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2012.10.17

第14回地域とつながり、地域をつなぐ巨樹

高橋 進氏顔写真

高橋 進(たかはし すすむ)

 東京都出身。1972年東京大学農学部卒業、環境庁入庁。自然環境調査室長、南関東地区自然保護事務所長などを歴任。米国東西センター客員研究員を経て、2002年共栄大学国際経営学部教授就任、2011年より共栄大学教育学部教授。専門分野は、生物多様性や保護地域などに関わる国際環境政策論、地域開発論と環境教育論。春日部市環境審議会会長、全国巨樹・巨木林の会会長ほか、公職も多数。著書に「生物多様性をめぐる国際関係」(共著)など。

 今夏(2012年)も記録的な暑さでした。その暑さがまだ残る9月12日、一本の木の伐採がニュースになりました。東日本大震災の津波の中で奇跡的に唯一生き残り、「奇跡の一本松」と呼ばれた松です1)。近年これほど日本中の注目を集めた木も珍しいでしょう。巨樹2)は、地域の人々により守り育てられ、また地域の人々の連帯を育んできました。

1.巨樹と人々のドラマ

加茂の大クス

加茂の大クス
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 巨樹といえば、鹿児島県屋久島の「縄文杉」を思い浮かべる方も多いことでしょう。神社の参道などで見かける杉と違い、その節くれだった異形の姿からは、誰もが縄文杉の名の通りこの杉の生きてきた長い年月に思いを馳せることでしょう。この縄文杉が「発見」されたのは、1966年と比較的最近のことです。
 縄文杉のように、山奥でひっそりと暮らしてきた巨樹も多いのですが、反対に長い年月の間、人々の生活の中で育まれてきた巨樹もたくさんあります。必ずしも天然記念物級の大木とは限りませんが、地域の人々と巨樹の深い関わりを物語るドラマがあります。
 私は、巨樹を愛し、巨樹に関わる人々の組織、「全国巨樹・巨木林の会」3)の会長を務めています。2010年に「第23回巨木を語ろう全国フォーラム」4)が開催された際に訪れた徳島県つるぎ町には、「加茂の大クス」と呼ばれる巨樹があります。その周辺は、もともとは田んぼでしたが、農薬などの影響もあり、樹勢が衰えた時期もありました。地元の人びとは枯損した大枝の治療や、田んぼからの農薬を除くための耕作地の買い上げもしました。草地となった大クスの周囲には、大クスを見上げ、敬うために散歩する人びとが絶えません。その人びとのために公衆便所が設置されましたが、その掃除も地元の人が自主的に担っています。そうした人びとの巨樹への想いに支えられて、大クスは今日も40メートル以上もの見事な枝ぶりの雄姿で加茂の大地に屹立しています。

2.東京都の巨樹

日比谷公園の首賭けイチョウ

日比谷公園の首賭けイチョウ
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 大都会の東京とはいえ、都心にも江戸時代の大名庭園跡などの緑地がありますし、その外縁のかつて郊外と呼ばれた地域、さらには奥多摩の山間部や島しょ部などには、まだ広大な屋敷林や森林が残されています。
 環境省が実施している全国の「巨樹・巨木林調査」5)では、東京都内だけで4000本以上の巨樹の調査結果が報告されています。現在のところ、都内での最大の樹木(巨樹)は、「御蔵島の大ジイ」と名付けられた幹周6)19.5m、樹高20mの御蔵島のスダジイです。
 御蔵島のほかにも、三宅島、利島、新島、青ヶ島などの島しょ部や奥多摩町などから多くの巨樹が報告されています。900本近い巨樹が報告された奥多摩町では、森林館を「巨樹の里」の中核施設に位置付け、巨樹の展示や情報発信基地としています。
 一方で、古くから人々に認識されてきた巨樹は、天然記念物などにも指定されて保護されてきました。別表の国指定天然記念物のほかにも、都や市区町村指定の天然記念物もあります。また、日比谷公園の「首賭けイチョウ」7)などのように名称や伝承などを持ち、人びとに親しまれてきた巨樹や巨樹の森もたくさんあります。

表1 巨樹の国指定天然記念物(東京都)

