トップページ > 環境レポート > 第83回「木に対して興味もなかった子が、少しでも木に気持ちを向けてくれる瞬間を感じるために(日本建築学会と杉並建築士会の木のプログラム)」
2017.04.07
「はい、今日は月曜日に引き続き、建築士会の皆さんに来ていただいて『木のパワーを探ろう』の授業を行います。初めていらした方もいますので、お名前のご紹介から、お願いします」
杉並区立杉並第八小学校(以下「杉八小」)6年1組の担任教諭、中野富雄先生の言葉で、この日の授業が始まった。校庭に出てきた6年1組、総勢21名の子どもたちの前には、東京建築士会杉並支部所属の一級建築士5名が立ち並ぶ。進行担当の大坂岳志さんが今回のメンバーを紹介する。
「おはようございます、大坂です。私は一昨日も来ましたので、新しく来た人を紹介します。隣にいるのが大石さん。その隣、滝澤さんは覚えていますよね。構造設計の人です。その向こうが小野間さん。そして、一番向こうにいるのが、山内さんです」
大坂さんが一人一人紹介し、各自が一言ずつ挨拶をする。
授業開始に向けて打ち合わせをする東京建築士会杉並支部のメンバーたち。左から、山内洋(やまのうちひろみ)さん、滝澤章三(たきざわしょうぞう)さん、小野間萌(おのまもえ)さん、大石光良(おおいしみつよし)さん、そして全体進行を務めた大坂岳志(おおさかたけし)さん。
木の身体測定の授業に当たって、樹木の生長の仕組みや貯め込んだ炭素について説明をする大坂岳志さん。
「今日は、この5人が各班に付いて、いっしょに“木の身体測定”をします。皆さんには、木の身長と体重、それからウエストまわりを測ってもらいます。どうやって測るか、それはこれから説明しますが、その前に、皆さんは木が生長する仕組みについて習いましたか?」
子どもたちから、「水!」「日光!」「二酸化炭素!」と声が上がる。
「そうですね。木が大きくなるその仕組みを、『光合成』と言います。木は、空気中の二酸化炭素を吸収し、光合成をして、酸素を放出しますよね。このとき、二酸化炭素の炭素分が、樹木の体になって貯めこまれていって、木がどんどん大きくなっていくのです。そこで今日は、木が貯め込んだ炭素の量を、木の身体測定をすることで計算したいと思います」
“木の身体測定”は、“身長”(木の高さ)と“ウエスト”(幹周りの長さ)を測って、円柱の公式で体積を算定し、木の樹種ごとの係数(容積密度)をかけて“体重”を算出する。ただ、身長を測ると簡単にいっても、頭上はるか高くそびえる木の頂点まで巻き尺を伸ばすことは不可能。そこで活躍するのが、三角定規にボール紙の筒をつけた“スコープ”だ。
「机の上に三角定規を置いて、筒から覗いて、ちょうど木の頂点が見える位置に机をセットします。その時の机から木までの距離を測ってやれば、直角二等辺三角形なので、木までの距離と木の高さが同じになるわけです。一つ注意が必要なのは、机に乗せて測っているので、実際の木の身長は、机の高さ分を調整する必要があるということ。さっき測ったら75㎝ありました。どうすればいいかな?」
ワークシートには数式や係数も書き込まれていて、測定値を当てはめていけば必要な値が算出できるようになっている。極力シンプルに整理をして、本当に伝えたいことに絞り込んでいく工夫だ。
木の身体測定の測定方法。
木の頂点に合わせて机の位置を調整したら、木までの距離を測って高さを算出する。
子どもたちが測定結果を書き込むワークシート。
三角定規にボール紙の筒を付けたスコープを覗き込む。
5班に分かれた子どもたちは、各班それぞれ、机1台と長辺50cmの特大三角定規にボール紙の筒をつけたスコープ、それと巻き尺を持って、校庭の端に植えられた木のもとへ向かう。各自が測定の結果を記入し、その後、触ったり眺めたりした観察結果を書き込んでいく。各班に建築士が1人ずつ付いて、子どもたちの測定や観測、教室に戻ってからの計算をサポートする。
机から木までの距離を測る。
測定後は、木の観察。ニオイは…?
