トップページ > エコアカデミー一覧 > 第38回 街路樹をとおしたみどりのふれあい
2014.10.10
多田 多恵子(ただ たえこ)
ひらひらと舞い降りてきた一枚の葉っぱ。きらきらと木漏れ日。風にふと花の香り。耳をすませば、ほら、鳥の声も。
都会の忙しい日常のなかで、足を止め、五感を澄ませて見聞きすることを、私たちはいつから忘れていたのでしょう。日々、足早に通り過ぎる道の見慣れた街路樹にも輝く生命の営みがあり、多くの不思議が隠されています。時には足を止めてみませんか。毎日だから、そして身近だからこそ、たくさん発見もあるでしょう。
街路樹は、都市の中で様々な役割を担っています。
都市の殺風景な街並みに、植物は温かみを加えます。道や通りに個性も生まれ、親しみやすくなります。
車と車、車と人を空間的に分離する役割を担い、人々を安全に守ります。
豊かな樹冠は、直射日光や紫外線、風、騒音、ほこり、それにちょっとした雨も遮ってくれます。二酸化炭素や排気ガスや
街路樹の緑は、鳥やセミなど、都会のいきものにとって貴重です。生活場所となるだけでなく、市街地に点在する公園や住宅の庭をつなげる通路にもなって、都市の生態系を支えます。
そして街路樹は、都市に暮らす人々と自然をつなげます。変わらない生活の続く都会にあっても、街路樹はめぐる季節に忠実に彩りを移ろわせ、人々を自然のサイクルの中にそっと呼び戻すのです。
花の美はめでても、それ以外には注意を払わない人も多いようです。だけど、それではもったいない。花には、虫を誘う花の工夫や性のしくみなど、おもしろい性質がたくさんあるし、花以外にもタネをばらまく仕掛けや葉や枝の工夫など、楽しい不思議があるからです。虫や動物や菌類との関係も未知の魅力に富んでいます。
そうした生態に関する解説は、図鑑にはほとんど書かれていません。ありふれた身近な植物にも謎がたくさんあります。同じ場所で同じ植物を、繰り返し時期を追って観察することは、生態観察の基本です。そうやって、はじめて見えてくるものがたくさんあります。
街路樹には、四季を通じて日常的に継続して観察できるという利点があります。仕事や日常の道すがら、私はふと気がつくと足を止めて、頭上を見上げたり、植え込みを覗きこんだりしています。
秋の彩りに染まる街路樹
街路樹は都市の貴重なみどりである。人々の忙しい日常に、四季の移ろいを感じさせてくれる。左側はイチョウ、右側はケヤキ。
サクラ並木とビヨウヤナギ
街路樹の下には、ツツジのなかまやアジサイ、ビヨウヤナギ、アベリア、トベラなど、きれいな花の咲く低木の植え込みがつきものだ。低い位置に花が咲くから、じっくりと観察できる。
サクラの葉柄をよく見るとコブがあります。これは蜜腺です。ふつう、蜜は花で作られて虫を誘いますが、サクラは葉にも蜜腺があって、若葉の時に甘い蜜を分泌します。集まるのはアリ。忙しく働くアリは大事な蜜を守ろうと、葉を食べにくる他の虫を追い払います。アリはサクラが雇ったボディーガードなのです。
プラタナス(スズカケノキ)の落ち葉を見ると、柄のふくらんだ根元が、まるで鉛筆キャップみたいに空洞です。プラタナスの葉は、落葉の瞬間まで、柄の内部に冬芽を包んで守っていたのです。なんだかいじらしいですね。
きれいな紅葉を拾うのも楽しみです。サクラの葉を手帳にそっと挟んでおきましょう。数日後に手帳を開けば、ふわぁっと葉に含まれていた化学成分が変化して桜餅の甘い香りが立ちます。カツラの落ち葉はしょうゆせんべいの香り。トベラの緑葉はもむとキュウリと柚子コショウを合わせたような香りです。それぞれ葉の防衛成分が異なるのです。なでてみれば葉の手触りや厚みも違います。環境に合わせて葉のつくりも異なっているのです。
サクラ(ソメイヨシノ)の葉の蜜腺をなめるアリ
サクラ類の若葉は蜜腺から甘い蜜を出す。アリがさっそくなめに来た。
