トップページ > 環境レポート > 第17回「一人の百歩より、百人の一歩を大切に ~緑のカーテンをきっかけに、学校が核となる地域づくりを」(中野区環境井戸端会議)
始めて2年目となった2008年の夏、ゴーヤの収穫祭に中野区役所の環境部長を招いたことも一つの転機になった。
全幅70メートルにわたって緑濃く育った同小の緑のカーテンを見た同環境部長は、「すごいですね…」と絶句。
「これは、区役所としても何かしなくちゃならない」と、当時38校あった区内の小中学校の全校に壁面緑化のための予算申請に奔走した。1校当たり100万円で、合計3800万円の予算として計上。
夏の間影を作ってくれるゴーヤに触れ・育てることで子どもたちの環境意識が高まったり、何か一つでも受け止めてもらえることがあったりすればよいとの思いだったという。
議会の承認も得て、ニュースは新聞にも掲載された。西中野小学校の緑のカーテンはモデル校として大々的に紹介されることになった。地域の取り組みが、中野区全域の取り組みへと広がっていった瞬間だった。
この予算を活用して、西中野小学校では鉄パイプの足場を組んで、ネットの支柱を作った。毎年ネットを付け外ししていたが、足場ができたことでその作業も楽にできるようになった。
鉄パイプで組んだネットの支柱。
黄色く熟したゴーヤの実を割ると、中には真っ赤な種が並ぶ。この赤い種は、食べると甘い。
採った種は、洗って乾燥させて、春まで保存する。
西中野小学校で植えているゴーヤの苗は、熟した実から種を採って、翌春に植え付けて育てている。いわば自家採種だ。
ゴーヤの実は、熟してくると黄~赤に色付く。中を割ると真っ赤な種が並んでいる。勧められて口に含むと、種のまわりのペクチン質が思いもかけず甘かった。この甘さと鮮やかな赤色が鳥を引きつけるという。
種を採り出して、きれいに洗い、乾燥して、春まで保管するのは、会の役割だ。
4月頃に600粒ほどを、土を入れたバットにばら播きして、芽が出た中から元気のよい300本ほどを一つ一つポットに植え替えて、さらに大きく育ててから、5月の半ばになって地面に定植するわけだ。ちなみに苗は、近所の苗農家に協力をしてもらい、ハウスの一角を借りて育てている。
200本ほどを小学校に植えたあと、残りの苗は会員や手伝ってくれている人たちに配って、自宅で育ててもらっている。西中野小で採れたゴーヤの種から発芽した苗を使っているから、そうして育った緑のカーテンは、地域の中に広がる“分校”と位置づけている。緑のカーテンが広がり、協力してくれる人が増えることになれば、あまった苗も無駄ではない。
「実は、種も食べられるんだよ」と鈴木さん。硬い殻の中には芽が生長するための栄養が詰まっている。カロリーが高く、炒るとナッツのような食感・食味になるという。
「ゴーヤって、捨てるところがまったくないんですよ。実を薄く切って天日で干して乾燥させて、フライパンで煎るとお茶にもなる。ほうじ茶みたいないい色が出て、栄養分をたくさん含んだいいお茶ができる」
緑被率の低い中野区を舞台に、わずかなスペースで誰でも楽しめる地域に根ざした緑のカーテンが普及していけば、“ゴーヤの里 中野”として地域の特徴にもなる。そんな壮大な夢も描いている。
ゴーヤの苗づくり。
小学校を核にして三町会がまとまってきて、子どもたちの登下校での見守りや声かけも増えていった。
「私なんか、“じゃんけんおじさん”になっちゃっているよ」と鈴木さん。
子どもたちは、知らない人とは口をきくなと教えられている。だったら、毎日同じ場所に立ち続けて“知っているおじさん”になればいいじゃないか──。単純な発想だった。それもすぐにわかるような特徴があれば、覚えてもらいやすい。
「それでヒゲを伸ばして、毎朝、同じ場所で子どもたちに挨拶するようにしたんだ」
でも、鈴木さんが声をかけても、ただ頭を下げるだけの子も少なくなかった。何とかして声を出させたい。最初は黙って「グー」をつくって拳を突き出してみた。
「そうすると、子どもって反応するんだよね。グーを出すと、グーを出し返してくる。ほら、『最初はグー!』ってやるじゃない」
