【第45回】たべる(お皿)とつくる(土)をつなげる試み ~生活者の意識と農の現場がつながることで、“自分たちの食”を取り戻す(つながってミール)

2014.01.06

 4年前にとある縁があって畑を耕すことになったのが、『つながってミール』を運営する松澤巧さんたちが食と農に関心を持った直接のきっかけだった。
 「長野県の小諸でたまたま畑を借りられることになったんです。ちょうど小諸で仕事をする縁があって、終わった後、そのまま縁が切れちゃうのももったいないと思っていたところ、標高900mの山の中にある畑を貸してもらえることになりました。それまで、農業にはほとんど関心はなかったんですが、休耕地を開墾するところからはじめて、汗をかいて作業をしているうちにのめり込んでいたんですね」

2010年3月、長野県小諸市で借りられることになった標高900mの山の畑・「ひなたファーム」(20m×20m)。(写真提供:ひなたファーム)
開墾前は草ぼうぼうで、刈り倒した草を野焼きしたり、大きな石をどかしたりもした。(写真提供:ひなたファーム)

 メンバーは都内で勤務している人が多かったから、そんなに頻繁に通うこともできない。月1回の作業でできることをやっていこうと話して始めた活動だったが、それだけでも意外に野菜ができることがわかったのが驚きだったという。最初の一年でもトウモロコシを育てたり枝豆を収穫したりと20種類くらいの野菜を育てて収穫することができた。
 「雑草も、最初の頃にきちんと草取りをしてやれば、野菜の方が育っていくにつれ、雑草に負けなくなってくるんです。ぼくらはあえて地主さんに面倒をみないようにお願いしていたのですけれど、本当に月1回の作業でできてしまったんですね。当初は農業について何も知らなかったから、種まきもその辺にわっと撒いてみたらどうなるだろうとやってみたんですけど、そうすると芽が出てきたときに雑草と見分けがつかなくなってしまい、やっぱり畝(うね)【1】を作って育てるのが大事なんだねと苦労したり学んだりしました。それまで、野菜はスーパーや八百屋に並ぶ商品としか見ていなかったんです。お店に陳列されるまでに、どんな育ち方をしているのか、まったく知りませんでした。知らなかったというよりも、関心がなかったんですね。植物だから、種から芽が出て、葉っぱを伸ばして、光合成をしながら育って、花を咲かせて実を結実させて子孫を残していく。そんな知識はあっても、普段食べている野菜と直接結びついていなかったんです」

 葉を薬味として食べるパクチーを育てたとき、「来月くらいちょうど食べ頃だよね」と言っていたら、次に来た時には花が咲いて食べ頃を逃してしまったこともあった。野菜も変化していくということを実感した瞬間だった。そうこうするうちに、だんだんと農業にはまっていって、これはもっとみんなに伝えていかなきゃいけないと思ったのが、『つながってミール』の一つのきっかけになった。
 もう一つのきっかけは、2011年3月の東日本大震災。原発事故が起こって、福島県や近県の野菜に対する風評被害が深刻化した。農家と直接つながることができれば、農産物に対する信頼も増すし、いざというときに食糧を手に入れることができるかもしれない。いわゆる食の安全保障だ。農家との直接的なふれあいが得られるのもメリットだった。

 『つながってミール』は、食事を意味する“meal(ミール)”にかけると同時に、“つながってみよう”と呼びかけるメッセージでもある。普段、あまり食べ物のことを意識していない都市生活者と、食べものを作っている農家をつなげるための場を提供するのが目的。これを達成するため、農家の思いを発信するWEBサイトの運営と、農家を始めとする食の現場に携わる人たちと生活者が出会い・つながるためのイベントの開催を活動の2本柱にしている。
 活動を始めて感じたのは、農家とのつながりを作りたくても、なかなか情報そのものが得られないことだったという。農家は作物を農協などに出荷すれば流通に乗るため生産に専念していて、発信することに対してあまり熱心でなかったりもする。そこで、まずは知り合いのつてを頼って紹介してもらった農家さんにインタビューをして、それぞれの人となりやこだわりがわかるように伝える記事を掲載するところからはじめた。学生ボランティアが農家を訪ねてインタビューした内容を、主に松澤さんが編集・加工してWEBサイトに掲載している。予算があるわけではないので、取材経費も制作費も持ち出しだ。
 農家と生活者がつながる場として初めて実施したのは、2011月10月に横浜で開催したランチイベント。一般参加者46名の他、農家さんが4組6名とスタッフ21名を加えると、総勢73名にもなった。

