【第95回】庭園や公園を舞台に親子で野鳥観察をしながら、さまざまな生物に出会う機会を設け、生物多様性の認識を広める(文京区、エコ・シビルエンジニアリング研究会)

2018.03.29

文京区におもな活動拠点を置くNPO法人「エコ・シビルエンジニアリング研究会―市民環境村塾―」(以下「エコ・シビル研究会」と略称)は、市民生活における自然・都市環境にかかわる技術を学び、その技術によって社会に貢献することを目指し、さまざまな活動を行っている。
 多方面にわたる活動の中から、文京区が主催し、エコ・シビル研究会のメンバーが講師役を務める「親子生きもの調査 冬鳥観察会」に参加し、活動の様子を紹介する。

野鳥観察会の舞台となった肥後細川庭園。

 野鳥観察会は、文京区目白台の神田川沿いにある肥後細川庭園で行われた。旧熊本藩細川家下屋敷があった地だ。当日は、すっきりとした冬晴れが広がり、空から冷たい空気が降りてくるような寒い日だった。
 観察会が始まる午前10時前、庭園の一角にある、かつて細川家の学問所として使用されたという「松聲閣」の集会室をおとずれると、すでに数組の親子連れが集まっていた。
文京区環境政策課の担当者にお話を聞くと、この日の観察会は区の広報のほか、区のホームページや小学校、児童館で募集したという。 観察会では、まず屋外に出かける前に集会室で鳥の大きさを中心に野鳥観察のポイントを教わることからはじまった。

前列右端が、エコ・シビル研究会理事の柳田吉彦さん。

 エコ・シビル研究会の代表理事で観察会の講師役を務める高橋康夫さんが、ここ2、3日でどんな鳥を見ましたかと問いかけると、小学生の参加者からはスズメやハトを見たという声が挙がる。すると、高橋さんは、
 「スズメやハトを見られた皆さんは、運が良かったですね。先程下見をしたのですが、今日はスズメが見られませんでした。ハトも鳴き声はしたのですが、見られない。当然見られると思っていても見られないこともあります。野鳥を観察するのは意外に難しいのです。運がよければ見られるし、残念ながら見られないこともあります。でも、声を聞くだけでも鳥の存在を感じることができますよ。大勢だと目がたくさんあるので、いろいろな鳥を見られると思います。ぜひ珍しい鳥を発見しましょう」と話された。

スズメ、ハト、カラスなどの実物大の絵を示しながら、
野鳥の大きさを感覚的に覚えることを教えてくださった。

 野鳥に出会えるかどうかは運次第ということのようだが、今日はどんな鳥に出会えるだろう。
 配られた資料の中には、森林インストラクターの五十嵐さんが12月14日と1月23日に肥後細川庭園で撮影した鳥の写真が入っていて、そこにはオオタカやカワセミなども写っていた。五十嵐さんのお話では、オオタカやカワセミの他にもシロハラやツグミなど冬しか見られない鳥が来ているという。大勢で探せば出会えるかも知れないと期待がふくらんでくる。

森林インストラクターの五十嵐さんが撮影した野鳥の写真。

 高橋さんは、鳥の種類を見分けるには鳥の大きさの目安を覚えておくといいと説明したあと、まず鳥の大きさをイメージで描いてみるようにと促した。皆が紙にイメージを描き終えたころ、それぞれの机を回って実物大の絵を見せてくださる。実物大だと、カラスはA4の紙に収まらないほど大きいことがわかる。参加者たちは、自分が描いた絵と比べてカラスが予想以上に大きいことに驚いているようだった。
 屋外での動植物の観察では闇雲に探していても見つからないことが多い。鳥ならばスズメやハトなどを基準にして前もってどれくらいの大きさなのかイメージを持つことが大切なのだ。

観察会の講師はエコ・シビル研究会代表理事 高橋康夫さん。

 座学の後、庭園に出て観察会の開始。園内の芝の上には数日前に降った雪が残っていたが、日射しは確実に強くなっていて梅の花が咲き始めていた。
 高橋さんの誘導で歩きはじめるとすぐに、「あれ、オオタカじゃない」という声が挙がった。

雪が残る庭園で、野鳥観察会の始まり。
この直後に、青空に羽ばたくオオタカを観察できた。

 あわてて空を見上げると、澄んだ青空のかなり高いところを飛ぶ鳥がいる。大きく広げた白っぽい翼をほとんど動かさず、気流に乗って上へ上へと上っていく。美しさと雄大さに見とれていると、いきなり急降下をはじめた。なにか獲物を見つけたようだ。オオタカは本当に目がいいのだと、高橋さんが説明される。一直線に降下したオオタカは、そのまま近くの高木の陰に入って視界から消えてしまった。
 望遠レンズを構えていた五十嵐さんが、撮影した写真を見せてくださった。確かにオオタカだという。広げた翼が何とも力強い。都心でもオオタカやツミなどの猛禽類が見られることは知られているが、このあたりにすんでいるのだろうか。

ウメが咲き始めた庭園で、
思い思いに生きもの観察を楽しむ参加者たち。

 高橋さんが「運がよければ見られる」とおっしゃっていた珍しい鳥オオタカに、観察会の最初で出会うことができて、参加者はみな興奮気味だった。
 オオタカはオスでは大きさが50センチ、メスだと58センチくらいでちょうどハシブトガラスと同じくらいの大きさになる。小鳥や小動物を捕らえて食べるが、近年ではハトやハシブトガラスなどを捕まえることも知られている。
 あのオオタカはどこにすんでいるのだろう。オオタカが生きていくには食べ物とともに巣をつくり、身をかくす樹木が必要だ。
 肥後細川庭園は武蔵野台地の一部に当たる目白台地の崖線を背にしていて、崖線にはまだ多くの樹木が残っている。庭園の東側は細い道をはさんで松尾芭蕉ゆかりの関口芭蕉庵や明治時代に造られた蕉雨園、さらにホテル椿山荘の森が続く。
 東京都内には肥後細川庭園や椿山荘のように、江戸時代から明治・大正時代につくられた庭園や公園が残されていて、貴重な緑の景観を提供してくれるのだが、野鳥たちも、そんな場所で意外にたくましく生きているのかも知れない。

