トップページ > 環境レポート > 第62回 小笠原村:固有の生態系への影響を最小限に抑えるための遊歩道を整備して、貴重な自然を身近に親しみながら保全していく(自然環境に配慮した遊歩道補修整備事業)
2020.03.31
「みどり東京・温暖化防止プロジェクト」の助成金を活用した都内62市区町村の環境事業の取り組み状況について順番に紹介する「環境事業紹介」のコーナー。第62回は、2011年6月に世界自然遺産に登録され、本土とは異なる独自の生態系を有する小笠原村において実施されている「自然環境に配慮した遊歩道補修整備事業」について紹介します。
その貴重な自然の利用と保全を両立するための小笠原村の取り組みについて、担当者にお聞きしました。ぜひ、ご一読ください。
※本記事の内容は、2020年3月掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。あらかじめご了承ください。
小笠原村父島と母島は、本土から約1,000km離れた南に位置する。小笠原諸島は大小30あまりの島々から構成されており、一般の人が生活する有人島は父島と母島の2島となる。小笠原の玄関口父島へのアクセスは、クルーズ船による寄港の他には、定期船「おがさわら丸」しかない。5月の大型連休と7月後半から8月の夏期シーズン、年末年始期間には週に2便、それ以外は約週1便の運航で、東京港竹芝桟橋を出港し24時間かけて、父島の二見港に到着する。
亜熱帯性気候に属する小笠原諸島は、島の誕生以来大陸や他の島と一度も陸続きになったことがない「海洋島」であることから、本土とは異なる独自の生態系が進化したことで、2011年6月にユネスコ世界自然遺産に登録された。4つの評価基準(「自然景観」「地形・地質」「生態系」「生物多様性」)のうちの「生態系」を高く評価された結果だ。小笠原には固有の動植物が数多く生息し、植物(維管束植物)で36%、昆虫類で28%、陸産貝類では94%にもなる。
類まれな自然環境は、観光資源にもなっている。亜熱帯の森の中で数多くの固有動植物を観察しながらのトレイルウォーキングは、ガイドツアーとして実施され、他では体験できない貴重な機会を生み出す場となっている。
小笠原村では、2000年3月に策定した小笠原諸島観光振興計画において「エコツーリズムを基軸とした観光振興」を打ち出している。2002年6月には「小笠原エコツーリズム推進委員会」が村及び産業団体を中心に設立され、その後行政機関や産業団体並びに関係NPOなども参画した「小笠原エコツーリズム協議会」が2005年4月に設置されている。2011年7月には、協議会設置要綱を制定して、エコツーリズム推進法に基づくエコツーリズム推進協議会として位置づけ、同法に基づくエコツーリズム全体構想を作成して、2016年1月に国の認定を受けている。
小笠原エコツーリズム協議会では、小笠原におけるエコツーリズムの基本理念を「かけがえのない小笠原の自然を将来に渡って残していきながら、旅行者がその自然と自然に育まれた歴史文化に親しむことで小笠原の村民が豊かに暮らせる島づくり」として掲げている。
小笠原の豊かで美しい自然環境を次世代に継承していくため、その保全と利用のバランスを図りながら地域の振興を目指し、持続可能な島づくりを進めていくとしている。
おがさわら丸の出港
父島の森「千尋ルート」
母島「石門の森」
小笠原村への観光客数は、2011年の世界自然遺産登録を機に増加している。定期船やクルーズ船以外のアクセス方法がないという制約がありながらも、登録前(2010年以前)と比べて1.5倍ほどの水準を維持している。
小笠原村が実施する観光マーケティング調査によると、来島観光客のおよそ8割が何かしらのガイドツアーに参加している。小笠原の自然は競争相手の少ない環境の中で独自の進化を遂げてきたため、外来生物や環境負荷に対して非常に脆弱であることが知られている。そのため自然フィールドの利用のための各種自主ルール等が設定されており、持続可能な自然との付き合い方が実践されている。
山域のガイドツアーでは、自然フィールドの利用によって生じる固有生態系への影響を極力軽減するため、決められた遊歩道を利用して島内各所を巡ることになる。特に国が定める小笠原諸島森林生態系保護地域内に立ち入る際は、指定されたルートのみの利用に限定されており、小笠原諸島森林生態系保全センターが実施する「小笠原諸島森林生態系保護地域利用講習」を受講し、入林許可証の交付を受ける必要があるため、一般観光客は許可を受けたガイドによるツアーに参加することとなる。
利用者の踏み抜きと降雨の流水で歩道が細くなった箇所の補修
小笠原村が実施している「自然環境に配慮した遊歩道補修整備事業」では、村が管理する遊歩道に加え、ガイドや調査等で利用される、これら「指定ルート」の一部についても遊歩道補修整備を行っている。
小笠原村産業観光課の川口さんは、この事業について次のように話す。
