【第75回】魚を追いかけ、命をいただく体験を、地元の川との“出会い”のきっかけに(青梅・多摩川水辺のフォーラム『ガサガサ水辺の探検隊』
2016.08.10
“1人で川に行かない・濁った川に近づかない・水に落ちてもあわてない!” ──川遊びの「3つのやくそく」
7月初旬の土曜日の朝、JR青梅線の河辺(かべ)駅から徒歩15分ほどの河辺市民球技場前の開けた河原に、子どもたち110人に、保護者やスタッフを含めると、総勢約250人が集まってきた。空は曇天に覆われながらも、ところどころに青空がのぞく。日射しはないが、蒸し暑くなりそうな一日だ。
この日は、青梅・多摩川水辺フォーラムが毎年この時期に開催している「ガサガサ水辺の探検隊」のイベント当日。同会が構成団体の一つに名を連ねる「おうめ水辺の楽校」が年9回開催しているプログラムの一つに位置づけられ、青梅市からも課長をはじめ4名の職員が休日出勤して、裏方としてサポート役を担う。

スタッフは子どもたちの集合時間の1時間以上前に集まって準備作業を開始。魚の手づかみをするために川の中に網を張って土嚢袋を敷き詰めた“生け簀”を作ったり、捕った魚を焼くための炭火熾しをしたりと、あまたある準備作業を分担してこなしていく。すでに8回目の開催となる「ガサガサ水辺の探検隊」だから、スタッフの動きもスムーズだ。




受付を終えた子どもたちは、すぐにライフジャケットを身につける。足まわりはサンダル厳禁で、ウォーターシューズなど濡れてもよい靴で固めている。スタッフから集合の声がかかって始まった開会式では、主催者や来賓、サポーターの紹介と挨拶が続いた。子どもたちは早く川に入りたいとウズウズしている。
開会式の最後は、この日の講師、「ガサガサ水辺の移動水族館」館長の山崎充哲さんが紙芝居をめくりながら、川遊びの「3つのやくそく」について話をする。山崎さんは、参加者とスタッフから、“山ちゃん”と親しみを込めて呼ばれている。
「子どもたちみんな、この紙芝居のこと、知っているかな? 今日、川で遊ぶにあたって、まずは安全が一番大事です。すごく大事な約束だからね、よく聞いておいてよ!」


紙芝居の横に立って、山崎さんが子どもたちに話しかける。
「約束の1つ目は、“ひとりでかわにいかない”。どうして一人で川に行っちゃいけないか、わかる人!」
子どもたちが手を挙げながら、「一人だと危ない!」「助けを呼べない!」など思い思いに口にする。
「はい!大当たりです。みんな拍手。溺れている人は助けを呼べないもんね。だから、まわりのお友達が大きな声で助けを呼んでください」
2つ目の“やくそく”は、「にごったかわにちかづかない」だ。「わかる人!」と声をかける山崎さんの視線に応えるように、子どもたちから声が出る。
「“深さがわからない”、大当たりです。皆さん、拍手! さすがだね。もうここの子どもたちはばっちりだね」
半ばおだてあげながら、子どもたちの気持ちを盛り上げていく。
「台風や大雨のあとの濁った川、深さがわからないよね。そんな川には近づかないでください。一歩踏み出したまま流されちゃったら大変です」
3つ目の“やくそく”は、「みずにおちてもあわてない」。
「ちょっと実験してみましょう。今日はみんな、ライフジャケットを着ているから、水に落ちても絶対に沈みません。でも、もしライフジャケットを着ていないときに水に落ちちゃったら、どうしようか。みんなじゃあ、大きく息を吸って、止めてくれる? こうやって、は~(と、息を吸い込みながら)、ふっ!って止めてくれる? せーの!」
山崎さんの声に合わせて、子どもたちは大きく息を吸って胸を膨らませ、そのまま息を止める。
「みんなの胸の中には、今、大きな浮袋があります。だから絶対に沈みません。でも川に落ちたらどうしよう。みんな、なんて叫びたい?」
子どもたちから「助けて~!」の声。
「その通り! 期待通りの答えだね。でも“助けて~!”と叫んじゃうと、胸の浮袋の空気が全部抜け出て、体も沈んでしまいます。だから“助けて!”と叫んじゃダメです。さっき言ったよね、呼ぶのは誰だっけ? そう、お友だちが呼ぶんだよ」
“3つのやくそく”について一通り話し終えたあと、困ったときは大人を呼んで!と子どもたちに話しかけるとともに、いっしょに聞いている保護者たちにも、困っていそうな子がいたら声をかけてほしいと締めくくる。そうして、地域に住む人たち自身が声掛け、つながりあえるような関係性ができていけば、安全な川遊びができる地域になるわけだ。最後に“おまけ”として、生き物にもやさしくしてほしいと山崎さんは付け加える。

