トップページ > 環境レポート > 第58回「小さなビオトープだからこそ、悪い方向も含めて変化が激しくなり、豊かな学びを与えてくれる ~世田谷区等々力小学校のビオトープ授業の展開(人と自然の研究所)」
2015.03.06
11月末の晴れ渡った青空の下、世田谷区立等々力小学校の校庭で、5年生たちのカウントダウンのコールがかかる。
「じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ごー、よん、さん、にー、いち、…ゼロ!」
“ゼロ”の声に合わせて、雁音(かりおん)農産開発有限会社(宮城県大崎市田尻)の社長、小野寺實彦(おのでらみちひこ)さんがハンマーを振り下ろす。その瞬間、「ポーン!」という大きな爆裂音が校庭中に鳴り響き、小野寺さんを取り巻くように白煙が舞い上がる。
等々力小学校の秋の風物詩となった、ポン菓子づくりの一幕だ。
ポン菓子機のまわりに子どもたちが集まり、カウントダウンのコールをかける。“ゼロ”の声に合わせて、雁音農産社長の小野寺實彦さんがハンマーを振り下ろし、蒸気機関車型の機械の中の圧力を一気に開放して、ポン菓子を爆ぜさせる。
「本日は、子どもたちが春に田植えした稲が育って、無事に収穫できた喜びをみんなでお祝いするため、餅つきをしたり、ご飯を炊いたり、ポン菓子を作ったりします。楽しく収穫を祝うことで、また来年も頑張りましょうというのが、“ハレの日”である収穫祭の役割です。私たちも、6月の田植えに引き続いて、宮城からやってきました」
この日の収穫祭は、同小学校の5年生の田んぼビオトープの授業の一環として実施するもの。毎年、雁音農産の協力を得て、種籾の提供から田植えの指導、収穫祭と、年間を通じた授業を展開している。
朝から5年生3クラスの約90人が体育館に集まって、『収穫祭とお米の話』の講義を聞き、ごみの出ない農業の資源循環について教わった。その後、校庭に出て、すり鉢と擂粉木(すりこぎ)を使って、この半年間育てた米の籾摺りをする。さらに3クラスがそれぞれ順番に「餅つき&ポン菓子づくり」「ワラ縄ない」「ビオトープのトンボ学習」の3つに分かれてローテーションする。
餅つき&ポン菓子のグループでは、一臼分の餅つきを終えると、小さな蒸気機関車を模した「ポン菓子機」を取り囲んで、ポン菓子づくりを見守る。大きな音が鳴り響くと、校庭中に分散した各クラスの子どもたちの注目が集まる。さらに、校舎の中で授業を受けている他学年の子どもたちも、窓から校庭を覗き見て、興味津々だ。
収穫祭のこの日、等々力小学校の5年生3クラスが体育館に集まって、講師の小野寺ひかるさんの話を聞いて、『田んぼから生まれたものが、人の暮らしを支えながら自然界に還っていく様子』を学んだ。
校庭に出てまずしたのは、自分たちが育てたお米の籾摺り。子どもたちは、それぞれ自宅からすり鉢や網かごなどを持ってきて、擂り粉木(すりこぎ)で擦りながら籾を外す。ある程度外れてきたら、息を吹きかけると軽い籾殻が飛んでいって、手元に玄米だけが残る。
雁音農産開発有限会社は、「雁音米(かりおんまい)」と呼ぶ地域ブランド米の販売を担う事業体。周辺の農家50軒ほどが集まって、独自の販路を開拓している。
所在地の宮城県大崎市田尻は、雁など冬鳥の越冬地として知られる蕪栗沼(かぶくりぬま)【1】があることで有名だ。特にマガンは国内でも有数の飛来地となっていて、2005年には、周辺の水田と合わせてラムサール条約【2】の登録湿地にもなっている。
そんな地域特性を生かして、“いつまでも雁の鳴き声が聞かれる米づくりをしよう”と取り組んだことの一つに、雁音米のブランド化があった。「冬水たんぼ」と呼ばれる冬期湛水水田(とうきたんすいすいでん)【3】が有名だが、栽培方法のくくりではなく、生産者それぞれの取り組みを評価して、雁音米に参加してもらっているという。
