【第38回】ミツバチのための環境創造が人のためにもつながる ~NPO法人みつばち百花の取り組み

2013.09.20

 国立市谷保に、約350坪の「くにたち蜜源ガーデン」と呼ばれる花畑がある。2012年に開設したこの花畑には、ハーブ類をはじめ、キュウリやズッキーニなどの野菜、ヒマワリやキバナコスモス、ソバなどが季節に応じて色とりどりの花を咲かせる。その花をめがけてミツバチが訪れて、花粉や花蜜を採取していく。NPO法人みつばち百花が提唱する「ミツバチガーデン」運動の一環として整備している農園だ。
 ミツバチガーデンとは、ミツバチが花粉や花蜜を採るための花を植えようという活動。ミツバチを取り巻く自然環境を調べ、市民や農家を巻き込んで、空き地やプランターなどに花を植えていこうと呼びかける。ミツバチのための蜜源の花を増やすとともに、どんな花を植えたらミツバチが集まってくるのかを検証する目的もある。
 「くにたち蜜源ガーデン」は、2010年7月から翌年2月まで月1回の8回連続講座として開講した『ミツバチがつなぐ夢』まちかど教室※1がきっかけとなって誕生した。同講座は、NPO法人くにたち富士見台人間環境キーステーション(KF)が主催し、みつばち百花が講座のアレンジを担当。この講座をきっかけに誕生した市民養蜂家と地主さんを加えた4者が連携して立ち上げたミツバチガーデンだ。
 「1.5×1.5メートルほどの広さを目安に特定の種類の花を植えて、ミツバチたちの来訪の様子を観察します。『この花はミツバチがよく来るっていう話だったけど、来ないねえ』などと話しながら見守っているんです」
 そう話すのは、みつばち百花代表の朝田くに子さん。

 去年(2012年)は、高嶺ルビーというソバの一種を相当な広さに植えた。ソバの花だから、冷涼な土地でないと蜜を出さないんじゃないかと言われていたが、予想に反してものすごい勢いでミツバチが飛来してきて、花粉や蜜を集めていったという。

国立市谷保にある、「くにたち蜜源ガーデン」
(NPOみつばち百花提供)
第30回で紹介した「みんな畑」は、すぐ近所にある。写真は、クローバーを食べに遊びに来た、羊のアマエルくん。(NPOみつばち百花提供)
2012年7月1日、大豊作のジャガイモを茹でて、
初のガーデンパーティを開催(NPOみつばち百花提供)
2012年9月30日の秋の収穫祭
(NPOみつばち百花提供)

 ミツバチの来訪状況は、目視もできるし、みつばち百花の理事でもある玉川大学ミツバチ科学研究センターの中村純教授が学生の研究フィールドに設定していて、飛来したミツバチを捕獲して腹部を圧迫して吐き戻させたり、開腹したりして、今花から吸ったばかりの花蜜の糖度を調べ、どんな蜜でミツバチを惹きつけていたのかも評価することもできる。
 「カボチャの花は蜜源としてはものすごく有力な花です。滴るくらい蜜が出ます。ただし、早朝──せいぜいが9時くらいまで──しか咲かなくて、そのあとはしぼんでしまうんです。ズッキーニも去年と今年でやっていますが、ミツバチのおかげで大豊作です。ズッキーニの花はカボチャよりもさらに花の開きが早くて、なかなかミツバチの訪問を見ることはできずにいます。ただ、農家さんに聞くと、ズッキーニの実の成りは昆虫の作用が大きくて、ダメなところは人手をかけて人工授粉しているそうなんです。私たちの畑では、何もしなくても成って成って困るというくらいたくさん実がつくので、朝早くからミツバチたちがお仕事していたんだろうねと話しています」
 一方で、シソ科のハーブを植えたところ、ミツバチが盛んにやってきているものの、吸ったばかりの花蜜糖度を調べると、思ったほどは甘くはない(それでも糖度30%近くはある)ことが判明したこともあった。
 「これだけわんさか来ているのに、いったいどういうわけなんだろうって。その理由はあまりよくわかっていないんです。糖度が低くても香りに特徴があればミツバチが覚えやすいということもあるだろうし、逆に糖度が高くてもあまりやってこない花もあります。それこそミツバチのみぞ知るところです。同時期に咲く花の中には、歴然としてミツバチたちが好む花の優先順位があるようなのです。その辺は謎ですね」
 有名な『8の字ダンス』という情報伝達の方法も、実際に目撃することがある。ただ、ミツバチ自身はこれにたより切っているのではないそう。最近の研究によると、ミツバチたちは案外に唯我独尊的で、最新情報よりは自分の経験を優先する傾向があり、かつ全員が一斉に同じ行動をとるというわけでもないらしいのだ。『私、今日はここでいいや』と他のミツバチたちとは違うところで蜜を採っているような個体も結構いるのだという。ミツバチの生態はわからないことばかり、まだまだ謎も多い。そんなところも魅力のひとつだという。