 プログラムは、3部に分けて構成。第1部は、これまでとこれからの食を考える、座学の部。題して『きいてミール』は、文字通り、発表等を聞いてインプットを得る。まずは食べものをテーマにした民話のアニメーションを上映して、先人の食のあり方を学ぶところからスタート。次いで、学生ボランティアたちが農家のインタビューを通して学んだことや気づいたことを発表。野菜作りや土づくり、旬と旬以外の食べ方などの報告を踏まえて、最後に農家さんとつながってみて考えたちょっと未来の食と農の生活についてまとめた。

初めてのイベントは、2011年10月に横浜で開催した。(写真提供:つながってミール)
料理に使われている野菜を当てる、ミニクイズ。(写真提供:つながってミール)

 第2部は、協力してもらった農家の食材を使った料理の試食会。こちらは『たべてミール』と題した。試食の前には、ご来場いただいた農家を紹介して、交流のきっかけづくりに。試食の間にも、机に並んだ料理の食材に使われている野菜を当てるミニクイズを実施して、同席する人たちと話をしながら野菜や食に思いを馳せてもらう。
 試食会の後、第3部『はなしてミール』では、午前中の発表・報告や実際にランチを食べてみて感じたこと・考えたことを、机ごとの少人数で話し合いながら進めていくセッション。いくつか問いを投げかけながら、おしゃべりを楽しんでいく。途中で席のシャッフルもして、より多くの参加者と話をしていく。
 会の最後には、『やってミール』シートを配布して、それぞれがイベントを通じて、今後やってみたいと思ったことを宣言してもらって次のアクションへとつなげていく。帰り際には参加した農家さんが作った食材を詰めたお土産を持ち帰るという盛りだくさんの内容だった。

イベントを通じて感じたり考えたりした、今後やってみたいことを“やってミール”シートに宣言してもらう。(写真提供:つながってミール)
お土産には、協力してもらった農家さんが作った食材を詰めたものを持ち帰ってもらう。(写真提供:つながってミール)

 イベントは、協力農家の畑を訪問して、緑の中、青空のもとで実施するものもある。『畑に行ってミール』シリーズと名付けているこれらのイベントでは、土にまみれて収穫を楽しんだり、もぎたて野菜にかぶりついたりする、生の体験が売りのイベントだ。夏にはトウモロコシ狩り、秋にはイモ掘り&イモ煮会などを企画して、好評を博してきた。参加者は、主にfacebookなどのSNSツールを通じて呼びかける。知り合いがその友達や家族を連れて参加したりと、自然な広がりをみせている。

夏の“畑に行ってミール”は、トウモロコシ狩りの企画。もぎたてのトウモロコシを生でかじる。「あまい!」。(写真提供:つながってミール)
野菜型に切り抜いた短冊に願い事を書いて吊るす。(写真提供:つながってミール)
竹を割った樋(とい)で、流しそうめん。(写真提供:つながってミール)

 2013年7月の七夕の日に実施したトウモロコシ狩りには総勢70名が参加した。もぎたてのトウモロコシを生でかじってみたり、枝豆の剥き方を教えてもらったり、流しそうめんをやったりと大いに盛り上がる。七夕にちなんで、スタッフが事前に準備した野菜の形に切り抜いた短冊を用意。参加者それぞれが書き込んだ七夕の願い事が竹を飾り、畑の緑と青空に映えた。
 一方、11月のイモ煮会は20人くらいのこじんまりしたイベントになった。回ごとに参加人数もまちまちだが、人数なりの楽しさがある。

総勢70人が集まって大盛況の一日となった“畑に行ってミール”の一日。(写真提供:つながってミール)
秋に開催したイモ煮会。この日は、里芋の収穫体験から始まった。(写真提供:つながってミール)
畑で採れたばかりのみずみずしい野菜たち(イモ煮会にて)。(写真提供:つながってミール)

