トップページ > エコアカデミー一覧 > 第31回 「かいぼり」 で守る、池の生態系
2014.03.10
佐藤方博(さとうまさひろ)
2014年1月、井の頭池(三鷹市)で27年振りに水が抜かれ、池底が姿を現しました。この映像はマスコミ各社に報道され、東京ではなじみの薄かった「掻い掘り(かいぼり)」が広く知られることになりました。かいぼりは本来、農閑期にため池の水を抜き、堆積した泥をすくったり魚を捕まえたりする、ため池の管理に欠かせない行事です。それがどうして、田んぼのない井の頭恩賜公園で行われたのでしょうか? 今回のかいぼりの経緯と、池の自然を再生する取り組みについて紹介します。
写真1 井の頭池 ※写真はすべて生態工房撮影
写真2 池干し中の井の頭池
7か所の湧水口があったことから「七井(なない)の池」 と呼ばれていた井の頭池。かつては一日1万トンの水が湧き、明治時代までは東京(江戸)の水道水になっていました。この豊富な湧水が、ムサシトミヨやミヤコタナゴといった関東平野の固有種を育んでいました。水生植物も多く、地名を冠したイノカシラフラスコモという藻もみられました。しかし戦後、周辺地域で地下水が大量に汲み上げられるようになり、地下水位が急激に低下します。湧水は枯れ、1963年には池が干上がってしまいました。湧水に依存していた生きものたちは、この頃に姿を消したようです。その後の井の頭池では、毎日4,000トンの井戸水を汲み上げて池を維持しています。かつては池水が入れ替わる日数は6日ほどでしたが、今では16日ほどを要しています。水が滞留している間に植物プランクトンが増殖するので、池水が緑褐色に濁っています。井の頭池に棲む生きものは、低い透明度・酸素不足・夏期の高水温、さらには水生植物のない単純な生態系の構造 、という環境に耐えられる種類が生き残っています。
写真3 井の頭公園の景観1
写真4 井の頭公園の景観2
井戸水のおかげで生き残った生きものは、その後、新たな脅威に直面しました。釣り目的で放流されたオオクチバス(ブラックバス)、ブルーギルなどの外来魚が増え始めたのです。モツゴという小魚を知っていますか? 東京ではクチボソと言った方が通りがよいかもしれません。わたしが子どもの頃には当たり前にいた魚で、釣りエサをつついて落としてしまう「じゃまもの」でした。汚れた水やコンクリートで護岸された場所にも棲み、都市化が進んだ東京でも普通に見ることができました。しかし外来魚に対抗するすべはなかったようです。井の頭池のモツゴは、捕獲調査をしてもめったに見つからないほど数が減ってしまいました。スジエビ、テナガエビ、トウヨシノボリといった在来種も同様です。その結果、これらを食物とする水鳥のカイツブリが繁殖しなくなりました。井の頭池の生態系が大きく崩れつつあったのです。この惨状に気がついた市民が、2007年から地域団体や東京都と共に活動を始めました。外来魚を減らそうとさまざまな方法を試みましたが駆除が追いつかず、抜本的な対策・・・かいぼりの実施に期待がかかりました。関係者間でもかいぼりという方法になじみがなかったので当初は慎重意見もありました。しかし、2017年の「井の頭恩賜公園100周年」が近づくにつれて、自然豊かな池をよみがえらせようという機運が高まり、かいぼりの実施が決まったのです。
写真5 都会にも生息しているモツゴ
写真6 ハゼの仲間のトウヨシノボリ
井の頭池のかいぼりには、水質改善と在来種回復という2つの目的がありました。
かいぼりをすると池水がきれいになることが知られています。その仕組みは、水槽の水を入れ替えるのとは少々違います。ポイントは池底の干し上げです。池の底泥を空気にさらして乾かすと、泥中にあるチッ素やリンが、水中に溶け出しにくい状態になります。その結果、池に水を入れた後は、水中の栄養分が少ないので植物プランクトンが増殖しにくく、水がきれいな状態が続きます。かいぼりは底質を改善して水質をよくするという、自然の理に適った伝統技術なのです。
井の頭池でわずかに生き残っている在来種が減少した要因は、オオクチバスなどによる捕食と、数で圧倒的多数を占めるブルーギルとの競合です。これらの外来魚を排除すれば、在来種はおのずと回復してくると考えられます。水中から逃げられない外来魚を捕るのに、かいぼりはとても効果的な方法です。
かいぼりという行事は、関東では比較的珍しいようです。池の排水が始まると報道各社が取材に訪れ、かいぼりが大きなニュースになりました。最初に注目されたのは、池底から現れたゴミや落とし物でした。特に自転車は230台以上が引き揚げられ、これを見に来た来園者もいたほどです。本来の目的である外来魚の方は、予想通りにひどい状況でした。捕まった魚の77.2%は駆除対象の外来魚でした。悪影響が強いのは、肉食性のオオクチバスだけではありません。数が一番多かったのはブルーギルで、駆除対象魚の90.1%を占めていました。20cmほどの魚ですが、繁殖力が強く、ほかの魚を数で圧迫してしまいます。水生植物を喰うソウギョ、貝などの底生生物を喰うアオウオといった1mほどの魚も20匹いました。本来は中国の大河川に棲むような大魚が井の頭池にいては、生態系はひとたまりもありません。幸いなことに、在来種は手ひどいダメージを受けながらも、全滅の一歩手前で命脈を保ちました。保護対象の魚は、かいぼり期間中はいけすで保管し、池に水が戻った段階で放流されます。
写真7 オオクチバスは在来魚に大きな影響をおよぼす
写真8 圧倒的に数が多かったブルーギル
写真9 外来魚のハクレンを捕獲
井の頭池のかいぼりでは、魚を捕るほかにも、排水のための澪筋(みおすじ)1)づくり、ごみの引き揚げ、見学者への解説などに大勢の人員が携わりました。農村のため池では水利組合などの当事者で実施するわけですが、公園である井の頭池の場合は、公募したボランティアによる都市型の実施体制になりました。ボランティアの中心となった「井の頭かいぼり隊」は、今後の池の再生を視野に入れた息の長い活動を想定して募集されました。説明会に加えて6回の講習会があるというハードルの高いものでしたが、50人が入隊しました。もうひとつの「おさかなレスキュー隊」は、当日参加のみの気軽なボランティアです。申込み開始から3時間で180人の定員が満員になるほどの人気でした。このほか、地元で長く活動してきた「井の頭かんさつ会」 を始めとする「井の頭外来生物問題協議会」の構成団体と、首都圏で外来魚の駆除などに取り組んでいる団体にもご協力いただきました。
かいぼりには、悪化した池の状態をリセットする役割があります。しかしその効果は永遠には続きません。井の頭池では、2017年の開園100周年に向けて、1年おきにかいぼりをして池の環境を改善していく予定です。井の頭池には、外来魚問題が解決しても、池を再生するためには水生植物の回復や、コンクリートの垂直護岸をどうするかといった課題があります。かいぼりをきっかけにして、池の再生のために市民と行政が手を携えていく流れをしっかり構築していきたいと考えています。
写真10 魚を捕るボランティア
写真11 来園者にかいぼりについて伝えるボランティア
写真12 作業を終えたボランティアたち
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