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2017.07.21

第71回トランジション・ムーブメント発祥の地:イギリス、トットネス

 ロンドンから特急列車で3時間ほどのデヴォン州トットネス。暖かく気候もよく、町の中心部にある「ハイストリート」には、活気のあるパン屋さん、お肉屋さん、洋服屋さん、オーガニックレストランなどが並び、街歩きを楽しませてくれます。かつては海運・造船業で栄え、農業地帯に囲まれていることもあって、「マーケット・タウン」と呼ばれていたこの町が、今は「トランジション・タウン」として有名になっています。「トランジション(transition)」とは、「移行」や「転換」を意味します。
 そう呼ばれているのは、石油等の化石燃料に大きく依存する暮らしから、その使用を大きく減らした暮らしに、住民の創意と工夫で「楽しく」移行しようとする草の根活動「トランジション・ムーブメント」が、2006年にこの町で始まったからです。
 今では世界中に広がっているこの動き。人口8000人ほどのこの小さな町が発祥の地です。本稿では、地域通貨の発行、地産地消の実現、住民ビジネスの定着など、その多岐にわたる取り組みを紹介します。

1.トランジション・タウンとは

 トランジション・ムーブメントの創始者は、パーマカルチャー【1】を教えていたロブ・ホプキンス。2006年に、気候変動と、当時懸念されていたピークオイル【2】の「双子の問題」に、本質的かつ包括的な解決策を提示しようと、「レジリエンス」(resilience)と「リ・ローカリゼーション」(relocalization)という二つのコンセプトを核に活動を始めました。
 レジリエンスとは、外界の大きな変化に対して、対症療法的にその場をしのぐのではなく、しなやかに対応する力のこと。トランジション・ジャパンのHPには、次のように説明されています。「私たち一人ひとり、そして私たちが住む地域がレジリエンスを高めることによってのみ、気候変動とピークオイルという「双子の問題」の危機を初めて乗り越えることができます。エネルギーを多量に消費する脆弱な社会から、適正な量のエネルギーを使いながら、地域の人々が協力しあう柔軟にして強靱な社会、持続可能な社会への移行を目指します。エネルギーを大量に使う社会は一見、便利で快適ですが、ひとたびエネルギーの供給が止まれば、人々は生きていくことすら困難になることが予想されます」【3】
 そのために、地域に目を向け、地域内の資源を最大限生かし、循環させること。それが「リ・ローカリゼーション」です。食料もエネルギーも、仕事も経済も、地域にとって大切なものを「再び住民と地域の手に取り戻そう」と、トットネスでは、さまざまな分野で実際に「リ・ローカリゼーション」の動きが進行しています。

【1】 パーマカルチャー
 1970年代にオーストラリア南部のタスマニア島で暮らしていたデビッド・ホルムグレンとビル・モリソンの造語。パーマネント(permanent)とアグリカルチャー(agriculture)を組み合わせ「永続する農業」という意味が込められていた。ふたりの共著『パーマカルチャー・ワン』1978年)によれば、「動物や多年生の植物、および自家更新する植物を人間が利用する目的で組みあわせたシステムで、それは常に進化する」と定義されている。

【2】 ピークオイル
 石油の資源量には限界があり、21世紀の中頃までに世界の石油生産がピーク(頂点)を迎え、その後は減っていくという考え方。

【3】 トランジション・ジャパンのHP
http://transition-japan.net/wp/gaiyou

2.非営利組織トランジション・タウン・トットネス(TTT)