 「『畑に行ってミール』シリーズのほか、シェフと消費者をつなげて、採りたて野菜を使った料理を楽しむ、少しプレミアムな感じの会もやっています。また、『ベジスイーツをつくってミール』というイベントでは、野菜を使ったお菓子作りの料理教室もやりました。スタッフの中から湧き出てくる、“こんなことやってみたい!”という思いをサポートしながら、楽しむことを大事にやっています。それと、必ず生産者さんを呼ぶので、そのときに使っている野菜の話をしてもらって、“たべる(お皿)”と“つくる(土)”をつなげることを意識した会にしています。農家さんの他にも、ベジスイーツの会では、砂糖問屋の人を招いてお菓子に使った砂糖の話をしてもらったり、ちょうどバレンタインデーに向けたスイーツづくりでもあったので、ラッピングの業者の方に講師になってもらってラッピング講座も企画したりしました。協力していただいている農家さんからも、消費者と直接かかわれる機会ができたことを喜んでもらっています」
 近年は、“マルシェ”と呼ばれる直売の市場のような催しも開催されるようになり、消費者と直接かかわる機会に参加する農家も増えてきた。ただ、商品である農産物等について話をしても、その背後にある農家の思いやこだわりについて深く話をする機会も時間もあまりない。まして、個人的なつながりに発展していくことはなかなか難しい。つながってミールのイベントは、体験や交流を通じて、食や農を自分ごととして捉えてもらうことを重視している。そうして農家と生活者が相互に理解を深めていくことで、“たべるとつくる”が自然なかかわりの中でつながっていくことをめざすわけだ。

バレンタインデーの直前に開催した、野菜を使ったお菓子づくりのイベント「ベジスイーツをつくってミール」。(写真提供:つながってミール)

 つながってミールの活動を通じてより多くの人たちに伝えていきたいことは、野菜の価値だと松澤さんは言う。
 「農家さんによって思いもそれぞれ違いますが、ともかくちゃんとした野菜の味を知ってほしいとか、本物を知ってほしいということがまずはありますね。それと、畑に来てほしいという人も少なくありません。ぼくらの活動では、野菜の価値というのをどう伝えるかが課題かなと思っています。値段でしか見られないと、安さだけで選ぶことになりますよね。でも、高い野菜は高いなりの理由があるわけです。それとともに、その高さもどういう値段が適正なのかを含めて、作られている過程だったり味の違いだったりを、もっといろんな人に知ってほしいと思っています」
 震災の混乱も一つの契機となって、農業や食の安全に対する関心は、以前より格段に上がっている。農家とつながりたいというニーズもでてきている。イベントを中心に思い切り楽しんでいく『つながってミール』の取り組みも、めざすところは、農家と生活者が直接的な関係の中でいろいろなつながりを構築していくための仕組みづくりだと松澤さんは言う。
 「生協とか宅配業者なども増えてきて、JAだけでない流通のあり方が増えてきていますが、まだまだ農家と生活者との関係はそれほど直接的とは言えません。ぼくらがやりたいのは、もっと直接的なつながりができるような仕組みです。それが具体的にどういう形になるのかはまだ模索中ですが、今ぼくらがキーワードにしているのは、“『自分たちの食』をコモンパッション【2】に”ということです。おいしい食べ物って人をつなげられるものだし、みんな関心があります。それをきっかけにして、生産者とつなげられないか。それと、六次産業【3】的なことにも発展していきたいと思っています。例えば、農家さんとシェフがつながることを生かして新しいメニューを開発したり、地域の食の新しい楽しみ方を発信していけたりすると、これまでにない価値が生まれてくるかもしれない。そんな取り組みがうまくいけば、イベント以外の収入源も生まれる可能性がある。そうして収益が生みだされていけば、今の持ち出しレベルでしかできていないことも、より大きな規模の挑戦をはじめるための資金にもできると思うんです」

話を伺った松澤巧さん。もとは都会派で、土いじりなんて泥臭いことはできないと思っていたが、いつの間にか土を触るのが好きになっていたと笑顔を見せる。

注釈

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