トップページ > エコアカデミー一覧 > 第69回 花粉媒介者の保護を目指して:カナダ、オンタリオ州ゲルフ市
2017.05.26
春から夏にかけて、各地から届く花便り。視界いっぱいに広がる花畑はそれだけで壮観ですが、それは多くの場合、花蜜と花粉を集め、花粉の媒介をして植物の再生産を助けるミツバチなどの花粉媒介者によって支えられています。2016年末の生物多様性条約第13回締約国会議(COP13)では、その価値を認める重要な決定がなされました。本稿では、花粉媒介者の保護に市全体で取り組んでいる、カナダのオンタリオ州ゲルフ(Guelph)市を紹介します。
2016年12月、花粉媒介者に関する重要な決定が、COP13(メキシコ・カンクン)で採択されました。その決定には、「花粉媒介者・花粉媒介および食糧生産に関するIPBESによる評価」を活用すること、とあります。この「評価」とは、全世界の科学者の知見をとりまとめて、IPBES【1】が初めて世界に向けて発表したアセスメントレポートの一つ、「花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関するテーマ別アセスメント」【2】のことで、花粉媒介者の「価値」、「現状や傾向」、「変化要因、リスクとチャンス、政策と管理手法のオプション」を以下のように評価しています。
「価値」については、花粉媒介者は野生であるか飼育下であるかを問わず、世界中で作物の受粉に重要な役割を果たし、世界の作物生産量の5~8パーセントは直接的に花粉媒介に依存していると推定され、それは年間市場価格にして世界全体で2,350億米ドル~5,770億米ドル(2015年)に上ることなどが報告されています。
また、「現状と傾向」については、野生花粉媒介者の出現頻度と多様性が低下している地域があること、過去50年間で世界全体の花粉媒介者に依存する作物の生産量が300パーセント増加しており、人々の暮らしが花粉媒介の提供に依存する度合いがますます高まっていることが報告されています。
さらに、「変化要因、リスクと機会、政策と管理手法オプション」については、土地利用の変化、集約的農業経営、農薬の使用、環境汚染、侵略的外来生物、病原体及び気候変動をリスクとして、環境負荷の低い農業や生活、多様な農業システムの共存、エコロジカルインフラへの投資を機会として、それぞれの変化の要因を整理した上で、それに対応する政策及び管理手法オプションが提言されています。
【1】 IPBES:生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services) 生物多様性や生態系サービスの現状や変化を科学的に評価し、それを的確に政策に反映させていくために、世界中の研究成果を基に政策提言を行う政府間組織として2012年4月に成立。
【2】 花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関するテーマ別アセスメント(Thematic assessment on pollinators, pollination and food production)
http://www.ipbes.net/sites/default/files/downloads/pdf/pollination_chapters_final.pdf
この花粉媒介者の価値を、世界で初めて市の公定計画(City of Guelph Official Plan (2001))【3】の中で正式に位置づけ、保護するための花粉媒介者の生息地確保に取り組んだのが、カナダのゲルフ市です。
オンタリオ州南部に位置するゲルフ市は、人口約11万5千人。加えて市内のゲルフ大学に1万8千人の学生が在籍しています。犯罪率が低く、環境の良さや生活水準の高さから、2031年には、人口が18万人に増えると予想されており、開発圧力による自然破壊が懸念されてきました。
そこで、市は自然生息地の安全性と保護を確保するための環境政策を重視。特に花粉媒介者については、Official Planの第6章「価値あるものを保護する」の「自然エリア」の項で、「市は生態系の機能を維持するために花粉媒介者の生息地が果たす役割を認識する」と明記し、さらに「再生エリア」の項で、かつての埋立処分場など、人々の直接的な利用には適さないエリアを、花粉媒介において重要な役割を果たす昆虫や蝶、鳥などの生息地として、維持、再生、管理する(花粉媒介者生息地)としました。
【3】 カナダ・ゲルフ市の公定計画(City of Guelph Official Plan (2001))
http://guelph.ca/wp-content/uploads/OPConsolidation-September2014.pdf