ミツバチは本当にラベンダーがお好き。群がっています。
そばで作業をしていたら、羽音がすごい。
(NPOみつばち百花提供)
ネギ坊主も大人気。必死に頭を突っ込んで蜜を吸っている。(NPOみつばち百花提供)

 ミツバチガーデンとともに、みつばち百花が力を入れているのが、「ハニーウォーク」。身のまわりにミツバチやミツバチたちが利用する蜜源・花粉源の植物がどれくらいあるかを歩きまわって調べる活動だ。イベントとして実施することもあるし、一人で散歩がてら歩いてまわるのでもよい。規模や方法を問わず、ミツバチやミツバチの利用する植物に目を向けてみようと呼びかけるものだ。

 ミツバチに出会える確率がもっとも高いのは、晴れた日の午前中から昼頃までの時間帯。ハンディな図鑑やモバイル端末を持ち歩けば、その場で植物の名前などを調べることもできる。ミツバチを発見したら、日時・場所とともに、写真を撮って記録して、みつばち百花に寄せてもらう。アップの写真だけでなく、植物全体の写真も撮っておくと、あとから植物の同定をするのに役に立つ。
 こうして調べた、身近な蜜源・花粉源植物の分布状況をプロットしていくことで、花とミツバチの関係を調査するとともに、地域環境の把握や策定に役立つ情報を収集しようというわけだ。
 2013年4月から実施している『ミツバチ来てたよ、大調査』は、富士通エフ・アイ・ピー株式会社が提供する携帯フォトクラウドシステム「生物情報収集システム」を利用したミツバチと蜜源植物の調査だ。生物多様性保全に取り組む10団体の一つにみつばち百花が選ばれ、富士通フォトシステム・クラウドサービスの無償提供を受けることになり、実現したプロジェクトで、ミツバチの訪花画像を撮影して、メールで送信すると、クラウド上のデータベースにアップロードされ、一覧表示や分布表示ができる。
 一方、それ以前から、種子や苗の入手が容易な草花を中心に、蜜源・花粉源として利用できる植物に関する情報をまとめた『蜜源・花粉源データベース(http://db.bee-happy.jp)』を作成し、公開している。植え付けの時期や開花の時期、ミツバチガーデンでのミツバチの訪花状況なども随時掲載して、ハニーウォークやミツバチガーデンの造成に役立ててもらうための情報提供をしている。

2007年5月に代々木公園で実施したハニーウォーク
(NPOみつばち百花提供)
2010年9月、国立で実施したハニーウォーク
(NPOみつばち百花提供)
みつばち百花が提供する「蜜源・花粉源データベース」
※クリックで別サイトを開きます
「ミツバチ来てたよ、大調査」の閲覧画面
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みつばち百花の前身は、2005年8月8日(8-8の日)に、以前から知り合いだった養蜂家とともにハチミツを食育の中に取り入れる活動を始めたことで立ち上げた『東京はちみつクラブ』だ。各地で食をテーマにした地域づくりに携わっていた朝田さんは、蜜を採る土地ごとに味わいを変えるハチミツをワインのテイスティングになぞらえて、“ハチミツのテロワール※2を感じ取ろう!”という企画「ワインのようにはちみつを楽しもう!」を立ち上げた。思いもかけず大きな反響を呼んで、『東京はちみつクラブ』の活動が始まった。玉川大学の中村先生との関係も、そのとき以来だ。
 当初は、各地のハチミツを味わいながらミツバチのことを知ろうというのが活動の軸だった。ただ、知れば知るほど、ミツバチたちの置かれている状況の厳しさをも知ることになったという。それが、『東京はちみつクラブ』から『みつばち百花』へと名称や活動の内容を変えていった理由だった。

