トップページ > 環境レポート > 第72回「都心部だからこそ必要なみどりへの取り組みは、都市の自然のポテンシャルを再評価することでもある(豊島区教育委員会の環境教育の取り組み)」
2016.05.20
豊島区で「都市型環境教育」の取り組みをはじめた背景には、平成20年11月に豊島区が中野区を抜いて人口密度日本一になったことが一つのきっかけにある。池袋駅の1日の乗降客は約250万人を超えて新宿駅に次ぐ国内第2位。緑地が少なく、人口の集中した高密都市というのが豊島区の地域特性の一つにある。対策として平成21年に始まったのが、高野之夫豊島区長が“10年間で10万本の木を植える”と宣言した、「グリーンとしま」再生プロジェクトだった。10万本の植樹を実現するために植樹候補地の一つとして白羽の矢が当たったのが、小中学校の敷地。教育長の三田さんにも協力の要請が寄せられた。
「豊島区の教育長として赴任して最初の仕事が、1万本の木を学校に植えるという計画を進めることでした。区長の計画に対して、校長会では“学校にはもう木を植えるスペースはありません”と話が噛み合いませんでした。区長から“教育長、何とか校長会に協力してもらえるように指導してほしい”と言われたのが最初のきっかけになりました」
こうして動き始めた「グリーンとしま」再生プロジェクトでは、初年度の平成21年に区立小中学校全校で合計1万本を超える植樹を実施した。翌年以降にも区施設や区立公園・児童遊園などで毎年植樹を行って、これまでに合計約5万6千本を植えてきた。
「学校もそうですが、本当に植える場所がないので、かなり密植させてようやく1万本を達成しました。今や公共用地もほぼすべて植樹を終えていますから、区民の皆さんや事業者の方々に苗木を配ったり、植えた後の苗木を手入れたりする“育樹”にも力を入れています」
植樹というと、よく卒業記念に植えるケースがある。ただそれだと、植えた後の木とのふれあいや関わりはほとんどなく、卒業して数年経って母校を訪ねた機会に思い出にふけるくらいが関の山だ。
「豊島区の学校には、卒業記念ではなく、入学記念の植樹をする学校もあります。そうすると、小学生なら在校中の6年間にわたって育樹ができるわけです。自分たちの植えた木がちゃんと元気に育ってほしいと、子どもたちは当然思いますよね。そんな体験が大事ですし、それこそが植樹の後の“育樹”なのです。植樹と育樹は一体のものなのですよ。植樹をした子どもたちが、卒業するまでの間ずっと、“この木、どのくらい大きくなるかな”とか、“この木にどんな虫が寄ってくるかな”、“鳥が飛んでくるかな”などと見守っていきます。卒業するときには、“ぼくらが育てたのはここまで、あとは後輩たち、頼むよな”と下の学年の子どもたちに引き継ぎます。そんな木とのかかわりが、自然をつくっていくのです。自然というのは与えられたものだけじゃなくて、人間がつくってきて今は自然になっているというのもたくさんありますよね。確かに今、豊島区の緑被率は低いかもしれませんけど、学校の限られた環境の中でもそうして努力していくことで緑の環境ができていくということを子どもたちにも感じてほしいのです」
「いのちの森」植樹目標と実績(出典:「グリーンとしま」再生プロジェクトニュースレターVol.1(平成27年11月発行))
環境教育は、不易のものだと三田さんは言う。地球上に生きている限り、人類はずっと地球環境に向き合っていかなくてはならない。思い付きでやるものではないし、アドバルーン的に打ち上げてその時・その場限りで終わってしまってはならない。
「環境や自然を友とする人間の生き様そのものが環境教育だと思うのです。そう考えたら、どうやって環境負荷を減らしていったらいいんだろうという知恵がいっぱい出てきます。子どもたちでも参加しようと思えば気軽に参加できて、なおかつやればやるほど熱くて深くて広い、味のあるものが環境教育であってほしいと思っています。これは、人間が生きている間の永遠のテーマだと思うくらい、重みのあるものだと思うのです。森は100年育ててやっと1歳とも言われます。せめてそれまでは、子どもたちに手厚く伝えていきたいという思いをもって取り組んでいます」
現在、東京都では、平成24年1月に実施方針を策定した「木密地域不燃化10年プロジェクト」が進行している。首都直下地震の発生が切迫感を持って予測されるとともに、東日本大震災の被害も踏まえて、東京の最大の弱点である木密地域の改善を加速化させようというプロジェクトだ。区画が狭く、入り組んでいる住宅密集地を再整備して、防火遮断帯として広い道路を整備する「特定整備路線」が28地区で計画されている。そのうちの7路線が豊島区内にあるから、今後、道路が整備された段階で、道路沿いに街路樹を植えていくことになる。
こうした幹線沿いの街路樹が、大学や霊園、規模の大きな公園など点々と散らばる緑の拠点を線につなげることで、“みどりのネットワーク”の形成と拡充をめざす。それとともに、苗木の配布などによる民有地での植樹を進めて、緑化への関心を高め、みどりを通じた人的ネットワークをつくっていくことも大事だと三田さんは話す。
たまたま本屋で見つけた学術書に、豊島区大塚地区在住の昆虫学者の本があったという。自然豊かな尾瀬と都市部の大塚を比較して、決まったルートを1時間歩いた中で出会った昆虫の種類と数を記録したものだ。
「尾瀬と大塚ではどちらの方に昆虫がたくさんいると思う?」と子どもたちに聞けば、ほとんどの子が「尾瀬!」と言う。大塚地区は都電が走るのどかな風景が広がるものの、尾瀬のような大自然があるわけではない。ところが、通年で比較した結果は、大塚の方が尾瀬よりも倍ほども多いという結果が出たという。
「科学者なので、原因について考察していました。曰く、尾瀬の自然というのは、優れている面と厳しい面があるのです。緯度も標高も高いので、昆虫にとって厳しい環境ですから生存率は高くはありません。しかも草花の開花時期も限られています。ところが大塚は、温暖で、なおかつ地域の皆さんが家庭で栽培している花壇や鉢などに年中花が咲いていますから、昆虫にとって餌源となる植物は豊富にあります。都会だからといって、必ずしも昆虫が棲めないということではなく、棲める環境さえ作ってあげれば昆虫が集まってくることを、私自身、改めて感じました」
実際に、区内の学校でビオトープを造成すると、一年もしないうちに生態系ができあがっていく。
「持続可能な地球環境にしていくためには、豊島区のような都会でもこれだけのことができると、「都市型環境教育」に取り組んできましたから、私自身確信をもって進めてこれましたし、子どもたちも素直にわかってくれています。先生方も共感してくれていますから、区内でどんどん環境教育が広がっています。結局、理想形の環境を求めて環境教育はできません。だから、いま現実にある、身の回りにある環境素材が教材化できるかどうかというところを大事にしながら、これからも取り組んでいきたいと思っています」
豊島区教育委員会の三田一則教育長。庁舎7階の執務室にて。掲げているのは、区内小学校のエコ改修の計画図面。今年度完成予定を含めて、三田さんの在任8年目で5校の学校改築が完成することになる。
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