トップページ > 環境レポート > 第81回「ぼうぼうに荒れた森に毎月通って、1本ずつノコギリで木を伐っていく。そんな地道な、でも本格的な山仕事を中学校の部活として取り組むことの意義(三鷹市立第二中学校「地球環境部」)」
2017.02.28
JR三鷹駅または隣の武蔵境駅から路線バスに乗って10数分ほど、バス通りから閑静な住宅街の中を抜けていくと、三鷹市立第二中学校の正門が見えてくる。ある火曜日の放課後、校舎北棟の2階の端にある理科室に案内されると、地球環境部のメンバーたちが集まっていた。
「なんとですね、今日は地球環境部テストの第二弾、『林業技術編』を持ってきました。林業技術の観点で、ごくごく基本的な技術や知識について解説してあります。一部空欄があるので、まずは各自で埋めてみようか」
顧問教諭の宮村連理(みやむられんり)さんが生徒たちに声をかけながら、冊子に綴じられた『地球環境部テスト(林業技術編)』を配っていく。表紙には、“地球環境部の部員として最低限知らねばならない知識”と書かれている。手にしたテストを開いた生徒たちは、一様に戸惑いの表情を浮かべる。
「これ、無理でしょ!」
開いてすぐにあきらめ顔の子もいる。
「でも、ここに書いてある通り、この中の知識がないのに山の現場に出て行っても恥かくだけだからね。さあ、やってみて、わからないところは飛ばしてもいいから!」
宮村先生が励ますように声をかけていく。
三鷹市立第二中学校地球環境部の活動の様子。この日は、『地球環境部テスト』で林業の基礎知識と技術のベースについておさらいをした。
テストを覗き込むと、中学生用としては、なかなか本格的な内容だ。
まずは、天然林と人工林の違い、なかでも木材生産を目的とするスギ・ヒノキ林と、里山とも呼ばれて日々の暮らしに活用されてきた薪炭林との違いから始まり、戦後の木材需要の増加によって植え替えが進んだこと、ところがその後は、需要低下や輸入材による価格の低迷によって放置されるようになっていった森の歴史がひも解かれていく。そんな背景を受けて、高機能林業機械の導入や効率的な作業道の敷設と製材・製品化による林業の復興・再生の取り組みが進むとともに、都市住民による森林ボランティアの活動のはじまりについて解説し、地球環境部が参加する森林ボランティアの活動へとつなげていく。後半部は、まさに林業技術そのもので、間伐・造材の目的や選木の仕方、受け口と追い口を刻んで伐倒方向を制御する方法について空欄を埋めていったり、間伐時や枝打ちの際にどの位置で見ているか(立っていてはいけない場所はどこか)を図に記入したりする問題もある。間伐データの収集では、胸高直径と木1本1本に付けてあるナンバリングを確認したり、照度や空隙率を求めて間伐作業の結果を評価したりする作業方法についても解説する。
『地球環境部テスト』の表紙(左)と中身(右)。中学生の部活レベルとは思えない、本格的な内容だ。ちなみに、第一弾は生態系編。学校ビオトープづくりと管理に際して押さえておくべき基礎知識をおさらいする内容だ。
しばらくそれぞれで考える時間を取った後、答えあわせを兼ねて全員で読み通していく。
「じゃあ、ちょっと見ていこうか。マジメに○付けしようとしたら1時間・2時間じゃ無理なので、ざっと見ていこうか。これね、どこかでちゃんとじっくり話そうと思っていたんだけど、天然林と人工林があるというのは知っていました? 君たち、人工林にしか行かないから、天然林を見たことがないでしょう」
天然林と聞いて、生徒たちが、“白神山地!”、“知床!”などと思い思いにあげていく。
「そう! …屋久島はちょっとあやしいけど、まあいいか。一方で、薪炭林というのがあるよね。里山といった方がわかりやすいかな。この辺にある武蔵野の雑木林というのは、里山のことです。あれはほとんど人間が植えた木なんですね」
かつて武蔵野の雑木林に覆われていた三鷹市内も、宅地化の進行とともに、残念ながらかつての面影はもはやそれほど残っていない。
「ぼくらが通っている相模湖の森は、ほとんどがスギ・ヒノキの人工林だけど、お寺の裏山の森の木は広葉樹ですね。落葉広葉樹。クヌギ、コナラ、ケヤキが多いかな、あそこは」
“テスト”で復習する机上の知識と、現場での体験をつなげながら、宮村先生が話を進めていく。“お寺の裏山”というのは、地球環境部でフィールドにしている森の一つ。地主が代替わりしたばかりの住職さんなので、通称「お寺の森」と呼ばれている。
