トップページ > エコアカデミー一覧 > 第34回 東京都の世界自然遺産小笠原諸島 日本で一番特異で、一番保護が難しい自然
2014.06.13
大河内勇(おおこうちいさむ)
東京都出身。1980年4月農林水産省林業試験場(現・独立行政法人森林総合研究所)に入り、九州支所(熊本)などを経て、現在は同研究所理事。森林性両棲類の研究、屋久島からの国内外来害虫スギザイノタマバエの研究、林業地域での生物多様性保全の研究、小笠原の生態系保全の研究などに従事した。
ザトウクジラが集う小笠原
小笠原諸島は本州から1000km南に点在する海洋島です。海の島だから海洋島というわけではなく、海洋島とは一度も大陸又は大陸由来の島と陸続きになったことのない島を言います。同じ島々でも、琉球列島の島々は、昔は大陸の一部であったので、海洋島ではありません。これらの島々は大陸島と言われています。東京都の本体のある本州も大陸島です。大陸島は、それが島になった時代の生物を保存しています。本州は最終氷期*1まで大陸と陸続きだったので、基本的に大陸と同じ生物相を有していますが、それでもニホンザル、ニホンカモシカのように固有種がいます。近縁種は中国南部以南にしか見られず、ユーラシア大陸の北東部では絶滅してしまったものと思われます。より古い時代に分かれた琉球列島には更に不思議な生物がいます。アマミノクロウサギは、古いタイプのウサギで、近縁種はユーラシアには見つからず、アフリカ南部とメキシコに生息しています。このように大陸島は昔の生物を保存する機能があり、それらの生物は「生きた化石」と言われています。また、琉球や本州の森林を見れば分かるように、シイ・カシなど地域を代表する高木の森が茂っています。当時の生態系がまるごと取り込まれた大陸島の自然は、面積の縮小により大型動物や肉食動物を失ってはいますが、森林は豊かな生物相を保持しています。
小笠原の在来植物、奇怪な幹をもつシマホルトノキ
小笠原諸島はこれらの生物と全く異なります。哺乳類はオガサワラオオコウモリただ一種がいるだけです。爬虫類も在来の固有種はオガサワラトカゲがいるだけです。両種とも同じ種又は近縁種が太平洋の近隣の島々に生息しています。つまり、移動力の強い種類が小笠原にたどり着き、そこで環境に合わせて新しい種になったと言えます。一方、移動力の弱い両棲類や地上性の哺乳類は小笠原にたどり着くことができませんでした。植物も同じです。小笠原にはシイ・カシの仲間が全くなく、ドングリなどの重力で種子を散布する種類はたどり着けなかったのでしょう。種子が海流に流されたり、鳥に運ばれたりする少数の種が海を越えてたどり着き、生態系を作り上げ、その中で独自の進化を遂げたのが小笠原です。小笠原は日本一固有種の割合の高い地域ですが、それらの固有種は小笠原で新たに生まれた種で、歴史は長くありません。生きた化石と言えるような種は、全くいません。
あたりを覆い尽くす外来植物ランタナ
少数の種から生まれた小笠原の生態系は、ハワイやガラパゴスなど他の海洋島同様に外来生物に大変脆弱です。琉球原産のアカギは、シマホルトノキなど在来種を圧倒する競争力を有しています。ヤギ,クマネズミ、ネコなどの哺乳類は、哺乳類のいない島で進化した在来生物を簡単に捕食し、植物、鳥類を絶滅の危機に追いやっています。そこで、これらの生物を除去する、すなわち根絶するか、低密度にする事業が行われています。
しかし、順調に見える駆除でも、副作用が分かってきました。ヤギを駆除した場所では、確かにヤギの食害によって減少した固有植物が復活してきましたが、同時にヤギに抑えられていた外来植物も増加してしまい、固有植物を圧迫しつつあります。ギンネム、ランタナ、トクサバモクマオウがそういう植物です。
昆虫の大敵、樹上性の外来種グリーンアノール
また、駆除困難な外来生物もいます。グリーンアノールは、北米原産の樹上性(じゅじょうせい)のトカゲで、小型の昆虫をほとんど食べ尽くしてしまいました。その結果、アノールの侵入した島では、植物の花粉を運んでいた固有種のハナバチ類はほとんどいなくなり、代わりに外来種のセイヨウミツバチが花粉を運ぶようになりました。セイヨウミツバチは毒針を有し、固有ハナバチより大きいためかアノールに捕食されにくく、今でも沢山生息しています。とはいえ、固有ハナバチと外来のセイヨウミツバチでは、選ぶ花の種類、運ぶ距離が違います。小笠原の植物は固有ハナバチに合わせて進化してきましたが、これでは進化の方向が変わってしまいます。
アノールの移動を妨げ、検知するフェンス
多くの固有種、絶滅危惧種の植物が生育する父島の乾性低木林は植物の重要なハビタット(生息地)でしたが、父島にはアノールが蔓延して固有ハナバチがいなくなり、生態系が変化しています。しかし、父島と類似した植物相を有する兄島にはアノールが分布せず、兄島の生態系を守ることで進化の場が守られると考えていました。ところが、平成25年3月、兄島にアノールが侵入、定着していることが分かりました。世界自然遺産地域小笠原諸島科学委員会では、事態の重要性に鑑み、侵入したアノールの早期駆除を緊急提言しました。これに基づき、環境省、林野庁、東京都、小笠原村、現地NPO等が協力し、移動制限フェンスと集中的な捕獲を通じて根絶を目指しています。しかし、簡単には根絶は成功しません。現在もなお戦っているところですが、予算の問題もあり、厳しい局面を迎えています。
人間が自然を破壊しても、そのあとしっかり保護していれば、生態系は二次遷移に従って徐々に回復していきます。このような観点で、これまで自然の保護はなされてきました。しかし、小笠原の例で明らかなように侵略的外来種の侵入で、これは一変します。保護しても自然は二度と戻らず、別の生態系に変わってしまいます。
こういうことは、遠くの島だけのことでしょうか。実は、本州でも同じです。数十年前まで、本州の森林を繰り返し強収奪すると里山と言われるはげ山になり、アカマツが最後の砦になって二次遷移の起点となりました。しかし、今は違います。アカマツはマツノザイセンチュウの侵入で減る一方であり、もはや森林再生の役割を果たせなくなりました。さらに、森林よりももっと悲惨な場所もあります。河原のような転移草原や池沼などの淡水域は今や外来生物中心の生態系に変わりつつあります。
このように小笠原で起こっている外来種の影響は特殊な例ではなく、徐々に私たちの周りでも生じつつあることです。その影響は自然生態系だけではなく、やがては産業や人の健康にも関わってくるでしょう。カナリアは弱いために炭鉱で危険を知らせるシグナルとして使われました。脆弱な生態系の小笠原は炭鉱のカナリアのように地球のカナリアなのです。多くの方が小笠原や外来種の問題に関心を持っていただきたいと考えています。
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