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2016.06.03

第73回「二重柵に囲まれ厳重に管理される“植えてはいけないケシ”の、年に一度の外柵開放(東京都薬用植物園)」

繁殖力の強いアツミゲシ ──都内では毎年数万本が抜き取り処分している

 圃場の奥の方には、別のケシも植えている。その1つが、あへん法で規制されるもう1種、パパベル・セティゲルム(Papaver setigerum)種と呼ばれる北アフリカ原産のケシだ。ソムニフェルム種よりも小ぶりで、試験区の中ではすでに花が終わってケシ坊主(果実)になっている株が多くを占めるこのケシは、かつて愛知県の渥美半島に帰化して大量に繁殖したことから、和名をアツミゲシという。繁殖力が非常に強く、各地で自然に生えてきて、見つけるたびに、保健所職員や麻薬取締員が抜き取って埋没処分をしている。

花期を終えてケシ坊主をつけるアツミゲシ。
花期を終えてケシ坊主をつけるアツミゲシ。

 アヘンを採るために意図的に密栽培等されているというよりも、造成した土の中にたまたま種が混入していて生えてくることが多い。薬用植物園でも、試験区の一角に大きな穴を掘って、毎年2~3万本も埋めているというから驚きだ。中村さんが、未熟なケシ坊主を1つ採って、中を割ってみせながら説明する。
 「アツミゲシがなんでそんなに大繁殖するのか。このケシ坊主を見るとよくわかるように、種がぎっしりと詰まっています。1ミリほどの小さな種が、5千から1万個くらい入っているのです。種子のすべてが育つわけではありませんが、それでも翌年にはその場所で何十倍・何百倍ものケシが生えてくることになります。保健所職員や麻薬取締員の人たちは、アツミゲシが見つかったら──住民の皆さん方から生えていると連絡が入ったりしますので──、すぐに現場に出かけて、植えてはいけないケシかどうかを確認して、抜き取って薬用植物園で廃棄処分するのです」

ケシ坊主(果実)の中には、1mmほどの小さな種が5千~1万個ほど、ぎっしりと詰まっている。
ケシ坊主(果実)の中には、1mmほどの小さな種が5千~1万個ほど、ぎっしりと詰まっている。

埋没処分のために掘られた穴。“植えてはいけないケシ”が生えているのを見つけた際には、抜き取って持ち込まれて、この穴に埋められる。
埋没処分のために掘られた穴。“植えてはいけないケシ”が生えているのを見つけた際には、抜き取って持ち込まれて、この穴に埋められる。

 これらの植えてはいけないケシを見分けるポイントがいくつかあると中村さんは言う。
 「まず1つ目のポイントは、毛の有無。茎や葉っぱや蕾などが毛深いかどうか。どちらも毛は生えているのですが、毛深くびっしり生えているかどうかがポイントです。植えてはいけないケシは、毛深くはありません。見分けるポイントの2つ目は、葉っぱのつき方です。葉っぱが茎を抱くようについているのが、植えてはいけないケシです。3つ目も同じ葉っぱなんですけど、葉っぱの切れ込みのところ(ギザギザの部分)が浅いのが、植えてはいけないケシを見分けるポイントになります」
 柵の外には、法律で栽培が禁止されていないケシも比較対照のために栽培してある。春先に色とりどりの花を咲かせるポピーは、実はケシ科植物の総称だ。日本では麻薬の原料になる“植えてはいけない”ものを「ケシ」、麻薬成分を含まない“植えてもよい”ものを「ポピー」と呼び分けている。園芸植物として植えられる花だから、単純に花を楽しんで眺めるだけでもよいが、茎やつぼみの毛の生え方や、葉っぱの付き方と切れ込みの様子などを観察しながら、植えてはいけないケシと植えてもよいケシの見分け方のポイントについておさらいするための教材としても活用されるわけだ。

アヘン法ではなく、麻薬及び向精神薬取締法で規制されるケシ

 一貫種と呼ばれるパパベル・ソムニフェルム種と、和名アツミゲシのパパベル・セティゲルム種の2種が、あへん法によって栽培及び所持が規制されているのに対して、薬用植物園のケシ・アサ試験区で栽培されている3種類の“植えてはいけないケシ”の最後の一つは、あへん法ではなく麻薬及び向精神薬取締法によって栽培や所持が規制されている。パパベル・ブラクテアツム(Papaver bracteatum)種と呼ばれるこのケシは、和名をハカマオニゲシという。
 「ハカマオニゲシは、花びらの下に苞葉という葉っぱが5枚から7枚付いていて、これらが服の袴に似ていることから、ハカマオニゲシと名付けられました。英名のオリエンタル・ポピーとして知られる園芸種の“植えてもよいケシ”であるオニゲシとよく似た花をつけますが、いくつか違いがあります。まずは、ハカマオニゲシの名前の由来にもなっている、花びらの下の苞葉(ほうよう)。それと花の色が深紅の鮮やかな色をしていて、花びらに黒い特徴的な模様が入ります。さらに、蕾の萼片(がくへん)に毛が生えていて、その毛が上を向いています。オニゲシは、鬼のように毛が立っていますが、ハカマオニゲシの萼片の毛は、上向きに伏しています」

