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2013.07.16

第34回「子どもたちとともに歩んできた20年の月日
 ~子どもたち自身の実践活動を手助けする、あきる野市・菅生(すがお)の『自然の学校』の取り組み」

学ぶことより、楽しみ・感じることが大事

 『自然の学校』は、“学ぶ”ことを目的とした活動ではない。自然の驚異や不思議、その変化を楽しんだり、遊んだり、感じたりすること、その結果としてさまざまな学びを得ることはあっても、学ぶこと自体が目的となるわけでは必ずしもない。ただ、いろんな活動をしたあとには、そのすぐ後に「ふりかえり」の時間を取って、体験したことや感じたことを参加者みんなで共有する。
 「ふりかえりというのが大事なんです。ホタルを見られてよかったというだけで終わりにしないで、終わってすぐに感想を聞いたり、どんなところに棲んでいた?と問いかけてみたりすると、そのときの体験が定着する。忘れてもいいんです。家に帰って親と話をして、その時は熱く語っても、しばらくすると忘れちゃうじゃないですか。それでいいんです。ただ、来年きた時に、そういえば見たよねと思い出したり、他の機会でも昔ホタルを見たなあというのをふとした瞬間に思い出したりすることがある。“そういえば”というのがあることがすごく大事だと思うんです。学校の勉強のように、今覚えなくちゃいけないことではなくて、何となく納得して、そうだなと思うことがあればよい」
 ふりかえりによって子どもたちの心の中に定着させる効果と重要性について、ゆかりさんはそう話す。

ふりかえりの時間。フィールドノートに感想を書きながら、今回のキャンプの思い出を噛み締める。ふりかえりの時間。フィールドノートに感想を書きながら、今回のキャンプの思い出を噛み締める。

 ホタルキャンプの夜は、地域の幼稚園の園庭を借りて、テントを張ってキャンプする。大人は軒下を借りて寝袋に包まる。テントの中は子どもたちだけの世界だ。夜更け過ぎまで話しの尽きない子どもたちの声が聞こえたが、大騒ぎをしない限りは声を荒げることはない。普段はできない夜更かしを楽しむことや、それによって翌日に影響が及んで後悔するのも、子どもたちにとってよい体験になるということなのかもしれない。

 初日の夜は弁当持参だが、2日目の朝食と昼食は、畑で収穫したジャガイモやダイコンの間引き菜などが具だくさんの汁や肉じゃが、キュウリのサラダなどとして献立に並ぶ。大きな釜で炊いた、おこげの香り漂う炊き立てごはんとともに、子どもたちの朝の散歩や収穫体験などをしている間に、スタッフが食事の準備をする。
 食事の途中で、スタッフから食器の洗い方についての説明がある。
 「食器は、トイレットペーパーで拭いてから、水で洗うようにしてください。ここの水は、排水口へ吸い込まれた汚水がすぐ裏の川に流れ込んでいるから、汚れ──特に油汚れ──を拭き取らないと、川が汚れてしまいます。汚れがひどくなると、昨日の夜…見たよね、そうホタル! ホタルをはじめとした水に棲む生き物たちが生きられなくなってしまうんです」
 前夜のホタル観察を通して、生命の神秘さや共感、自然を大切に守ることを感じることはできる。ただ、そこで感じた思いを普段の自分たちの生活とのつながりの中でとらえて、行動に結びつけるには、もう一歩踏み込む必要がある。食事と食器の片づけという生活体験を通じて、自然とのつながりを知り、気を配ることになるわけだ。自然の学校では常にこのスタイルだから、参加が重なるにつれて、自然と習慣になっていく。

園庭にテーブルを出して、子どもたちが一人ずつ食器を持って並ぶ。

園庭にテーブルを出して、子どもたちが一人ずつ食器を持って並ぶ。

 園庭にテーブルを出して、子どもたちが一人ずつ食器を持って並ぶ。

畑の作業が教えること

 「畑に入るときの注意! 苗を踏まないこと。畑の中も、よく見るとへこんでいるところがあるでしょう。そこを歩きます。狭いから、気を付けてね!」
 畑に入る前の注意だ。

6月の畑作業では、ジャガイモの掘り起こしやサツマイモのツルの植え付けなどを体験。6月の畑作業では、ジャガイモの掘り起こしやサツマイモのツルの植え付けなどを体験。

 畑の作業も『自然の学校』のメインプログラムの一つ。種や苗の植え付け、草取り、収穫など、季節に応じてさまざまな作業が子どもたちを待っている。
 子どもたちは、作業に熱中してくると、ついつい足元がおろそかになっていく。もともと馬耳東風で、それほどしっかりとは頭に入っていなかったのかもしれない。途端に、鋭い声が飛ぶ。
 「そこ! 足元!! 苗を踏んでいる! 苗は人と違って、折れたりするともう治らずに死んでしまうんだよ!!」
 子どもだからといって容赦はしない。向き合うときは真剣だ。それでも、畑に入るなとは決して言わない。失敗も含めて、いろんな経験をすることで、気付いたり学んだりする。言葉だけで、よいこと悪いことを伝えようとするのではなく、体験を通じて身をもって知ることを重視するということのようだ。