名称 所在地 幹周(cm)
善福寺のイチョウ(逆イチョウ) 港区善福寺 1040
神代ケヤキ 青梅市御岳神社 850
大島のサクラ株 大島町 800
白山神社の大ケヤキ 練馬区白山神社 720
幸神神社のシダレアカシデ 日の出町幸神神社 212
馬場大門のケヤキ並木 府中市 並木
旧白金御料地 港区自然教育園 樹林
シイノキ山のシイノキ群叢 大島町 樹林

3.巨樹の保全

瑞桜

瑞桜
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 人里近くの巨樹や巨樹林の多くは、固有の呼称や伝承を持ち、あるいは鎮守の森など信仰対象となるなど、古くから地域の人々との関わりをもちながら保存されてきました。また、明治神宮の社叢のように人工的に植栽されたものでも、時間の経過とともに巨樹の森となっているものもあります。
 しかし、巨樹も都市開発や道路建設などのために伐採されることがあります。道路拡張で伐採されそうになり、裁判の結果伐採を逃れた日光の「太郎杉」は有名です。
 「第24回巨木を語ろう全国フォーラム」(2011年)開催地、茨城県常陸太田市内の瑞竜(ずいりゅう)小学校校庭の桜(現在、幹回り3.6m、高さ15m)も、伐採から免れたものです。校庭の中央を占拠する桜は、校舎建て替えや校庭の有効利用に邪魔になり、伐採されそうになりました。伐採の危機を救ったのは、生命や思い出を大切にしたいという卒業生や在校生の熱意でした。こうして校庭中央に残った桜は、瑞竜小学校の"瑞"と桜から「瑞桜(ずいおう)」と命名されました。現在では、新入生を迎えて満開の桜の下、全校生徒で記念写真撮影やお花見給食も行われています。これからも、桜の下で遊ぶ子供たちを見守ることでしょう。

4.巨樹と地域の連帯

剪定された並木の下を歩く人

剪定された並木の下を歩く人
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 今夏のように暑い日差しが続くときには、緑陰でホッとすることがあります。東京都心の新宿御苑では、周辺の新宿副都心などのビル街よりも平均2度ほど気温が低いという調査結果もあります。巨樹や並木、公園などのみどりは、緑陰のほか、まちに安らぎや潤いを与えてくれます。しかし一方で、最近の都市部の住宅地などでは、落ち葉や毛虫など害虫の発生、日当たり不良などのため、所有者や管理者への苦情も多くなってきました。
 落ち葉対策や大風による落枝防止などのため、街路樹などの枝は短く切り込まれます。まだまだ暑さの残る日、剪定されたケヤキ並木の日陰もない街路樹の下で日傘を差して歩く親子連れの姿を目にして痛々しく感じました。
 巨樹や街路樹などのみどりから生じる問題の解決には、その対策や責任を所有者に帰するだけではなく、恩恵を受ける住民の側での受忍、負担や責任も不可欠です。地域のシンボル・誇り・財産として、地域全体で連帯してカバーしていく体制整備も望まれます。先にご紹介した「加茂の大クス」や「瑞桜」などの巨樹は、地域の人々に支えられながら、一方で地域の人々の連帯を促した例です。
 冒頭の「奇跡の一本松」も、人びとの心の中で巨樹に成長することでしょう。巨樹が地域の人びとをつなぎ、人びとの連帯によって快適で住みよい地域が誕生することを期待します。

補注

  1. 津波で壊滅した七万本の「高田松原」の中で唯一生き残ったもの。被災した人々に復興の希望を与えた松は、「希望の松」とも呼ばれ、防腐処理などを施されたのち、再びこの地にモニュメントとして戻ってくることになっている。
  2. 大きな木は、大木、巨木などさまざま呼び方があるが、本稿では「巨樹」を使用する。
  3. 「全国巨樹・巨木林の会」は、来年設立20周年を迎える。
  4. 「巨木を語ろう全国フォーラム」は、全国持ち回りで毎年開催され、本年の青森大会で25周年を迎える。
  5. 「巨樹・巨木林調査」は、環境庁(当時)が1988年に実施したもの。以来、フォローアップ調査などが実施されている。調査対象は、地上から1.3mの高さの幹回り(幹周)が3m以上の樹木。全国で約65,000本の巨樹の幹周、信仰対象の有無などのデータがある。環境省生物多様性センター、全国巨樹・巨木林の会、奥多摩町日原森林館が協力してデータ更新、公開をしている。
  6. 幸神社のシダレアカシデの幹周を除き、すべて巨樹・巨木林調査結果による。
  7. 首賭けイチョウ http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/view037.html外部リンク

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