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2014.06.30

第1回千代田区:生物多様性推進プランの普及・推進を通じて、皇居を中心にした豊かな生き物のネットワークを周辺地域へと広げ、区民の生物多様性への理解と行動の定着をめざす

 当プロジェクトの助成金を活用した都内62市区町村の環境事業の取り組み状況について順番に紹介する「環境事業紹介」のコーナー、その第1回目は、千代田区『ちよだ生物多様性推進プラン』の概要並びに策定の背景、そして推進プランの普及・推進に向けた事業の展開等について紹介します。

『ちよだ生物多様性推進プラン』の表紙

『ちよだ生物多様性推進プラン』の表紙

 2013年3月、千代田区では『ちよだ生物多様性推進プラン』(以下「推進プラン」)を策定した。生物多様性基本法(2008)に基づいて各地方自治体に策定が努力義務とされている「生物多様性地域戦略」としてまとめられたものだ【1】
 千代田区では、同推進プランによって、自然と共生した都心のまちの持続的な発展を目標に、区内外の生物多様性を保全するとともに、千代田区に住み・働き・学ぶだれもが生物多様性を意識して生活・行動するようになることをめざす。

推進プラン策定前夜 ──現況把握調査から見えてきた、千代田区の生物多様性を取り巻く課題

 千代田区は、永田町や霞が関に代表される国の政治・行政の中枢機能が集中していて、大手町・丸の内・日比谷などのオフィス街には大手メーカーや総合商社、メガバンクや全国新聞社など巨大企業の高層ビル群が建ち並ぶ。書店街の神保町や、電気街やオタク文化発信地として知られる外神田の秋葉原、大学が集中する文教地区の駿河台など、江戸開府から現在までの400年あまりにわたって、日本の政治・経済・文化の中心地として発展してきた。現在、居住人口の約5万人に対して、昼間人口は約82万人と昼夜人口比率は十数倍にもなる。
 こうした活発な活動を支えるエネルギー・食料・水などの資源は区外から供給され、CO2排出や廃棄物・排水処理などの環境負荷も周辺地域に及ぶ。それとともに、国の機関の政策決定や巨大企業等の経済活動の影響はエリア内にとどまらず、国内外の環境影響に重大な意味を持つことになる。日本社会の中心地・千代田区ならではの特徴といえる。

 一方、区の自然環境は、区全体の約15%を占める皇居及びその周辺緑地に東京23区随一の豊かな自然生態系が残るのをはじめ、日比谷公園や日枝神社・靖国神社など公園や寺社などにまとまった緑地が残されている。その反面、これらまとまりのある緑地は区中央部から南部・西部のわずかな場所に偏っていて、市街地には区立公園や街路樹などの小規模緑地はあるものの、植生は単調で限られた種類の生きものしか生息できない状況にある。緑地間のつながりも十分ではなく、生息拠点は孤立しているし、水辺環境には水生植物帯が少ないため生態系の多様性が低いのに加えて、外来生物の影響も深刻になっている。推進プランの策定に先駆けて実施した生物多様性基礎調査【2】の結果から見えてきた区内の生態系が抱える諸課題だ。
 推進プランでは、こうした自然環境面に加えて、地域社会や区在住・在勤・在学の一人ひとりが抱える課題をもう一つの柱として位置づける。都市化の急激な進行に伴う身近な自然環境の減少と、幼少期の原体験を含む自然とふれあう機会の喪失等が生物多様性への理解と関心を低下させている。だからこそ、そうした場と機会を創出し、だれもが生物多様性の保全と持続可能な利用を意識して行動する“生物多様性の主流化”を図っていくことが重要というわけだ。

『ちよだ生物多様性推進プラン』に描かれた、生物多様性を取り巻く千代田区の課題

『ちよだ生物多様性推進プラン』に描かれた、生物多様性を取り巻く千代田区の課題

生物多様性の主流化をめざして、“まち”が変わり、“ひと”がつながる計画を

千代田区がめざす将来像(推進プラン・概要版より)

