トップページ > 環境レポート > 第18回 地域の共有資産として“緑”を位置づける ~緑豊かな街をめざした緑のマップづくり(いたばしエコ活動推進協議会『緑のマップ・プロジェクト』)
自主調査グループは解散したが、このときの現地調査の経験は大きかった。
当時の調査に参加した鈴木さんは、そのときの実感についてこう話す。
「街にはいろいろな緑がありますよね。生垣、庭木、屋敷林、樹林、農地などもあります。いろんなスタイルの緑があるのですが、民有地では多くの場合、個人の意志と努力があって守り育まれてきているということを強く感じました。“緑豊かな街”という理想は以前から持っていましたが、それは理念だけでは実現しません。現実に費用や手間をかけて支えてくれている人たちの存在があってこそ成り立っているということと、その大切さに改めて気付かされたのが、この自主調査でした」
その後、板橋区環境基本計画の策定のための区民との協働プロジェクトのひとつとして、CO2削減やエコライフの推進などのプロジェクトとともに、緑を増やすプロジェクトも立ち上がり、村上さんたちはこれに参加する。これらのプロジェクトでは、計画策定後も有志が集まって、現実の協働に対してどう関わっていこうかと、継続的な議論を重ねていった。ただ、緑のプロジェクトでは現地調査の次にできることが何なのか、当時は漠然として明確な活動テーマが見えてこなかったという。
ある日のこと、一人の主婦が「私の住んでいる街で緑のマップを描いてみたんだけど」と言って、手描きのマップを持ってきた。そこには、地域の緑に対するたくさんの思い出や印象が事細かく書き込まれていた。客観的に見れば、まとまった樹林地でもないし、特色ある景観もない。いわば、どこにでもあるありふれた身近な緑地だ。でもそんなどこにでもある身近な緑が、その人にとっては思い入れある、大事な緑になっていた。
「あ、これだったら、誰にでもできるんじゃないか──」
地域を歩きながら、地図に書き込むという単純な作業だが、それによって、地域の人たちが地域の緑について考え、気付くきっかけが生まれる。“緑豊かな街”が身近にあることを喜び、地域に残された一つひとつの“緑”を大事に思う気持ちを広げていくきっかけとして、緑のマップづくりが生かせるんじゃないか、そんな直感が生まれたという。
「区内には、直径1m以上の巨木(注3)が77本あります。それは民有地のなかにもある。これらの木は、樹齢推定300年以上、つまり江戸時代から、同じ場所に生えているわけです。そういうことを知って、地域にとって大事な木だという認識をみんなが持てるようになると、この先もつながっていくと思うんです。でも、『木なんてどうだっていいじゃないか』『300年もったんだからここでお終いにしてもいいんじゃないの』と言う人が多ければ、なくなってしまうかもしれない。要は、自分たちの街にある緑を、“大事なもの”として捉えることができるかどうかということです」
村上さんたちは、『緑は地域の共有資産』というキーワードをよく使うという。一方的な価値観の押しつけはできないが、地域の人たちの中で何か共有できる価値観が持てれば、地域の緑に対する意識や見方も変わってくる。
「そのための手探りの活動ですね」と笑い合う村上さんたちだった。
緑のマップ・プロジェクトでは、前述の通り、毎回、町丁を基本単位にして歩いている。これは、日常の生活感をベースにするためだ。縮尺3,000分の1の白地図を用意して書き込んでいるが、この縮尺だとだいたいA4サイズに収まるという。昔の写真や古地図など、互いに調べた資料を持ち寄って、共有した情報から得られる発見もある。
2012年9月1日(土)の活動は、稲荷台での緑のマップづくりだった。都営地下鉄の板橋本町駅から中用水跡を辿って稲荷台に入る。会員の一人が1958年撮影の古い写真を持参。当時、中用水の谷をまたいで橋が架かっている写真だ。同じ地点の現況は、旧用水が埋め立てられた住宅地となっていて、当時の面影はまるでない。
1958年当時の中用水(左)と、現在の同地点の現況(右)
これまでの活動でまわってきたのは、高々20数カ所に過ぎない。区内の全134町丁をまわりきるには、月1回の活動ペースではまだまだ10年近くかかる計算だ。ただ、そうして歩いていると、常に新たな発見があって飽きることがないという。住宅街や工場地帯、古くから商業地区として栄えていたところなど、いろいろなまちの顔が見えてくる。
「この間もね、板橋一丁目というところを歩いていたんですが、江戸時代から残っていた千川上水の跡を見つけましてね。マンホールの蓋に千川上水の文字がデザインされていたのです。みんな大興奮、緑のマップどころじゃなくなって、近世~近代の歴史散策になっちゃって…。そんな回もありました」
同地域は、中山道を稜線として、南と北にある川に向けてそれぞれなだらかに傾斜する地形になっている。千川上水はその稜線上にあったわけだ。古くから商業地帯として開発が進められてきたことが伺えたという。
実施回ごとに整理してファイリングしてある「緑のマップ」
マンホールの蓋のデザインに見つけた、千川上水の痕跡
先に紹介した、特定樹林地の自主調査の結果と照らし合わせながら歩いていくと、特にここ2~30年で、板橋区がいかに大きな変貌を遂げたかが見えてくるという。
現在は、自主調査や基本計画策定のプロジェクトに参加した人たちが参加するメンバーが主体で各地を歩き、緑のマップづくりの経験と知見を貯めていっているといえる。将来的には、こうしてストックした各地の緑のマップをデータバンクとして活用できるように提供したいという。同時に、メンバー中心に歩いている緑のマップづくりを体系化していきながら、町会や学校など地域のコミュニティと連携しながら実施していくことも意識している。それこそが本来の趣旨である地域の人たちが地域の緑に対する価値観を共有化していくことにつながるからだ。
さらに、子どもたちの環境学習としての展開や、地域の歴史・文化を踏まえたグリーンツーリズムの開催なども見据えている。そのためのプログラム化も着手し始めた。
2012年2月には、いたばしエコ活動推進協議会の前身に当たる板橋環境会議の予算をもらってパンフレットも作った。
緑のマップ・プロジェクトは、まだはじまりの途についたばかりだ。
本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。
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