「はい、じゃあ次行きますね。『多くの天然林は戦後、木材需要の増加により人工林に植え替えられました』。まあ、戦争に負けてですね、日本中が焼け野原になったので、家が必要になったわけですね。当時は木造の住宅しかなかったから、山の木をみんな切っちゃった。そこで、裸になった山にスギ・ヒノキを植え直したんだね。だから日本中至るところにスギ・ヒノキが植えられているわけなんです」
「そして花粉症が…」
すかさず、部員の一人が口を挟む。
「そういうことですね! 本当はもっとちゃんと手入れをしてやれば、スギ・ヒノキもあんなに花粉を出さないんだけど、子孫を残そうと思って花粉をいっぱい出すわけだな。ちょっと! 一番大事なところ、わかった? スギ・ヒノキはなんで花粉を出すの? たぶん必要以上に出していると思うよ」
生徒たちに問いかけながら、知識の定着を図っていく。
「…スギ・ヒノキは、子孫を残すために花粉をいっぱい出す…」
「だからそれはなんで? (…しばらく答えを待った後)全然わかっていない! はい、じゃあ先輩から正解をお願いします!」
「ええと、森の木が密植されているため、その木たちが生命の危機を感じて、もっと子孫を残さなきゃということで花粉を多く出しているんです」
春に入部して1年に満たない1年生たちにとってはあやふやな知識も、2年目になる先輩たちは現地での実体験をベースに、確かな知識として身につけているようだ。
「そうですね。生命の危機に瀕していると思っているんじゃないのかな。だってこれだけ混んでひょろっとした木になっちゃうと、明日枯れるかもしれないし、明日折れるかもしれないというわけです。はい、じゃあ次行きます」
「拡大造林という政策で、スギ・ヒノキを植えなさいと。昔は、苗を植えたらお金がもらえたらしいよ」
「ああ! 儲けられたのに!!」
「昔の話ね。うちらは、今、森の木が手入れされてなくて困っているじゃないですか。昔、戦後の頃は木がめちゃ高い値段で売られたわけよ。みんな切っちゃって、なくなっていたから。木を3本切って市場に出せば、1か月は遊んで暮らせたなんていう地主さんの話を聞いたことがあるよ。そういう時代があったわけ」
「え~! すげえ!」
「しかも植えたらお金がもらえたわけでしょ。だから、今やどこに行ってもスギ・ヒノキが植わっている。なんでこんなところに植えたんだろうというところにも生えているよね。無理して植えたんです。がんばって。ぼくら世代ではいないけど、50代~60代以上の人で、子どもの頃に親に連れて行かれて山に木を植えたっていう人はいます。で、その人たちが大人になったら、相続しても森がわからないということになっちゃっている。ぼくらが森を借りているお寺の住職さんも、相続したけど、全然わからないって言っているよね。どこが自分の森かわからないからってことで、みんなで測量したわけです」
林業技術の作業行程についての解説では、“マスターソード”という聞き慣れない言葉が出てきていた。
「これ、森でいつも使っているあのでっかいノコギリをみんなはマスターソードなんて呼んでいるけど、そもそもなんていう正式名称なのよ?」
宮村先生の問いかけに、生徒たちからはそっけない答えが返ってくる。
「正式名称なんて使いません!」
「使わなくてもいいけど、知っておいてほしいんだ。君らはマスターソードなんて言っているけど、森のおじさんたちに『マスターソード、どこですか?』なんて聞いても通じないよ。君たちだけです、そんな言い方してわかるのは。だから、ちゃんとした正式名称も知っておかないといっしょに活動していられないじゃない」
「大きなノコギリは、マスターソードではなく( )」(『地球環境部テスト』より)。答えは、「ZORIN(ぞうりん)」。
地球環境部で「マスターソード」と呼んでいるノコギリは、写真のような林業用ノコギリ。刃渡り370mmにもなる間伐や森林ボランティア用に開発されたノコギリの商品名は、その名も「ZORIN(ぞうりん)」。刃先に行くほど目が荒く、木に食い込んでグングン切断できる。
ここ三鷹市立第二中学校で地球環境部の活動が始まったのは、宮村先生が赴任してきた2年前にさかのぼる。
「もともと園芸部があって、畑仕事や芝生管理をしていたんですけど、その先生がちょうど異動して、代わりの理科の教員としてぼくが赴任することになって、そのままやってくださいよという話になりました。わかりました、でも名前を変えていいですかということで、二中の『地球環境部』が始まったのが27年度のことでした。前の赴任先の杉並区立高井戸中学校でも『地球環境部』をずっとやっていましたから、その続きという形ですね」