市がOfficial Planで花粉媒介者の価値を認めたことで、市民のなかから、花粉媒介者のための公園設立が提案されました。そして、かつて埋立処分場だったEastview Community の土地の一部に、面積45ヘクタール(東京ドーム約9.6個分)の受粉媒介者公園を作ることが、市の生物多様性事業として認定されたのです。
そしてその事業は、市民が主体となって実現するものとなりました。2008年に、それまで個々に活動をしてきた市民グループが集まって、花粉媒介者保護のための市民組織Pollination Guelph(受粉ゲルフ)を設立。その後、市議会によって、この組織が受粉公園実現への主体と認定されました。
市と共に、この団体がまず取り組んだのは、市民の意識変化を促すための働きかけでした。というのも、かつての埋立処分場を利用することに対して、市民からその意義や安全性を疑問視する意見が相次いだからです。そこで、まずは、土地改良を行い安全性を確保することや、花粉媒介者の重要性をわかりやすく市民に伝えるためのセミナーやワークショップが多数開催されました。加えて、花粉媒介者の市民写真コンテストや、花粉媒介者シンポジウムなども開催されるようになり、市民の理解と賛同が広がりました。
ハチがいる場合、いない場合に収穫できる作物の比較(Pollination Guelphの資料から)
ワークショップ・意識向上キャンペーン(ICLEI Canadaの資料から)
次に、ゲルフ大学の造園や建築分野の大学院生たちと市民によって、公園のデザインが検討され、インフラ整備に加え、花粉媒介者が活動するために必要な自生種の選択など、生物多様性確保のための道筋も示されました。さらに処分場の隣地の空地には、レクリエーション公園が設けられ、サッカー、フットボール、スケート用の設備などが整備されることも決まりました。
市の「花粉媒介者公園」マスタープラン
空中写真(Google Map)
※左側の、広大なかつての埋立処分場が花粉媒介者公園として計画され、右上半分は、サッカー場など、住民が直接的に活動を行うレクリエーション公園として確保された。
埋立処分場だった場所の土壌を改良して公園にするには、長期にわたる多くの地道な活動を要します。Pollination Guelphは土壌検査から、土壌の浸食や固くなっている土の改善などに至るまで、さまざまな活動に取り組み、多くの市民を巻き込みながら少しずつ成果をあげています。
2006年春
2016年春
徐々に進みつつある、土壌改良への取り組み
(出典:Pollination Guelphの資料より)
また、市民参加も様々な形で行われるようになってきました。たとえば、2014年には、画家のクリスティナ・キングスベリーが、現場で、90平方メートルほどの大きさの紙製のキルトの中に、在来種の種子を埋め込むというイベントを2週間にわたって実施しました。このキルトは生分解性で、最終的には土に還り、中の種子が土壌に蒔かれるという仕組みで、自生種の種子収集からキルトの作成まで、多くの市民が参加しました。このプロジェクトはオンタリオ芸術協議会とゲルフコミュニティ財団の後援で行われました。
花粉媒介者公園に広げられた「生分解性の芸術作品」
さらに、Pollination Guelphは公園だけではなく、市内全域で花粉媒介者が生息できるように、地域の施設の庭や公共空間で自生種を育てる活動にも活発に取り組んでいます。
ウエリントンホスピスの庭先:数年かけて、外来種から自生種への植え替えを実施
(出典:Pollination Guelphのサイトより)
ゲルフ大学に作った東屋:2015年に、自生種のツタなどをはわせるために完成(出典:Pollination Guelphのサイトより)
市内を通るカナダ横断遊歩道の脇に自生植物を植え、かつ掲示板を設置
(出典:Pollination Guelphのサイトより)
市民の自宅においても、なるべく自生種を栽培し、さらに秋から冬にかけて、花粉媒介者の生息場所を確保するために、落葉をそのまま庭に残しておいてほしい、などの呼びかけに応える市民も出てきました。市民主体の花粉媒介者保護公園の設立には、まだしばらく時間がかかりそうです。けれども、その間に多くの市民が活動の意義を理解し、自分のできる範囲で参加し、まち全体が一体となって取り組んでいくことで、公園ができた後の維持管理を含め、花粉媒介者を保護する持続可能な取り組みとなり、ひいてはそれが、広い意味での生物多様性の保全へとつながっていくことと期待されます。
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