トップページ > 環境レポート > 第18回 奥多摩町:町域の約94%を占める森林の健全な生育のために(森林環境整備事業)
2015.12.03
当プロジェクトの助成金を活用した都内62市区町村の環境事業の取り組み状況について順番に紹介する「環境事業紹介」のコーナー。第18回は、東京都の秘境の地・奥多摩町で平成16年度から実施している森林環境整備事業について紹介します。
東京都全体のおよそ10分の1に相当する225.53km2の面積を持つ奥多摩町は、その93.8%が山林で、うち5割弱がスギ・ヒノキの人工林となっています。木材の市場価格が下がって、第一次産業としての林業は衰退し、山林の多くは手入れがされずに荒廃が進行しています。その対策の一環として、東京都が市町村に委託して実施する民有地の「森林再生事業」とともに、町有林の間伐や枝打ちなどの環境整備を行っているのが、今回紹介する「森林環境整備事業」です。
事業の背景及び概要について話をお聞きしました。ぜひご一読ください。
東京都最高峰の雲取山(標高2017m)をはじめとする峰々に囲まれた山間のまち・奥多摩町は、町域の全体が秩父多摩甲斐国立公園に含まれ、豊かな自然に恵まれた“巨樹と清流のまち”。
町の面積225.53km2は、東京都全体の実に10分の1ほどに相当する。その93.8%が山林で、うち5割弱がスギ・ヒノキの人工林。残りの山林もかつては薪炭林として使われたいわゆる里山の二次林が多くを占める。
「奥多摩町は、緑豊かな地域と思われている反面、手入れのされない森が増えてきました。かつては用材を搬出するとともに、間伐材も足場丸太などに活用してきましたから、よく手入れされたいい森がありました。ところが輸入材の普及による木材価格の暴落で、今や生業としての林業は非常に厳しい状態にあります。前回の国勢調査でカウントしている第一次産業の就業人数は、町全体で88人という状況です」
林業の厳しい現状について説明するのは、奥多摩町企画財政課課長補佐兼企画財政調整係長の新島和貴さんと企画調整係主事の森田宏樹さん。ともに、地元の奥多摩町で生まれ育った。かつて日中には、山からチェーンソーの音が鳴り響いていたが、今はほとんど聞こえてこないという。町内に何軒もあった製材所はどんどん減ってきている。それだけ、木が使われなくなってきているわけだ。
奥多摩町の森林整備計画では、木材の適正伐期齢を35年生としているが、現在、すでに40年生の森林も多くなっている。販売価格以上のコストがかかってしまうため、出したくても出せないのが実情だという。新島さんは、森林荒廃の影響について次のように説明する。
「人工林ですから、人間がある程度手を加えていかないと美林にはなりませんし、環境保全もできません。地面に陽が当たらなければ下草も生えなくなって土壌が流れやすくなってしまいます。獣害の問題も深刻です。山に人が入らなくなったことで、シカやイノシシやサルが里に下りてきて、畑を荒らしていくのです。植林した苗木も食べられてしまい、生産者の意欲もなくなって、ますます放棄されていくという悪循環です。食害の悪化で、山が裸地化して、表土が流れてしまいます。逆に、鬱蒼とした山では、細く伸びた木が雨風などで倒れやすくなります。雪起こしもしませんから、雪の重みで木が倒れたり、沢筋に溜まった雪が土砂を堰き止めて土砂災害のもとになったりするのです」
そうして手入れがされずに荒廃していく森林が増えていったことへの対策として平成14年に始まったのが、東京都の森林再生事業だった。
「森林再生事業では、山主さんが、都と25年間の協定を締結して、間伐などの手入れ作業を実施します。施業にかかる費用は全額都の補助金で負担しますから、山主さんの負担はありません。ただし、整備後、一定期間は材として伐り出すことができなくなります。手入れをして、森林の公益的機能を回復することが事業の目的だからです」
契約期間中、スギ・ヒノキの植栽や森林の皆伐はできない。開発などによって森林以外に転用することもできないし、埋立・掘削など土地の形質変更や工作物の設置もできなくなる。
「この地域では、もともとヘクタール当たり3000本ほどと密集して植えてきました。昔は──昭和30年代頃ですかね──足場丸太としての需要が高かったので、細く・まっすぐ・高く育てたのです。ところが、そのままの状態で間伐もせずに放棄されると、細く高く育った木は、雨や雪に弱く、災害が発生しやすくなります。土壌には光も入りませんから、草木も生えなくなってしまいます。ですから、3割強の間伐をしていきましょうということで、契約期間中、12~13年ごとに2回の間伐を行って、樹木本数の30%以上を間伐するのです」
森林環境整備事業によって明るく整備された森。
事業開始当初は、間伐だけだったが、その後、花粉症対策として枝打ちもされるようになった。
「枝打ちは、材としての価値を高めることを目的に実施する作業なので、本来は個人がやるべきこととして、公費を投入することへの理解が当初は得られませんでした。枝打ちすることでまっすぐ・太く育ち、用材としての価値が高まりますから、山主にとってもやりがいがありました。ところが手入れをしても売れないため、わざわざ手間とコストをかけて枝打ちしようという山主は減ってきています。加えて、花粉症が社会問題化して、多摩のスギ・ヒノキ人工林が大きく注目されるようになりました。花粉を出す雄花は枝先につきますから、花粉症発生源対策として枝を切っていくことになったわけです」
花粉症発生源対策事業では、森林再生事業を実施した森で数年経過した後に、樹冠(じゅかん)【1】の5割を枝打ちすることによって、多摩の森林からのスギ花粉の飛散の削減をめざす。結果的に林内に光が入り込み、針広混交林化が進むこともねらいとしてある。
