トップページ > 環境レポート > 第10回「ただ、涼しさや環境の学びのためでなく ~子どもたちの心の成長が大きい、『緑のカーテン大作戦』の手ごたえ」(板橋区立高島第五小学校)
そもそも緑のカーテンを始めることになったきっかけは、2002年6月の自宅の引っ越しだった。新たに入居した環境共生タイプの分譲マンションで、初めて育てた緑のカーテン。我慢もしないのにエアコンを使わずに暑い夏が終わった経験は衝撃だったとともに、感動と自信につながった。
日頃、学校でも子どもたちに環境の大切さをことあるごとに伝えてきたが、子どもにとって学んだことが行動や実践にはなかなか結びつかなかった。省エネについて学んだ子が、家でエアコンの温度を変えようと言っても、仕事から疲れて帰ってくる家族の理解や賛同を得られないことも少なくない。
緑のカーテンをつくって、自然とできていた省エネ生活。そんな住まい方の工夫を子どもたちに伝えられたら、今すぐにでも家庭や地域に広がっていくかも知れないし、長い目で見て子どもたちの将来への小さな種まきになる。
そんな期待を持って前任地の小学校での取り組みを提案したのが、2003年度のことだった。当時の6年生の担任と相談して、緑のカーテンの取り組みがスタートした。
ただ、予算はなかった。思い切って、自宅のマンションを建てたディベロッパーの社長さんに相談してみる。「自宅マンションの取り組みで教えていただいた価値を、ぜひ子どもたちに伝えたいんです!」──そんな熱意と学校での取り組みの趣旨が理解され、苗や資材の提供で協力を得ることができた。
自宅マンションのベランダにて。自宅で育てるなら、「マスカットベリーA」という品種の葡萄もおススメだ。
素人が手探りで始めた初めての活動は、結果としてあまり成功したとは言えなかった。土は栄養不足だったし、植物も何が適しているかわからなかったからツル性の植物を5種類くらい育ててみたところ、手違いがあってインゲンはツルなしの苗だった。予算の関係でネットを買うお金はなかったからシュロ縄を2階ベランダの手すりから屋上へと張ったが、網状になっていないため
2学期に入り、子どもたちがどれほどがっかりするかと心配したが、「楽しかったからいいよ」と言ってくれた。学習自体はさまざまに展開していたから、結果はともかく、いろんな挑戦が子どもたちにそれなりの達成感を与えてくれたのかもしれない。
ただ、それで満足していたかというとそうでもなかったらしい。「来年は絶対に成功してほしい」と言って、失敗の原因と成功の秘訣を自分たちで調べて、ハンドブックにまとめて残して卒業していった。翌年はその経験を活かして、大成功、立派な緑のカーテンを作ることができた。
その年の取り組みは、地球温暖化防止活動環境大臣表彰を受けたのに加えて、作文を書くのが得意な子が読売新聞社主催の作文コンクールで内閣総理大臣賞を受賞した。緑のカーテンの活動が一気に知れ渡り、各地からの問い合わせは盛んになり、あちこちへと取り組みが広がっていった。
この学習には、緑のカーテンを応援してくれる地域の人たちがどんどん現れてくるようになった。肥料は何を使ったらいいのかわからないで悩んでいると、どこで聞き知ったのか「あそこの先生、困っていた」と肥料を抱えて届けてくれる人がいた。そんな人たちを「応援団の皆さん」と呼んでいた。
2006年春、菊本さんが異動で今の学校に移ることになったのをきっかけに、一つの学校のための「応援団」というそれまでの活動から、緑のカーテンに取り組む全国の人たちを応援していくための活動へと舵切ることになった。その年の12月には、NPO法人の申請が認可された。「NPO法人緑のカーテン応援団」の発足だった。菊本さんも理事として関わっていくことになった。
2006年4月に現在の高島第五小学校に赴任した菊本さん。当初、新天地で緑のカーテンの取り組みを始めるつもりはなかった。大変さは身にしみていたから、安易に始めてしまうことの危うさも感じていた。
ところが、折に触れて紹介していた菊本さんたちの活動を聞いた当時の校長先生が、高島第五小でもぜひ始めたいと提案した。教員の中には、「いいことなのはわかるけど、もう十分に忙しい中で新しいことを増やすのはマイナスの影響も心配される」と、慎重な姿勢をみせる声もあがった。
全体の合意がない中で始めても楽しい活動はできないからとむしろ校長を説得しにかかった菊本さんだったが、どうしてもやりたいと熱心に説く校長の熱意と、「おもしろそうだから僕のクラスでやってみるよ。」という担任の言葉に後押しされ、2007年度から、高島第五小学校の緑のカーテン大作戦がスタートすることになった。
初挑戦の年は、引き受けてくれた6年担任の先生の負担を減らそうと、菊本さんがかなり無理して、土日はもちろん夏休みも欠かさず世話をしに出てきていた。さすがにこれではまいってしまうと、翌2008年度からは、保護者に協力を呼びかけることにした。
思った以上に多くの世帯が手を挙げてくれ、「緑のカーテンサポーターズ」が結成される。土づくりやネットの撤収など、大変な作業の時には一緒に作業に加わってもらえるようになった。
