【第70回】使い継がれていく家具が物を大事にする心を培っていく(木工駆け込み塾)
2016.03.15
住宅街の中に開いている木製家具工房
都営地下鉄新宿線と東京メトロ半蔵門線が交差する住吉駅から徒歩約10分。通り沿いに進み、江戸時代に開削された運河をいくつか越えて小さな路地に入っていくと、住宅街の中のマンションの1階部分に、今回紹介する「木工駆け込み塾」の工房がある。上階はもちろん、すぐ隣にもマンションが建ち並ぶ住宅街のまん真ん中の立地は、店舗やギャラリーならともかく、作業場に使っている木工房としてはやや似つかわしくないようにも思われる。
引き戸を開けて中へお邪魔すると、通路を抜けた奥では、板敷きの床に座り込んで、鉋(かんな)をかけたり鑿(のみ)を打ったりと作業に没頭する数人の塾生たちの姿とともに、工房主で木工駆け込み塾の塾長・長尾隆久さんが静かにたたずむ。
木工駆け込み塾は、“仕事をしながら木工を学べる場所を!”という長尾さんの想いから20年前に始まった実践木工塾だ。週1~2日通ってくる塾生たちは、注文の取れる家具づくりをめざして互いに研鑚しながら技術を習得するとともに、仕事の段取りを身に付けていく。
「合板などを使わず、無垢※1の木を使って、カンナやノミなど手道具でつくる注文家具を中心に仕事をしています。それから、他の工房さんのように喫茶店やショールームを開いたりはしていません。私は木工作家ではなく、注文を受けて仕事をする職人なんですよ」
現在、塾生は総勢15人ほど。木~日の4日間、曜日ごとにメンバーを変えて各4~5人の塾生が通っている。仕事を持ちながら通う人たちは土日が中心だし、早く独り立ちしたいと週2日間通ってくる人もいる。


自分の体で覚え、頭で考えて、またそれを再実行していくという繰り返しによって技術が身に付く
塾生は、ほとんどがカンナを持つのは中学校の技術課程以来ほぼ初めてという人たちばかり。最初は塾長の長尾さんがカンナの仕込みや刃の砥ぎ方などについて教えるが、普通の塾や木工教室のように、その後はマンツーマンで手取り足取り教えることはない。各曜日の塾生たちの中で少しでも先輩の人が教えたり、逆に先輩に聞いたりしながら、互いに研磨しあって技術を習得していくというのが、木工駆け込み塾の流儀だ。
木工職人の仕事の基本は、部材をカンナで削っていくことによって、真っ直ぐな線やまっ平らな面などを作ることにある。実際に手を動かしながら、確信が持てないときなどには先輩の仕事を見たり聞いたりして、覚えていくわけだ。
「手仕事というのは、理屈だけわかったところで何もなりません。まずやってみて、何が難しいのか自分なりに体験して、その上でどうしてもわからないことがあれば聞きにくる。そうじゃないと技術は身につかないんです。理屈として理解するだけでは、わかった気になっても、なかなかその通りにはできません。何度も失敗しながら、どうやったらうまくいくのか自分なりの工夫をしていくことが大事です。試行錯誤をして、考えて、またそれを再実行する、そんな繰り返しでこそ技術が身に付いていくのです」
取材に伺った日、3人いた塾生たちは皆、黙々と作業に没頭していた。長尾さんは静かに見守りながら、あえて口出すことはない。
カンナやノミなど伝統的な手道具の仕込みから使い方まで実践的な技術を教えてくれる場というのも珍しいが、さらに木工駆け込み塾がユニークなのは、一通りの技術を習得した塾生たちがOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)※2として客仕事を引き受ける中で、技術を磨いていくことにある。一人ひとりはまだプロの卵でも、協力し合うことで、注文通りの製品に仕上げていく。もちろん、最終的なチェックは、長尾さんがしっかりと責任を持つ。
「OJTのいいところは、趣味の日曜大工などと違って、納期があることです。クオリティが要求されるとともに、納期に迫られることで、最初はのんびりと作業していても、日が過ぎていくにしたがって焦り始めたり、最後には泊まり込みで仕上げたりしています。その分、技術の向上はめざましい。のんべんだらりと、納期もない仕事をしていても、あまりうまくはなりませんからね。外国語だって、本当にうまくなりたいと思うなら、外国人ばかりで日本語が通じない環境に行くのが一番じゃないですか」
木工駆け込み塾は、週2回の場合なら1年2か月を期限として卒業することになる。期限を区切ることで、だらだらと先延ばしにすることなく、技術の習得はもちろん受注から納品まで一通りの手順を覚えていき、卒業後に自立した仕事ができるようになるのが目的だ。卒業した後に、プロの木工職人として独立するかどうかはともかく、少なくとも自分の使う家具は自分で作ることから始めて、友達や親戚にプレゼントしたり注文を受けて作ったりする人が多いという。


