トップページ > 環境レポート > 第31回 渋谷区:行政では思いつかない、実験的な取り組みを模索(シブヤ環境プロジェクトの取り組み)
2017.01.23
「みどり東京・温暖化防止プロジェクト」の助成金を活用した都内62市区町村の環境事業の取り組み状況について順番に紹介する「環境事業紹介」のコーナー。第31回は、渋谷区のユニークな取り組みについて紹介します。
渋谷区の取り組みの特徴的なところは、既存の事業に助成金を充てるのではなく、NPOからの提案を受けて、行政ではなかなか取り組みづらい実験的で“おもしろい”事業をするために活用している点にあります。
平成27・28年度は、活動紹介(第71回)で紹介した、認定NPO法人自然環境復元協会の提案するプロジェクトを採用しています。中でも大きな注目を集めたのが、九州・佐賀の高名な鷹匠を招いて、渋谷の繁華街に鷹を飛ばす取り組みでした。果たしてその目的とは何だったのでしょう!?
事業のねらいや効果と反響も含めて、現在とこれまでの取り組みについて、担当者のお話を伺いました。ぜひ、ご一読ください。
渋谷区の繁華街に鷹が舞い降りたのは、28年3月中旬の早朝だった。渋谷区では、かねてより飲食店が集中する繁華街で、路上の生ごみに群がるカラスによるごみの散乱が問題視されてきた。対策の一環として、九州は佐賀県高雄市から女子大生鷹匠として知られる石橋美里さんを招いて、鷹を使ってカラス対策の実証実験を行おうというのが、取り組みのねらいだった。
「カラスの撃退を目的にしたわけではありません。もともとの発想としては、繁華街の生ごみ問題について知ってもらうことにありました。なぜカラスがこんなにたくさん来ているかというと、生ごみが非常に多いからなんです。そのごみは、実は飲食店から出るごみなのですが、事業系のごみですから、区役所では収集できません。各店舗が収集業者さんと個別に契約をして処理しています。そうすると同じ業者さんが一斉に収集するわけではないですし、集め方もポリ容器に入れて出すところもあれば指定のごみ袋に入れてくるところもあります。一定の時間に一定の状態で出てくるわけではないため、対策が難しいのです」
渋谷区環境保全課環境計画推進係長の島田和也さんが、問題の背景についてそう説明する。
例えば、カラス除けのネットをかけようと思っても、ビルにいくつも入っている飲食店が出すごみ袋の中から、収集業者が契約店舗の出すごみ袋だけを色などで識別して持って行くのが現状だから、あまり現実的ではない。回収する際に、他のごみが多少散らばっていても関与しないという状況もあって、カラスにとっては格好の餌場になっている。
「実は、鷹を飛ばしてカラスを追い払うという目的自体はあまりうまくいったとは言えませんでした。この近辺のカラスの塒(ねぐら)は、代々木公園と明治神宮が都内随一の規模になっています。そこから各餌場に毎朝“出勤”してきて、渋谷の繁華街にも大挙してやってくるわけですが、都内で生まれ育った都会派のカラスにとって、猛禽類からの攻撃はそれほど経験もないのでしょう。鷹を見ただけでは逃げないのです。定期的に飛ばして、カラス自体を捕獲しないと、鷹の怖さが刷り込まれないでしょうね」
そもそもカラスを追い払うことが目的ではない。追い払ったところで隣の区に行ってしまうだけでは根本的な問題解決にはならないからだ。
ただ、反響は思った以上に大きかった。賛否両論の様々な意見や問い合わせが殺到し、もう二度とやりたくはないと苦笑する島田さんだが、“市街地に鷹を飛ばす”意外性が注目されたことで、当事者たちにとって深刻な問題として認識されていた繁華街のごみ問題に、一般区民を含む多くの耳目を集めることにつながったのは、大きな収穫となった。しかも、常に密着取材されているような有名な鷹匠だったから、広報費をかけなくても、テレビや新聞の取材が殺到し、全国ニュースとして大きく報道された。問題を認識してもらうことこそが最大の目的だったから、次のステップに向けた大きな一歩になったといえる。
渋谷の繁華街を飛来した鷹。テレビ局や新聞各紙でも報道され、大きな反響があったという。(認定NPO法人自然環境復元協会提供)
カラスに荒らされて氾濫するごみ。(認定NPO法人自然環境復元協会提供)
鷹に追われる経験がないためか、近くに来ても平然としている渋谷のカラスたち。(認定NPO法人自然環境復元協会提供)
鷹匠を呼んでカラスを追い払うというアイデアは、委託先の認定NPO法人自然環境復元協会との相談の中で出てきたアイデアだった。
同協会では、メンバーの高齢化・固定化等に伴って活動の継続性が課題になっている各地の環境活動団体と、身近な自然を守るためのボランティアに気軽に参加できる機会を求める都市住民とのマッチングを図る「レンジャーズ・プロジェクト」を活動の柱に据えている。詳しくは、活動紹介(第71回)を参照いただきたいが、同プロジェクトは渋谷区の助成金事業(シブヤ環境プロジェクト)でも柱事業となっている。
