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2013.02.15

第25回「子どもたちの笑い声が響く、“場”をデザイン ~ママンカ市場」(株式会社スマートデザインアソシエーション)

Webマガジン『ママンカ』から、産直市場『ママンカ市場』へ

小さな子どもを連れた親子で賑わうママンカ市場
小さな子どもを連れた親子で賑わうママンカ市場

 ママンカ市場の「ママンカ」とは、中米のアンデス先住民族が古代インカ帝国の昔から現在まで脈々と語り継いでいる言語・ケチュア語の“maman:Qa”から取ったもので、日本語にすると「お母さん(ママ)の~」を意味するという。名前の通り、幼子を抱えたお母さんたちへの思いからはじまった場づくりだ。
 主催しているのは、下北沢に事務所を構える、株式会社スマートデザインアソシエーション(SDA)。Webに関わるサービスやコミュニケーションのデザインを主たる業務にするWeb制作会社。Web制作と野菜の直販市場とが、一体どう結びつくのか──。
 元は渋谷の高速道路脇に事務所を構えていた同社が、下北沢に事務所を移転してきたのは2009年5月のことだった。新しいものと古いものが混在し、訪れる人と長く定住している人たちが交差する、この街の独特のパワーが、ものづくりをする同社にとってよい刺激を与えてくれるだろうというのが移転の動機だという。代表の須賀大介さんが以前から住んでいて、そんな下北沢の街の雰囲気を気に入っていたから、移転を機に、地元でできる社会貢献につながる事業をしたいと思ったのが、ママンカ市場を始めるそもそものきっかけになった。
 そう思うようになった一つの転機が、ちょうどこの頃、須賀家に誕生した第一子の存在だった。初めてのお子さん、しかも奥さんは悪阻(つわり)が重くて大変な状況を目の当たりにする。それまでの夫婦2人の気ままな生活とはガラリと変わる大きな出来事だ。茨城県の里山で育ち、久慈川が流れる山間部で山や川を遊び場にして幼児期を過ごした須賀さんにとって、東京での子育ての難しさを実感することになったという。
 何とかしてお母さんたちの気持ちが少しでも安らぐようなことができないか──デザイン会社としての強みを生かして、最初に始めたのが2009年から2011年10月にかけて発信したWebマガジン『ママンカ』を通じた情報提供だった。
 Webマガジン『ママンカ』では、公園などで家族のスナップを撮ったり、子育ての大変なところなどをヒアリングしたり、“あるお母さんの一週間”という特集記事を作ったりと、文字通り“ママたち”にとって役立つ情報を満載した。
 こうした取材を通じて、幼子を持つ母親たちが外に出かけようとしたときにさまざまなハードルがあるという話をいろんな場面で聞くことになる。買い物に行っても休める場所がないから、行けるところも限られてしまう。
 だったら、お母さんたちが安心して過ごせるような場所づくりができないか。ママンカ市場を始めることになったきっかけには、そんな発想があったという。
 野菜を中心にした産直市場を着想したのも、ある縁が後押ししてくれた。須賀さんの高校時代の幼なじみだった八木岡岳暁さんが、茨城県にある実家のイチゴ農家を継ぐ形で就農するというタイミングの一致だ。「農家のこせがれネットワーク」【1】の就農第1号者としても注目された八木岡さんは、農家同士の横のネットワークを広げている時期だった。JAだけでない販路を模索する上でも、お客さんと直接ふれあえる場のかけがえのなさを理解してくれることになった。
 一方、場所探しで相談に行った地元の下北沢第一商店街では、ちょうど生鮮三品と呼ばれる八百屋、肉屋、魚屋のすべてが跡継ぎの問題で店を閉じてそれほど年数が経っていない頃だった。ママンカ市場の構想を話しに行くと、「ぜひやってほしい」と好感触を得て、商店街でも普段から縁日や祭りなどでよく利用している真龍寺を紹介してもらえることになった。
 駅前商店街からは路地を一本入ったところにある真龍寺。住宅街からは駅に向かう途中にあるから便利だし、駅からも歩いて5分とかからない。路地裏にひっそりと建つから新しい住民だとこんなところにお寺があるなんて知らない人もいて、新たな地域発見の機会にもなっている。