針葉樹のサワラを調べた班。
ウメの木の測定。
校庭で実測した後は、教室に戻ってワークシートを使った身体測定の値算出。各班に付いて子どもたちをサポートする建築士の山内さん(左)と小野間さん(右)。
教室に戻って、木の体重や炭素固定量を計算。
黒板に張り出した模造紙に、各班の測定結果を書き込んでいった。
大坂さんたち東京建築士会杉並支部が関わって実施している杉八小の『木のパワーを探ろう』の授業は、全3日間のプログラムとして構成される。担任の中野先生の言葉にもあったように、この日の授業は、中日の2日目に当たり、間に1日ずつ挟んで、月・水・金の3日間、ちょうど1週間で完結する。
月曜日に実施された、初日のプログラムでは、“木に親しむ”をテーマに、オリジナルの木のトランプ【1】や1リットル大の木のブロックを使ったアクティビティを通じて“木の特徴”を感じ取った。
木のトランプというのは、さまざまな樹種の板をトランプのカード大に加工したもの。樹種ごとに、色味や模様などの違いがはっきりとわかる。
今回のアクティビティでは、樹種名が記されている面を伏せた状態で並べた木のトランプから、色味等を見ながら、同じ樹種と思う板2枚を子どもたちが取っていく。いわゆるトランプの神経衰弱だ。各自が取ったトランプをじっくりと観察して、自分なりに捉えた木の特徴をワークシートに書き込んでいく。色味や濃淡はもちろん、よく見ると木目の模様の規則性や詰まり具合も違っていることがわかる。触感やにおいなどについて表現する子もいる。
木のトランプカードなどプログラムのベースを開発したのは、日本建築学会子ども教育支援建築会議・学校教育支援部会のメンバーの一人、藤野珠枝さん。今回の授業には参加していないが、同小で6年前からはじめた木のプログラムには最初から中心的に関わってきた。
「一言で“木”といっても、いろんな種類があって、それぞれの特徴があることを知ってもらうための導入として、木のトランプを使っています。国産材でしかも実際に家具や建具に使っている樹種60種類以上で作ってもらいました。実は、トランプの中には緑色のシールが貼ってあるものがあります。校庭に生えている木の印として、付けたものです。身近な校庭の木と、“木のトランプ”の色や触り心地を結びつけて感じ取り、興味を持つきっかけにしてもらいたいのです。何十種類もある木がそれぞれいろんな特徴を持っていることが伝わってほしいと願ってつくった教材です」
杉八小でも、校庭に生えているすべての木を事前に確認して、樹木一覧のリストを作っている。校庭の木にはサクラやイチョウ、キリ、マツ、ケヤキ、コナラなど36種類の木があった。木のトランプに全種類が揃っているわけではないし、校庭にある木以外の樹種のカードも多いが、緑色のシールが貼られたカードは10種類以上になっている。リストをもとに、緑色のシールを貼り付けたのは、学校支援本部【2】のコーディネーター。授業当日の教材やプリントの準備を始め、先生との打ち合わせなどでも学校支援本部のサポートがあって大いに助かっているという。
木のトランプは、さまざまな種類の木の板をカード大に加工したもの。表面には、樹種名が書き込まれている。校庭に生えている木には、緑色のシールを貼り付けて、区別できるようにしている。
初日のプログラムでは木のトランプの神経衰弱をしたあと、とったカードをじっくり観察して、木の特徴をそれぞれが感じ取った。
初日のプログラムでは、木のトランプでそれぞれが感じた木の特徴を発表したあと、今度は、牛乳パックと同じ大きさに加工された木のブロックを使った重さ比べをした。ちょうど1リットルの大きさだから、樹種による重さの違いはもちろん、1リットルの水と比較すれば、水に入れたときに浮くか沈むかもわかる。
「木が水に浮くか浮かないかを知らない子も多いんですね。そんなことを実際に経験して、実感してもらうために用意したものです。最初は10cm角の立方体で作ってもらったんですけど、少し小さすぎて、重さの違いもわかりにくかったようです。それに、牛乳パックと同じ大きさにした方が1リットルの容積をつかみやすいですよね。手に持った感覚で選んで並べた後、スケールに乗せると、微妙な重さの違いもはっきりとわかります」
こうして感じ取った木の種類による違いは、木の用途の違いになっている。それぞれの特徴の違いを生かして、テーブルにしたり床にしたり、壁にしたりと使い分けていることを伝えるために開発してきた教材だと、藤野さんはいう。
