トップページ > 環境レポート > 第40回「ジテツー(自転車通勤)が普通になれば、都市の交通は大きく変わる ~『TOKYOツーキニスト』主宰・内海潤さんの取り組み」
2013.10.21
ロンドンでは、自転車専用レーン(通称「サイクルスーパーハイウェイ」)が順次整備されている。“自転車は車両の仲間だから車道を走る”という認識
が広まることが、都市交通の中に自転車をきちんと位置付けるうえで大事な視点だと内海さんは言う。(NPO自転車活用推進研究会提供)
まだ記憶に新しい2012年の第30回夏季オリンピック。開催地のロンドンでは、この大会を契機に“自転車革命”と呼ばれる自転車交通政策が一気に進んで、大きな話題を呼んだという。
「ロンドン市内のここ数年の変貌ぶりは他に類を見ないめざましいもので、昔のロンドンをご存じの方が驚くほどの変化なのだそうです。計画のもとになった『ロンドン自転車革命』は、2010年5月にロンドン市長が発表した『ロンドン市交通戦略』構想の一部として提示されたものです。この交通戦略は、すべてのロンドン市民の交通機会の向上のため、交通公共機関の整備・拡充を謳った(うたった)もので、そうした中、自転車を都市交通の重要なファクターとして取り組むことを明記しました。こうして、オリンピック開催が決まってから数多くの自転車優遇政策が打ち立てられ、今や世界有数の“自転車大都市”になったのです。例えば、『サイクルスーパーハイウェイ』という名称の自転車専用レーンが、金融街で有名なロンドン中心の『シティ』を中心として放射状に整備されています。ロンドンは古い町ですから、おいそれと道幅を拡幅することなんてできません。掘り返せば古い遺跡なども出てきます。この自転車専用レーンも、実態は幹線道路の端をペイントしただけのものですが、“自転車が走るレーン”ということが目に見えてはっきりとわかることで、自動車は自転車の走行に配慮するようになります。信号待ちのときも自転車が自動車の前で待つようになっていて、自転車が優遇され、左折時の巻き込みを回避することにつながっています。つまり、ハード面の整備よりも運用面の工夫で自転車優遇策を実現しているのです。東京はロンドン以上の大都市で、自転車関係のインフラが整備されていないことや地理的状況など、よく似ている点も多々あります。7年後のオリンピック開催が決まったことが1つのチャンスになって大きく変わる可能性がありますし、そうしていくことが、自転車の利用促進に携わる私たちの役割だと思っています」
そう期待を込めて熱く語るのは、NPO法人自転車活用推進研究会の理事で、自転車通勤応援サイト『TOKYOツーキニスト』を主宰する内海潤さん。
ロンドン市のサイクルスーパーハイウェイ整備計画図。(ロンドン市HPより)
東京都の自転車の走行帯。現在は、車道にレーンを設置するのではなく、歩道に自転車通行帯を色分けしたものが多い。(内海さん提供)
日本の自転車普及台数は、約7千万~8千万台と推計されている。これは約4億台の中国、1億2千万台の米国に次ぐ、世界第3位の自転車普及台数だという。もちろん人口が多いゆえの台数だから、人口当たりの普及率でいうとオランダやドイツ、デンマークなどのヨーロッパ諸国の方が高いし、利用実態としても自転車政策でもこれらの国々と比べると30年ほど遅れていると言われているのが実情だ。近年、健康面や環境面からも注目されるようになっている自転車を、都市交通の中でもきちんと位置づけて、自転車で走りやすい都市を目指したインフラ整備を進めていくことが、内海さんたちの目指すところ。そのきっかけとして、2020年東京オリンピックは格好の機会になる。選手村を中心とした半径8km圏内にほとんどの競技会場を建設するコンパクトな会場配置が開催計画の核の一つになっているから、選手村と各競技会場を自転車専用レーンで結べば、オリンピックの環境対策の目玉にもなるし、大都市・東京の自転車交通政策を促進する力にもなる。ロビー活動などを通じて、そんな取り組みを進めていきながら、日常の中に自転車のあるライフスタイルを提案していこうというわけだ。
『TOKYOツーキニスト』は、“自転車で通勤をする人=ツーキニスト”を応援するための情報を発信・提供するコミュニティサイトだ。通勤の交通手段が車から電車などの公共交通機関に変われば、省エネ・地球温暖化防止対策につながるが、さらにそれを推し進めて、人力で漕いで走る自転車になれば、走行時のCO2排出は全くゼロになる。しかも通勤者自身にとっては、適度な運動になるし、満員電車で通う“痛勤地獄”から開放されることにもなる。