産直市場から、ママンカのデザイン力を生かした農産物・農家のブランディングをめざして

ママンカ市場に参加する農家たち
ママンカ市場に参加する農家たち
ママンカ市場に参加する農家たち

 出店してくれる農家さんたちは、いわば“農家が認める農家さん”。それぞれが、自慢の野菜を持ってやってくる。縁が縁を呼び、今や営業をかけることもなく、参加の引き合いがくるようになっている。
 ママンカ市場の野菜たちは、作り手の農家さん本人といっしょにやってくる。買い物をしながら交わす話を通して、野菜たちが育った場所のことを知り、作り手の想いが伝わってくる。作り手だからこそ知るおいしい食べ方を教えてもらうことも含めて、ママンカ市場の新鮮な野菜たちの“おいしさ”を加味してくれている。
 買い物だけでなく、体験型のワークショップも不定期ながら開催される。イチゴのジャムづくりやピクニックに持っていけるスコーン、バレンタインに合わせたスイーツなど、季節に合わせた料理教室なども開催している。もちろん、子どもも参加できる簡単なワークショップだ。しめ縄づくりなど農家さんの知恵を学ぶ体験は、普段できないからこそ、子どもたちにとっては特に印象深く記憶に刻み込まれる。

 そもそもママたちのための場をという発想で始まったママンカ市場。各ブースでは、母子手帳やマタニティマークの提示によって、ちょっとした特典が受けられる仕組みがある。「はぐくみプロジェクト」と呼ぶ取り組みだ。例えば、形が悪くて売り物にならなかった野菜をサービスしてくれたり、割引をしてくれたり、小さなマフィンを焼いてきてくれたりと、お店によってさまざまだが、子連れのお母さんたちにとって心地よい場所にしたいという思いは関係者から共感と理解を得ている。
 境内の奥の方にある和室は、授乳やおむつ替えのスペースとして開放される。また、閉鎖された保育所からもらってきた絵本は、月に一度の『ママンカ文庫』として自由に手に取ることができる。

イチゴの香りがたっぷり詰まったアイスクリーム『紅羽』
イチゴの香りがたっぷり詰まったアイスクリーム『紅羽』

 そんなリアルな場づくりとしての“市場”開催の経験は、本業のデザインや制作の仕事にも活かされる場面が少しずつ生まれてきていると小出さんは言う。例えば、ママンカ市場に参加しているイチゴ農家の場合、12月から5月が出荷時期になっている。これ以外の時期は、苗を育てたり土づくりや水やりをしたりと、やっている仕事は少なくはない。でも商品自体は育っていないから、お金は入ってこない。
 この間の収入につながるような商品の企画開発やパッケージデザインなどのPR等で協力できないかと、農家と協力して企画した商品の一つに、『紅羽(くれは)』と名付けた、イチゴの香りがたっぷりと詰まったアイスクリームがある。素材の味わいを大事に伝えたいと、イチゴを33%も入れた特製のアイスクリームだ。
 野菜の生産地である“地方”と、市場を開催する“都市部”。そのつながりを生かした複合的な農産物のPR事業を手がけていこうというのも、ママンカ市場ならではの試みだ。
 人とモノ、人と人との関係をよりよくつなげる試みこそがデザインのキモと言える。ママンカ市場の縁から派生した、出荷用段ボールのデザインや、名刺やステッカーのデザインに協力する事例も出てきている。力のある農産物と、個性あふれる作り手の農家さんたち。そうしたモノの裏側にある“ものがたり”の紹介を通して、野菜の楽しみ方をいろんな人たちに知ってもらうためのサポートをしていくのもデザイン会社としての役割だ。

 ママンカ市場の取り持つ縁は、当初の見込みを超えてさまざまな方向へと広がってきているようだ。

注釈

【1】農家のこせがれネットワーク
 実家が農家ながら都市に出て仕事をしている“こせがれたち”と、食や農業に関心が高い生活者たちがつながれる場を作って、就農に踏み出す農家の後継ぎたちを応援することを目的としたネットワーク。

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