 この活動を担う主体として、ホプキンスが仲間と2006年に立ち上げたのが、非営利組織のトランジション・タウン・トットネス(TTT)でした。最初は映画上映会や勉強会などを通して、住民への啓発活動を時間をかけてていねいに行いました。そこから関心と情熱を共有する人達がグループを作り、それぞれが自由に、自然エネルギーのプロジェクト、地産地消推進プロジェクトなど、関心のあるプロジェクトを立ち上げたのです(2011年には、468世帯から成る56の「トランジションを一緒に(transition together)」グループに1100人が参加【4】)。それを傍らから支援するのがTTTの役割です。
 さらに、地域内で経済を循環させるための地域通貨の発行やコミュニティ・ソーシャルビジネスの創業、個人商店との協働などへと活動は進化してきました。その後、関連団体や企業、行政、学校などとも協働関係を築き、トランジション・タウン運動は、今日では地域全体を巻き込む活動へと発展しています。この活動で、TTTは2011年にAshden賞【4】を受賞しています。
 住民主体のこの活動がここまで広がった理由の一つに、創始者のホプキンスが提唱する「engaged optimism」(参加する楽観主義)があります。よりよい未来を描き、その実現は十分可能であると信じ、そして、楽しみながら取り組むこと。社会をいい方向に変えたい」という気持ちはあっても、無理をして燃え尽きることが多々あります。そうではなく、共に力をあわせて楽しみながら取り組むこと。そして、「あり得るかもしれない未来への怖れ」から行動を起こすのではなく、「こうありたいと願う未来に向けて」行動する。これがトランジション運動が人々の関心と関与を得られた大きな原動力だと考えられます。
 TTTは当初の少人数の熱意あるメンバーがボランティアとして活動する段階を経て、今では、多様なプロジェクトを動かす数名の有給スタッフと、100名を超すボランティアで構成される組織へと進化しています。

【4】 「トランジションを一緒に(transition together)」グループに1100人が参加(Ashden賞の報告書より)
 Ashden賞の報告書( https://www.transitionstreets.org.uk/wp-content/uploads/2015/03/Comms-project-case-study-Ashden.pdf )より。
 Ashden賞は、イギリスのAshden Trust(1989年創設、Sainsbury家の慈善団体)が母体となって2001年に創設した賞。目的は、「持続可能で実践的かつ現地に根付いたエネルギーソリューションによって、二酸化炭素排出量を削減し、環境を保護し、貧困を解消し、もって人々の生活を向上させる活動」を表彰し世に広く喧伝することにある。

3.プロジェクト

 TTTでは、地域通貨、エネルギー、食と生産、住宅と建設、教育、コミュニティ・ソーシャルビジネス、芸術、交通、情報発信と、実にさまざまな分野のプロジェクトが同時進行中です。ここでは、その中から、「地域通貨」と、「食と生産」の分野から、現在進行中のプロジェクトを2つご紹介します。

◎地域通貨:トットネスポンド
 地域通貨「トットネスポンド」(紙幣)が始まったのは、2007年3月。2014年からは、その電子マネー版もスタートしています。1ポンド=1トットネスポンドで、現在は164もの店舗でこの美しい地域通貨紙幣を使うことができます。地域の中でお金を循環させることで、地域経済を強化し、住民のお金の使い方に対する意識が高まり、地産地消を促し、住民や観光客に地元商店を応援するインセンティブを与えます。
 どこでトットネスポンドが使えるのかは、HPで確認できます。また、それぞれの店舗が地域通貨利用者にはさまざまな特典を用意しており、それによって店側と客の間にコミュニケーションが生まれ、住民の店への愛着が醸成されていきます

トッドネスポンドが利用できる店舗一覧: https://www.totnespound.org/directory

トッドネスポンドが利用できる店舗一覧: https://www.totnespound.org/directory

◎食と生産:「公共空間でみんなのために食べ物を育てる」プロジェクト
 このプロジェクトは、果樹、ハーブ類、ナッツ類、野菜やエディブル(食べられる)フラワーを、トットネスの公共空間、未活用空間、または学校の校庭に植えて、住民でシェアしようというものです。こうした取り組みのなかから、地産地消を啓蒙し、包装を無くし、フードマイル【5】を減らし、そして何よりも、住民が果樹や植物の世話をすることを楽しむことが目的です。2007年から10年間、熱心なボランティアたちが取り組んできたこの活動は、現在まちの中5か所で実施されています。

