トップページ > 環境レポート > 第84回「市街地に残された雑木林で、草を大事にして生態系を育む(武蔵野の森を育てる会)」

2017.05.19

第84回「市街地に残された雑木林で、草を大事にして生態系を育む(武蔵野の森を育てる会)」

光の射し込み方で生えてくる草も変わってくる

 足元の草を見ながら園路沿いに進んでいくと、林床の草が減ってきて、明るい緑色の光景が、地面の露出した茶系統の色調に変わってきた。
 「この辺はさっきのところと違って、草が生えていないよね。何が違うんだと思う?」
 田中さんが学生ボランティアたちに問いかける。
 「……」
 違いは感じられても、その理由までは思いつかない。
 「実は、ここは人通りも多くて、人の目が行き届いているから、草も怖くて出られないんですよ」
 「あ~、なるほど…」
 素直に受け入れる学生ボランティア2人の表情を見ながら、田中さんは慌てて、訂正する。
 「冗談、嘘ですよ(笑)! 光が全然違うんです。こっち側はあまり光が当たらないんですね。向こうは開けていてかなり日照りになっているので、それに適応した外来の草がたくさん出てくるんです。逆にいうと、林の中は落葉樹の木々が葉っぱをつける前、春先の一時期に合わせて花を咲かせることのできる在来の草花ばかりで、外来種の草は生えてこないんですよ」
 なんだ~!と苦笑しつつ、合点のいった納得顔で顔を見合わせる。

 さらに進んでいくと、再び開けた明るい場所に出る。白っぽい花をつける草をさして、田中さんが話しかける。
 「これが、今日のメインターゲットの植物です。これからだんだん、あの辺りの草地にたくさん生えてきます。ハナニラと言って、好きな方はよくお庭やプランターに植えている、園芸種なんです。でも、これが自然生態系の中に入ってきて、広がってしまうと野生の在来種を圧倒しちゃうので、ここでは見つけたら抜き取っています。手で抜くのは難しいので、スコップを使って掘り起こしてください。この辺の細い葉っぱが全部そうなので、取ってくださいね」
 隣には、すっと茎をのばす草が生えている。
 「こちらは、オニタビラコといって、武蔵野の昔からの草です。タンポポに似た葉っぱをしているから葉っぱだけだと紛らわしいんですけど、こうやって茎が出てくるとだいぶ印象が違いますよね。在来種なので大事にしたいんですが、植え込みにたくさん出てきちゃうと、あまり野生的にはできないので抜くこともあります。在来の生態系は大事にしたいんですけど、植え込みの方は園芸的に手入れをしないといけないので、結構大変なんです」
 市民の憩いの場として公開される公園緑地ならでは管理作業の苦労がある。また、民家のフェンス沿い1メートルの範囲内は、圧迫感を与えないように徹底的に草を取っている。

園芸種のハナニラ。アルゼンチン原産の外来種だ。
園芸種のハナニラ。アルゼンチン原産の外来種だ。

園芸種のハナニラ。アルゼンチン原産の外来種だ。

作業の終わりにはお茶とお菓子で、ボランティアを労う

 歩みを進めていくと、林床一面にササが生えている場所に出る。
 「みなさん、冬のササ刈りのときには来ましたか?」
 「はい!」
 「じゃあここのササも刈ってくれましたよね。ここは、もう少しすると、きれいな花が咲くのが見られます。次回の作業日には運がよければ出会えるかもしれませんね」
 そう田中さんが言うと、学生ボランティアが驚いたように目を見開く。
 「ササって、花が咲くんですか!?」
 やや言葉足らずの説明に、勘違いが生じたようだ。
 「あ、ササじゃないですよ。ササを刈って地面に光が当たるようになると、ササに覆われて芽を出せなかった在来の草が花を咲かせるのです」