「2011年の世界自然遺産登録もあって村内遊歩道の整備について検討を始めたのが、近自然工法による整備事業開始のきっかけとなりました。2013年度から村事業としてスタートし、今年度(2019年度)で7年目となります。整備及び補修場所は、父島と母島にある村所管の遊歩道の他、小笠原国立公園内の遊歩道も含まれています。また場所によっては片道2時間ほどかかる人気の観光ルートもありますので、安全な歩道を確保しつつ植生保護にも気を配っています。要整備箇所のほとんどは、観光利用の他に動植物調査や保全調査などによる踏圧と降雨による流水の影響で道が削られ細くなっている箇所になります。安全な観光ルートを確保するためには、第一に植生回復の条件を整えることが必要と考えています。そのために自然環境に合わせた補修整備を行っています。」
近自然工法は、もともとスイスの河川工事技術として発展し日本に導入されたもので、今では登山道整備にも応用されている。遊歩道整備といっても、単に歩きやすくするためではなく、生態系の復元を目的とし、安定した土壌環境を整えることが、植生保護と安全な利用につながっていくこととなる。
小笠原村の事業では、北海道の大雪山で生態系の復元に取り組んでいる専門家の協力を得ながら、小笠原という特殊な環境に合わせつつ、村の要望や地元ガイドからの意見を参考に、どういうやり方が適しているか、観察しながら進めている。
小笠原は、夏の日差しが強烈なことから、事業の実施時期は毎年1月中旬から2月中旬にかけての1か月間で集中的に行っている。
主な整備箇所は村所管の遊歩道の他、ガイド付きでしか行くことができない父島の千尋ルートと母島の石門ルートで、ともに国立公園の特別保護地区に指定されている。
父島の千尋ルートは、海抜2~300メートルの登山道を2時間半ほどかけて登っていくと、大パノラマの絶景が広がる。道中は小笠原ならではの固有植物が広がる亜熱帯の森をゆっくり歩くコースだ。森を抜けると、ハートロックとも呼ばれる千尋岩が見えてくる。眼下にはボニンブルーと呼ばれる濃紺色の海が広がり、眼前には島全体が天然記念物に指定されている小笠原随一の景勝地「南島」が見渡せる。
母島は、おがさわら丸が到着する父島二見港から、さらに定期船「ははじま丸」で約2時間、南へ50kmほどの位置にある。父島に比べて小規模で静かな街には、穏やかな島時間が流れる。ガイドなしでも散策できる遊歩道もあるが、補修整備を行っている石門ルートは、母島東岸森林生態系保護地域内のコースで、ガイドの同行がないと入林できないだけでなく、1日当たりの入林人数も、ガイド1人につき5人まで、合計50名とされている。また天然記念物で絶滅危惧種のアカガシラカラスバトの繁殖期には立ち入りの制限も行われている。
石門ルートは、同じ小笠原諸島でも父島とは趣を異にした湿性高木林を主体とした原生性の高い地域を歩く。外来種であるアカギの大木も多いため計画的な駆除が進められる一方で、固有種の大型シダ類や陸生貝類などもたくさん見られる。
遊歩道補修整備事業は、父島で約3週間、続いて母島で約2週間かけて行われる。それぞれ現地視察を兼ねた計画と作業、途中の休みを挟みながら、委託業者、村役場職員の他、地元ガイドや島民ボランティアの協力を得ながら進められていく。
利用者の踏圧や降雨等の影響によって土壌浸食が起きている箇所を、雨水の流れや利用者の歩行経路を考慮しながら、周辺の石や木材を使用した必要最低限の施工で補修していく。木材には、歩道脇の支障木を伐採した外来種のアカギなども活用されている。
2018年度には、小笠原諸島が日本に復帰して50年目となる「返還50周年記念事業」の一環として「村民参加の森づくりプロジェクト」を実施した。小笠原の固有種である「オガサワラグワ」の再生事業と歩道整備の発信を兼ねて、多くの村民に参加を呼びかけた。返還50周年の節目のイベントということで、大人から子供まで多数集まり、島の自然を身近に感じられる場と機会の創出を図ることができた。
自然の素材を使用した遊歩道であるため、過度の利用や豪雨による影響、また場所によっては植生回復前に木材の劣化による破損が起こるため、定期的なメンテナンスが必要となる。作業はほぼ手作業で行うことから、小笠原の気候条件、地理的環境を踏まえ計画的な補修整備を実施していく計画だという。今後も定期的な歩道観察を行い、早期発見、早期メンテナンスを実施し、村民や来島者にとって安全かつ身近に親しめる遊歩道として残していきたいとしている。
自然の素材(石や木材)を使用し施工する近自然工法による遊歩道の補修
2018年度に実施した「村民参加の森づくりプロジェクト」
本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。
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