水やりがともかく大変だ。子どもは加減がわからなかったりするので、十分に注水したつもりでも、土はすぐに乾いてしまう。
枯れた葉もこまめに取らないと病気にもなりやすい。夏の盛りには大変な作業量だ。
それと、ツルの誘引。子どもたちも夏休みに毎日来て、相当な時間をかけてやっている。上の方まで縛っていくのは無理だが、下の方だけでもどんどん出てくるので、それをきちんと縛ってあげないと地を這ってしまうことになる。
これらの作業は本当に手がかかるから、多くの大人たちが、「水やり隊」「肥料隊」としてこまめに世話をしてくれたり、「メンテナンス隊」がちょっとしたプランターの手入れなどをしてくれたりするのはとても頼もしい。これによって、教員の負担はかなり軽減された。
そこまでしなくても作ることはできるものの、4階までびっしりと葉を茂らせる高島第五小学校のような緑のカーテンになるには、それなりの手入れが必要というわけだ。
学校での取り組みでネックになるのは、何といっても教員にゆとりがなさ過ぎること。子どもたちも含めて、全体的に時間がない。学習しなくてはならないことはどんどん増えてくる一方、総合の時間は削られてきている。
緑のカーテンをつくろうとすると、かなりの時間を取られることになる。そこで取られる分の仕事は、夜や休日出勤をしてこなさないと追いつかない。相手は植物だから、待ってはくれない。お世話しなくていい日なんてない。
だからこそ、保護者や地域の人たちの協力をお願いして、地域の力を取り入れていくことが大事だと菊本さんは強調する。
先生──まして当該学年の担任の先生だけ──と子どもたちだけでやろうと思うと、そこには限界がある。保護者や地域の力を取り込んでいくことで、先生たちも余裕が持てて、学習そのものの展開に時間も力も注いでいけるようになる。
それとともに、保護者や地域の人たちにとっても、関わったことで、緑のカーテンは自分たちのものにもなっていく。“私たちの緑のカーテン”という意識でいっしょになって喜んでもらえるし、誇りに思ってくれている。
「緑のカーテンサポーターズ」として関わってくれた保護者の方々に向かって、子どもたちは感謝を込めて「ありがとうございました!」
サポーターズの皆さん用の記録用紙。毎日名前が書き込まれていく。
緑のカーテンの取り組みを通じて得ている、子どもたちの“学び”はとても大きいという。
春先に植えたほんの小さな苗が、夏の終わりには4階に届くまでに大きく生長している。その上に広がる青空。日々、そんな光景を見上げていると、植物の生命力に畏敬の念すら覚える。
毎日毎日、植物の生長を見守りながら、子どもたちは土や水や植物、虫などごく身近なものを大切な自然として認めていけるようになっていっているし、それらの中に「命」を感じるようにもなる。そうして身のまわりのさまざまに価値を見出せるようになると、日々の暮らしの中でも、自分にも環境にもやさしい生き方を工夫していけるようになる。──もともとはそんな期待から始めた取り組みだったが、子どもたちの中に確実に育まれているものがあることを実感している。でも、学びはそれだけでない。
できれば楽をしたいと消極的だった子が、「人より先に自分が!」と率先して動くようになっていた。
暑い中、当番でない日もほとんど毎日やってきて、どんな作業も喜んで手伝ってくれる女の子たち。
手伝いに来てくれたNPOの方が、帰り際に「ありがとう、本当によかった!」と言ってくれたことがあった。すごくお世話になったのは、むしろこちらだ。「どうしてですか?」と聞き返す。
「NPOとしていろんなところの学習支援に行きますが、“仲間”として受け入れてもらえることってなかなかないんです。でも、ここの子どもたちは、初めて会ったのに、いっしょに取り組む仲間として受け入れてくれて、それがとてもうれしかった」
そう言われて、人と関わっていく力が付いてきていることに気付いた。
緑のカーテンの取り組みを通じて、子どもたちはさまざまなことを教わるが、教えてくれるその内容もさることながら、そうして多くの人たちが本気になって関わってくれていることが、子どもたちの心の成長につながっているのかもしれない。
緑のカーテンを作る上で、ポイントはが3つある。
年度はじめの土づくりの作業。培養土、腐葉土、ボカシの順に入れてよく混ぜ合わせ、さらに腐葉土、培養土を入れて混ぜ合わせる。
後追いゴーヤが生長すると、下の方を覆うゴーヤと上の方へ生長するヘチマとの見事な連係プレーが観察できる。
お話をお聞きした、菊本るり子さん(板橋区立高島第五小学校の音楽教諭)。
はじめの状態が、その後の育ちを決定づける。土の栄養が少なければ、それに合った生長しかしない。風に煽られるような不安定な環境だったら、あまり伸びずにさっさと実をつけようとする。いっぱい植えられると、与えられた栄養でしか育たないから、大きく茂ることができない。
「ゴーヤの気持ちになってみたらわかるんです」──そう言ってにっこりと笑顔を見せる菊本さんだった。
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