 ササ原のすぐ先で、園路の外縁に生えている草を見つけて、田中さんが指摘する。
 「これ、なんでしたっけ? まだ花は出ていないけど、さっき取ったのと同じ、ヒメオドリコソウです。こっちの草もわかりますか? そう、ハナニラでしたね。花の色がちょっと違うけど、同じ種類です。花の形は同じでしょ。これも抜き取ってくださいね」
 細長い葉っぱがニラのような草だ。学生たちが、しゃがんでスコップで掘り起こしていく。

 園路伝いに一周して、元の場所に戻ってくると、公園入口の植え込みの刈り込み作業も進んで、だいぶすっきりとしていた。刈り込んだ枝を切り刻んで袋に詰めている人たちに声をかけながら、田中さんはスコップや「てみ」の片づけ方について説明する。
 「スコップは水で流して、タワシで洗ってください。てみも水でサッと流した後、タワシでこすって洗うようにしてください」
 水場に2人を残して、残りの学生たちを伴って、刈り込み作業の片づけを手伝いにいく。小さく切った枝葉は袋に入れ、長い枝は束ねて結んでいく。ボランティアたちの動きを見ながら声をかけて、人海戦術で作業をこなしていく。
 そろそろ作業も終わりに近づき、会員の一人が終わりの会で出すお茶の準備を始める。毎回、作業後にはお茶とお菓子を出して、作業のふりかえりを兼ねた懇親会の場を作っている。別の会員2~3人は、倉庫から作業日誌ファイルを取り出し、この日の作業概要と実施位置を、園内白地図を印刷した記録シートに書き込んでいく。

植込みのヒイラギナンテンも枝が混んできたため、風通しをよくするため刈り込む。

植込みのヒイラギナンテンも枝が混んできたため、風通しをよくするため刈り込む。

毎回の定例作業では、作業概要と実施位置を記録して、ファイルしている。

毎回の定例作業では、作業概要と実施位置を記録して、ファイルしている。


「まちの中の森」という視点を重視

 武蔵野の森を育てる会は、地元住民を中心に42名が会員となり、会の日々の活動の担い手となっている。
 「会員には、総会の議決権を持つとともに世話人──いわゆる役員ですが、当会では負担感を少しでも減らすためこう呼んでいます──を担当することもある正会員と、正会員と同じような活動はするものの役員にはならず議決権も持たない準会員の2種類があります。このように役割を分けた方が、気軽に入ってくれるのですね。要は、組織運営にはかかわらないけど、作業や活動はばっちりやりますという方が何人かいて、その方々もまた、現場の作業を支えてくれています。現場で汗を流したいと入ってくる方が多く、会計や書記を担当したり、会長や副会長などの責務までは負ったりしたくないということのようです。ただ、作業自体では正会員・準会員の区別はありません。今日も準会員の方が何人か、作業リーダーとして中心的に作業をしてくれていました」
 会の運営について、田中さんがそう説明する。住宅街に残され、地元住民が中心になって守っていく森だからこそ、意識しているのが、「まちの中の森」という視点だ。
 「整備の基本は、できるだけ武蔵野に昔から生息・生育してきた生き物が根付いていけるようにすることです。そのため、他の都市公園と違い、いわゆる雑草と呼ばれる草花も大事にしています。今日も一部やったように、外来種で繁殖力の強い植物が出てきたら、できるだけ抜いたり刈ったりして、在来の草が元気になれるように仕向けていきます。樹木でも、トウネズミモチなどの外来種は見つけたら小さいうちに伐って間引いています。一方、在来種でもアズマネザサのように、他の草木を圧倒してしまうようなものは定期的に刈って勢いを抑えています。在来の自然生態系を守るといっても、あまり背が高くなって見通しが悪くなってしまい、人々の安全や環境美化的に問題があるものは刈り込んでいくことも必要です。まちの中に残された自然は、まちの人たちの理解と共感がないと守れませんから、そうした視点も大事になってきます」
 “森づくり”──特に雑木林の維持・保全のための森づくり──では、根本的には伐採して若返りを図るようなドラスティックな作業も必要となるが、まちの中の森として慎重にならざるを得ない面もある。現状は、日常の管理として、在来種を中心とした植物の基盤を大事にして、虫や鳥などの野生生物が生息・生育するための環境整備を図っている。