民有地の整備を進め、森林の公益的機能の回復をめざす森林再生事業は、町有林など公有の森林整備には使えない。こうした森林の整備を目的に、町が独自に予算化して実施しているのが、平成16年度から実施している森林環境整備事業だ。作業を担うのは、町で雇用している3人の森林保安員だ。
「森林保安員は、森林環境整備事業の開始と合せて、平成16年4月に名称変更しました。もとは造林作業員という名称で、林業としての作業を行っていましたが、事業の目的が材木の育成から、水源涵養機能や地球温暖化防止対策、花粉症の発生源の抑制を目的としたスギ・ヒノキ人工林の間伐・枝打ち作業に変更し、それに合わせて名称も変更しています。事業のフィールドとなる町有林は、主に川苔谷周辺に集中しています。その他、山林所有者から手入れができないので町で管理してほしいという要望もありますから、それらも合せて管理作業を行っています。山の管理は1年2年ではできませんので、継続的に緊急度の高いところからやっていくということにしています」
都の森林再生事業も、町の森林環境整備事業も、ともに森林の公益的機能の回復をめざした管理作業という意味では何ら変わりはない。
「同じ山なんですけど、森林再生事業が対象にするのは民有林なんですね。民有林のうち手入れがされていない、つまり管理の届かないものについては、公的機関がお金を出して管理しますよという事業です。町有林の方は、そもそも森林再生事業は使えませんが、行政が管理するべき山ですから、きちんと保全していこうということで、そのための事業として実施しているのが、森林環境整備事業です。対象が違うだけで、やっていることは同じ(間伐・枝打ち)ですし、目的も共通しています」
新島さん、森田さんはそう説明する。
森林保安員による森林環境整備事業の作業の様子(間伐・枝打ち)。
現在、森林再生事業や森林環境整備事業で切り倒した間伐材は、林内で横伏せにして残置している。これらの間伐材は、山主が活用しても何ら問題はないが、ほとんどの場合、材として出すことはない。
「町有林の場合、一部、作業道の足場や土留めなどに使ったりすることもありますが、民有林の場合は売るために育てている木ですから、売れなければ出すこともありません。現在、1m3当たりの木材市場価格は、スギ原木の場合で1万円を切って、山元では9000円前後ほどにしかなりません。1m3と言うのは、だいたい丸太5本くらいですが、これだけの木を出そうとすると搬出コストは1万円では収まりません。よい状態のヒノキ材ならもう少し高く売れますが、手入れがされず枝が太くなっていたりすると用材としての価値はありませんし、間伐材などの小径木も高くは売れません。もったいない話ですが、出せば出すだけ赤字になってしまいますから、止むを得ません」
奥多摩町では、こうした木材の活用を促進しようと、地域通貨による木材の販売補助を導入している。木材の搬出に対して、6000円で引き取りを行う。このうち半額の3000円分を地域通貨で、残りの3000円を現金で支払う。市場価格よりも安い設定だが、市場に出せないような間伐材なども受け入れ可能だ。なお、この地域通貨は奥多摩町内の登録店でのみ使えるという、地域振興を兼ねた施策だ。
買い取った材は、奥多摩町氷川にある温泉施設「奥多摩温泉 もえぎの湯」のチップボイラー用の燃料として活用される。仕組みはできたので、活用してもらえるような制度として育てていくのが今後の課題だと新島さんと森田さんは言う。
買い取った木材をチップ製造施設に搬送。
木材チッパー(破砕機)でチップ製造。
奥多摩温泉「もえぎの湯」
チップボイラー
森林環境整備事業によって手入れをしている町有林に関して、材として出していく計画は現段階ではない。
「民有林の場合は、山の手入れをして、息子さんやお孫さんの代に残していこうという気持ちで整備している方もいらっしゃると思います。50年以上の木になれば、ある程度いい用材として売れる可能性もあります。ただ、町有林については、何年後に材として出すといった計画は今の段階ではありません。川苔山の一部で保安林になっているところはそもそも伐れませんし、それ以外の場所についても“環境保全林”ということで残していくような形になると思います。ただ、公共施設を造るのに地場産の木材を使おうということになれば、町有林から伐った材を活用することもあり得えますし、分収林契約【2】を結んでいるところで所有者の方が伐った場合には一部町にも入ってきたりしますが、町有林を伐って売るということは今は考えていません」
10年ほど前、ちょうど森林再生事業が始まった頃に、農林水産係で仕事をしていたと新島さんは言う。当時、町有林の管理は、林業の一環として、木材の生産とその収益やコストを計算して施業計画を立てていたという。それから10年を経て、森林整備を取り巻く状況は一変した。
「今、保全を目的とした森林整備に対して、理解が得られるようになったのかなと思います。昔は“林業でしょ”と言われてしまいましたが、今はみんなで守っていこうという意識がすごく高くなっているように思います。そこは全然違いますね。ただ、保全だけだと、もったいないんですよね。せっかく育てた木が横伏せ間伐で置き捨てられているのは本当に残念なことです」
国産材が活用されて安定した森林経営ができれば森林の保全・育成もうまく循環していくが、そうでない現在においても健全な森林を守り育てていくことが求められている。道のりはまだ遠いが、森林再生事業・森林環境整備事業が始まってから10年ほどが経ち、毎年数ヘクタールずつの森林整備を進めてきたことでだいぶ改善されてきたと、新島さん・森田さんは話す。
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