釣り好きの人からの注文で製作した釣専用道具入れ。釣りに使う道具を一切合切入れて持ち運べる箱ということで「合切箱」と呼ばれる。本体と、引き出しや中の箱をそれぞれ別の曜日の塾生グループが製作を分担。指物の箱組の技を存分に発揮してできた製品だ。こうしたOJTによる製作を通して、技術習得とともに、受注から製作・納品までの手順を体験して、卒業後に自立した仕事ができるようになることをめざす。(図版出典:木工駆け込み塾)
江戸指物の伝統的な技術で、使い継がれるような家具を作る
木工駆け込み塾で習得する技術は、伝統的な江戸指物※3の製法だ。江戸指物とは、鉄釘などの接合金具を使わず、ホゾなどの組み手を刻んだ木と木を組み合わせて作る家具や調度品などの伝統工芸品、またはそれらを作る技法のこと。材料には、無垢の木が使われる。
「木材は空気中の湿気を吸収したり放出したりして、伸び縮みしています。だからいくら正確に作っても時間が経つと狂ってきます。そのために発達したのが指物の技術なのです。組手を刻んで組み合わせることで、反りやねじれなどを押さえる効果を持たせることができます。しかも、組んだ木と木がいっしょに伸び縮みしてくれるので、組み手が緩みません。ところが、こうした組み手は合板では作れないんですよ。合板は、表面の化粧板の間の芯にチップなどを詰めてあるため、刻みを入れるとボロボロと崩れていってしまいます。ですから、私たちの作る家具では、無垢の木を使います。それも国産の木です。湿気の話をしましたけど、日本の風土の中で育った木はやっぱり日本で使うと合うんですね。外国産材の方が安く買えますが、日本の風土の中でどういう反り方をするかわかりません。また、指物では木目の美しさをとても大事にしています。木目がきれいに出る国産材のセン、タモ、ケヤキなどを使って、木目が浮かび上がるような塗装をするのが、日本の昔ながらのやり方です」



アリ組と呼ばれる木組の方法。接合部分を先端の広がった台形に加工して、楔形にして組んでいくことで天板の反りを防いだり、組んだ木がすべり抜けてしまわないような締まる力が働いたりする、強固な組手となる。「蟻」の名前は、台形の形が蟻の頭のように見えることからつけられている。(図版出典:無垢の木蟻工房)。
毎年春先の入学シーズンには、合板で作った学習机などが家具屋等の店頭に陳列され、数多く売れていく。その一方で、数年経って粗大ごみとして捨てられているのも案外よく目にする光景だ。
「もったいないですよね。しっかりと作られた木工製品は長く使っていけますから、単に消費して捨ててしまうのではなく、使い継いでいくというのが、とても大事です。ものを大切にする心というんですかね。うちに入ってくる注文でも、“おじいちゃん・おばあちゃんが使っていた家具と同じようなものを作れないか”とか、“昔使っていたちゃぶ台を解体してベッドサイドテーブルにリメイクしてほしい”などといった依頼もあります。そうした物を大事にする心が培われていってほしいと思って、手づくりの家具を作り続けているのです」
合板で作る家具にも利点はある。無垢の木と違って木繊維の方向が一定ではないから、狂いにくいし、家具自体の重量も軽くすることができる。ただ、その分強度は犠牲になる。組み手で作った家具は頑丈で壊れにくく、ものが当たって凹んだとしても、水を吸わせてあげれば元に戻る。合板家具の場合は、表面の薄い化粧板に穴が開いてしまえばどうしようもない。
「よくたとえ話をするのですが、インスタントラーメンを食べて“本物のラーメンじゃない”と怒ってもしょうがないじゃないですか。インスタントラーメンにはインスタントラーメンのよさがあって、手作りのラーメンが食べたければ行列に並んで食べればいい。どちらも需要があって、ただそれぞれ違う文化のものとしてあるわけです。家具も同じで、仮住まいの間は合板の家具で安く揃えて、自分の家を建てたときには一枚板のテーブルがほしいと人も結構いらっしゃいます」

異分野のプロが木工の技術を学ぶことで生まれるもの
木工駆け込み塾には、さまざまな経歴の人が門戸を叩いてくる。40~50代の会社員が仕事を持ちながら通ってきて、卒業後は中途退職して少しでも木工に関わった暮らしをしていきたいという人は少なくない。霞が関の役人だった人もいたし、四国で女性初の船の機関士になった人が機械ばかり扱っていると木が恋しくなるといって入塾してきたこともあった。木の暖かな家具を作りたいと言うわけだ。家具工場で大きな機械を使って家具を作っている作業員もいる。機械の操作はできても、手道具を使うことはないから刃の砥ぎ方も教わったことがないという。この他に、リタイア後の第二の人生として木工をはじめようという人もいる。
「木と向き合っていると、心理的なストレスを感じません。人間関係に疲れていても、木と向き合っていると一日があっという間に過ぎ去っていきます。それだけ作業に没頭できるのですね。楽しいですよ。また、道具に凝る人も多いですね。古い道具をネットオークションなんかで見つけてきて、自分で仕立て直して使うのです。家具づくりそのものよりも道具の仕込みや精度の出し方にこだわる人がいて、砥ぎの名手になっていく。さまざまな経歴と趣向の塾生たちが、互いに切磋琢磨しあいながら技術を高めていくというのが結構大事なんですね」
手道具だけでなく、電動工具を使うこともあると長尾さんは言う。溝切りなどに使うルーターや板材の厚みを揃えるのに使う自動カンナなどは特に仕上げ前の粗作業などでよく使う。棚板を入れる溝などは、手で彫ろうとすると時間も手間もかかるし、長くまっすぐな溝を刻むのは技術的にも難しい。電動工具の方が適した場面では電動工具も使い、手道具でないとできないことを手道具を使って作業する。基礎を押さえているからこそ、道具も適材適所によって使い分けることができるわけだ。
塾生の中には、異なる分野のプロが木工を学びにくるケースもある。
「この間まで、韓国人の革職人が塾生にいました。木と革を組み合わせて新しい製品を作りたいというのです。“革だけではもう食べていけない”と言うんですよ。また数年前には、漆工芸の職人をしている女性がいました。職人というか作家さんです。在籍中に、あるクラフト大賞のグランプリを授賞して、ある区の区民栄誉賞を授与されて有名になってしまいました」
入塾すると、工房の床で車座になって、塾長・塾生が料理をつつき、酒を飲みながら、自己紹介をするという。そんなひとときを楽しみながら、塾生とともに木工製品を作り続けて20年になる長尾さんだ。
