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2012.08.23

第12回東京都の自然と日本の国立公園

親泊 素子氏顔写真

親泊 素子(おやどまり もとこ)

 琉球大学、千葉大学を経て、アメリカのウィスコンシン大学で10年間、植物学、環境政治学を研究、同大学大学院博士課程修了Ph.D.(環境学)。1998年に江戸川大学に就任するまでは、造園コンサルタント事務所、ハワイ東西センター、(財)国立公園協会研究センター等の研究所で保護地域、特に世界各国の国立公園制度についての調査・研究に従事。同時に国際自然保護連合世界保護地域委員会東アジア事務局長として、中国、ベトナムをはじめとする東アジア諸国の保護地域の支援活動に関わる。著書に「国立公園とランドスケープ」、「現代社会における国立公園の役割」等がある。

 皆さんは国立公園という言葉を知っていますか?北海道の知床や大雪山、富士山や日光、尾瀬、上高地といった有名な観光地が国立公園であることはご存知でしたか?
 そして、さらに東京都がこういった国立公園と縁が深いということをご存知ですか?

1.幻の日本大博覧会と国立公園

雲取山からの展望(環境省提供)

雲取山からの展望(環境省提供)
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 日本に国立公園制度が出来たのは1931(昭和6)年です。世界最初の国立公園は1872(明治4)年に設立されたアメリカのイエローストーン国立公園ですから、日本はアメリカに半世紀以上遅れたことになりますが、実は明治時代に国立公園が誕生するチャンスはあったのです。それは1912(明治45)年開催予定だった日本大博覧会と関係があります。なぜなら、この日本大博覧会の開催により、多くの外国人が訪れることを期待して、各地で国立公園の設置運動が展開されたからです。しかし明治の日本大博覧会は中止され、日本の国立公園は明治時代に産声をあげることはなかったのです。
 そもそも日本に初めて公園制度ができたのはいつでしょうか?それは1873年(明治6年)1月15日に全国府県に出された「太政官布達第16号」によるものでした。しかし、いきなり欧米のような公園がつくられたのではなく、江戸時代の社寺境内や大名庭園、あるいは今まで市民の行楽地となっていた名所等が公園とされました。当時の東京府が最初に公園とした場所は、金龍山浅草寺、三縁山増上寺、東叡山寛永寺境内、富岡八幡社地、飛鳥山の5カ所でした。東京以外では、大阪府の住吉、浜寺、広島県の厳島、鞆、高知県では高知公園が、1874(明治7)年には金沢の兼六公園、1875(明治8)年には高松の栗林公園が開園されました。また、1879(明治12 )年以降、松島や雲仙等自然の景勝地や行楽地も公園となりましたが、当時はまだ、私有地の指定は認められず、官有地であったために面積は小さいものでした。
 一方、明治政府は富国強兵、殖産興業を掲げ、日本を近代化すべき開発を推し進め、廃仏毀釈運動による歴史・文化遺産の破壊や、土地開発や工業化による自然破壊や公害等の環境破壊を起こしていました。しかし、明治政府は日露戦争の勝利の勢いで、日本大博覧会を1912(明治45)年に開催すると発表したのです。しかし、1908(明治41)年に、その博覧会は明治天皇即位50年に合わせて1917(明治50)年に延期することが発表され、さらに、1911(明治44)年の第二次西園寺内閣の時に、財政的理由からついに大博覧会は中止となってしまったのです。それでも、明治天皇の即位50年の式典だけは盛大にやる計画で、各地で準備が進められていました。しかし、1912(明治45)年の7月30日に明治天皇が崩御せられ、即位50周年の式典も、一転して、明治天皇の悲しみの葬儀へと代わってしまったのです。