子どもが通るたびにグーを出し、「じゃんけん、ポン!」と声を交わしていった。はじめは反応が薄かった子も、次第にじゃんけんに熱中するようになった。毎朝の通学路が賑やかになってきた。
「毎朝7時に立ち続けて、もう8年間になるんだ。雨が降っても子どもたちは学校に行くから、毎朝欠かさなかった。私の同級生でこの川の少し下流の方に住んでいる親友の加藤くんも区立若宮小学校の児童の見守りを8年続けている。今じゃ、2人ともちょっとした有名人だよね」
始めた頃に小学生だった子は大学生の年代だ。高校を出て務めている子もいて、背広を着て出勤する姿を見かけたりもするという。
「子どもたちが親といっしょに歩いていて、親は私のことを知らなくても子どもの方から『こんにちは』『あ、じゃんけんおじさんだ!』などと声をかけてくれるんだ」
そうやって毎朝見ていると、子どもたちが朝ご飯を食べてきたかということもわかるようになるという。
今夏、鈴木さんたちは、8月3日(金)~4日(土)に西中野小学校の校庭でキャンプをする「第1回西中野サマーキャンプ」を企画した。夜はキャンプファイヤーを灯した。3・4年生を対象に呼びかけ、親も入れると80人以上が集まった。
きっかけは、朝の声かけで聞いた子どもの話だったという。夏休み近くになって、「休みの間はどっか行くのかい?」と声をかけると、「どこにも行かない」なんて言う子がいる。「お母さんの田舎に帰るんだ」「ぼくは行くところない」と言う子もいる。
「子どもたちの情報がすごく入ってくるんですよ。それこそ、学校の先生も知らないようなこともね」
会のメンバーとの雑談で、そんな子どもたちの様子を話している中で、「今年、キャンプをやってやらないか」と盛り上がっていった。学校は無論、町会やPTAの協力も得て、実行委員会形式で運営した。
本来、学校でキャンプファイヤーをやるなんて簡単にできることではない。緑のカーテンの取り組みを通じた学校との信頼関係やつながりがあったからこそ実現した企画だったといえる。
「校長先生、私、子どもたちにキャンプをしてあげたいんです。消防署に行って許可取ってきますよ」と相談する鈴木さんに対して、校長も「わかりました、じゃあやりましょう」と理解を示し、PTAにも協力を呼びかけてくれた。
「校長先生、教育長にも面談し話をさせていただきますね」と教育委員会に出かけて行く。
女性の教育長は「子どもたちは喜ぶわね」と認めてくれた。
実は前の年の夏、今の3・4年生たちは林間学校も臨海学校も行けなかったという。原発事故の影響で、行事が中止になったためだ。その代わりになるような思い出づくりを子どもたちにさせてやりたいという思いが背景にはあった。
8月3~4日に開催したサマーキャンプ。学校の行事が中止になって残念がっていた3・4年生の子どもたちへのプレゼント企画だ。校庭でキャンプファイヤーをし、校庭に張ったテントで泊まる。朝はラジオ体操もした。
ゴーヤからはじまった活動は、いろいろな方面につながりができていくことで、思った以上の広がりと効果を見せていった。
鈴木さんは、「一人の百歩より、百人の一歩」を目指すこと──を座右の銘にしていると言う。一人一人は小さな一歩でも、確実な一歩を踏みしめることで、大きな成果を生む。それと同時に、その一歩が一人一人にとって環境に目覚めるきっかけになる。
大事なのは、まず一歩を踏み出せる環境を作って、後押ししてあげること。躊躇している人に、ポンと背中を押して、一歩を踏み出させてやる。
「100人が一歩を踏み出せば、100人の力になる。1人がやっても1人の力にしかならない。1つのことしかできないけど、100人でやれば100個のことができるんです」
そんな考えを基本に、これまでもこれからもやっていきたいという。
お話を伺った、中野区環境井戸端会議 代表の鈴木孝雄さん。
中野区環境井戸端会議のメンバーと地域の皆さん。鈴木さんは、前列左端で黄色く熟したゴーヤをぶら下げている。
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