源流とそん色のない水質で川遊びができる青梅市の河辺河原
源流の奥多摩から東京湾に注ぎ込む大田区羽田空港の河口まで総延長138kmの多摩川は、青梅の少し下流で水質が大きく変わるという。長年、多摩川をフィールドにして水質や生物の調査を行ってきた講師の山崎さんに、青梅周辺の川の、特異で恵まれた状況について話を伺った。
「多摩川の水は、このすぐ先の羽村堰(せき)より下流では下水処理水が7割ほどを占めます。それに対して、ここ青梅周辺は下水処理水がわずか数%なのです。それを考えると、もう本当に源流部とそれほどそん色のない、とてもきれいな水です。まずそこの違いが大きいと思います。水温も、たぶんこの辺りでは、20℃くらいだと思います。でも下流域は、今はもう27~28℃ほどあります。皆さんの家庭からのお風呂や炊事場からお湯が流れ込んできて、水温が上がっているのです。というのも、ここの水は水道水として取って飲んでしまうため、下流の羽田までは流れてこないのです。このあたりの多摩川と下流の多摩川は、川としてはつながっていても、流れている水は全然違うのです」
川崎在住の山崎さんだから、上流を流れるここの水を川崎まで流してほしいといつも言っているという。
「上流の君たちが水を無駄に使えば、下流に流れる水はますます減るし、汚れを流せば水質も悪くなる、そんな話をいつもしています。“上流の人たちから川を守る”という意識で、水を大事に使ってほしいと話しかけているのです。それとともに、この川の水を利用して、植物もいる、魚もいる、昆虫もいるということを、自分自身の体験を通じて感じてほしいんですよね。そんな原体験が心の中にあれば、大人になって社会に出たときや子育てをするときに生かされてくると思うのです」
青梅・多摩川水辺のフォーラム代表の大槻健児さんは、今年5月から前代表の渡邉勇さんのあとを受けて、今年、代表として初めてのガサガサ探検隊を迎えた。会に関わるようになった最初のきっかけは、河辺小に通っていたお子さんが川遊びのイベントに参加したことだったという。
「単なる参加者でした。PTAでもありません。もともとアウトドアが好きだったので手伝うようになって、子どもが小学校の卒業を期に参加しなくなったあとも、そのまま関わり続けています。そんなふうに、参加者から当日の進行を手伝ったり会の運営に関わったりする人も少なくはありません。そうした中から、子どもが卒業した後にも残る人がどれだけいるかというところですね。うちの子? もう全然見向きもしませんよ」
最初の縁を作ったお子さんはすでに高校生になり、今年、大学入試を控えているという。すでに何年もまったく来ようともしないと吹っ切れたように、でもどこか淋しげに呟く大槻さんは、火床の炭熾(おこ)しをはじめとした準備作業や安全な進行のために気を配って、会場内をまわっていた。
身近にあった豊かな自然に思いがけず出会って、のめり込んでいく人たちの存在が、この活動を支えているのだろう。

自らの手で生命(いのち)を奪う体験をして、感じてほしいこと ~魚のつかみ捕りとさばき方
川の中に網を張って土嚢袋を敷き詰めて造った即席の“生け簀(いけす)”の中には、ちょうど開会式が終わった頃に届いたヤマメとニジマスの活魚300匹が放流された。これから、学齢ごとのグループに分かれた子どもたちが、生け簀の中の魚のつかみ捕り体験をする。気温も上がってきて、蒸し暑さも増してきた。水面下で群れをなして泳ぐ魚の姿を目の前にして子どもたちは前のめりになって、今や遅しと開始の合図を待つ。


生け簀の中を泳いでいた魚を手に、山崎さんが魚を捕った後の作業について、実演しながら説明する。指に挟んで押さえつけられた魚の口は、パクパクと動いているのが遠目にもわかる。子どもたちの視線も山崎さんの手元に集中してくる。
「この魚、実はまだ口が動いているから、生きているよな。生きている魚の頭の辺りを、こうして石ころでパコンと打ちつけるんだ。これを“生き締め”と言う。ちょっと残酷なんだけど、血がまわっちゃうと魚をおいしく食べられなくなっちゃうんだよね。次に、尾びれ近くにあるお尻からカッターの刃を入れて、お腹を裂いたら指で中身を出しちゃってください。残酷だよな。でも、みんなが魚を食べて、命をいただくということは、そういうことなんです」