2.明治神宮と国立公園

 それではこの中止になった日本大博覧会と明治時代に国立公園が誕生しなかった理由はどのようなつながりがあるのでしょうか?当時、内閣鉄道院総裁だった後藤新平は、日本の国際観光を予知して、国内の鉄道網の発展に力を注いでいました。特に日本大博覧会には世界から外国人観光客が来ることを予想しており、そこに目をつけたのが景勝地を持つ地方の人々でした。富士山や日光もこの博覧会を契機に大勢の外国人が来ることを見込み、1911年(明治44年)の第27帝国議会に国立公園設立の建議や請願を提出したのです。しかしながら、大博覧会中止に次ぐ明治天皇の崩御という状況の中で成立には到りませんでした。一変して今度は、日本大博覧会の敷地として買収されていた青山の帝国陸軍練兵場の土地は、そのまま、明治天皇の葬儀の場所となり、その後、明治神宮外苑として造成されたのです。
 その後も国立公園設立の運動は続き、本多静六、田村剛等の学者たちや自然保護運動に携わる人々の熱心な運動の結果、関東大震災等による中断はありましたが、紆余曲折を経て、1931年(昭和6年)に国立公園法が公布され、日本はアメリカに遅れること60年、ついに国立公園制度を設立することができたのです。

3.東京都の自然公園

鳩ノ巣渓谷(環境省提供)

鳩ノ巣渓谷(環境省提供)
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 この国立公園法は1957(昭和32)年に自然公園法にとってかわられ、国立公園だけではなく、国定公園や都道府県立自然公園も含まれるようになりましたが、東京には現在いくつの自然公園があるのでしょう?東京都には、国立公園が3つ、国定公園が1つ、都立自然公園が6つの合計10カ所、79,889haの自然公園があり、しかも東京都全体に占める自然公園の面積の比率は37%もあって、滋賀県と並んで全国トップというのも驚きです。関東の1都6県で、3つもの国立公園地域をもっているところは東京以外ありません。(表1)それにそのうちの一つは世界遺産なのですからさらに驚きです。
 また、もっとすごいところは、そういった国立公園に国のパークレンジャーだけでなく、東京都のレンジャーも配属されているということです。小笠原は東京都のレンジャーのほうが環境省のレンジャーよりも早く、現地勤務を始めたということで話題にもなりました。また、国の首都に国立公園があるというのも世界では非常に珍しいのではないでしょうか。それは日本の国立公園がアメリカ等とちがった地域制1)の国立公園の形態をとっているところからくるユニークさと言えましょう。

4.自然公園とエコツーリズムの推進

神津島(伊豆諸島自然保護官事務所提供)

神津島(伊豆諸島自然保護官事務所提供)
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  東京都は現在、こういった豊かな自然を活用したエコツーリズムを推進しています。小笠原は「東洋のガラパゴス」と呼ばれていますが、ちょうど私がガラパゴス島の調査に出かけた時には、石原東京都知事も視察に訪れていました。こうしてみると、東京都の人々はわざわざ大自然を求めて遠出をする必要はありません。なぜなら東京は大自然の宝庫だからです。
 自然公園を管理している市町村は是非とも積極的にコミュニティインタープリテーション2)による観光資源の発掘と整備を目指して欲しいと願っています。また、欧米、オセアニア等では国立公園内の宿泊施設やツアー等に対してエコツーリズム認証制度等3)を採用し、訪れる人たちはより環境に配慮をしている施設やツアーを選べるような制度があります。オーストラリアのラミントン国立公園のオライリーゲストハウスでは、毎日、ロビーにゲストハウスの使用電力、水質、ごみの量等をゲストにわかるように数字や表で張り出しています。またエコツーリズム認定の最高マークをもらうツアーは人数の制限、インタープリターの質、歩く距離と乗車距離のバランスなど、かなりの厳しい項目がチェックされます。
 東京は比較的アクセスしやすいところに自然公園があるので、自然公園を訪れる人が増えすぎることにも注意を払わなければなりません。そのためには今からこのような方法で貴重な自然を保護する準備をすることも大切です。訪れる人も迎え入れる人も共に、環境保全を意識しながら行動することでサステイナブルツーリズム4)を発展させていくことができるのではないでしょうか。