活動紹介(第71回)で紹介した都立代々木公園での花壇整備の活動も、実はシブヤ環境プロジェクトとして実施したものだった。都立代々木公園は、隣接する明治神宮とともに区内の緑地面積の大きな比率を占めるが、都立公園ゆえに区の管轄下にはなく、区の事業としては手の出しづらいフィールドだ。ただ、もともと都立公園を舞台に活動している人たちと組んで実施すれば、行政組織としての管轄の境界を越えた活動が実現する。
「自然環境復元協会の活動のおもしろいところは、例えば、地域で花を増やしたいと思って活動している方たちが、年月が経って高齢化したりして人手が足りなくなっているのに対してお声掛けをして、都市住民のボランティアさんといっしょに花を増やしたり緑を増やしたりする活動ができることにあります。区としては直接アプローチしづらい活動にもNPOのネットワークやフットワークの軽さを生かして実施できるのがいいなと思ってお願いしています」
代々木公園の花壇の再生・整備をした、レンジャーズ・プロジェクトの活動(2016年3月)。
レンジャーズ・プロジェクトの活動として実施した中で、渋谷の地域性をとらえた特徴的な活動の一つが、“春の小川”の舞台をたどる特別企画だ。27年12月以来、何度か実施してきた「春の小川」シリーズは、かつて渋谷区代々木辺りを流れていた渋谷川の支流の風景に着想を得て作詞されたとされる唱歌「春の小川」の舞台をたどり、100年前の当時の風景を取り戻すための活動や現在の渋谷川の状況と問題について知ることを目的に企画されたものだ。
現地の案内人としてコラボするNPO法人渋谷川ルネッサンスは、1964年東京オリンピックを機に暗渠化が進んで失われていった東京の川を、2020年東京オリンピック・パラリンピックで太陽の下を流れる川として取り戻すための活動している。レンジャーズ・プロジェクトの活動でも、現地を知るためのウォーキングイベントで土地にまつわる昔話を聞いたり、100年前の風景に近づけるために渋谷近辺の在来の植生を再現するミッションに取り組んだりしてきた。
ウォーキングイベントでは、街の悪臭の原因となっているビルピットの実態調査も実施した。ビルピットとは、ビルの地下部分にある厨房やトイレなどから出る排水を一時的に貯留するための排水槽のこと。地下施設の排水だから、下水道管より低い位置にあり、自然流下では排水することができないため、ポンプアップして下水道管に流すための施設が必要となる。
ビルピットがきちんとメンテナンスされていれば異臭が発生することはないはずだが、メンテナンスが不十分だと異臭が漏れてしまうことがある。渋谷川沿いでも所々でそうした異臭スポットがあるため、歩きながら臭気を確認して、川を取り巻く問題への正しい認識を得ようというわけだ。
「私たち行政では考え付かないようなことをさらっと実施できてしまうのが魅力ですね。行政的な発想では、“実施することでどんな効果が見込めるのか”とか、“区にとってのメリットはあるのか”などと考えがちですが、環境の面でも河川が大事だということを知っていただくきっかけとして、よい企画になったと思っています」
春の小川の舞台を歩いたレジャーズ・プロジェクトのウォーキングイベント。(認定NPO法人自然環境復元協会提供)
夏の期間のクールスポット創出として、“濡れない霧”を発生させるドライミスト装置を商業施設の軒先に設置する事業も実施している。装置自体も、以前に区の方でオール東京62助成金を活用して購入したものだ。
27年度に設置の協力を得た商業施設は、28年度に建て替えがあるため設置できなくなった。条件の合うところを探して相談にまわり、難航したものの協力を得られるところが見つかった。
「設置のための業者さんとの契約行為も役所が自前でやろうとすると手続き的にも大変になります。NPOが実施主体となって動いてくれることでフットワーク軽くできて、迅速な実施につながりました」
電気の力で水を霧状にして噴出するため、設置場所の条件として電気と水の供給が必要となり、どこにでも設置できるわけではない。
「本当は、バスの停車場に設置できるとよいと思っています。夏の盛りには照り返しも強くなって暑くなりますから、ノズルを下方に向けてドライミストを発生させられれば、利用者の利便性にもつながるし、クールスポットの普及としても効果的です。ただ、実現に向けたハードルも結構高く、電気と水が供給できる場所は限られますし、渋谷区の場合、複数のバス会社が乗り入れをしているバス停も多いので、すべてのバス会社と交渉して了解を得なくてはなりません。設置した場合の電気代や水道代などのコスト負担の調整等も必要となって、なかなか難しいんですね」
夏の期間のクールスポット創出として、ドライミスト装置を設置。(左は平成27年度、右は翌28年度設置の様子。渋谷区提供)
ドライミスト装置を設置させてもらった商業施設の建て替えに伴って撤去されることになった植栽を別のところに移植する活動も実施している。
「そういう発想って、役所にはなかなかないんですね。建て替えで撤去される植栽ですから、適正な撤去をしてもらえれば行政としてはそれで問題はないわけです。“なくなりますね”だけで終わってしまうのが、従来の行政の発想でした。でも、それだと区内全体の緑地の減少に歯止めがかけられません。撤去したみどりを単純に廃棄するのではなく、別の場所に移して保全するという発想がとてもユニークです」
