トップページ > 環境レポート > 第51回「下町の技術力で、野生獣皮を活用した新たな産地素材の開発を支援 ~革の街・すみだから始まった取り組み(MATAGIプロジェクト実行委員会)」
2014.07.04
工場見学会の後半、机の上にはシカ革とイノシシ革が並べられた。製造工程を一通り見学した後、革製品を見て、触って、話を聞く。
「今テーブルの上に置いてあるのが、シカとイノシシの革です。下の方に敷いてある大きい革がエゾジカ──北海道のシカ──の革になります。上に乗っている小さい2枚がイノシシの革です。特に小さい方はウリボウ、つまり子どものイノシシです。ぜひ、繊維の違いを感じてみてください。これもすべてラセッテーなめしをしています」
工場見学会で説明する山口さん
野生のシカ・イノシシの獣皮を革になめして産地に還そうというMATAGIプロジェクトの発端は、2008年に島根県邑智郡美郷町(おおちぐんみさとちょう)及び北海道エゾシカ協同組合の担当者が2人揃って同社を訪ねてきたことに遡る。
曰く、中山間地域では植林地のシカ害や農地のイノシシ害が深刻化して、被害防除のために有害駆除をしている。駆除した後の獣肉はジビエ料理【1】などに活用しているものの、獣皮はそのまま廃棄される。これを何とか活用したいという相談だった。
「ご相談を受けて、お預りした皮をなめして浅草の革問屋さんに持って行きました。『これ売れますかね?』と野生獣皮革の可能性について聞いたのですが、100人中100人…まあ100人も聞いてはいないんですけど、ほぼ100%の人が難色を示しました。『売りたくありません』って言うんです。というのは、まず野生なので、いつ獲れるかがわかりません。しかも個体差によるサイズの違いもあります。猟師さんに『このくらいの大きさの個体で、首をねらって撃ってください』なんて言っても、無理な話ですよね。納期も大きさも不揃いなので、価格設定が難しいんです。しかも野山を駆けまわっているわけですから、傷の多さは畜産された動物皮とは比べようがありません。品質の面からも安定供給が難しいので、商品としては成り立たないというのです」
山口産業はなめし業者だから、本来は、皮革を製造して、それを販売をすることで生業を立てている。しかし野生獣からできる皮革の場合、上のような理由で流通に乗せることは難しかった。それでも、最初の革が期待以上によい仕上がりになったことで、これはぜひ何とかしたいと思い、販売を目的とした取り扱いではなく、なめした革素材を産地に還す社会的事業の一環として取り組むことにした。事務局経費分20%を含む1枚当たり5,000円の加工賃のみで引き受け、シカ・イノシシの種類や大きさを問わず一律の料金で1枚から受け入れている(ただし、試作時のなめし加工賃は1枚1万円)。
厄介者として駆除した野生獣、しかもこれまではそのまま捨てていた残皮が革になって還ってくることで、新たな地域資源として活用できると産地を元気づけることにも貢献できる。MATAGIプロジェクトのねらいは、そうした産地振興につなげる取り組みをしていくところにある。
野生獣皮の活用をめざした取り組みは、まずは試しに1枚の獣皮を革になめし加工するところからはじめている。野生獣皮の活用といっても、産地によってその主体は市町村ごとの自治会や猟友会、民間企業、行政など千差万別だ。行政等による予算化がされて進める場合もあれば、関係者がお金を出し合って自前の資金で取り組むケースもある。それぞれの抱える問題も異なるから、プロジェクトの進め方なども含めて、個別に相談しながら進めていくことが必要になる。
例えば、現地に食肉加工所があるかどうかなどによって、なめし前に必要な原料皮の前処理が問題になったりもする。余分な脂や肉片が付着していたり、四肢や尻尾・頭部が未処理だったりして、なめし加工ができないこともある。皮剥ぎ段階でのナイフ傷なども問題の一つだ。皮革素材としての実用性を担保するためにも、クリアしておかなくてはならない問題は少なくない。
試作によって、自分たちの獲ったシカやイノシシの皮が革になって戻ってくると、商品化のイメージもわいてくる。本格的に獣皮活用に取り組むことを決めたら、個別相談・説明の機会を設けて産地の現状や地域ブランド化に向けた展開などをヒアリングし、本格的なスタートとなる。地域にとっての新たな産地資源として活用していくためのプロジェクトだから、地元関係者の理解と協力を得ながら、ゆるやかに、しかし着実に地域内に浸透するように進めていけるように働きかけている。