騒がしかった子どもたちも、魚の腹が切り裂かれていくのを間近に見て、固唾を飲む。内臓を取り出した後、肋骨の奥から心臓を取り出す。指の先でピクンピクンと脈を刻み続ける心臓を、子どもたちがじっと見つめる。
「今、この指先に乗っているのが心臓です。動いているのがわかる? みんなの胸の中でも心臓が動いているよね。まったく同じように、魚もこうやって心臓が動いています。でも、今、山ちゃんがこうやって取り出したことで、この魚の命を奪いました。そうしたら、ちゃんとこれ、食べてあげないとかわいそうだよね。一切れ残さずきちんとみんなで食べてあげようね」


内臓を取り出したら、腹の内側の赤黒いはらわたを爪でこするように取り除く。腎臓だ。きれいにこそぎ落として、水で洗い流すことで、生臭さが抑えられるという。おいしく食べるための一手間だ。
最後に、目玉から竹串を刺し込んで、身体の中を縫うようにして通していく。塩を振りかけて、塗り込んでいくのは、味付けをするとともにヒレなども焦がさずに焼くためだ。 串が完成したら、すでに炭を熾して準備してある火床に並べて、1時間ほど火にかざしてじっくりと焼き上げる。


「みんなね、自分の手で命を奪うことがどういうことか、自分の手が血で汚れるってどういうことか、他の生きものに命をもらうってどういうことかを、今日は少しだけ、捕まえて楽しんだあとに考えてみてください。“ごめんね”と心の中で思いながら、お腹を裂いて串にして、それでおいしく食べようね!」
普段の食事でも同じだ。家で食べている肉も野菜も、すべて命につながっている。そんなことを考えながら、残さず食べてほしいと山崎さんは話しかける。


魚は追いかけて捕るのではなく、網に追い込んで捕る ~水辺のガサガサ探検
続いてのプログラムは、河原の草地を歩いて2分ほどのところにある池で、水辺のガサガサ探検をする。魚が焼けるまでの間のプログラムでもある。
川の伏流水が溜まってできたこの池には、小魚やエビ・カニなどの水生生物が草陰などに隠れ住んでいる。草が覆う岸辺などにタモ網を差し込んでガサガサとかく乱して、驚いて逃げ出すところを捕獲するわけだ。


池の前で、大きな網を抱えた山崎さんが、ガサガサのやり方について説明をする。
「みんな、ガサガサで魚を捕ったことはあるかな? 初めてという子のために、山ちゃんが捕り方を教えます。魚がいる!と思って追いかけても、魚が逃げる方が絶対に早いです。だから、網に向かって魚が逃げ込むように、人間が追い込みます。魚たちは、どこに隠れていると思う? そう、草の隙間や石の下などにいます。この草の陰にもひょっとしたら隠れているかもしれません。だから、草の前に網を置いたら、足でかき混ぜて魚を追い出すんです。それだけで…ほら、絶滅危惧種のシマドジョウが捕れました。人間が追いかけても絶対に捕れないよ! 網を置いて、追い込むんだ!!」
魚の捕まえ方についての説明が終わると、カウントダウンの合図で子どもたちは一斉に池の中へと踏み込んでいく。目標は、1人1匹以上捕まえること。池の中央で子どもたちを見守る山崎さんをはじめ、スタッフも池の中に入って子どもたちをサポートする。すでに前年などに参加して慣れている子は、すぐにタモ網を掲げて「山ちゃん! これなに?」と大きな声をあげる。


1時間ほど、池の中で生き物を追いかけた後、そろそろ魚が焼けた頃だよと声がかかり、河原の草地をたどって、広場に戻る。
ライフジャケットを脱ぐ前に、多摩川の本流に入って、プカプカと浮かびながら流れに漂う。熱く火照った体を冷やすとともに、ライフジャケットの汚れを落とす目的もある。下流にはサポーターの大人たちが待機して、漂ってくる子どもたちを待ち受け、安全対策を図る。
川からあがると、いよいよお待ちかね、こんがりと焼き上がった串焼き魚を味わう。ちょうど昼時に差し掛かり、身体も存分に動かしたから、お腹も空いてきた。