「蕪栗沼周辺の取り組みでは、冬の間も水を張ったままにする“冬水たんぼ”を知っていただくようになっていますが、地域全体がそんな田んぼばかりになってしまうと、環境としては偏ってしまい、特定の生きものしか棲めなくなってしまいます。ですから、雁音米ブランドに参加していただくのに、冬水たんぼなどの栽培方法の指定はしていません。農薬を完全になくそうということでもなく、生産者がそれぞれに勉強して、どの農薬をどういうタイミングで使うと自分の田んぼにどんな影響が出るかをちゃんと考えながら選ぼうということでやっています。殺虫剤は周辺の生態系に影響が大きすぎるからやめようとか、消費者のニーズに合わせたり、地域生態系を見ながら農業経営に取り組んでいます。私たちも、できれば子孫代々と農家を続けていってほしいという思いはありますから、永続的な農業経営をしていくにはどうすればいいか、模索しながらやっています。そんな農家がいっしょになって取り組んでいこうというのが雁音米ブランドです」
そう説明してくれたのは、小野寺皇貴(こうき)さん。小野寺社長の息子さんで、今回はお子さん2人を含む家族3世代と従業員の総勢8名で東京までやってきた。
籾殻を燃料に使う竈で餅米を蒸す小野寺皇貴さん。
「子どもたちには、自分の食べているものについて、考え、気にしてほしいと思います。今、食べ物の価値基準って、どうしても経済性が強調されています。でも、それだけじゃない、いろんな価値観があることを知ってほしいし、そんな価値観を持ってほしい。例えば、ヨーロッパはオーガニックに理解がありますが、日本は食料がない時代から食糧増産でやっていたこともあって、食の安全や豊かさが後回しになってきたんじゃないでしょうかね」
最近になって食への関心も高まり、国産食材を求める人も増えてきているが、それが流行りになってしまうのは問題もあると皇貴さんは言う。
「商品に国産と表示されたものを選ぶ人も増えましたが、国産表示だけで判断されることが多いと思うんです。もっと自分が食べているものに意識を持ってほしいんです。あとから、え!?そんなものを食べていたの? ということがないように、もっときちんと考えてほしいと、生産者の立場からは思います。ファストフードやコンビニの食べものなどがやり玉にあがったりしますけど、それらの中にもすごく気を遣っているところはあります。中国産の食材でも、頑張って指導している会社さんもあります。そうした食への意識や姿勢を、できれば企業任せにするのではなく、家庭レベルでも考えてみていただきたいんですね」
お米でいうと、炊飯用のコメは、国産にこだわる人が多いため、外国産はあまり出回らない。一方で、米菓の原料としてかなり外国産米が入ってきていることを知らない人が多い。
「おかきやせんべいの原料として、外国産米が入ってきています。でもそれを知らないんですよね。そこは、きちんと知ってほしい。知って、選んで、食べてほしい。外国産だ、でもいいやというのならいいんです。でも食べてから、これ外国産だったの、いやだわというお母さんも結構います。ですから、私たちが関わることで、少しでもそうしたことを知るきっかけになればと思っています」
収穫祭の日、宮城県からワゴン車に荷物満載してやってきた雁音農産の皆さん。
田んぼビオトープの授業は、4年生のときに一年間学習した、ビオトープ授業を発展させた形で実施している。校庭の一角には、木々に囲まれた池を中心とした約9m2のビオトープがあって、4年生はそのビオトープで生きもの観察をしたり、より多くの生きものが暮らせるための環境づくりをしたりと、さまざまなことを学び、考えてきた。そして、そのビオトープの隣にあるコンクリートのマスで仕切った小さな田んぼが、5年生になって始まる田んぼビオトープの舞台になる。
ビオトープ近景。池を中心に、水草や木々が生えている。
左の木の茂った辺りがビオトープ。隣に、コンクリートの枠6つで仕切られた田んぼ、右端にはバケツ稲の一部が見えている。
5年生たちは、春に種籾から苗を作り、この田んぼと一人1つずつバケツの中に植えた稲を育てる。秋に実った穂を刈り取ってお米を収穫した後、毎年11月の末にお楽しみの収穫祭を開催して、一つの区切りを迎える。