千代田区がめざす将来像(推進プラン・概要版より)
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 推進プランは、2050年をターゲット年にした長期目標として、「皇居を中心とする豊かな生きもののネットワークが周辺地域に広がるとともに、だれもが生物多様性の重要性を理解し、行動している社会」の実現を掲げる。これによって、“生きもの”のネットワークと“行動”の広がりを持った、エリアごとの生物多様性の具体的な将来イメージを描いた。
 2050年長期目標の達成の中間段階として設定する2020年短期目標には、『“まち”が変わる~地域の生物多様性を支える場所を守り育てていく』ことと、『“ひと”がつながる~人びとが生物多様性について共通の理解を持って連携・協力し、その保全に取り組む』ことの2つが掲げられ、区の役割を含めて、区内で生活・活動する人たちや団体がそれぞれの立場でできることを行動計画にまとめている。
 「区だけでは目標を達成することはできませんから、在住・在勤・在学の区民の皆さま方一人ひとりをはじめ、事業者や大学・教育機関、環境保全団体、東京都や国の機関など各主体の皆さまに期待する役割を具体的に書かせていただきました。例えば、区内事業者の皆さんには、原材料やエネルギー資源の調達から商品・サービスの販売・提供、廃棄物等の処理など事業活動全般において生物多様性の視点を取り入れていただくことや、事業所・工場等の敷地内の緑化を含めた生物多様性の保全とその情報開示、行政や区民等と連携した環境保全活動の実施による地域の生物多様性の向上、それに社内外における普及啓発や社員教育を通じた生物多様性への意識と理解を深めるための取り組みなどの役割が期待できます。推進プランの策定に当たって、公募区民や事業者、国や都の関係機関、有識者の皆様に参加いただいて組織した『生物多様性推進会議』の場などを通じて、それぞれの立場でできる役割について意見をいただきながらまとめています」
 推進プランを担当している、環境安全部環境・温暖化対策課企画調査係係長の阿部清一さんはそう説明する。

長・短期目標及び行動計画とその体系(推進プラン・概要版より)

長・短期目標及び行動計画とその体系(推進プラン・概要版より)
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推進プランの普及・推進事業① ~ちよだ生物多様性シンポジウム『都市の暮らしと生物多様性』

シンポジウム当日の様子
シンポジウム当日の様子

シンポジウム当日の様子

 推進プランの普及・推進の一環として、昨年(2013年)の環境月間イベントで開催したのが、『都心の暮らしと生物多様性』と題した生物多様性シンポジウム。第一部の基調講演では、作家のC.W.ニコルさんが日本の自然の素晴らしさや自然の中で遊び五感を使うことの重要性などについて紹介。第二部のパネルディスカッションでは、C.W.ニコルさんに加えて、東京農工大学名誉教授で推進プランを議論するために設置された生物多様性推進会議で座長を務めた亀山章さん、三井住友海上火災(株)地球環境・社会貢献室の浦島裕子さん、NPO法人ECOPLUS代表理事の高野孝子さんの4名のパネラーが登壇し、推進プランの特徴と役割やそれぞれの活動の紹介、また都心における生物多様性についての議論が交わされた。
 当日は総勢154名が参加。会場では地元企業やNPOなど7団体によるパネル展示もされ、盛況を呈した。
 「今年に入って、明治大学さんも生物多様性シンポジウムを開催していますし、5月20日には三井住友海上火災保険(株)のシンポジウムも予定されています(取材当時)。三井住友さんは駿河台の自社ビルで、『“ひと”と“生きもの”にやさしい』をコンセプトにした再開発を行って、ちょうど昨秋に公開緑地として全面オープンしましたし、環境情報発信・交流拠点の『ECOM駿河台』も開設・運営しています。推進プランに書いたように、多くの事業者や環境団体、区民一人ひとりがそれぞれの役割の中で生物多様性の保全と推進に向けた役割を果たしていただくことで、“まち”が変わり・“ひと”がつながって、“生きもの”のネットワークと人々の“行動”が広がっていってほしいと思っています」
 そう話すのは、環境安全部環境・温暖化対策課企画調査係主任主事の長谷川博明さんだ。

推進プランの普及・推進事業② ~区民参加のモニタリング調査ガイド『千代田区生きものさがし』

 今年(2014年)6月、生物多様性の保全や主流化への取り組みを普及・推進するため新たにスタートしたのが、『千代田区生きものさがし』。区内で見られる生きものを紹介したリーフレットを参考に、6月から10月末にかけて街で見かけた生きものの情報をレポートにまとめて送ってもらうというものだ。
 生きものさがしの対象となるのは、モンシロチョウ、アゲハチョウ、トカゲ、トンボ、カエル、サギのなかまと、植物のススキの7種。公園の中の林や日当たりのよい原っぱ、花壇や街路樹、公園の池やお濠などの自然環境ごとに、そこで見られる生きものの種類と写真、大きさや食べているものなどを紹介して、どんな生き物をいつどこで見つけたのかを書き込める表を用意した。詳しい種名がわかれば書いてもらったり、気付いたこと・感想を記入したりする欄も設けてある。書き込んだ表を切り取れば、そのまま切手不要でポストに投函できるハガキになっているし、ファックスやe-mail、ホームページからの投稿も受け付けている。
 「都市の中で暮らしていると、すぐ身近に生きものがいることも意識しないまま過ごしている方が多いと思います。『生きものさがし』に参加してもらうことで、親子や友達と話をしたりしながら生きものや生物多様性に対する意識を変えるきっかけにしてもらえればと思っています。実は前年(2013年)に児童館や環境情報交流施設の職員の方々に協力していただいて、内容やデザインのモニターを兼ねて試行的に一部地域で実施しました。そのフィードバックを踏まえて改訂し、いよいよ今年度から本格実施することになったのです。学校や児童館に配ったり、環境関連施設などに置いてもらったりして、ご家族や学校のクラスなどでガイドを手に生きものさがしに出かけていただくものとしてご用意しました。これをきっかけに、生物多様性の輪が広がっていくとうれしいですね」
 阿部さんと長谷川さんはそう口を揃える。
 生きものさがしのシートは、A3用紙の両面にカラーで印刷し、観音開きに折り込んで携行しやすいように作ってある。紙質は厚みのあるコート紙で書き込みもしやすい。記入例もわかりやすく、記入する内容も必要最低限に絞り込んであり、書き込んですぐに投函できるようになっているなど工夫されている。