青梅市に水辺の楽校を作るために設立された、青梅・多摩川水辺のフォーラム
青梅・多摩川水辺のフォーラムでは、この日のガサガサ探検隊のあと、9月にも同じく山崎充哲さんの指導によって『多摩川まるごと遊び塾』を予定している。ライフジャケットを着て川に浮いたり泳いだり、川の中に立てた脚立から飛び込んだり、ゴムボートで川下りをしたりと、川を遊び尽くす。
今回のガサガサ探検は、“魚に触れ”、“命をいただく”ことが目的だったが、9月のイベントでは“安全な川遊び”の仕方について実地で教えるとともに、午後からは『移動水族館』と称して多摩川の下流にいる魚を講師の山崎さんが水槽に入れて持ってきて、その日捕った魚とともに、上流と下流の魚の違いについても観察する。
青梅・多摩川水辺のフォーラムでは、これらの2事業を、「おうめ水辺の楽校」【1】の年間プログラムの中で、青梅市及び構成団体との協働事業として実施している。
美しい多摩川フォーラム | 炭焼き体験と水辺の交流会 | |
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霞川くらしの楽校 | じゃぶじゃぶ川であそんじゃおー! | かすみ川であそぼ!いかだあそび |
魚つり「僕も私も釣り名人」 |
もともと青梅・多摩川水辺のフォーラムは、青梅市に「水辺の楽校」を作ろうと集まった人たちが母体になってできた団体だったという。2006年5月に発足した同会は、昨年(2015年)でちょうど10周年を迎えた。2012年3月には、同会を含む4団体によって構成した「おうめ水辺の楽校」を登録して、市との協働による親水事業として、今の形で実施するようになった。
「当時、多摩川でも水辺の楽校をはじめている地域がすでにいくつもありましたから、青梅市でも作りたいと話していました。多摩川を管轄している国土交通省の京浜事務所と交渉を重ねてきましたが、青梅市全域で水辺の活動をしている団体に呼びかけて運営協議会を作ったらどうかという市からの呼びかけもあって、4団体による運営協議会を組織することになりました。今では、それぞれの会合やイベントなどに他の会の事務局メンバーが参加したり協力したりと、横の連携が少しずつできてきている状況です。それによって、私たちの団体だけではなかなかできないことも協力してできるようになっています」
会の設立時からのメンバーでもある顧問の渡邉勇さんが、設立の経緯について説明する。今年5月の総会で代表を退くまで代表として6年間務めてきた。顧問になって少し肩の荷が下りたというが、今でも「おうめ水辺の楽校運営協議会」の会長として、より広い立場で関わっている。
学校を始めとした地域の人たちの関わりと協力も欠かせない。小学生以下を対象にしたイベントだから必ず保護者にも参加してもらい、近くの学校の先生やPTAからも多数のサポートを得ている。自然の川が相手の活動のため、安全が最優先だ。学校や地域の人たちのサポートがなければ成り立たない規模のイベントになってきたと渡邉さんは話す。 青梅・多摩川水辺のフォーラムでは、この日のガサガサ探検隊のあと、9月にも同じく山崎充哲さんの指導によって『多摩川まるごと遊び塾』を予定している。ライフジャケットを着て川に浮いたり泳いだり、川の中に立てた脚立から飛び込んだり、ゴムボートで川下りをしたりと、川を遊び尽くす。
今回のガサガサ探検は、“魚に触れ”、“命をいただく”ことが目的だったが、9月のイベントでは“安全な川遊び”の仕方について実地で教えるとともに、午後からは『移動水族館』と称して多摩川の下流にいる魚を講師の山崎さんが水槽に入れて持ってきて、その日捕った魚とともに、上流と下流の魚の違いについても観察する。
青梅・多摩川水辺のフォーラムでは、これらの2事業を、「おうめ水辺の楽校」【1】の年間プログラムの中で、青梅市及び構成団体との協働事業として実施している。
青梅市環境政策課課長の細金慎一さんも、地域の協力によって実施しているこの事業の意義を実感すると言う。
「ガサガサ水辺の探検隊をはじめとした水辺の楽校の活動は、青梅市の子どもたちにとって貴重な自然体験になっています。今の親御さんの世代だと、なかなか川での遊びをする機会もないような生活をされていると思いますから、子どもたちが自然と触れ合う機会が少なくなってきていることは実感としてあります。そうした中で、学校も含めて地域の皆さんの協力によって、非常に大きな広がりのある中で事業が実施できていることをうれしく思います。川での遊びを体験し、自然に触れていただくいい機会になっていますから、今後もぜひ継続的に実施していきたいと市としても思っています」