 ミツバチの活動をしているというと、多くの人たちから「ミツバチって減っているんですか?」と聞かれるという。そんな風潮こそが、科学の視点を欠く見方だと朝田さんは指摘する。
 「落ち着いて考えてみてください、セイヨウミツバチって、野生ではなく家畜なんですよ。家畜が減っている、増えているっていうのはおかしくないですか。例えば、牛や豚が増えている、減っているなんて話は、家畜業者でもない限りしないじゃないですか。多くの場合、そこの時点で背景がごそっと抜け落ちたまま、なんで減っているのかということを自分の頭では考えないで、聞いた話を鵜呑みにしているのです。だから、『減っている=農薬』くらいにしか結びつかずに終わってしまう。でも、その背景は、かなり複雑で、そのほとんどにわれわれの暮らしが加担しているのです」
 2008~9年に新聞を騒がせた“ミツバチ不足”は、世間一般に「ミツバチが減っている」と混同させることになったが、その主な原因の一つにオーストラリアからの女王蜂の輸入の停止があった。日本では、秋から需要が増す花粉交配用のセイヨウミツバチを仕立てるために、その時期に繁殖期を迎える地球の裏側から多数の女王蜂を輸入して充てていたが、その輸入がストップしたから、交配用ミツバチの市場が崩れ、ミツバチの供給に支障をきたした。それを教訓にして、現在は、女王蜂を国内生産して賄いきっているという。決して減っているわけではないのだ。
 「日本におけるミツバチによる生産性を考えると、実は生産高の9割以上が、農作物の受粉利用で、ハチミツなど巣箱から生産されるものはほんのわずかです。例えば、イチゴはクリスマス需要を満たすように11月から4月まで主にハウス内で栽培されますが、この時期、かつ閉鎖されたハウス内ということもあって、受粉のためには農家がミツバチをハウス内に導入するしかありません。ミツバチにとっては、イチゴの花粉と花蜜だけが栄養源になるのです。ひとつの栄養源に頼って、しかも限られた空間の中に閉じ込められているわけですから、春になった時点でもうへとへとになって、回復できないくらいに弱ってしまうのです。弱ったミツバチ群は、病気にかかりやすく、他のミツバチへの病気の感染源にもなるので、多くの場合、焼却処分されています。つまり、使い捨てにされているというのが実情です」
 世界で最もイチゴの消費量が多いのが日本。イチゴ以外にも、メロンやスイカなどもミツバチが受粉に役立つ。受粉の間だけ生きればよいと、簡素なダンボールの巣箱に働きバチだけが入れられる。次世代の働きバチを産んでくれる女王蜂もいないから、本当の意味での “使い捨て”にされることもあるという。
 そうした犠牲のもとに私たちの食糧があるという、ミツバチを取り巻く現実を伝えていこうというのが、みつばち百花の役割だと朝田さんは言う。
 「ミツバチをハチミツなどの生産物から捉えるのではなく、私たちを広大な自然界の不思議へと導く案内役として、また、ともに地球上に生きる仲間として位置づけながら、持続可能な社会をめざした活動をしていこうというのが、『みつばち百花』のめざす活動なのです」

ミツバチのおかげで豊作になったイチゴ
(NPOみつばち百花提供)
キュウリの花で熱心にお仕事中のミツバチ
(NPOみつばち百花提供)

 みつばち百花の活動の最大の特徴は、“科学の視点”を持って、ミツバチの生態を見つめること。設立当初から玉川大学ミツバチ科学研究センターの中村教授ら、ミツバチの世界の権威ある専門家といっしょに活動していることの利点を生かした活動を目指してきた。専門家としての先生の話を一般向けにわかりやすく、でも正確に伝えるインタープリター(通訳)としての役割を担っている。

「ハチミツひとつとっても、むちゃくちゃな情報が流れています。例えば、ハチミツには多種のビタミンやミネラルが含まれていますが、ネットなどではいかにも量として豊富に含まれているというニュアンスで書かれてしまう。でも、一日に必要なビタミンやミネラルをハチミツで摂ろうと思ったら、一日に1kg~2kg食べないと意味がありません。ほかにも、非加熱を強調した商品があります。ただ、国産ハチミツでは、加熱したハチミツはほとんどありませんから、あえてそれを強調して『うちのハチミツは非加熱で、ピュアです』という宣伝をすることは、実態のない差別化になってしまいます。それを突き詰めていくと、非加熱の証明を出せということにもなりかねません。そのコストを誰が負担するかというと、結局は消費者が負担することになるわけです」

 そんな意味のないプロモーション用語やマーケティング用語のようなものが数多く出てくるからこそ、科学的で冷静な視点が重要になる。
 「ネオニコチノイド系農薬の被害も騒がれています。まったく関係ないかというとそんなことはないんですが、じゃあものすごい被害なのかというと、日本の場合、CCD※3はまだ出ていませんから、またちょっと状況が違ってくるわけです。影響があるという実証は程度によらず可能でも、影響がないという証明は、いわゆる「悪魔の証明」となってしまいますから、不可能です。影響がないといってよい確率が高いかどうかなどといっている研究者の言より、断定的に影響があるという意見の方が、一般の方には受け入れやすい。でも、それこそが情報伝達のカラクリだとわかれば、少しでも冷静な視点を持って、自分なりの判断・行動を選び取っていくこともできます。多様な情報発信がされる現代では、特にこの観点は大切です。昨今の放射能汚染の問題もそうですが、私たちの身の回りに渦巻いている物事に対しては、すべて科学的で冷静な見方をしながら、自分で判断し、行動していくことが求められているといえます」

任意団体の時代も含めて、リコリタを始めてから10年が経つ。年を重ねたせいか、心境の変化もあるという。
ミツバチと関わるようになってさまざまなことを学んだという朝田さんだが、その最たることの一つが、科学的で冷静な視線を持って、多角的に物事を見ることの大切さを実感したことだったという。

宵闇迫るころ、ランタンに蜜蝋キャンドルを灯してみました。(NPOみつばち百花提供)
ミツバチガーデンで採れたハチミツ。右は夏採れたもの、左は春。(NPOみつばち百花提供)

注釈

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