実は宮村先生、本業の中学教諭の傍ら、学生時代からかかわってきた森林ボランティアNPOの副代表理事を務めている。神奈川県相模原市緑区相模湖周辺の民有林等の森林をフィールドに、自分自身が汗を流して活動するとともに、学校の部活を立ち上げて、生徒たちといっしょに活動しているわけだ。『地球環境部テスト』の答え合わせで出てきた“お寺の森”というのも、NPOが管理しているフィールドの一つ。嵐山と呼ばれるスギ・ヒノキ林とともに、現在のメインフィールドになっている。
二中の地球環境部は、ちょうど2年目が終わるところだが、かつての学校の活動も入れると、2003年頃から始めて、すでに13年目になるという。
前任校で地球環境部に所属していた生徒たちは、卒業後も継続的なかかわりがあり、週末には相模湖のフィールドに通ってきている。高校生・大学生になった、“地球環境部”の先輩たちと、現役中学生の地球環境部のメンバーたちとの、地域や年齢を越えたつながりもできている。
「子どもたちは森でいっしょに作業しているので、結構仲良くなっています。部活として引退して終わりじゃなくて、森に行けば同じようなことをずっと続けているので、卒業しても気軽に来て参加できるのもこの活動の特徴です。卒業生はそれなりにスキルも高いので、ちょっとこのチームの面倒を見てくれよという感じで面倒見てもらったりできるんですよ。かなり重宝しています」
中学生を指導する高校生。頼りになる“先輩”たちだ。
プロによる指導が得られるのも、地球環境部ならではの活動だ。
地球環境部の活動は、平日は月火木の週3日間、放課後の16~18時に行っている。ただ、メインの活動は、毎月第一・第三日曜日に通っている、神奈川県相模原市緑区相模湖周辺の森での“きこり作業”だ。宮村先生が所属するNPOのフィールドの一部を責任もって担当する。
いわゆる森林ボランティア【1】の活動をしているわけで、中学生の部活とはいえ、単なる体験活動にとどまらない。ぼうぼうに荒れはてた山の中に連れて行き、木を伐りながら自分たちの手で森の環境を変えていく。そんな経験こそが、森と関わることだし、そうして変わっていく森の姿を目の当たりにできることが中学生たちにとっても大きな手ごたえになっている。
NPOで管理している森は、昨年(2015年)まで10年間にわたって国際森林管理認証であるFSCのFM認証【2】をボランティア団体として世界で初めて取得してきた。今も10年間取り組んできた実績に基づく本格的な施業を行っているのが、同会の活動の特徴の一つにもなっている。
「FSC認証を取っていたレベルの森の管理の一端を、中学生が担っているのです。自分たちが責任もって管理しなきゃいけない区画というのが1haとか2haあって、そこに毎月毎月通って、山仕事の作業をする。これらの区画は、すべて地図上で地番に分けられていて、そのうちの何番と何番の地番をぼくら地球環境部が担当するといった感じで決めてあります。植わっている木の本数も全部数えてあって、524本ある木のすべてに番号を振ってあり、今日は何番と何番を切ったなどと記録していきます。当初の本数の3割ほどを切る計画なので、残りあと何本切るのかデータで管理していますし、切った木も、樹高や直径を測って、森の生長量より多く切り過ぎていないかを確認しています」
年間生長量はあらかじめ計算してあるから、切った木の材積を算出して、年間生長量との比較によって切り過ぎていないかが確認できる。FSC認証の要件として、こうしたデータによる管理も求められてきた。
そうした本格的な施業を中学生にも求めている。昨年までは実際に認証も取得していたから、雑なことをやって落とされたらどうするんだといったプレッシャーも現実的にあった。同じフィールドで活動する大人たちと同じクオリティの作業が求められるが、それが逆に中学生たちを本気にさせることにつながっている。中学校の部活動として参加しているものの、NPOのメンバーの一員でもあり、森を預かる責任もある。山主さんの期待にも応えなければならない。
手鋸を引いて、間伐。
間伐後には、直径や樹高などのデータを収集して、材積を計算する。FSCの森林認証と同じレベルの施業を行うためのデータ管理だ。
GPSで調査。
ポケットコンパスでの測量。
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