植栽を設置していたのは地元の商店会だった。移植の交渉を進めると同時に、ボランティアの協力で移植作業の人手を確保した。移植先の場所も、NPOのネットワークを生かして候補地が上がってきた。
商業施設の建て替えで撤去されることになった植栽の移植をした。(認定NPO法人自然環境復元協会提供)
これまで紹介してきたように、渋谷区におけるオール東京62助成事業の最大の特徴は区が直接事業を実施するのではなく、NPOからの提案を受けて、行政では取り組みづらい、実験的で“おもしろい”事業をするために活用している点にある。
「規定の事業予算を使った事業の範囲では手が出しづらい事業を、実験的なことも含めてできるところがこの助成金のありがたいところです。環境部門としては、これまでの発想やアプローチの仕方とは違った、試行的・実験的な取り組みを行っていきたいんですね。それによって、これまでアプローチできなかった層を含む、より広い対象にリーチすることができるようになると思うのです。ただ、役所としては事業の目的と見込める成果などについて説明できないと、実施するのが難しいため、なかなか思い切ったことができないのです。自由度が高いこの助成金を、既存事業の予算に充てるのではなく、NPOの方たちと話をしていて、こんな形で環境について世間に広めていけると言った、──言葉は悪いんですが──“おもしろそうな”事業のご提案をいただけたところと手を組んでやらせていただくことにしています」
島田さんは、事業のねらいについてそう説明する。
27年度・28年度と認定NPO法人自然環境復元協会に委託して事業を実施しているのは、そうした理由からだ。同協会のレンジャーズプロジェクトによって、渋谷区内のすぐれた取り組みにスポットライトを当てて、地元の団体とコラボしながら区内の環境活動を盛り上げていくことができる点が区のねらいと合致した。実は、それ以前も同じような形での事業を模索してきたと島田さんは言う。
26年度には、GSデザイン会議(グランドスケープデザイン会議)の協力で、駅前再開発が進むシブヤのまちづくりに環境の視点を入れるためのワークショップの実施に充てた。
「“環境”の概念を入れたまちづくりのプランを出すため、学生さんたちが集まって再開発後のイメージを巨大な模型にして発表をすることになりました。そのまとめ役をしたのが、GSデザイン会議さんだったのです。ちょうど何をしようか、何ができるかと考えていたときに、まちづくりの担当部門から話をもらって、ごいっしょさせていただくことになりました」
模型づくりのワークショップは1年で終了する事業だったため、次の年にも頼むというわけにはいかなかった。
25年度以前は、渋谷区民環境会議にご意見を伺いながら実施していた。同会議は、区の環境基本計画に基づいて、区民や事業者など渋谷区にかかわるすべての人々の意見交換・情報共有のための場として設置した会議だ。
この当時も、渋谷区の緑被率を衛星写真から解析してみたり、区内のイベントに小型の太陽光パネルとドライミスト装置を接続した自立式クールスポット(ただし水はタンクから供給)のデモンストレーションをしたりと、工夫を凝らした事業を実施してきた。
区を取り巻く情勢の変化などにより、委員会の開催頻度も減って、新たなアイデアについて相談できる状況ではなくなってきたのが1つの転機となって、少し違った観点からNPOと手を組んでやってみようと模索してきた初年度が、前述のGSデザイン会議と実施した再開発イメージの模型づくりワークショップだった。さらにその後は自然環境復元協会とのコラボによる事業として展開している。
冒頭で紹介した繁華街のカラス問題は、商店会としても以前から悩みの種になっていた。街路灯の上には針を設置してカラスが止まれないようにするなどの取り組みもしてきた。ただ、根本的な解決のためには、ごみ出し状況の改善が必要となる。
そうしたルールづくりが進んだ先の将来的な構想として描いているのが、集めた生ごみからメタンを取り出し、エネルギー創出をすることだと島田さんは話す。区としてコンセンサスが取れているわけではないというが、飲食店が多く、大量のごみが排出される都会だからこそ、そのごみを生かして駅周辺のエネルギー自給に役立ていく姿が見せられれば、ごみ問題やエネルギー問題に対する啓発としても効果的だろう。
すぐに実現できる構想ではないが、関係各主体が“何とかしたい”と思っているこの問題に対する一つの解決策になりえる。そんな構想に向けた入り口の第一歩として、鷹以外にも何かしらのアプローチができないか、来年度以降も考えていきたいと話す島田さんだ。
本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。
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