 畑の作業は、なるべくつながりを理解できるように心がけているという。今回、6月に掘り起こしたジャガイモは、前年度の2月の例会で植えた。植えたら植え放しで終えたり、収穫をするだけだったりのプログラムではなく、年間を通じて、いずれかの段階で、どこかにつながっていくような展開をする。途中の経過を観察しながら、最後、口に入るところまでをひとまとめでやっていきたいと浅原さんは言う。そうやって途中の苦労をしてこそ、ありがたみも増すわけだ。
 今回、植え付けをしたサツマイモの苗は、夏には伸びて繁茂したツルを持ち上げて、「ツル返し」【3】と呼ばれる手入れを予定している。苗床の落ち葉溜めも、分解が進んだ奥の層と表面とを入れ替える「天地返し」をして、落ち葉の発酵・分解を促進する。秋は、イモ掘りをして収穫もする。2月には掃き集めた落ち葉で苗床を作ったり、落ち葉の焚き火の焼き芋がおやつになったりする。

落ち葉溜めの発酵熱で育てるサツマイモの苗床(左)。切ったツルを畑に植え付けていく(右)。

落ち葉溜めの発酵熱で育てるサツマイモの苗床(左)。切ったツルを畑に植え付けていく(右)。

 落ち葉溜めの発酵熱で育てるサツマイモの苗床(左)。切ったツルを畑に植え付けていく(右)。

 『自然の学校』で借りている畑での作業だけにはとどまらない。20年もやっていると、地域の人たちも協力的だ。6月のホタルキャンプの日も、近所のウメ畑で、ウメの実を採らせてもらった。畑におじゃまして挨拶すると、「ビワも成っているから、採っていきなよ!」と声を掛けてくれる。
 ここのウメの実は、毎年採らせてもらっているという。去年は80kgのウメを漬けて梅干しにしたほか、酢と氷砂糖に漬け込んでウメジュースも作った。この日採ったウメの実は、次回以降のおやつとして、子どもたちの口に入ることになる。

近所のウメ畑でウメの実収穫体験。木の下にブルーシートを敷いて、竹の棒でたたき落としたウメの実を拾い集める。

近所のウメ畑でウメの実収穫体験。木の下にブルーシートを敷いて、竹の棒でたたき落としたウメの実を拾い集める。

 近所のウメ畑でウメの実収穫体験。木の下にブルーシートを敷いて、竹の棒でたたき落としたウメの実を拾い集める。

この日採ったウメ(左)と、4年前に採って漬けっ放しだった、梅干し(右)。

この日採ったウメ(左)と、4年前に採って漬けっ放しだった、梅干し(右)。

 この日採ったウメ(左)と、4年前に採って漬けっ放しだった、梅干し(右)。

大事なのは地域とのつながり

 ウメ畑のお宅だけでなく、地域の人たちとのつながりが『自然の学校』の一つの大きな特徴になっている。菅生地区には、160軒ほどの家があるが、浅原さんは、その一軒一軒に顔を出し、話をしてきたという。
 お茶畑を持っている近くの農家があるから、子どもたちにお茶摘み体験をさせてやれるのではと、お願いに行った。快く受け入れてもらったが、摘ませてもらうだけでは1回きりの付き合いで終わってしまう。茶摘みの後、手入れ作業を手伝わせてくれと、再び訪ねていった。

校長の浅原俊宏さん(中央)、奥さんのゆかりさん(右)、事務局の宿谷珠美さんと愛娘のあいかちゃん(左)。『自然の学校』の看板を掲げた浅原家の自宅前にて。校長の浅原俊宏さん(中央)、奥さんのゆかりさん(右)、事務局の宿谷珠美さんと愛娘のあいかちゃん(左)。『自然の学校』の看板を掲げた浅原家の自宅前にて。

 最近は、市の計画に協力して、産官学の取り組みをはじめている。市の「郷土の恵みの森づくり」構想のモデル地区の一つとして、平成23年8月に設立された「あきる野菅生の森づくり協議会」の事務局を浅原さんたちが引き受けることになったのだ。市有地(盛土地)の自然再生に汗し、活用方策を協議するワークショップも開催した。里山や休耕農地を活用して菅生の特産品づくりなどにも取り組んでいる。具体的にあげると、放置されていた雑木林のコナラやクヌギ等をホダ木にして栽培するシイタケ、ハウスの中で水断ちして糖度を高くしたフルーツトマト、山ウドやコゴミといった山菜などだ。もちろん、そうした現場も、『自然の学校』のフィールドになっていく。
 試験栽培した野菜を「新しく作ってみたから食べてみてよ」と、近所の人たち中心に配って歩いた。「おいしいのができたんだって、うちにも持ってきてよ」と伝え聞いた人からも声が掛かる。道を歩いていると、「ちょっと茶でも飲んでいかんかね」と声を掛けられる。
 20年間かけて、そんな付き合いができていったと話す浅原さんだ。

注釈

【3】サツマイモのツル返し
 サツマイモから伸びたツルは、土に触れるとその部分から根が生えてくる。その根を放置したままにすると、根が生長してイモができてしまい、葉でつくった養分を分散するため、よいイモはできない。
 このため、伸びたツルを畝の上に乗せるように返して、ツルの途中から根が張るのを防止したり、張ってしまった根を抜いてイモができないように手入れをしたりする。この作業を、「ツル返し」という。

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