5.おわりに

 東京には世界中から多くの外国人が訪れます。都内の観光地や歴史的な場所だけでなく、是非とも東京の素晴らしい自然公園にも足を運んでほしいと思います。そのためには、外国人観光客が自然公園を訪れても戸惑うことのないように、現地での案内標識はもちろんの事、外国語でのセルフガイドマップや観光資源案内等を充実させることで、世界の人々にも、日本の首都東京にこれほど、豊かな自然があることを理解してもらえるのではないでしょうか。また、最後に忘れてはならないのは自然公園の景観を守る担い手は地元の人々です。地元の人々の生活の安定にも気を配りながら、是非とも、このような素晴らしい東京の大自然を守り育てながら活用していって欲しいと思います。

表1 東京都の自然公園一覧(平成24年6月1日現在)

秩父多摩甲斐国立公園 昭和25年07月10日指定 35,298ha(126,259ha)(注1)
富士箱根伊豆国立公園 昭和39年07月07日指定(注2) 27,499ha(121,695ha)(注3)
小笠原国立公園 昭和47年10月16日指定 6,629ha
明治の森高尾国定公園 昭和42年12月11日指定 777ha
滝山自然公園 昭和25年11月07日指定 661ha
高尾陣場自然公園 昭和25年11月23日指定 4,403ha
多摩丘陵自然公園 昭和25年11月23日指定 1,959ha
狭山自然公園 昭和26年03月09日指定 775ha
羽村草花丘陵自然公園 昭和28年03月15日指定 553ha
秋川丘陵自然公園 昭和28年10月01日指定 1,335ha

出典:(財)国立公園協会  編:2012自然公園の手引き 及び http://www.env.go.jp/park/

  • (注1)秩父多摩甲斐国立公園は埼玉、東京、山梨、長野県にまたがる国立公園で、カッコ内の面積は国立公園全面積
  • (注2)富士箱根伊豆国立公園は昭和11年2月1日の指定だが、伊豆諸島が公園地域に編入された年を記載
  • (注3)富士箱根伊豆国立公園は東京、神奈川、山梨、静岡県にまたがる国立公園でカッコ内の面積は国立公園全面積
  • 脚注

    • 1) 「地域制の公園」とは、土地の所有に関わらずに景観的に優れた地域を公園として指定し、その保護のために公用制限を行う方式の公園
    • 2)コミュニティインタープリテーションとは、地元の人々が地域の歴史遺産や自然遺産を自分たちで掘り起こし、ガイドブックを作成したり、自らが解説ガイド等を行うことにより、それらを観光資源として活用し、地域活性化につなげる。
    • 3)エコツーリズム認証制度とは、自然地域での宿泊施設やツアー、アトラクション等をエコツーリズム商品として、組織が定める基準項目の比較、評価、認証をおこない、旅行者は質の高い商品を選択できるようにしてある。
    • 4)サステイナブルツーリズムとは「持続可能な観光」という意味で、21世紀の新しい観光のあり方として注目を浴びている。この言葉に当てはまるタイプの観光は多様であり、農山漁村でのグリーン・ブルーツーリズムから、自然環境を学ぶエコツーリズム、文化・歴史遺産について学ぶカルチャーツーリズム等、幅広いツーリズムの形態が含まれるが、日本ではどちらかというと、サステイナブルツーリズムをエコツーリズムという言葉で代表している感がある。

    参考文献

    • (財)国立公園協会 編 (2011): 2011自然公園の手引き: (財)国立公園協会
    • 田中正大 (1971): 日本の自然公園―自然保護と風景保護― :相模書房
    • 東京都建設局公園緑地部 (1975) :  東京の公園百年: 東京都
    • 環境省自然環境局国立公園課: www.env.go.jp/park/外部リンク

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