 
冬季に実施したササ刈り作業。

冬季に実施したササ刈り作業。

冬にササを刈り込んだことで地面に光が射し込むようになった。

冬にササを刈り込んだことで地面に光が射し込むようになった。

ボランティアのかかわりは、森の自然を育てるとともに開かれたコミュニティづくりにも効果を発揮

 会員だけでなく、会員外のボランティアたちも活動の担い手として大きな力となっている。
 「今日も来ていましたが、学生グループでは、近くにある亜細亜大学と成蹊大学から合計3つのボランティアサークルが会と連携しながら活動に参加してくれています。具体的には私の方から活動の案内を2週に1回、窓口の学生に送り、その学生からメンバーそれぞれに連絡してもらって、参加できる方を募ってもらいます。原則3日前までに、何人参加できるかを連絡してもらっています」
 学生サークルなので、ときには自分たちの活動で会の定例作業には参加できないこともある。この日も亜細亜大学の1グループからの参加者はなかった。3つの団体が関わっているため、1つの団体が参加できなくても他の団体が参加できるなど、案外バランスが取れて、毎回10人ほどが参加している。
 「地元にある金融会社もボランティアを派遣してくれています。若い方が中心で、よく働いてくれます。会社の基準として、年間で何回かボランティア活動をすることになっているらしく、提携している団体を中心に活動に参加しているようです。それをボランティアと呼ぶかどうかはありますが、心強い存在ですね」
 近くの都立武蔵高校からも必修科目の「奉仕」の授業で参加する高校生たちがいる。地域の活動に参加する授業で、6月から10月の期間中に1人当たり5回以上作業に参加すると単位がもらえる。武蔵野の森を育てる会でも、毎年10名を限度に受け入れている。中間試験や期末試験などもあってなかなか参加できず、例年、12月頃まで参加する生徒もいるという。

作業の最後に参加者全員で記念撮影。

作業の最後に参加者全員で記念撮影。

 「私たちは、ここの自然をできるだけよい状態に保ちたいと思って活動してきましたが、もうわれわれ会員だけでは追いつかない状況になってきています。そこで、近隣住民に呼びかけたり、近くにある大学の学生ボランティアに声をかけたりして、これだけの人数が集まってくれるようになってきました。生態系をよくしようと思って森に対してやっていることが、結果として、人々のつながりを作ってくれたのです。いわば、開かれたコミュニティで、老いも若きも集まって、森を介した人々の交流ができてきたように感じています。自然状態をよくすることと、人々のつながりをできるだけよい形に保っていくこと、その両方の相乗効果で今後もやっていきたいと思っています」

 市街地にある森ということで、教育にも力を入れている。作業に参加する学生ボランティアには、できるだけ解説しながら、作業の意味を考えてもらうように心がけている他、近隣の小学校でもゲストティーチャーとして授業に協力している。
 すぐ隣にある武蔵野市立第二小学校では、総合的な学習の時間で各学年と関わりを持っている。特に、5年生の宿泊学習「セカンドスクール」の前後で雑木林体験をしてもらうのが恒例になっている。
 若い世代が武蔵野の雑木林と触れ合い、四季折々に変化する彩りを原風景として持つことが、まちの中に残されたこの緑地の役割でもあり、また末永く守っていくための大事な取り組みとなる。

“独歩の森”で樹木観察(武蔵野市立第二小学校5年生)。

“独歩の森”で樹木観察(武蔵野市立第二小学校5年生)。

“独歩の森”で雑木林学習(武蔵野市立第二小学校3年生)。

“独歩の森”で雑木林学習(武蔵野市立第二小学校3年生)。

“2014年3月に開催した雑木林シンポジウム。

2014年3月に開催した雑木林シンポジウム。

三鷹駅前にある、国木田独歩詩碑「山林に自由存す」。

三鷹駅前にある、国木田独歩詩碑「山林に自由存す」。


関連リンク

このページの先頭へ

本事業は、公益財団法人 東京都区市町村振興協会からの助成で実施しております。