木の枝に止まる鳥を双眼鏡で観察する参加者たち。

その後、観察会では園路をたどりながら頭上の梢を見てメジロやシジュウカラを発見。メジロは緑の羽と目のまわりの白いリングが特徴だ。皆、双眼鏡を覗きながら、鳥が見つかるたびに「わー、見えた!」と歓声を挙げている。中には、手作りのガリレオ型望遠鏡を首から下げた子もいた。
 肥後細川庭園の近くに住んでいて、子どもといっしょに参加したという若いお母さんは、普段から鳥の鳴き声がするので鳥がいることはわかっていたが、名前がわからないので、いろいろ教えてもらいたいと思って参加したと話してくださった。
 林の中の道を上り、崖の上にある永青文庫の庭に出るころには、木の枝の上を指しながら「あ、メジロだ」とか「背中はくすんでいるから、ヒヨドリでしょ?」など、あちこちから鳥の名前が挙がるようになった。
 皆、目が慣れてきたのだろう。人数が多いと確かにたくさんの鳥が探せて、そのうえいっしょに観察する楽しさ、ワクワク感を共有することができるのだと知る。

 永青文庫の庭でしばらく観察していると、「キョッ、キョキョキョキョ」という声が聞こえてきた。「シロハラかな」と高橋さんに言われて、皆で姿を探す。しかし、声だけで姿が見つからない。シロハラはツグミくらいの大きさだよと教えられて、大きさを目安に探すが、ついに見つけることはできなかった。
 少し心残りを抱えながら、崖の中の道を下りて、庭園の池のほとりに出た。
 池は凍っていて水鳥は見られそうにない。エコ・シビル研究会の理事柳田吉彦さんたちが、神田川に水鳥がいることを前もって確認しておいたというので、最後は庭園から外に出て、神田川で水鳥の姿を探す。
 近くの橋の上からは、神田川に浮かぶカルガモやキンクロハジロ、オオバンなどをゆっくりと観察することができた。
 ひととおり観察を終えたあとは松聲閣に戻り、今日確認できた鳥の名前を確かめながらチェックリストにチェックを入れていく。観察会は約1時間という短い時間だったが、コゲラやシロハラなど声だけ聞こえたものを含めると16種類の鳥を確認できた。冬には山から下りてきている鳥もいて、都心でもさまざまな鳥が見られることを改めて確認できた。
 鳥の観察は姿を見つけにくいこともあって難しい面もあるが、少しずつ名前のわかる鳥が増えると親しみもわいてくる。動物や植物の名前を知るのは、語彙が増えるのに似ている。語彙が増えれば会話がはずみコミュニケーションも深まる。同じように動物や植物の名前をたくさん知っていると、動植物や自然環境への親しみがわき理解が深まるのは間違いないだろう。
 こうした観察会の開催は地道だが、動植物や自然環境への理解を深めるためにも欠かせない大切な活動なのだと実感する。

梢にとまるヒヨドリが見えた。木々が葉を落としている冬は野鳥の姿をとらえやすく、ほかの季節と比べて野鳥観察には適している。
手作りのガリレオ型望遠鏡で、
神田川に浮かぶ野鳥を観察する少年。

文京区では、2018年度に「(仮称)文京区生物多様性地域戦略」の策定を予定している。戦略の策定にあたって生物多様性地域戦略協議会に参加する区民委員を募ったり生物多様性に対する意識調査を行ったりと、区民に生物多様性に関する認識を広めようとしている。今回の「親子生きもの調査 冬鳥観察会」も、そうした取り組みの一環として実施したものだ。開催の目的について、文京区環境政策課の担当者は、
 「生物多様性地域戦略の策定にあたって、親子生きもの調査 冬鳥観察会を通して、身近な生きものに興味を持ってもらい、「生物多様性」が私たちの生活と深い関係にあることを知っていただけたらいいと思います」
 と説明してくださった。
 今回の冬鳥観察会は親子生きもの調査の第2回に当たる。第1回は平成29年の夏、公園などでセミの抜け殻を集めて、どんな種類のセミがいるか、オス・メスの割合はどうかなどを調べたという。
 平成20(2008)年に策定された生物多様性基本法では、地方自治体による生物多様性地域戦略の策定について努力規定が置かれている。平成22(2010)年10月に名古屋市で開催された生物多様性条約COP10や翌平成23(2011)年からはじまった「国際生物多様性の10年」などを受けて、国内外で生物多様性の保全に向けた取り組みが推進されている。
 オール東京62市区町村共同事業でも、平成27年度からの3か年事業として「生物多様性の保全に関する研究事業」を開始し、文京区もメンバーとして参加している。

 生物多様性については、言葉を知っているだけでは十分ではない。生物多様性と私たちの生活との関係を知る必要がある。私たちの生活は、多様な生物に支えられていること、その多様性が失われたときには少なからぬ経済的な損失はもとより私たちの存在自体が危機にさらされることなどを十分に理解し、生物多様性を守るための具体的なアクションが必要だ。
 今回の文京区やエコ・シビル研究会の取り組みのような地道な活動も、区民に生物多様性という言葉やその意義を浸透させるうえで大きな力になっている。今後ますます、行政とエコ・シビル研究会のような草の根の市民活動が結びついて、より濃密な活動になることを期待したい。

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