プラタナスの葉柄と冬芽
葉が枯れて落ちるとはじめて、葉柄のキャップの中からとがった冬芽が現れる。
トチノキは大きな穂に白い花を咲かせます。開花直後の花は黄色い
街路樹の足元には、よくツツジやサツキが植わっています。見れば、5つに分かれた花の上側に、赤い斑点が集中しています。こちらはアゲハチョウへの合図。赤い点々の中心に、蜜に至る管状の細い溝の開口部があるのです。アゲハチョウは花の中心ではなく、上側の花びらの中途にある開口部に細い口を差し込んで蜜を吸います。花はろうと形に開き、アゲハチョウの羽の形にぴったり合わせています。花の赤もアゲハチョウの視覚に目立つ色です。どこに開口部があるか、確かめてみてくださいね。
トチノキの花
大きな花穂に咲く花は、咲き始めは黄色い斑紋があるが、咲き終わりに近づくと赤く変わる。
サツキの花の蜜を吸うキアゲハチョウ
花びらの赤い斑点の中心で明るく見える部分が、蜜に至る細い筒状の溝の入り口である。アゲハチョウの細い口も、そこに差し込まれている。
秋は木の実で遊びましょう。カエデの実は精巧なヘリコプター。二個ずつセットで枝につきますが、空を飛ぶ時は1個ずつ。拾って投げると、くるるるる・・・、高速回転にびっくりです。滞空時間を伸ばしてタネを遠くに飛ばすのです。表面のすじが空気の流れを整えます。アオギリ、ユリノキ、シナノキの実やマツの種も回転しながら飛びます。ケヤキの実は、枯葉を翼代わりに小枝ごと母木を離れ、風に飛んで新天地を目指します。
街路樹によく植えられるエンジュはマメのなかまですが、さやの形は独特で、数珠のようにくびれて垂れ下がります。さやは晩秋に緑のまま熟し、それが樹上で半乾きになるとグミキャンディーのような感触です。ヒヨドリがさやを食べるのを見て、はたと気づきました。ヒヨドリはさやをくわえると、ぐいっと引っ張り、ちぎっては一節ずつ飲みこんでいたのです。エンジュのさやは、鳥が一口サイズにちぎれるよう、わざとくびれていたのです。なるほど。
ドングリやトチノキの実、真っ赤なハナミズキやナナカマドの実など、ほかにも楽しい実はたくさんあります。その一つ一つに、それぞれの物語があります。
ケヤキの実のついた小枝
実つきの枝は、かならず枝ごと散る。そして枯葉を翼にして、風に舞う。
エンジュの実を食べるヒヨドリ
実は数珠状にくびれている。半ば乾きかけた実を、ヒヨドリは一節ずつ、ちぎって食べる。
都市の街路樹を、身近な自然観察の場としてより多くの意味をもつように、たとえば名札をつけたり説明板をつけたりすれば、もっと広く興味を呼び起こすでしょう。都市の街路を道端植物園に変えることもできます。
生態系を考慮した存在形態や樹種の選択、たとえば高低差をつけたり、複数の樹種を混植したり、鳥が食べる実のなる木を植えるなどすれば、生物の多様性も増します。その土地に根差した在来種の樹種を選ぶことも大切です。気候や環境になじんでいて、虫や鳥など多くの在来生物と網の目のように関係を結んでいるからです。最近はヤマボウシやエゴノキ、ハクウンボク、ヒメシャラ、ナツツバキなど、日本の里山の植物を見かけます。ほかにも街路樹に適した樹種がいくつもあります。街に里山の自然が蘇ったら、すてきですね。
街路樹は、都市の身近で貴重なみどりです。これからの時代、その多面的な意義はますます重要になっていくでしょう。
エゴノキの花
里山の花木で、春には白い釣鐘状の花、夏から秋には緑白色の丸い実がかわいらしい。葉が丸められているのは、エゴツルクビオトシブミの揺りかご。
ナツツバキの花とマルハナバチ
おしべの房に顔を突っ込んでいるのは都市部にもよく見られるコマルハナバチ(雄)。体にたくさん花粉をつけて、花の受粉を助ける。
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