この学習の特徴は、その名前が示す通り、コメ生産の場としての田んぼについて学ぶと同時に、生きものにとっての棲息・採食場所というビオトープ的観点で捉えた学習をも展開することにある。人の手が入ることでかく乱される田んぼだからこそ、生きていける生きものがいることを学ぶのも目的の一つ。だからこそ、地域の環境への影響を考え、調べながら持続可能な農業経営をめざした実践取り組みを行っている雁音農産をわざわざ宮城から招いて、稲づくりの技術を習うとともにその思いを聴くことを大事にしている。
学校と雁音農産の橋渡し役を務めたのが、2007年から4年生のビオトープ授業の外部講師として同校で指導に当たるビオトープ管理士の三森典彰さん。小野寺皇貴さんが、学校との関わりについて説明する。
「実際に関わり出したのは、震災の前年の2010年からでした。以来毎年、田植えと収穫祭に合わせて、宮城から駆け付けています。それ以外の日常的な管理的などについては電話やメールなどで連絡をいただいて、その都度対応していますし、それこそ三森さんがビオトープの授業などで来られるときに水管理を気にしてくださったり、調べ学習など日常の学習は先生方が進めてくださったりしています」
収穫祭は、当初は餅つきでもしてもらえないかという話だったが、せっかくやるならこんなこともやってみたらと提案して、盛りだくさんのプログラムになっていった。中でも、ポン菓子機は注目度抜群。市販品のように味つけはしていないが、ほんのり温かいできたてほやほやを目の前に、子どもたちは「おいしい!」と満足気だ。
きっかけをつくった三森さんが、そもそもの経緯について紹介する。
「最初、学校では近所の種苗業者から苗を提供してもらって、バケツ稲の学習をしようとしていました。でも、そうした学習の中には、できた稲を家に持ち帰って終わりというところもあって、脱穀・籾摺りなどもしないから玄関に飾って終わりということもあるそうなんです。ちゃんと食べるところまでやらないなら、アサガオでも何でもいいじゃないか、食べられるものを育てておいて、また一方では食育といっておきながら、最後口に入れるところまで教えないのは、不完全じゃないかと思ったんですね。だったら、脱穀も籾摺りも授業の中でやって、楽しいこととしてお米を持ち帰ってもらえれば、お家で炊き込んでもらったりもできますよね。だからこそ、農業のことも生きもののことも、いろんなことを総合的に伝えられる人が必要なんじゃないかと思って、雁音農産さんに協力をお願いしたのです」
田んぼでは、ササニシキとひとめぼれを育てている。どちらも大崎市内にある農業試験場で宮城の気候風土に合わせて開発・育成された品種だ。初期生長やあとからの生長の仕方など、それぞれ特徴的な育ちの違いが見えてくるのもおもしろい。一方、子どもたち一人ひとりのバケツ稲では、それぞれ好きな品種をえらび種から育てた苗を植え、水やりや草取りをきちんとできていたかどうかの結果が秋に刈り取った後の収穫量として如実に表れてくる。
理科教育でもあり、社会科や道徳としての側面もある。毎年、3月には学習の成果をまとめて発表をしているが、そのまとめや発表が国語力をつけることもつながるから、総合的な学習として質の高い学習が実現する。
収穫祭の日、刈り取った後の田んぼから二番穂が伸びてきていた
ここで少し、田んぼビオトープに先立って4年生の一年間で実施しているビオトープ学習について紹介してみたい。
11月の収穫祭から遡ること約1か月の10月末、ビオトープのまわりに集まったのは、4年生のあるクラス。この日はこれからビオトープ池の底から泥をさらうことと、まわりの木の枝切りの作業をすることになった。講師は、三森典彰さんをはじめとする人と自然の研究所のスタッフたち。当初は9月末に実施する予定だったが、荒天のため順延。迎えたこの日は、朝から晴天、絶好の作業日和となった。