 これら3種のケシは、どの種も概ね秋口の10月頃にポットに植え付けて、その後、苗を圃場に移し替える。春先からぐんぐんと伸びはじめて、最終的に1メートルから1メートル50センチくらいにまで生長する。
 「4月下旬頃に花芽が付き始めると、芽かきという作業をします。摘花(てきか)とも言います。ケシは、花が終わったあとにできたケシ坊主に傷をつけてアヘンを採取するのですが、最初、果実になる蕾は1つの茎にいくつか出てきています。これらのうち、脇から出る花芽を4月の下旬頃にすべて摘みとってしまいます。なぜそんなことをするかというと、最終的にケシボウズからアヘンを採取するときに、できるだけ一つの茎に1つだけの蕾にしてあげることで、できあがる果実が大きくなって、より効率的にアヘンが採取できるからです」

鮮やかな深紅色の花が特徴的なハカマオニゲシは、あへん法ではなく麻薬及び向精神薬取締法で栽培や所持が規制される。

鮮やかな深紅色の花が特徴的なハカマオニゲシは、あへん法ではなく麻薬及び向精神薬取締法で栽培や所持が規制される。

鮮やかな深紅色の花が特徴的なハカマオニゲシは、あへん法ではなく麻薬及び向精神薬取締法で栽培や所持が規制される。

ケシ坊主に傷をつけて出てくる乳液から、麻薬成分のアヘンが採取できる

 ケシのミニ講座では、実際に一貫種の果実(ケシ坊主)に傷をつけて乳液がにじみ出してくる様子を見せながら、アヘンの採取方法についての説明もあった。
 傷口から出てくる白い乳液は、5分くらい経つとだんだん茶色になって固まってくる。それをヘラでかき取って集めて、日本では竹の皮の上に載せて乾燥させるという。竹の皮を使うのは、薬成分と反応しないというのが1点と、竹の皮の凹凸によって集まったアヘンを剥がしやすいためでもある。
 「こうして集めたアヘンがだいたいどのくらいかというと、この畑全体で、実は100グラムくらいしかありません。これだけ育てても採れるのはほんのわずかな量だけです。採れたアヘンはすべて国に納めて、買い取ってもらいますが、その値段はだいたい4000円ちょっとくらい。一生懸命世話して、やっと4000円くらいのお駄賃が出るということです」
 国に納められたアヘンは、製薬企業に渡り、アヘンアルカロイドに含まれるモルフィネ・コデイン・テバインという麻薬成分を精製する。モルフィネは医療用麻薬に、コデインは、加工して咳止め薬や風邪薬として使う成分の一部として、テバインからは薬用の合成麻薬が作られ、それぞれ利用さている。
 「こうして、ケシから採ったアヘンアルカロイドが麻薬や家庭麻薬を精製して医療用に使われます。今や私たちの暮らしになくてはならないものといえます。ただ、気を付けないといけないのが、ヘロインも作ることができることです。ヘロインは、皆さんご存知の通り、非常に怖い薬物で、覚せい剤より何十倍も強い依存性を持つとても怖い薬物です。なので、アヘンは法律で、栽培するのに許可が必要になっているわけです」
 日本全体で生産されるアヘンは、現在は約1キログラムに過ぎない。ほぼ10分の1が東京都薬用植物園から採れている計算だ。その1キロで日本国内の医療用麻薬の需要をまかなえるわけではなく、ほとんどは海外からの輸入品が使用されている。2015年はインドから約78トン輸入した。毎年それだけの量を輸入して、医療用の麻薬をつくっているのが日本の現状だと中村さんは説明する。

ケシ坊主に傷をつけると白い乳液が流れ出てくる。この中にアヘンアルカロイドが含まれている。
ケシ坊主に傷をつけると白い乳液が流れ出てくる。この中にアヘンアルカロイドが含まれている。

白い乳液は、しばらくすると茶色く変色して固まっていく。
白い乳液は、しばらくすると茶色く変色して固まっていく。

 ケシのミニ講座を終えたあと、正門を入ってすぐのところに設置されているガラス栽培室に向かう。冷房室のガラス越しに、ちょうど花が見頃を迎えた青い花のケシが咲いているのをのぞことができた。ヒマラヤやチベットなどの高山地帯原産で、「ヒマラヤの青いケシ」とも呼ばれるこの花は、麻薬成分を含まないため、植えてもよいケシに分類される。ただ、低温性で寒さに強いかわりに暑さには弱く、種子の発芽率も悪いため、栽培は非常に難しく、“幻の花”とも形容される。

 魅惑のケシの世界が垣間見られる東京都薬用植物園、ぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。

ガラス栽培室のガラス越しに望む「ヒマラヤの青いケシ」。

ガラス栽培室のガラス越しに望む「ヒマラヤの青いケシ」。

ガラス栽培室のガラス越しに望む「ヒマラヤの青いケシ」。


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