トップページ > エコアカデミー一覧 > 第62回 虫からながめた都会のすがた
2016.10.26
福山 研二(ふくやま けんじ)
虫が好かない、虫の居所が悪い、などと、虫というものは、とかくきらわれがちなものです。しかし、この虫たちが、私たちの周りにたくさんいることによって、知らない間に、さまざまな恩恵もうけているのです。陸上の自然の中では、昆虫をはじめとした小さな生き物(むし)たちは、ちょうど人間の血管の中を流れる、血球や血小板などのように、植物や動物を下支えしている、森の血液と言っても良いものなのです。
今から40年ほど前は、わが国は高度経済成長のまっさかりで、自然をかえり見る余裕もなく、様々な害毒をたれ流していました。そのため、公害問題や自然破壊問題が多発し、いわゆる自然保護運動というものがおこりました。現在、中国などでは、大気汚染などがとりざたされていますが、我が国もわずか40年ほど前は、現在の中国とそれほど変わらなかったのです。
幸い、その後、経済成長が鈍化するとともに、余裕も出てきて、個々の廃棄物対策が進んできました。そのおかげで、空気や水がきれいになってきたことは、多くの人たちが実感していることでしょう。
しかし、工場からの廃液のようなものは、個別に監視をして対策を立てることができたのですが、二酸化炭素のような温室効果ガスは、それまで汚染物質という認識がなかったこともあり、世界中にばらまかれてきました。その結果として、地球温暖化という思わぬ事態になったわけです。公害問題は、個別の地域で対応できても、地球温暖化問題は、世界中が一致した方向に協力し合わない限りは解決できない、深刻な問題でもあります。
図1 地球生命系という複雑な飛行機に乗った無邪気な乗客は、知らぬ間に、大切な部品を壊したり、無くしているのかもしれません
こうした、地球温暖化問題は、主に工業関係が主流だと考えられるかもしれませんが、実は、温暖化の原因の2割は、森林減少によるものであるという結果も出ており、生き物たちが、地球環境全体にとってもきわめて重要であるということがわかってきたのです。遠い、熱帯の森林が減少していることは、なかなか気づきにくいものです。また、生物多様性の働きはきわめて複雑であるため、どの生き物が大切なのかを判断できないため、むしろ生き物を全体として保全するというやり方が必要になっています(図1)。
こうした認識のもとに、現在では、温暖化のための会議(気候変動枠組条約による締約国会議UNFCCC-COP)とともに、生物多様性条約にともなう締約国会議(CBD−COP)が毎年開かれ、生物多様性をどう保全していくかを話し合っているのです。
ですから、現在では、個別の自然を守る、自然保護ではなく、地球全体を見据えた、生物多様性保全という考え方になっているのです。そして、その生物の一員としては、我々人間も含まれるのです。
現在は、人間の多くは、都会に住んでいます。昔は、村落と農耕地があり、その周辺に里山と呼ばれる自然が取り巻いていました。そのため、農村地域では、ほとんどのものを地域で自給することができました。水はもちろん、燃料も里山から供給され、肥料も里山の草や木を刈ってきたものです(図2、3)。都会は、確かに便利であり大変に快適です。水道をひねれば、きれいな水が出るし、コンビニに行けばなんでもそろいます。しかし、これは、様々な物量や水道、電線、通信や交通などのインフラが整備され、世界中から絶え間なくものが供給されているからなのであり、いったん災害などでインフラが破壊されると、どうしようも無くなることは、近年の多くの災害が示していますね。これは、農村であれば、たしかに交通が途絶して不便にはなるけれども、すぐに命に関わるようなことはあまりありません。これは、やはり、周辺の自然が豊かであり、様々な資源が自給できるからなのです。
図2 昔の農村と里山
図3 現在の農村と都市
さて、肝心の虫の話ですね。はじめに書きましたように、小さな虫たちは、植物の花粉を運んだり、枯葉や枯れ枝を分解して、植物の肥料にしたり、病原性の微生物を食べることにより、植物を病気から守ったり、多くの小鳥の餌になったりして、陸上の生態系で、血液のような役割を果たしているわけです。私たちは、健康を調べるために、血液検査というものをやりますが、自然の中でも、自然の健康具合を血液(虫たち)によって調べようという考え方があります。これが、生物指標による環境診断です。ただし、人間は多くの調査データがあるため、血液によって体の状態をある程度推定することができるようになっていますが、まだ、虫の方は、あまりそろっていないので、まだ完全ではありません。それでも、虫の生息状況によって、ある程度その地域の環境状況を推測することができるようになってきているのです(図4)。
