度程度の温度差が生じている。ここ数シーズン、エアコンなしで夏場を乗り切ることができ、省エネ効果を実感していると小作さんは話す。壁面の日焼けも防げるから、家屋のメンテナンス上も有利になる。

地面の奥行は約40cm。
フレームに取り付いて伸びていくから、地面に根を下ろしていなくても伸びていける。

 壁面緑化というと、施工業者が特殊な壁面ボードなどを設置するような、一般住民にとっては敷居が高いイメージもある。小作さんの提案する工法は、特別難しい点もなければ、費用的にも数万円レベルで完成する手頃なものだ。
 「フレームを組むといっても、私が使っているのは仮設工事等で使われる足場用の単管パイプです。5.5mのものが1本当たり2,000円ほどで購入できます。隣のフレームは、農業用ビニールハウスの支柱パイプを使っていて、こちらはもっと安く、1本500円ほどです。初期費用としては、植物の苗代や肥料代等も含めて数万円もあれば事足りるんです。風を受ける面積が大きくなりますからしっかりと固定することが大事になりますが、これも日曜大工程度の知識と技術があれば、素人でも設置可能です。私はパイプを700mmほど埋めて生コンクリートを流し込んで固定しています。それほど難しいことではありませんし、材料もホームセンター等で買い揃えることができます」
 具体的に解説されると、簡単にできてしまいそうな気になり、地面さえあればすぐに設置したい気分になる。

 設置後のメンテナンスは、季節ごとの剪定や刈り込みをするくらいで、水遣りも地植えなら雨水だけで十分だという。剪定・刈り込みでは、高く仕立てているから脚立などが必要となるが、枝切り自体は、剪定鋏(せんていばさみ)一つあれば素人でも十分できる。梅雨時や夏場はどんどん伸びてくるから、小作さんは年に4回ほど刈り込みをしている。電動のヘッジトリマーなどを購入すれば、その手入れもさらに楽になる。

 ツル性植物以外にも、樹木を平べったく仕立てれば、狭い庭でも育てることができるようになる。伸びはじめの枝がまだ柔らかいときにフェンスなどに止め具を用いて誘引し、スクリーン状(壁面)に仕立てる、園芸の世界でいう「エスパリエ」と呼ばれる技法を応用するものだ。
 裏庭では、実験的に小玉リンゴの樹や、カリンの一種のマルメロという樹をエスパリエに仕立てて緑の壁を立ち上げ、間を通れるようにして“緑の小路(こみち)”を作っている。高垣本来の効果とともに花を楽しみ、さらに果実の収穫を楽しむこともできる果樹は、庭木としては最適だ。虫が付くから消毒などの手入れをしないと味は落ちるが、ジャムなどの加工食品にするなら、それほど気にしなくてもよい。ウメの木なら虫も付かないから、管理も楽だ。

裏庭には、平たく仕立てた果樹を2列に配して、間を通れるようにした、“緑の小路(こみち)”をつくってある。

 小作さんの高垣緑化を見て、同じようなものを作りたいと問い合わせが入ることもあったという。埼玉の方にある植木屋さんからは、真似させてほしいと名刺をもらった。詳しい話を聞くと電車か車で通りかかった施主さんからの依頼によるものだった。

 個人の住宅だけでなく、公共施設への設置などあらゆる場面の緑化にも応用できると小作さんの話は熱を帯びる。
 「自治体などによる緑化の評価って、植えた本数や緑地面積で計算されるのが現状ですが、これを葉っぱの量で評価してもいいんじゃないかと思うんです。高垣緑化の場合、植えている本数や面積は小さくても、垂直に広がる葉っぱの総面積は非常に大きくなるんですよ。場所や用途によって、常緑のものや落葉のものを使ったり、花の色や咲く時期だったりと、様々な樹種から選ぶことができます。大きく生長するものを選べば、住宅地だけにとどまらず、公共施設への設置などあらゆる場面の緑化にも応用できます。例えば、駅前コンコースを取り巻いて円型に緑で覆うような仕立て方もフレームを組めばできるのです。規模によって植え枡を何カ所か用意すればよいだけですから、可能性は無限大に広がります。街路樹の場合、剪定などの管理でクレーン車を出していますよね。一本ごとに管理をするので仕方がないのです。でも、フレームを組んだ高垣緑化を作って、あらかじめ足場板を乗せる台座でも設置しておけば、恒常的なメンテナンスも容易になります」

話を伺った、小作隆泰さん。本業は“鍛冶屋”。金属、ガラス、石など材料は何でもあり。家具などインテリア関係から、門扉や看板などのエクステリア用品などをデザイン・製作している。

 小作さんの工房の高垣緑化では、剪定や刈り込みで出る枝葉はチッパーで粉砕し、マルチング材【1】や土壌改良材として木々の根元に敷いて有効活用しているが、街路樹や公共施設等の緑化なら、より多くの剪定枝が集まる。これを、地域産のエネルギー源として活用することもできるんじゃないか小作さんの構想は広がる。木質ペレットに加工すれば使いやすくなるし、実際にそうした形で地域産のエネルギーを自給している自治体の事例も見られる。緑化をすればするほどエネルギー源の確保もできることになるわけだ。

 「日本の都市って、ヨーロッパの都市国家と違って、万遍なく広がっていて、都市の部分と畑や森林を含めた緑地の部分との境界がありませんよね。特に郊外の方が自然の環境が劣悪化していると思います。都心部の大規模開発では、ある程度デザインがされていますが、郊外の場合、宅地開発した土地を細分化して家が建っていきます。そうすると、どうしても緑地がなくなって、建物の割合がものすごく大きくなる。総体として蓄熱帯ができてしまい、劣悪な環境を作り出しているのです。これを改善するための最もお金のかからない方法は、区画割りした宅地を購入した一人ひとりが緑化をすることじゃないですかね。でも、小さく区割りされた宅地に木を植える土地なんてありません。どうすればいいか──。一つの解が、垂直面の緑化だと思うんです」
 20年前に工房を建ててから取り組み始めた高垣緑化。これまでは個人として活動していくなかで、高垣緑化が秘める可能性を見出してきた。今後は、多様な樹種や技法を用いることで、個人宅における遮光等だけでなく、地域全体の温暖化対策や生態系保全へも役割を果たすためのものになってほしいと期待を込める小作さんだ。

高垣緑化を設置したのは、青梅線の線路沿いに建つ工房の日よけのためだった。写真に見える大径木の梁は、山に行って伐り出しから製材、組付けまで、すべて自分でやったという。

注釈

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