ハーブの世話をする住人
ハーブの世話をする住人

【5】 フードマイル
 食材が産地から食される地まで運ばれるまでの、輸送に要する燃料・二酸化炭素の排出量をその距離と重量で数値化した指標

4.REconomy:リ・エコノミー

 リ・ローカリゼーションに加えて、「リ・エコノミー」という言葉もトットネスでは生まれています。これは「コミュニティ」「イノベーション」「サステナビリティ(持続可能性)」「プロフィタビリティ(収益性)」という4つの柱からなる考え方で、地元での起業を支援してトランジションを実現しようとする試みです。
 住民は新規事業に投資し、そこで生まれた事業は、地元の原材料を可能な限り使い、コミュニティのイベントなどにも積極的に参加して、地元との結びつきを強固にしていきます。長期的には、雇用、観光客の増加、そして投資へのリターンの実現を目指しています。このリ・エコノミーの実践例の一つに、ニュー・ライオン醸造所があります。

◎ニュー・ライオン醸造所(New Lion Brewery)
 トットネスに1926年まであった、住民に愛されていたライオン醸造所。それを再現し、地元デヴォン州の原料を使ってトットネスならではのクラフトビールをつくっている醸造所です。この醸造所はまちの人が出資して生まれたビールメーカーで、人口8000人ほどのトットネスで、400人近い人がここに出資しています。掲げているミッションは「地域の経済と農業を支援し、盛り上げること」。
 また、一年分のビールを前払いで買って事業を支えてくれるメンバーも常時募集しています。メンバーは、ビールの10%割引と専用ミニサーバーがもらえます。メンバーたちは、これにより、毎月醸造所にビールをとりにくることになり、そこでの定期的な出会いから、醸造所はメンバーと親しくなり、また、いろんな話をするなかから、人々のニーズを拾うことができる仕組みになっています。

写真はすべてNew Lion BreweryのHPから(https://www.newlionbrewery.co.uk/)

写真はすべてNew Lion BreweryのHPから(https://www.newlionbrewery.co.uk/)

写真はすべてNew Lion BreweryのHPから(https://www.newlionbrewery.co.uk/

 さらに、地元の人たちとの接点を密に保つことが重要なリ・エコノミーの考え方に基づき、以下のような事業も行われています。

  • 醸造バー:金曜日と土曜日の夕方5時から夜9時までだけは、醸造所をバーとして開店。
  • 結婚式へのケータリング:単にビールの配達だけではなく、新郎新婦の名前や写真入りのラベル付きビール瓶などの提供もしている。
  • 地元イベントに出店:イベントがあれば出店して、地域の人たちと顔を合わせる機会をつくっている。


◎ローカル・エコノミック・ブループリント(地域経済の青写真)

リ・エコノミーのHPからレポートと作成者たち: https://reconomycentre.org/home/economic-blueprint/

リ・エコノミーのHPからレポートと作成者たち: https://reconomycentre.org/home/economic-blueprint/

リ・エコノミーのHPからレポートと作成者たち: https://reconomycentre.org/home/economic-blueprint/

 リ・エコノミーに基づく事業を立ち上げるプロジェクトのために、TTTは地元経済の状況を分析した、ローカル・エコノミック・ブループリントという報告書を発表しました。トットネスの住民が何にどれくらいのお金をつかっているのか、その支払ったお金は地元に還元されているのか、またトットネスの企業や商店はどこで資材や原材料を調達しているのかなど、金銭の流れを各種データから徹底的に解明し、それに基づいて人々に地域経済の活性方法を提言したのです。この説得力のある報告書を土台に、リ・エコノミーは展開されています。

リ・エコノミーのHPで紹介されている、報告書の内容の一部:

 食べ物と飲み物:私たちがスーパーではなく、地元の店舗で、これまでよりも1割購入を増やせば、地域経済に200万ポンド加えることになります。

https://reconomycentre.org/home/economic-blueprint/ より)

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 以上、トランジション・タウン・トットネスの活動を見てきました。TTTが目指しているのは、化石燃料依存型社会からのトランジションが、小さな活動が他の小さな活動と有機的につながることで、面的に町内全体を覆っていくことです。行政や企業が大規模に行うトランジションではなく、住民主体のトランジションは、小さく、時間がかかります。けれどもそのプロセスに多くの住民が楽しく参加することで、ライフスタイルそのものに確固とした変化をもたらし得ることを、TTTの活動は教えてくれているようです。


参考資料


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本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。