「私が自転車通勤を始めた2005年当時、自転車で通勤する人は、それほど多くはありませんでした。いても多くの場合は、ロードレースに出るような本格派の人たちがトレーニングを目的に走っているような感じで、一般の人たちにとっては、自転車は近所の買い物とか最寄駅までの足としてしか認識されていませんでした。もちろん、かくいう私自身もそうでしたから、自宅から20㎞ほどある職場までの道を自転車で通おうなんて発想自体、まったく持っていませんでした。ところが自転車で通い始めてみると、天候さえよければ10kmや20kmの距離はそれほど負荷なく走れます。それまでは知らないまま素通りしていた街の路地や商店街を覗いて、ときに寄り道をしたりする楽しさも覚えました。自転車だからこそできることですよね。そんな都市の移動手段としての自転車の可能性や楽しさを実感するとともに、もっと多くの人たちに知って、味わってほしいと思ったんです。自転車が、レースに出るような人たちだけしか楽しめないわけではなく、かといって近所への買い物や駅までの足として使われるだけでもなく、その中間の楽しみ方があることを広めていきたいんです」
内海さんが自転車で通勤しようと思うようになったきっかけは、ある一冊の本との出会いにあった。運動不足で体重がどんどん増えてきてしまったことで、何か運動をしたいと思っていた時に読んだ『自転車ツーキニスト』(疋田智著、光文社)という本だ。通勤の時間が運動の時間にもなれば、仕事帰りや週末にあらためて時間を取らなくても運動不足が解消できる。
痩せたいという明確な目的があったから、ともかく自転車を手に入れて、職場まで漕いで行ってみようとすぐに思えた。
実際に自転車で通勤してみると、意外と苦労もなく走れることがわかった。それも、自転車で走ること自体が思った以上に楽しいことを発見した。最初は国道沿いに走っていたルートも、道を調べていくうちに、どんどん早く、楽しく走れるルートが見つかった。そんなルート探しの時間も、自転車通勤の魅力の一つになっていた。
ルート探しも自転車通勤の楽しみの一つ。最短コースがベストコースとは限らない。(内海さん提供)
内海さんがマネージャーを務める『OVE南青山』。自転車のあるライフスタイルを提案する展示・イベントスペースだ。
徐々に自転車で通勤することにのめり込んでいくと、次第に自分で楽しむだけでなく、この素晴らしい世界をより多くの人に体験し、実感してもらいたいという思いが芽生えていったという。自転車通勤を始めて1年ほどが経過した頃、1つの決意が胸をよぎった。
「“自転車通勤”という魅力的で可能性に満ち溢れた(あふれた)コンテンツがあるにもかかわらず、活用できている人は少ない。これは大いなる損失だと思いましたし、それを広めていくところに新しいビジネスチャンスがあるんじゃないかと思ったのです。“自転車の時代”がやってきているという予感もありました。当時、勤めていた会社の早期退職制度を活用して、『TOKYOツーキニスト』を立ち上げ、これを核に、自転車通勤をしている人やこれからしたいと思う人、会社の通勤規則に自転車利用を制度化しようとする企業などに対するコンサルディングや、講演・執筆活動などをビジネスにしてきました。もちろん、簡単に売り上げがあがるようなものではありませんから、それだけで生活していくことはなかなかできません。それでも、自転車通勤の普及を目指して、ともかくいろんなところに顔を出して、物を書いたり話をさせてもらったりするうちに、多くの人たちとの出会いに恵まれ、それらの人たちからさまざまなチャンスをいただいてきました。
NPO法人自転車活用促進研究会に関わるようになったのも、そうした活動を通してだった。現在は理事として、自転車の市民権確立を目指してテレビ出演や講演などを行ったり、超党派国会議員の自転車活用推進連盟の運営を事務方としてサポートしたりしている。2012年に開校した自転車のフレームのデザインや製作に携わるフレームビルダー養成のための専門学校でも講師として教鞭をとるようになったし、今年(2013年)1月からは、南青山にある自転車パーツメーカーの株式会社シマノが運営するコンセプトショップ『OVE南青山』のマネージャーに就任した。さまざまな層に向けて自転車文化の発信をする毎日を送っている。
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