トップページ > エコアカデミー一覧 > 第21回 住民が進んで緑化に取り組みだす、都市緑化のツボ
2013.05.10
甲斐徹郎(かい てつろう)
1959年東京生まれ。千葉大学文学部行動科学科(社会学専攻)卒業。環境共生型の住まいと街を創造し普及させるコンサルティング会社として、株式会社チームネットを設立。独自の「つながり」理論をもとに、多くのプロジェクトを実践、環境共生型の住まいとまちをプロデュースする。民有地の緑化を推進する(公財)東京都公園協会「まちなか緑化事業」では、緑化支援プログラムを構築し、都内5地区でモデル事業を推進。「豊島区界わい緑化事業」「杉並区緑のベルトづくり」など、自治体の緑化推進施策のコンサルも行う。著書に「自分のためのエコロジー」「まちに森をつくって住む」などがある。著書に「自分のためのエコロジー」「まちに森をつくって住む」などがある。東京都市大学、立教大学大学院、都留文科大学、多摩美術大学非常勤講師。
東京の街路樹や公園などの公共の緑は、自治体の緑化努力によって増えていますが、その増加を上回る勢いで、民有地の緑は毎年減っていて、その結果、東京全体の緑は、どんどん減少し続けています。これまで、既存の民有地に対して、緑化促進の方策はなかなか見出せていませんでした。そうした中で、住民の主体的な関わりを引き出し、民有地の緑を連鎖させて緑の街並みを生み出し、ひいてはこうした緑化活動を通して地域のコミュニティ力が育つ、そうした大きな成果をあげている緑化推進プログラムが開発されました。それが「まちなか緑化」と呼ばれるプログラムです。
集合住宅などの比較的規模の大きな住宅が開発されるときには、緑化が義務付けられていますが、規模の小さな住宅の開発時や、既存の住宅地での緑化率をいかに高めるか、その方策がなかなか見つからず、どの自治体も減少し続ける緑に対して、手をこまねいているようです。更に、街路樹などの緑に対しても、近隣の住人から落ち葉や日照に対する苦情が寄せられ、丸坊主に剪定させられるなど、住宅地域における緑化の方策に関して、自治体の悩みは尽きないようです。
そんな悩みに対する方策を見出すために、公益財団法人東京都公園協会がモデル事業として平成20年より5か年に渡り実施し、現在も継続させているのが「まちなか緑化支援事業」という試みです。「まちなか緑化支援事業」は、都内5地区で進められ、商店街、住宅地など、どの地区でも目を見張るような効果が生まれました(写真1~2)。そして、その推進プログラムを活用して、豊島区などの自治体が「界わい緑化」という名前で制度化し、取り組みを始めています。そうした「まちなか緑化」のプログラムをつくり上げた経験から、都市の緑化を推進させるためのツボを紹介させていただこうと思います。
写真1 店舗の表情が一変、奥行き22.5cmのグリーンファサード
写真2 使われなくなった駐車場をお隣同士で共有の庭に
「まちなか緑化」の推進プログラムの構築のために、私たちは、今に残る集落における緑化の特徴に着目しました。その特徴は、どの民家も必ず屋敷林で囲まれ、それが連続することで、緑豊かな住宅地が形成されているということです。
どうして、緑が必ず存在するのか、それはかつての住宅には、自らの生活を外界と切り離して成立させる術がなかったためでした。沖縄などの南の島では台風対策として、本州では寒さ対策として、風から家を守るためには、屋敷林の存在は必然でした。そして、その緑化手法は洗練され、美しい街並みが生みだされてきたのです(写真3)。
過去の集落に見る、もうひとつの特徴は、緑を育成するコミュニティが機能していたという点です。緑の存在は、そこに住まう人々にとって、生活基盤そのものでした。こうした共通の利害による結びつきが、地域のコミュニティを機能させ、そして、このコミュニティが生活基盤としての緑環境を協力しながら守っていました。
集落における緑の存在を成立させていた特徴は、生活基盤としての必要性と、それを維持するコミュニティの存在でした。それに対して、現代都市における住宅地では、この2つの条件のどちらも揃わなくなってしまいました。
現代の住宅は、かつての民家と比べて、格段に住宅の性能が高まり、住宅性能を補完する緑化の必要性がなくなったのです。沖縄では台風に強い鉄筋コンクリート住宅が当たり前になり、アルミサッシと断熱材などの開発により寒い地域での住宅の断熱・気密性能は、格段に高まりました。その結果、住宅自体の自己完結性が高まり、緑化することの意味自体がなくなったのです(写真4)。
そして、個々人の生活は、性能を増した住宅の壁の内側で完結させる度合いが増し、共通の利害による結びつきが希薄になります。そして、やがて、地域のコミュニティ機能は失われてしまうことになります。
こうして、緑を存在させる条件がことごとくなくなってしまい、緑はかえって煩わしい存在になってしまった。こうした認識に立って、「まちなか緑化」の推進プログラムは、つくられました。
写真3 緑に囲まれる家の連なりが形成する集落
(沖縄・備瀬)
写真4 緑がなくなった現代のまちなみ(沖縄・市街地)
「まちなか緑化」を推進させるポイントは、都市で暮らす住民の緑に対する意識の変容をいかに図るかということです。そのために、3つのステップで構成されるプログラムが開発されました。それは、「自分のこと化」→「相互触発」→「コミュニティ主体の醸成」というステップです。
第1ステップは、「自分のこと化」です。そのポイントは、「自分にとって得なこと」を発見させることです。参加者が、「これは自分のためなんだ」と思い始めるようにならなければ、いつまでも他人事で、その先の成果は生まれませんから、この第1ステップは大変重要です。
どうやって「自分のこと化」させるか。その方法の決め手となるのが、「体感」です。たとえば、こんなことを想像してみてください。
「気温25℃の室内」は快適ですか? では、「水温25℃の水風呂」はどうでしょう?