朝の1限目から、4年生の3クラスが1時限ずつ交代で校庭に出てきて授業に臨む。最初に出てきたのは、4年3組の約30名。三森さんが、この日の作業について説明する。
「今日は、皆さんにビオトープの環境改善の作業をしてもらいます。みんな、1学期からビオトープの勉強をしてきたからわかっていると思いますが、実はあまりいい状態ではありません。今、だいぶ木が枝を張り出してきて暗くなっています。暗い環境を好むオオシオカラトンボなどは、みんなも1学期に見たようにビオトープに飛んで来ていますが、明るい環境を好むシオカラトンボやアキアカネを呼び込むには明るい水面が飛んでいるトンボから見えている必要があります。それにビオトープには落ち葉や泥も溜まり生きものが暮らしにくくなっています。…お!トンボがやってきた。捕まえられたらヒーローだよ!」
ちょうど子どもたちの前をぐるりと回って、一匹のトンボが校舎の壁に着地した。男の子が慎重に手を伸ばして、捕まえる。
ちょうど子どもたちの目の前に飛んできた赤トンボ。産卵準備OKだ。
「これ、何トンボかわかるかな? そう、アキアカネ、それもメスですね。ということで、学校の中にもすでに赤トンボが産卵準備OKの状態でやってきています。赤トンボは、開けた明るいところに卵を産みに来るタイプのトンボです。なので、今日はまず、木影が多くなってきているビオトープを明るくしてあげたいと思います。それと、水の中にも落ち葉がたくさん積もって、池の底の状態もあまりよくなかったので、一度干してあります。底の泥をあげて、その時に見つけた生きものをレスキューしてあげてください」
ビオトープの脇には、田んぼのマスが6つある。すでに稲刈りも終わった田んぼマスの半分は水を抜いて、ビオトープ側のもう半分には水を貯めてある。池からさらった泥は水を抜いた側のマスに入れ、レスキューした生きものを水の貯まったマスの中に逃がす。
「この泥は、来年みんなが5年生になって田んぼの授業をやるときに、6つのマスに均等に混ぜて使います。ビオトープの底には落ち葉が溜まっているから栄養たっぷりになっていて、池ではヤゴなどの生きものが暮らしにくい環境になってしまう原因になるんだけど、稲にとってはすごくいい状態です。この泥上げ作業は、もしかしたら3組のみんなしかできないかな。1時間目だけで泥さらいが終わったら、他のクラスは木を切ったりするだけになるかもしれないので、そのつもりで、あとで他のクラスに自分たちが何をやったか、三森さんたち以外からも教えてあげられるようにしてください。それと、今日は枝も切って、だいぶ明るくなりますから、全クラスの活動が終わったあと、お昼以降にもう一度、ビオトープがどうなっているか、見に来てくださいね」
一通り説明を聞いて、さっそく子どもたちは作業にかかる。池の中でバケツに泥をすくうグループ、すくった泥を田んぼのマスまで運ぶグループ、運んだ泥をあけて生きものがいないか探してレスキューするグループ、それと池の周りで木の枝を切るグループ。時間で区切って作業担当をローテーションして、すべての作業を体験する。
水を抜いた池底の泥をすくって、収穫を終えた田んぼにあける。
池のまわりに茂った木を切って、明るい空間をつくる。
「あ!いたいた! これヤゴだ!」
泥を運んできた子も、思わず振り返って覗き込む。
「バケツから泥をあけたあと、ある程度落ち着いてくると(生きものが)動かなくなっちゃうからね。最初に泥を入れたタイミングでびっくりしているところを見つけるのがコツだよ」
作業を見守りながら、三森さんが生きもの探しのコツについてアドバイスする。
女の子が、掌に乗せたヤゴを見せてくれる。もぞもぞと動いて、手にうっすらと泥の跡が残る。
「くすぐったい?」
「ううん、かわいい。好きだもん!」
そういって満面の笑みを浮かべる。
ビオトープの生きもの観察(7月14日)
「あれ、二番穂が出てる。次の稲ができている。こういうのを本来は雁や白鳥が食べるんだよね」
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