図4 虫を調べることは、その自然の血液検査のようなもの
たとえば、小さな子供が大好きな、ダンゴムシの仲間は、森から都市に移り変わると、その種類が変わってくることがわかっています(図5)。また、同じく土の中に住むトビムシの仲間でも同じように、森から都市へ向かうと種が入れ替わるものが知られています。これらも、環境指標といえますね。
図5 関東地方での陸産等脚目の分布(寺田ほか2001より改変)
それでは、虫から見た、都会というのはどのようなものなのでしょうか。私たちは、都会には自然はほとんどなく、虫などは、ゴキブリやハエくらいしかいないのではないかと思っているのではないでしょうか。
しかし、虫から見れば、そうでもないのです。確かに、都会は、森とは大きく環境が異なります。都会では、建物はコンクリートのビルが多くなっており、その隙間に街路樹や公園の緑があるのですが、実は、同じような環境が自然界にもあるのです。
写真1 中国雲南省にある、石林(シーリン)の奇観は、虫にとっては、都会と同じ景観といえます
写真2 典型的な都会の昆虫、アメリカシロヒトリの食害
私は、20年ほど前に、中国の石林(シーリン)を訪ねたことがあります。ここは、石灰岩の岩が、それこそ林のように林立している奇観で有名なところで、多くの観光客が訪れています(写真1)。そうです、コンクリートは石灰が主成分ですから、ビルは、石灰岩の柱のようなものでしょう。ここはまさに都会と同じなのです。
ですから、きっと都会の虫にとっては、石灰岩地帯に住んでいると思っているのではないでしょうか。さらに、その石灰岩や木造の構造物には、多くの隙間、や空間があり、気温も高めではあるが安定しています。街路樹には、多くの植物もあり、食べ物や住み場所に事欠きません。多くの昆虫は空を飛べるので、簡単に移り住むこともできるわけです。たとえば、青木淳一博士が調べたところでは、都会のビルの屋上や歩道などに生えている苔の中には、たくさんの種類のササラダニと呼ばれる小さな虫が住んでおり、特にシワイボダニと呼ばれるササラダニは、ビルの壁に生える苔の中からだけみつかるそうです。これはまさに岩壁動物だということです。
しかし、森に住んでいる全ての虫が都会に住めるわけではありません。やはり、都会に適したものだけが、いるのです。その特徴としては、乾燥に強く、環境の大きな変化にも耐えることが大切です。それでは、都会の虫はとても強い虫かといえばそうではなく、どちらかというと弱い虫が多いのです。試しに、都会の虫の代表である、カイガラムシやアメリカシロヒトリなどの街路樹の害虫を森の中に持っていくと、たちまち天敵に食べられてしまいます。逆に言えば、ある程度環境が悪くても生きることができる虫が、都会に逃れてきているとも言えるのです。
特に、外来生の昆虫などは、都会に多く住んでいます。有名なのは、アメリカシロヒトリで、戦後アメリカから米軍の物資と共に持ち込まれたとも言われていますが、都会では、サクラなどの街路樹の害虫としては定番となっています(写真2、3、4)。しかし、戦後70年になろうとしている今も、森の中には進入できないのです。
都会は、昆虫にとっては、小鳥や肉食のスズメバチなどが少ないため、安心して住める場所という見方もできるのです。街路樹や庭木としてよく植えられるクスノキやミカンの仲間には、アオスジアゲハやアゲハチョウなどが好んで住んでいます。土の中には、セミもたくさんおり、夏にはやかましく鳴いていますね。
写真3 アメリカシロヒトリ成虫(森林総研HPより)
写真4 アメリカシロヒトリ幼虫(森林総研HPより)
青木博士は、都市に住む虫たちを、都市残留動物(アブラゼミやカイガラムシなど都市化に耐えて生き延びた動物)、廃棄物依存動物(ゴミなどに依存する動物)、南方系動物(ヒートアイランドによる影響)、帰化動物(アメリカシロヒトリなど)、岩壁動物(シワイボダニなど)の5つに分けています。都会は虫から見れば、まさに、熱帯の石灰岩地帯だということでしょうか。
本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。
オール東京62市区町村共同事業 Copyright(C)2007 公益財団法人特別区協議会( 03-5210-9068 ) All Right Reserved.