「実は、ルーペを使って木の断面をよく見ると、木の構造が見えてきます。それがもっとはっきりと見えてくるのが、電子顕微鏡写真です。これは、授業でも子どもたちに見せているものですが、こういう構造があって、それぞれ少しずつ違っているからこそ、木の性質の違いが生まれてくるのです。木のトランプやブロックの観察では、何かの順に並べてごらんと子どもたちに言っています。大抵は、重い順とか色が濃い順とかですが、中には叩いたときの音の高低で並べてみたとか、ニオイがいい順とか、いろんな発想で順番を考えてくるのがおもしろいですね。また、木のいいところって何?と聞くと、温かいとか涼しいとか、やわらかいとか出てきますが、それらもすべて、この木の構造写真で説明できるのです」
木の断面の電子顕微鏡写真を示して、藤野さんはそう説明する。ストロー状の空隙構造に空気が含まれているから、軽くて、断熱性が生じる。木の床で転んだときには、隙間の多いスポンジ状の構造が衝撃を吸収するため痛くないんだと説明する。樹種による比重の違いは、空隙構造のサイズの違いであるとともに、細胞壁の厚みも重要な要素になる。
こうした内容は、大学生や社会人の講義でも同じことを伝えている。年齢等によって話す言葉は変わるが、小学生の子どもたちにも基本的な内容は十分に伝わるという。
木の断面の電子顕微鏡写真。樹種によって密度や壁の厚みなどが異なる(左から、ヒノキ、イチョウ、キリ、ヤマザクラ)。『木材の構造 ─走査電子顕微鏡図説─』(一般社団法人日本森林技術協会発行)より、日本建築学会メンバーが加工して作成。
牛乳パックと同じ大きさの1リットルの木のブロック。樹種の違いによる色や重さを比較するほか、1リットルの水パックと重さを比べれば、木が水に浮かぶことも納得できる。
ちょうど、牛乳パックに収まるサイズだ。
藤野さんたち学会メンバーが中心になって開発してきた木のプログラムをもとに、大坂さんたち東京建築士会杉並支部のメンバーが杉八小の授業にかかわるようになって、今年で4年目になるという。それ以前、日本建築学会のメンバーが実施していた当時から通算すると、杉八小での実践は7年目に突入している。
少しややこしいが、日本建築学会と建築士会は、まったくの別組織だ。
「日本建築学会は、建築に関する学術・技術・芸術の進歩発達を目的に、大学や官公庁の研究機関等で建築を専攻する教員・研究者や学生、ゼネコンや建築関係のメーカーなど3万5千人ほどの会員で構成された学会組織です。論文発表の場となっているほか、建築や都市に関わる調査・研究や提言・要望など幅広い事業を実施しています。一方、建築士会は、建築物の設計や工事監理に携わる建築士の集まりで、都道府県ごとに設立されています。東京建築士会に杉並支部があるように、全国津々浦々に地域の支部組織があって、建築主との関係はもちろん現場近隣の人たちなど仕事を通じた地域とのつながりが強いのが特徴です」
杉並区のプログラムでは、学会(学校支援部会)のメンバーらが開発を進めてきて、ある程度モデルになるプログラムができてきた。都心部や他県から時間をかけて通ってくる学会メンバーが授業を担当するよりも、徒歩圏内ですぐに顔を合わせられる地元の建築士会のメンバーが関わった方が、学校にとっても心強い。前年度(平成27年度)までは藤野さんたち学会メンバーが全体進行を担当したが、今年度(28年度)は大坂さんが担当している。ちょうど、地元の建築士会が実践する形に変わっていく、移行期に差し掛かっているといえる。日本建築学会学校支援部会では、昨年から環境学習の授業の流れやワークシートをホームページで公開している。大坂さんたち地元の建築士会が学校名やクラス名などを書き換えて授業に使うのはもちろん、関心ある人が自由にアレンジして使えるようにして、広く普及を図っていこうという趣旨だ【3】。
また、これまで開発してきたプログラムは、6年生対象の木のプログラムにとどまらない。
「3年生、4年生、5年生、6年生のプログラムを持っています。3年生向けのプログラムは『人間温度計』といって、日向と日陰の違いや素材の違いによる温度の違いを体感します。4年生の『COOL BOX・WARM BOX』では、箱を作って、太陽の光を当てて、熱を遮断したり断熱したりする実験を通して、熱について扱います。5年生は『風の道を探せ』と題して、校庭のどこにどう風が吹いているかを探って風を取り入れ、『光を使いこなそう』では、電灯と屋外の光をバランスよく調整します。学年ごとに段階的に、小さいところから視野を広げていきながら、全体のプログラムを構成していきます。徐々に地元建築士会にお願いしていって、中でも木のプログラムが一番最後まで建築学会としてかかわっていましたが、今年はなるべく地元にお願いする形になっています」
今年度木のパワーのプログラムを受けている6年生たちも、3年生のときから『人間温度計』など一連の授業を受けてきたわけだ。
本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。
オール東京62市区町村共同事業 Copyright(C)2007 公益財団法人特別区協議会( 03-5210-9068 ) All Right Reserved.