トップページ > 環境レポート > 第16回「イベントとしてではなく、日常のできごとへと定着させるため ──大丸有 打ち水プロジェクトの取り組み」(エコッツェリア協会)
東京駅丸の内中央口から徒歩1分、38階建ての新丸ビル10階にある「エコッツェリア協会」の事務所
大丸有エリア(大手町・丸の内・有楽町地区)は、区域面積120haに約4,200の事業所が軒を連ねる。丸の内に事業所を設ける東証一部上場企業の連結売上高は、総額で約124兆円にのぼるという。これは日本のGDP(約500兆円)の実に4分の1に相当する額だ。まさに、日本経済を支える国際ビジネスセンターとして、国内外の有力企業が集積する経済活動の中心地といえる。
そんな大丸有エリアでの打ち水は、他の地域での打ち水とは少し趣を異にすると、エコッツェリア協会の篠崎隆一さんは言う。
「もともと“打ち水”というのは、一般の家庭でできるヒートアイランド対策をして、それを面的に──それこそ全国的に──つなげていこうというところから今日のような広がりをみせてきているわけです。ただ、大丸有エリアはビジネス街ですから、参加するのは一般家庭の人たちではなくて、勤め人になるわけです。そうすると、打ち水だけにとどまらない環境活動への発展が見込めますし、現に勤め先でのCSRや環境ビジネスなどの方向で進展を見せています。企業同士でつながりながら新しいことを進めていったり、情報交換をしたりと、そうした担当窓口の人たちが見えることによって、規模がどんどん大きくなっていくんですね。そんな大丸有エリアらしい“打ち水”をということでやっています」
日本経済の中枢の地・大丸有エリアにある大手企業の数々では、世界に向けてどう事業を成立させていくかということにはじまり、環境活動をはじめとする社会的責任をどう果たしていくか、投資家からはどう見られているか、または新しいビジネスチャンスがないかなど、いろんな視点から自分たちの立場について考えている。
それらの企業が、環境に配慮したまちづくりや環境活動に対して、本気を出して取り組んでいる。中小やベンチャー企業などが今日・明日どう食べていくかと日々苦労しているのに対して、より長期的なスパンで考えられる企業が多いともいえる。
一方で、エリア内にある4,200の事業所に毎日夜、通ってきている就業者人口は総計で約23万人にのぼるという。これらの人たちにとって、大丸有エリアでの環境活動は、企業の担当者としての立場で関わることもあるが、むしろ“企業に勤める個人”としてのかかわりになるケースの方が圧倒的だ。
篠崎さんは、一日の3分の1の時間をここ大丸有エリアで過ごす就業者が23万人もいるこの地で環境活動の啓発をしている理由と意味についてこう話す。
「今の時代、個人として社会のために役立ちたいといった使命感や飢餓感にも似た欲求を持っている人たちが増えてきていることを感じています。そんな人たちにアプローチすることで、その人たち一人ひとりが“私にできることは何だろうか”と考えたり、“私はもっとこういうことをしていきたい”と主体的に行動したりするきっかけを与えることができると思うんです」
そうやって大丸有エリアにいる23万人がそれぞれに環境への取り組みを進めていって、それがまわりの人たち──住んでいる地域や所属企業──にも広がっていく。大丸有エリアという情報発信力の高いまちだからこその強みと役割といえるだろう。
大丸有エリア(大手町・丸の内・有楽町地区の範囲と位置関係)
学生200人が参加した、有楽町打ち水の様子
就業者23万人のうち、特に若い世代──例えば20代前半の人たち──の質的な変化を実感するという篠崎さんだ。
「今の若い人たちって、“お金があった日本を知らない”ってよく言うじゃないですか。バブルを経験していない人たちだからこそ、お金がない状態でいかに生活していくか、その中でいかに満足していくかということを考えていると伺います。そうした中で、従来の“お金を稼ごう”、“ゆとりのある生活をしよう”といった指向から、お金のそれほど潤沢でない中で、何をして満たされて生きていくかと考える時代になっているんだと思います。打ち水プロジェクトにも若い人たちで積極的に参加してくれる人たちもいます。それも有給休暇を使って参加してくる子がいたりもします。世相や育ちもあると思いますが、日本が変わってきていることを感じますね」