どちらも同じ25℃なのに、体感はまったく違います。よくよく考えてみると不思議ですよね。このように「体感」には、たくさんの不思議さが潜んでいます。実際に肌で感じることのできる実験を工夫し、こうした不思議さを発見していくと、室温を均一に維持するエアコンが決して最高ではないことに多くの人が気付きます。そして、樹木がつくりだす快適さに、興味が湧き始め、「緑は、自分のため」という意識が生まれます。これが第1ステップの「自分のこと化」です。
第2ステップは、「相互触発」です。同じ通り沿いに住む住人を同じテーブルに集め、自分が自分のためにやってみたいことを、相互に出し合います。このプロセスによって、2つの気付きが生まれます。それは、「他の人も、自分と同じことをやりたがっている」ということと、「みんなが実践し始めたら、この通りは素敵になる」という気付きです。このプロセスを経ると、消極的だった人も促され始めます。それが「相互触発」です。
そして、第3ステップ、「コミュニティ主体の醸成」です。ここで活躍するのが、ガーデンデザイナーです。第2ステップで参加者が出し合った思いを、デザイナーがつなぎ合わせて、緑に覆われた街全体の絵として見せるのです。このプロセスが重要で、個人個人の取り組みが連鎖することで街全体が変わることをイメージさせると、参加者の意欲は社会化されたものに昇華されます。
こうして、プログラムのスタート時には「自分のため」であった個人の意識を、「自分たちの力でまちを変えよう」といった意識に高めることが、3段階のステップの流れです(写真5~6)。
写真5 自分の想いやまちへの想いを出し合うワークショップ
写真6 どんなまちにしたいか、住民が「宣言」
古来から人々は快適さを求めて「緑」と寄り添って暮らしてきました。緑には、その身体感覚を奮い立たせる潜在力があります。先に述べたようなステップを経て、まちの中に緑が植えられ始めると、その身体性を秘めた素敵な様子に、まちの住人がざわめき始めます。そして、これまで参加しようとしていなかった住人までが、次なる参加者に変わり始めます。こうして、「相互触発」のプログラムは、動的に連鎖し続けることになります。
ここまでの成果が、約6か月間、5回前後のワークショップやイベントによって生まれます。そして、このサイクルを3年間繰り返すと、まちの緑を共通の生活基盤とし合うコミュニティ意識が芽生えてきます。こうしたコミュニティの存在が、まちの緑を持続的にメンテナンスしていく役割を果たすことになります。実際に各モデル地区では、それぞれ「みどりを育む会」などの任意団体が組織され活動し始めています。管理、メンテナンスだけでなく、緑化した場所をまちのイベントに活用し、使いこなすという活動も行われています(写真7~10)。
写真7 緑化された場所がまちのイベントの舞台に(浅草)
写真8 みどりがマルシェを演出(久我山)
写真9 緑のここちよさを味わうイベントを住民が主催(中野)
写真10 緑化に参加した地域企業が場所を提供し、まちなかライブが実現(池袋)
自分たちの生活は、自分の住宅の壁の内側だけで成立しているのではない。まちとのつながりの中で、そして、そのことを共有する隣人たちとの関係の中で、自分たちは暮らしている。そういった感覚は、「しあわせな暮らし」の本質を、深いレベルで気づかせてくれているように思います。
都市の緑化とは、こうした各個人が実感することのできる「しあわせな暮らし」の実態づくりである。そう位置づけることが重要だと思います。
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