『千代田区 生きものさがし』

千代田区 生きものさがし』 ※クリックでPDFが開きます

先行した地球温暖化対策

『千代田区環境モデル都市第2期行動計画』の表紙

『千代田区環境モデル都市第2期行動計画』の表紙

 千代田区における環境対策は、課の名称が示すように、地球温暖化対策が先行してきた。
 2008年には千代田区地球温暖化対策条例を施行。昼夜人口比率の大きい千代田区だから、区外から通勤・通学する人も多い。これらの人たちにも対策を呼びかけていくことで、周辺地域にも意識が広がっていく。そんなねらいもあった。
 2009年からは全国23都市が指定を受ける環境モデル都市【3】の一つとして国の選定を受け、2013年までの5か年計画として『千代田区環境モデル都市第1期行動計画』を策定、CO2排出量削減に取り組んできた。都内では唯一の指定都市だ。現在は、2014年度からの新たな5か年計画として第2期行動計画を策定してさらなるCO2の削減に取り組んでいる。
 「千代田区における生物多様性の保全・推進に向けた取り組みは、まだ始まったばかりです。推進プランの策定はその第一歩といえます。国や都の関係各機関とも連携しながら、区内に住み、働き、学ぶ区民がそれぞれの立場でできることに取り組んでいくことが大事です。ゆくゆくはその取り組みが広がり、温暖化対策に追いつくことをめざしていきたいと考えています。」

脚注

【1】生物多様性基本法と生物多様性地域戦略の策定
 生物多様性基本法は、『生物多様性条約』の国内実施に関する包括的な法律として、議員立法により2008年5月28日に成立、6月6日に公布。『環境基本法』の下位法として位置付けられる基本法で、生物多様性に関する個別法に対しては上位法として枠組みを示す役割を果たす。生物多様性の保全及び持続可能な利用についての基本原則を示すとともに、生物多様性条約に定められた締約国の義務に則り策定される『生物多様性国家戦略』や、地方自治体の努力規定で策定する『生物多様性地域戦略』などについて定めている。
 各自治体における生物多様性地域戦略の2013年度末の策定状況は、23都道県、11政令指定都市、17市区町。前年度末に比べて6都県、4政令指定都市、5市区町の増加となった。策定を支援するため、環境省では2009年9月に『生物多様性地域戦略策定の手引き』を発行している。
 なお、都内では八王子市(2009年度、緑の基本計画の一部)、墨田区(2010年度、緑の基本計画の一部)、大田区(2011年度、環境基本計画の一部)、葛飾区(2013年度)、多摩市(2013年度、みどりと環境基本計画の一部)とともに6区市が策定している。
【2】千代田区で実施された生物多様性に関する基礎調査
 千代田区内の自然環境は、推進プラン策定以前には網羅的に調べられたことがなかったため、身近な自然の現状を把握するための基礎調査を実施している。
 調査は、区内の動植物や自然環境に関する文献などの既存資料の収集・整理(2009年9月~2010年3月)と、既存情報がない主要な緑地を対象とした現況把握調査(2010年1月~10月)の2本立てで行ったもの。
 現況把握調査では、日比谷公園や靖国神社など区内の主要な緑地を対象に、植物、哺乳類、鳥類、は虫類、両生類、昆虫類、魚類、底生動物について植生調査、水生生物調査、無人撮影調査、トラップによる捕獲調査などを実施した。
【3】環境モデル都市
 低炭素社会の実現に向けて高い目標を掲げて先駆的な取り組みにチャレンジする都市として国の選定を受けた都市。各都市は、目標達成のための具体的な行動計画を策定し、取り組みを推進していくことが求められる。
 千代田区環境モデル都市第2期行動計画の削減目標は、2020年までに区内の二酸化炭素排出量を1990年比で25%削減するというもの(249万t- CO2→186.7万t- CO2)。区の直接的な取り組みによって約1.7万t- CO2、間接的な取り組みによって約49万t- CO2の削減が可能と試算している。直接的な取り組みは、区または区の事業者が主体的に取り組むことで削減が期待できる効果。一方の間接的な取り組みは、区が国や都などと連携しながら普及啓発や情報提供、環境学習等に取り組むことで区民や区事業者らの行動によって期待できる削減効果のこと。

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