産地から送られてくる獣皮は、なめし用ドラムの中で豚皮といっしょに処理される。なめし加工をしたあと産地に還すため、皮の端にあけた穴の数と位置を識別のマークにしている。
産地は全国60地域に広がりをみせているが、それほどまとまった数の獣皮が届くわけではない。猟師さんが自分で撃ったイノシシの皮1枚を送ってくることもある。そんな小口の受け入れを可能にしている事情があると山口さんは言う。
「当社のなめし革の生産量は、週に300枚を2回ですから600枚になりますが、これは昔の1日分の仕事量なんです。このドラムではもともと500枚の豚皮を1度に仕込んでいました。それだけのキャパがあるのですが、今は1回あたり300枚しか仕込めません。取引先が減っているためです。つまり、差分の200枚分の容量があいているので、そこに各産地から預かっている獣皮をいっしょに入れて処理することができるのです。1枚2枚のために機械を動かすことになるとコストもかさみますが、ドラムの空き容量の範囲でやるから、小口でも受け入れることができるのです」
そうして全国各地にラセッテーなめしが広がっていくことで、多くの人たちに知ってもらうことにもつながればよいという思いもある。
話を伺った、山口産業株式会社専務取締役の山口明宏さん。
MATAGIプロジェクトには、冒頭で紹介したように、NPOや大学など様々な主体が参加している。
「ちょうど一昨年の春になるでしょうか、NPO法人日本エコツーリズムセンターの事務局の方が見えました。野山に分け入る活動をしているそうですが、近年は野生獣の被害に悩む人が多く、駆除の方法などの勉強会もしているということでした。獣害対策で獲ったシカやイノシシの肉をジビエ料理にして食べるという企画を実施したところ、“皮もどうにかできないのか?”と質問が出たそうなんです。当社が野生獣皮を取り扱っていて、それも産地に還す活動をしていることを調べてきて、協力してくれないかというご相談でした。私自身、それまではなめした革を産地に還すことで排出革の有効活用や地域支援になればよいと思っていたのですが、その手前にもいろんな問題があることを知ることになりました。駆除の仕方や時期など、全然知らないことがたくさんあったのです」
そうして、いっしょにできることがないかと模索して、見学会などのイベントの開催を実施することになった。日本農業新聞社も記事に書いて取り上げてくれた。
一方、工場見学会の参加者の中に跡見学園女子大学の先生がいて、自分のゼミでも活動に参加したいと相談に来た。そんな縁で始まった同ゼミの活動では、都内にいながらも各地域のために貢献できることはないかと、同大の学生約320人を対象にしたアンケート調査を取りまとめて、「都会の女子大生の皮革製品ニーズと商品提案」を提示。女子大生目線の支援の取り組みは、全国の産地の注目を集めた。このほか、季節感のある情報提供をしようと、MATAGIプロジェクトの情報誌「マタギニュース」の発行もしている。
富士山麓のベース基地を中心に活動するNPO法人ホールアース自然学校は、人と自然と地域の共生するくらしを通じた冒険・生活教育プログラム等の実践・提供をしている。日本の自然学校の草分け的存在だ。狩猟免許を取得しているスタッフも多く、獲った獣の解体・皮剥ぎの講習会を企画するなど、技術向上のための取り組みなどで参画している。
それぞれの立場と思いから協力してくれる人たちが出てきて、みんなでやったらもっと広く伝えられるかもしれないと、MATAGIプロジェクト実行委員会を立ち上げたのは2013年4月のことだった。10月には実行委員会主催の『MATAGI展』というイベントを東京ソラマチで開催、プロジェクトの取り組み発表や特産レザー製品の展示販売をした。当時、産地の数は23地域だったが、以来、口コミで広がって、今や60産地になっている。
「現在、産地は全国の60地域にまで増えてきて、正直なところ産地さんによって温度差は違います。革になって戻ってきてもどう活用すればいいのかわからないという方もいらっしゃいます。MATAGIプロジェクト実行委員会も少し組織替えをして、もう少し皆さんにさまざまな支援、例えば、デザイナーさんが革の利用方法をご提案するといったことなどもできるような体制を整えていきたいと思っています」
本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。
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