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2013.03.11

第19回日本一長いお花見エリア 東京の桜

勝木俊雄氏顔写真

勝木 俊雄(かつき としお)

独立行政法人森林総合研究所多摩森林科学園の主任研究員。農学博士。専門は樹木学。特にサクラについては、多摩森林科学園のサクラ保存林において分類学的研究をおこなうとともに、全国規模でのサクラの野生集団および伝統的栽培品種の保全に取り組んでいる。

 東京に住んでいる人であれば、誰もが桜を目にしたことがあるでしょう。東京のいたる所でお花見がおこなわれていますし、桜の開花時期にはテレビや新聞などマスコミでも連日のように桜の話題が取り上げられています。このように普段目にすることが多く、多くの人が思い浮かべるサクラとは‘染井吉野’というひとつの栽培品種です。しかし、東京にあるサクラは‘染井吉野’だけではありません。東京都には数多くの野生のサクラが分布していますし、江戸時代から‘染井吉野’以外の様々な栽培品種も栽培されていました。

1.東京で育った‘染井吉野’

武蔵野市井の頭恩賜公園の‘染井吉野’

武蔵野市井の頭恩賜公園の‘染井吉野’ 
写真撮影 勝木俊雄

  江戸時代の江戸で栽培されていたサクラは、ヤマザクラが中心だったと考えられています。江戸周辺の山林ではふつうに自生しており、もっとも身近なサクラとして利用されたと思われます。また、当時のお花見対象のサクラはヤマザクラが多かったので、江戸時代のお花見の名所であった御殿山や飛鳥山などにもヤマザクラが植えられました。一方、江戸時代に園芸文化が盛んになると、‘普賢象’や‘関山’といった八重咲きの栽培品種がつくられ、珍重されるようになりました。こうした栽培品種は多くはないものの寺社や大名庭園などで栽培されるようになりました。現在でも、江戸時代から伝わる様々な栽培品種が、新宿御苑や神代植物園のような植物園などで見ることができます。その中には早咲きの‘寒桜’や秋にも咲く‘十月桜’といったものもあります。‘染井吉野’もそうした江戸時代に栽培されるようになったサクラの栽培品種のひとつで、江戸の染井村(現豊島区)から広まりました。ただし、日本全国で広く栽培されるようになったのは、明治時代になってからです。‘染井吉野’が大流行した要因は花が大きくて綺麗、成長が早いといったことなどいくつも考えられますが、新しい首都東京に由来するという点も影響していると思われます。ですから、江戸生まれで東京育ちの‘染井吉野’は、東京を象徴するサクラと言えるでしょう。英語では‘染井吉野’のことをTokyo cherryと呼ぶこともあるぐらいです。

2.伊豆諸島から奥多摩で見られる野生の桜

奥多摩町の自生のエドヒガン

奥多摩町の自生のエドヒガン
写真撮影 勝木俊雄

  ‘染井吉野’は人が栽培しているサクラですが、東京には野生のサクラもあります。日本には10種の野生のサクラが分布していますが、このうち沖縄県の石垣島だけに分布するカンヒザクラを除く9種全てが東京都に自生しています。伊豆諸島ではオオシマザクラ、本土の丘陵地ではヤマザクラが自然林ではごくふつうに見ることができます。また、山地の低標高域ではカスミザクラとチョウジザクラ、エドヒガン、山地の高標高域ではオオヤマザクラとミヤマザクラ、タカネザクラが分布しています。また奥多摩の石灰岩地にはマメザクラの変種であるブコウマメザクラが見られます。これらのサクラはそれぞれ特徴をもっており、形態も生育地も異なります。当然、咲く時期も違いますから、同じ時期にすべてのサクラが咲くのではありません。3月に伊豆諸島でオオシマザクラが咲き出すことから始まり、4月上旬に丘陵地でヤマザクラ、4月中・下旬に山地でエドヒガンやカスミザクラ、5月には山地の高標高域でオオヤマザクラ、さらに6月に亜高山のタカネザクラと、3ヶ月以上にわたってサクラのお花見を楽しむことが出来るのです。栽培されている‘寒桜’や‘十月桜’などを含めると、ほぼ1年中サクラの花を見ることができそうです。東京は全国でも稀なサクラの国と言えるでしょう。

3.絶滅が危惧されるヤマザクラ

東村山市都立八国山緑地の自生のヤマザクラ

東村山市都立八国山緑地の自生のヤマザクラ
写真撮影 勝木俊雄

 東京にはこのように様々なサクラがありますが、中には適切な管理をおこなわなければ絶えてしまうものがあります。もちろん、栽培されているサクラは人の手を借りなければ生き続けることは出来ません。またブコウマメザクラは、石灰岩地にわずかに生育しているだけで、個体数が少ないことから絶滅危惧植物に指定されています。東京のサクラを我々の子供たちに伝えていくためには、こうしたサクラについての保全対策をおこなう必要があります。ただし、意外に見落とされている対象がヤマザクラです。ヤマザクラはいわゆる雑木林の主要な構成種のひとつで、江戸時代の農村では身近でありふれた樹木だったと思われます。ところが、現在の東京で野生のヤマザクラは減少しています。以前は雑木林だったところが開発によって雑木林そのものが消失した場合も多くあります。また、雑木林として維持されていても、別の樹木が生育する、あるいは植栽されて、もともとその場所で何世代も生きてきた野生のヤマザクラが消失する場合もあります。さらに植栽されたオオシマザクラなどと交雑して純粋なヤマザクラの子孫が残せないという場合もあります。八王子や町田など森林が多く残されている地域では消失する心配はありませんが、東京23区で見てみると、野生のヤマザクラは一部の雑木林などに僅かに残されているだけです。そして、現在母樹はあっても今後もヤマザクラが子孫を残して生き延びていけるのか、という点ではきわめて厳しい状況にあります。都市地域では、多くの野生生物が絶滅の危機にありますが、ヤマザクラもそうした野生絶滅が心配される対象なのです。まるで工場製品のような‘染井吉野’だけをみていると実感できませんが、大昔からその土地で生き延びてきたヤマザクラは人間と同じように一本が一本の顔かたちが異なる生き物です。我々はそうした生き物たちと共存していく道を探っていかなければなりません。


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