今年、上智大学と青山大学の学生約200人が、有楽町の広場で夕方から開催された打ち水に参加した。「ミス&ミスターキャンパス」を運営している事務局の学生たちで、ミス&ミスターコンテストをしながら募金活動をして環境活動などに役立てていくという。役所に相談に行ったところ大丸有・打ち水プロジェクトのことを紹介されて、ステージにあがって活動をPRした。8回目の打ち水プロジェクトで行政との関係性が構築できているからこそのつながりだが、若い人たちがそうして主体的に動いて相談に来ることと、それに対して200人もの学生が集まってくることが、今の時代を反映するようで不思議な思いがすると目を細める篠崎さんだった。
井上さんもエコッツェリア協会の事業を通じて、まちの変化を感じることがあるという。
「いろんな企業の方にお会いする機会があってよく言われるのが、『丸の内というまちは大きすぎて、どこに行って相談すればいいのかよくわからない、窓口が知りたい』ということ。もっとこうしたらいいのにという提案がたくさんあると言うんです。これまでは、デベロッパーが作って、その中に入るというスタンスだったのが、恐らくまちが変わりはじめていて、就業者からのニーズに対してデベロッパーがどう応えていくのかという時代がくるんだろうという感じもあります」
今年、打ち水プロジェクトに企画参加した学生たちの中にも、近い将来に大丸有エリアで働くことになる人が出てくるのだろう。そうしたまちの構成員になる候補生たちを含む多くの人たちの声を聞きながら、まちをつくっていくことの重要性を感じるという。
8回目を終えつつある中で、今後の大丸有・打ち水プロジェクトについて、篠崎さんに展望を聞いた。
「打ち水自体は、変わりなく続けていきたいと思っています。“環境活動”って、イベントではないと思うんです。一過性のものであったら意味がないですよね。『まだやっているの!?』と言われても、ずっと続けていく。その象徴として、『打ち水ウィークス』という路面店が打ち水をしていくということを、今日も明日も明後日も、各店舗さんが時間のあるときに夕方5時前後──仕事をしている合間を縫って──に、続けていく。そうすることによって、環境活動って続けていくものなんだということがスッと心に入っていくんだと思っています」
“日常のできごと”として、まちの中で当たり前の光景になっていくことをねらっているといえる。
「この打ち水自体を定常化していくというのもそうですが、そもそも“環境活動って、イベントではないんだな”ということをみんなに知ってもらいたいんですよ。例えば電気を消すとか、電気を点けるとか、蛇口をひねる…といった小さいことだと思うんですけど、そういうことが癖になると毎日やると思うんですよね」
ハード面でも、そうした日常化をサポートし、補うための設備が新設・改修等のたびにできていっている。打ち水をやってきた中で、撒くだけでなく、その効果を留めておくような機能も必要だと、保水性舗装が注目されたりということもあった。単純に“水を撒く”という行為から発展する技術や仕組みはいろいろと考えられ、それらをきちんと落とし込んでいくこと。それこそが、大丸有エリアで実施している打ち水プロジェクトの強みでもあり、特徴でもあるのだろう。
「今、中水というか“水”の使い方を再検討できないかと関係各方面と話をする機会を持っているんです。今日、再利用水を一般の人たちが気軽に使うことってなかなか難しいんですね。この間の震災もあって、防災面での利用を含めて、そういった水の使い方を考えられるような枠組みもできていって、それがインフラにもシフトしていくようになるとよいと思っています。打ち水は、水にちなんだ取り組みということで、水を管轄する省庁なども集まってきていますから、そういったところでも議論していきたいですね」
たかが「打ち水」は、されど「打ち水」、意外に奥の深い活動であることが伺い知れた。水を撒くといういわば単純な行為、それを続けていくことで、まちもそこに関わる人たちも確実に変わっている。
行幸通りに設置された散水設備。散布された再生水は、車道部の保水性舗装の内部に蓄えられ、気化していく過程で周囲の熱を奪って路面温度の上昇を最大で10℃ほど抑える効果が期待される
“丸の内のオアシス”、一号館広場に設置されたドライミスト
細かい霧で素早く蒸発し、浴びても濡れない「ドライミスト」の設備。設定温度や湿度を超えると自動で噴霧する(新丸ビル)
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